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最強の魔術師


エルフィラは天井に埋め込まれた水晶の結晶のような装飾品に向かって話しかける。


「レジェンドラ。聞こえる? もう騒ぎは終わったわ。何かキリシマ殿に似合いそうな服を持って来て」


それだけ言うと、侯爵と副官の死体の側に寄り腰をかがめた。

彼らの死亡を確認したのだろう。目をつぶり祈りを捧げる。セレニーティスには死者蘇生の魔法が存在するがそれとは異なり、単なる死者を悼む為の追悼ついとうの祈りだろう。蘇生魔法は老師クラスの術者、数十名が何週間も祈り続ける必要があり、しかも極めて貴重な国宝クラスの触媒を消費する。それだけやっても成功確率は10パーセントに満たない。やや状況は落ち着いてきたとは言え、今のセレニーティスは依然として戦時下だ。そんなたいそうな儀式をそこらの貴族に対し行う余裕は無いし、もとより第九王女のエルフィラにそんな権限も無いはずだ。


祈りが終わる頃、侍従の女が現れた。転がっている死体には目もくれず俺の半裸に近いズタボロの様子を気にかけることも無く、エルフィラに持って来た服を広げて見せた。


「王女殿下。誠に申し訳ありませんが、キリシマ殿が着られそうな服はこれしか手持ちございません」


「しょうがないわね。キリシマ、悪いけどこれで我慢して」


執事用の服らしいが、もちろん着れるのなら何でも構わない。俺がうなずくと、侍従はその服を俺に渡しそのまま立ち去った。有能な召使いは見るとマズいものは見ない。エルフィラが何も言わないからだろう、死体に目もくれない。この分だと例え俺とエルフィラが抱き合っていたとしても彼女の態度は全く変わらなかっただろう。


「エルフィラ。あんたこの事件をどう考えてる?」俺は服を着替えながら声をかけた。エルフィラは、さっきからこちらを向かない。半裸の俺を見たくないらしい。

「もしかすると、そこの侯爵はあんたを親日派と思い込み、スキャンダルで失脚させようとした……違うか? 俺たちの存在を邪魔と考える貴族が居ることは俺にも分っている」


「隠してもしょうがないわね。ご指摘のとおりだと思うわ。お恥ずかしい限りだけど」


「やはりそうか……俺は不用意にあんたに近づき過ぎたのかもしれん」


エルフィラは顔をしかめた。数多あまた居る王女の中でも特に美人(そうヴァレリオが熱く語っていた。清楚に見える第九王女はあいつの趣味ど真ん中らしい)のご尊顔そんがんは横顔もなかなか綺麗だ。それは認める。


「キリシマが気にすることでは無いわ。これは我々内部の問題。ホドスの脅威が減じた現在、貴国の影響を排除しようとする勢力が力を増している。今回のことは恐らくそちら系の私に対する攻撃でしょうね」


副官まで取り込まれていたとは予想外だったけど、そう王女はつぶやいた。

別班がくれた情報は間違いでは無かったようだ。片手間仕事にしてはまあまあだ。


「俺と……いや日本人と親しいと思われてることに抵抗は無いのか?」


「無いわね。だいたい私は彼らの言うところの“親日”では無いのだし。王国をあなた方に売り飛ばしているつもりは全く無い。ただ自衛隊が今のセレニーティスに必要不可欠な存在と信じているだけ。私を攻撃する人達は現状認識が甘すぎるのよ。戦いは終わりにはほど遠く、日本を追い出せば自分達のクビを絞めるだけなのに」


王女はちらっとこちらを横目で見てから、安心したように向き直った。すでに俺は服を着替え終わっていた。

「いずれにしろ彼らに対する対処は私の方でやる。現状、あなたが動けば敵を増やすだけよ」


「それを聞いて安心した。味方同士で腹の探り合いは苦手でね」


「私はそうじゃないってこと? まあ、この種のことあなたより慣れているのは認めるわ。私のような立場でそれは避けられないから」


俺は肩をすくめた。強がりじゃなければいいんだが。いずれにしろ俺がこの件で動くのは筋違いだろう。第九王女がうまくやることを祈るが、失敗すれば別班が動き出すかもしれない。あいつら最近その手の仕事に熱心だ。人様の国に片手を突っ込んでひっかきまわしても、面倒ごとが増えるだけだろうに。


「さて、そろそろ種明かしの時間よ、キリシマ。あなたどうやってつるぎのホドスをどうやって倒したの?」


「まあ、新型銃の威力だな」


「ご冗談を。いくら新型だって銃は銃でしょ」


「じゃあ俺にいている神様のおかげかもな」


「ごまかさないで。あなたに憑いているその女の子に、そこまでの力は無いわ。付与されている力は限定的な再生能力と魔力無効だけ。いい加減、言い逃れは諦めなさい。あなたのことは全て調べてある。逃げようと思っても無駄よ」


「……そうか。あんたとは深いつきあいだからな」


エルフィラは腰に手を当て、きつい眼でこちらを睨んだ。冗談が通じない女だ。

俺は今日何度目かのため息をついた。


「いいだろう。話すさ。簡単なことだ。あんた、俺たち日本人に魔法が使えないと思ってるだろう? そこにそもそもの誤解がある」


エルフィラは顔をしかめた。

「まだ言い逃れをするつもり?」


「信用無いな。違う」


「あれをあなたの魔法のせいだと言うなら、今度は本当に怒るわよ。ちょっとした魔法程度なら、日本人でも使える人は居ると思う。あなた方の政府の依頼で、魔術院が魔法の手ほどきをしたって話を聞いたことがあるし……でも一番優秀な人でも、こっちじゃ幼児が扱える程度の魔法を覚えるのが精一杯って聞いた。正直言えば、あなた方に魔法の才能なんて無いと確信してるわ」


「まあ確かに俺たちは魔法が苦手だ。俺たちの世界は、セレニーティスに比べてマナが希薄だからな。扱う技術も発展しなかった」


「それで魔術では無く工業技術を発展させた……で結局、何が言いたいの?」


「何事にも例外はあるってことさ。俺たちの中にも才能ある魔術師は居る。大昔には俺たちの世界もマナが濃厚だった。当時の魔術師の血統……能力を引き継いだ者がごく少数、今でもいる。さっき使った弾丸、念を込めたのはその例外的な魔術師さ。もっとも俺たちは彼女のことを魔術師ではなく退魔師と呼んでいた。土御門つちみかど明日香あすか――彼女はそういう古い家系の子孫だ」


エルフィラはため息をついた。

「まさかそれを信じろって言うの? あなた魔法の素人だから、自分が何言ってるのか分かってないんでしょう。小さな魔弾一発で希少竜クラスが吹き飛んだのよ。百歩譲って、あなた方にまともな魔術師がいたとしても、そこまで念が強力なんてあり得ない」


「だから言ったろう。彼女は特別な例外なんだ」


エルフィラは苛ついているように見えた。俺がまだ誤魔化していると感じたのだろう。


「私が本当のことを言ってあげましょう。さっきの弾丸、あれは大魔法時代の魔法遺物アーティファクトを加工したものよ……あなた方は我々に断り無く遺物を遺跡であさっていた……そういうことよね。でも心配しなくてもいいわ。私はそれを問題にするつもりは無いから。ただし事実は開示して欲しい。魔法遺物アーティファクトに対する全ての権利は王国に所属する。我々にはそう要求する権利がある」


「言いがかりだな。俺たちはそんなことしない」


「あなた自身がやったとは言ってないわ」


今度は俺がため息をついた。

「俺達はあんた方の魔法遺物アーティファクトなんかあさってない。言ってるようにあの弾丸は、我々の魔術師――土御門つちみかどが念をこめたものだ。彼女の名誉のために言っておくが――明日香あすかは非公式の魔術競技でシャルロッテ第一王女に勝ったことがある。あんた方の女王もそのことは知ってるぜ。それなのにあんたが知らないってことは……どういうことか予想はつくだろう。他言無用たごんむようの案件ってことだ」


シャルロッテ第一王女は、生前セレニーティス最強の魔術師だった。彼女に勝った土御門つちみかど 明日香あすかは、少なくとも彼女と互角かそれ以上の腕を持っていたはずだ。


エルフィラを俺をにらみ、しばし沈黙した。

「あくまでそう言い張るなら、その魔術師に会わせてもらいたいものね」


「残念だがそれはもう無理だ。土御門つちみかどはすでに亡くなっている。シャルロッテ第一王女が亡くなった日の三日前だ。王都防衛戦の直前だ」



何か言おうとするエルフィラを俺はさえぎった。言いたいことは分かっている。死んだ人間のことは何とでも言える。


「君にとって受け入れがたいのは理解した。あんたに借りが出来たと思ったから、事実を伝えたまでだ。信じるか信じないかは好きにするといい」


「……あなたの態度、気に食わない」


「もう少し優しく言ってくれてもバチはあたらんぜ。あんただから話した。俺が言えるギリギリの範囲でだ」


「そうかしら? あなた、何か大事なことを隠してる。そこが私には気に食わないのよ」


俺は苦笑した。

「言えないことがあるのはお互い様だ。お互い軍組織の指揮官なんだからな」


「軍人だからじゃ無い。あなたが隠しているのは、何かもっと個人的なこと」


……俺の心を読んだのだろうか? いくらエルフィラでも、俺が防御を固め閉ざしている心の中までは読めないはずだった。


「何故、そう思う?」


「あなたが意固地になるところ。らしくも無い。借りが出来たと思うなら最後まで話して」


……まあいい。


「確かに言わなかったことはあるが、あんたにとってさほど重要なことじゃない。その魔術師、土御門つちみかどは俺の部下で……そして恋人だった。もし俺が意固地になってたとしたら……そんなことは無かったと思うが、もしかしてカマをかけたのか?」


「……やっぱりね。女の勘よ」


「人のプライバシーを突っつくのはいい趣味とはいえないぜ、お姫様。だがまあ聞きたいなら話してやる。しかし、それはあんたにとっても俺にとっても愉快な話にはならない。君は今こう思っている。俺の言うことが真実なら、どうしてそんな強力な魔術師が世間で知られていないのか。確かにそれはおかしな話だ。だがそれは君たちの女王陛下が我々の政府にそう要求したからだ。それは要求と言うより半ばおどしに近かった。だから我が政府は、土御門つちみかどに関して極めて厳重な箝口令かんこうれいいた」


「お義母様かあさま……いや陛下が?」


「そうだ。我が国は君たちの同盟国ではあるが、しょせん異世界に住む異教徒だ。その異教徒に極めて強力な魔術師がいる。彼女は王国の術者の力を凌駕りょうがしているかもしれない……あんたの女王はそれをおおやけにしたくなかったのさ。王国人は、自分達の工業技術テクノロジーの劣位を認めても魔術に関する優位性は決して譲らない。セレニーティスは魔術師が治めている国だ。だからこそ、もっとも優れた魔術師はセレニーティス貴族からのみ生まれると考えたがる。異教徒に最強の魔術師が存在すると言う事実がおおやけになれば統治の正当性を失ってしまうからだ」


王女は不愉快そうな顔を隠そうとしなかった。

「知ったようなことを言わないで……あなたが言うほど単純な話じゃないわ」


「あんたがそう言うなら、そうなんだろ」


「王族が優れた魔術師を輩出はいしゅつしてるのは事実よ。だけどそれと統治の問題を同一視するのは異教徒がやりそうな偏見だわ」


「言ったろ? お互い愉快な話にはならないって。信じるかどうかは君の自由さ。だが恋人の名を借りてまで、俺は嘘を吐こうとは思わない」


エルフィラは何か言い返そうとして……言い返そうとして黙り込んだ。しばしの沈黙の後、口を開く。


「少なくともあなたはツチミカドが最強の魔術師だったと……それが事実だと、心の底から信じている。そう言うことね」


「そうだ」


「でも教えて。彼女は亡くなったと言ってたわね。そんな強力な魔術師が一体どうして?」


「やめとけ。聞いてもあんたの気分が悪くなるだけだ」


「でも……」


「彼女の死は全て俺に責任がある。土御門つちみかどが、ホドスに殺られたあの時のことは、今でも夢に見る。そしてうなされて飛び起きる。今の俺に言えるのはこれくらいだ」


「そう……なの」


「この話は、ここまでにしておこう。当然ながら他言は無用に願う。さて、そろそろ仕事の時間だ。そこで寝ているあんたの幼なじみに何があったのか聞いてみようじゃないか。剣のホドスはどこで入手したのか? 事情によってはお互いの国がヤバいことになる。あんたは知らんが、俺には給料分働く義務があるんだ」


「でも……」


「悪いがこれ以上話す気は無いんだ」


「違うの。そうじゃなくて…………いいえ。あなたにお礼を言うのを忘れていたわ。ツチミカドが念を込めた弾丸。大事な品だったのでしょう? あなたは使わなくても済ませられた。借りが出来たのはむしろ私の方……その……あの。どうもありがとう。助けてくれて」


「気にするな。そして礼を言いたいなら土御門つちみかどに言ってくれ」


俺の知っている明日香あすかはエルフィラを見捨てることを許すような女では無かった。例えそれで、俺が彼女の形見の弾丸を失うことになっても。


エルフィラの顔を見ると、しゅんとして元気が無さそうに見えた。突然元気がなくなった理由はよくわからないが、少し言い過ぎたせいかも知れない。だが今さら謝るのも気まずいし、それを気にしている場合でも無かった。

俺は気を失っているエルフィラの幼なじみ――イヴレール辺境伯のそばに寄った。

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