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辺境伯の目覚め


俺は新しい弾倉だんそうを九ミリ拳銃に装填そうてんした。こいつの中には通常のパラベラム弾が入っている。土御門つちみかどが残してくれた強力な退魔弾も、ミネベ○社謹製の試作弾もさっきの戦いで使い切っていた。これが最後の弾倉になる。俺は気を失っている辺境伯に銃を向け、空いている左手で奴をこずいた。だが辺境伯は意識を失ったままだ。


「私が起こすわ。でも一体どういうつもり? イヴレールにまた銃を向けるなんて」 エルフィラは、とがめるように言う。


「念の為の用心だ」


「もうホドスは居ないわ。そこまで警戒しなくても大丈夫よ。銃を下ろして」


「あんたに何かあったら土御門つちみかどに合わせる顔が無いからな。好きにさせてもらう」


第九王女は、まだ何か言いたそうな顔をしたが、割り込むように辺境泊のそばに近寄った。

俺は銃を構えながらエルフィラのカバーに入る。


「イヴレール。大丈夫? 目を覚まして」 辺境伯は苦しそうにうなるがまだ目は覚まさない。エルフィラは呪文を唱えながら自分のてのひらを奴のひたいに重ねる。


「……君なのか……エルフィラ?」 辺境伯はうめきながら目を覚ました。「だが幼なじみを起こしたいなら優しいキスだ」

そして彼女の顔に触れようとする。


「手を止めろ。容赦なく撃つぞ」俺は銃を突きつける。「そんなに王女に触れたいのなら、俺の居ないところでやるんだな」


「……まだ居たんですか? キリシマ。無粋ぶすいな男だ」


「悪いがこれも仕事でね。体調が良さそうで何より。立っていいぞ。ただしゆっくりとだ」


「君みたいな男は大嫌いです」


「気があうな。俺もあんたは嫌いだ」


「やめてよ、キリシマ。イヴレールもやめて。キリシマは、あなたがまだホドスに操られているじゃないかと疑っているの」


俺は少し強引に王女の腕を引っ張り、奴から距離を取らせた。

辺境伯――アニェス・ド・イヴレールはよろけながら立ち上がろうとする。


「あれはホドスだったのか……ですが心配は無用です。もうあれは私の中にはいない。私も魔術師の端くれ。自分に何が起こったのかは理解しています」


「何をしでかしたか……覚えているか?」俺は銃の構えを解かず、アゴで二つの死体をしゃくった。


「覚えてますよ――少しやりすぎたのは認めます。だが後悔はしていない。そこの二人はエルフィラを害そうとした」


「俺と戦ったことは覚えているのか?」


「もちろん覚えてます。だがあなたには謝罪しゃざいしたい。エルフィラをまもろうとしてくれたことには感謝します。私は、ちょっとした自分の嫉妬心をホドスに利用されていたようだ」


「ちょっとした……か。心を乗っ取られていた自覚はあるんだろうな」


「乗っ取られていたと言うより、正確に言えば心の一部でした。共生していたと言っていい」


エルフィラは立っているのが辛そうな辺境伯に椅子を勧めた。

伯爵は礼を言って腰をおろす。俺はまだ銃をおろさない。こいつが俺のことを嫌っているのを聞いて良かった。俺も育ちが良さそうなキザな二枚目は嫌いなのだ。これで遠慮無く振る舞うことが出来る。俺は言った。


「そこの侯爵はエルフィラのことを親日認定したあげく社会的に葬ろうとした。裏には日本排除派の貴族達がいる……あんたの立場を確認したい」


「慎重なのはいいことです、キリシマ。私の立場はこう――私は君のことが嫌いだが、だからと言って日本を追い出そうとするほど愚か者では無い。我が王国への日本国や自衛隊の貢献は評価している」


「口だけならなんとでも言えるぜ」


「そうですね。この状況で君の敵だと白状する馬鹿はいないでしょう……だが私が常にエルフィラの味方であるということは信じてもらっていい。彼女の思いも可能な限り支持している」


エルフィラを見ると彼女はうなずいた。俺は不承不承ふしょうぶしょう、銃を下ろした。この男の雰囲気はさっきとは違う。ホドスの気配は感じられない。操られていることは無さそうだ。


「辺境伯。剣を入手した経緯を知りたい。一体どこでアレを手に入れた?」


「知っていることはもちろん話します。あなたに協力しましょう……だがその前に、こんな死体が転がっているところでの長話は無粋ぶすいだとは思いませんか? 部屋を変えましょう。そうだエルフィラ、君の従者に頼んで紅茶を持ってきてもらえないだろうか。エスリアール産がいい。それにエルクアール(セレニーティス産の焼き菓子の一種)はまだあるかい? あの菓子は私の好物ですが、辺境ではなかなか手に入らない……キリシマもこの機会に味わってみるといい。君のようなその日暮らしの薄給の軍人で、品が無い無粋ぶすいな男には、なかなか食べられない王家ご用達の希少品です」


「長々とお褒めの言葉をどうも。だが薄給は余計だぜ。あんたのような勘違い貴族が納税者に過大な負担をかけるような真似を我が軍は好まない――だが部屋を変えるのはいい考えだ。紅茶は趣味じゃ無いがな。俺はコーヒー党だ。そして甘い物は苦手だ」


「そいつは失礼。考慮します。だがあんな泥水が好みとは――つくづく、あなたらしい」



俺たちは部屋を替え、エルフィラは辺境伯の為に紅茶(俺たちの世界の紅茶とは製法が異なるようだが細かいことは知らん。言ったように俺はコーヒー党なのだ)とセレニーティス産の焼き菓子、俺にはコーヒー(日本からの輸入品だろう)とチーズを従者に頼んでくれた。


辺境伯は備え付けの紙にペンでサラサラと何か書き始めた。至急の用だというので俺はイライラしながら待つ。しかしこのコーヒーはとても旨い。ミツ○シかタ○シマヤあたりから輸入してるんだろうか? れ方もプロ並みだ。酸味がやや強いが豆はどこのだろう? いずれにしろ俺がいつも基地で飲んでいる自販機のやつとは大違いだ。チーズもミルクの香りがして旨い。


辺境伯は書き物を終え、書いた内容を見直している。最後にすらすらとサインをする。

「さあこれでいい。エルフィラ、ここに私の部下への指示が書いてあります。私の従者に渡して欲しい。後はうまくやってくれるはずです。死体の処理、並びに侯爵の兵をおさえるのは私の私兵たちがやる。エルフィラに突然の無礼をはたらいた二人を私が決闘で倒した――そういう形でまとめてあります。残された侯爵一派の恨みは私の方で引き受けるから、全てを私のせいにしてもらって構わない。幸い私の領地は辺境にあって、知ってるように要塞のような城を構えている。そいつらが襲ってきても返り討ちに出来ます」


俺はその紙を取り上げた。

「内容は俺も確認させてもらう――だが辺境伯。もし俺があんたの敵だったら、こちらにいる間に暗殺を狙う。領地に戻る余裕は与えないだろう」


「確かにそのとおりです。だから私は帰還の準備が整うまで、エルフィラと行動を共にします。王立軍と一緒に行動する間は暗殺は難しい。それとも私がエルフィラと一緒にいるのは不安ですか? キリシマ中佐」


「二佐だ。中佐じゃ無い――あんたが王女と行動を共にするかどうか。それは俺が文句をつける筋合いじゃない。王女自身が決める話だ」


エルフィラは何故か刺すような厳しい視線で俺を見てから、辺境伯に言う。

「私の寝室に忍び込もうとするのは無しにしてよ」


「努力します。今のところは」


「そろそろ本題に入っていいか? 痴話喧嘩ちわげんかは俺のいないところで頼む」


「あなたって人は……誰が痴話喧嘩ちわげんかよっ!!」


「愛の語らいと言って欲しいですが、もちろん私たちは君のいないところでします。あなたの存在は邪魔でしかないですから――そうそう質問は、あの剣をどこで手に入れたかでしたね。それは……」


辺境伯はカップを置くと話を始めた。

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