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漆黒の魔剣


これは異常事態だ。こいつに切られた俺の右腕が回復している。普通なら俺の治癒能力は、ホドス相手の時しか発動しない。目の前の貴族――どうやらエルフィラの幼なじみらしい――はどうみても人間なのだ。


俺は拳銃を抜く。だがこの貴族の剣は速い。果たして俺の攻撃は間に合うのか?

しかし予想に反し、辺境伯は漆黒しっこくの剣を構えたまま動こうとしなかった。

俺は9ミリ拳銃を突きつけた。


「剣を捨てろ。この銃はあんたでも防げない」


「……それはどうですかね。試してみますか?」


「やめとけ。こいつはミネベ○社製、耐魔法アンチマジック仕様のプロトタイプだ。装備庁のアホ共がまた欠陥品を押しつけやがって……と嫌々使ってたんだが、これが思ったよりまともな銃でな。ホドスの竜さえこいつの銃弾をそらせない。そして悪いが、俺には手加減する気が全く無いんだ。狙ってる先はあんたの急所さ」


「日本の新型銃……興味深い」だが辺境伯は残念そうに付け加えた。「勝負してみたい気はあるのですが止めておきます。剣が私の言うことを聞いてくれませんので」


「剣が……そういう文学的な表現は嫌いでね」


「いやいや、実際私はこの剣と話せるのです。これが言うには多少あがいたところで、今の私にあなたを倒すことは出来ないそうです……悔しいですが私の負けですね。エルフィラの前でいい格好を見せたかったのですが」


「そいつは残念だったな。勝負を降りるなら剣を捨てろ。ただしゆっくりとだ……気をつけろ。俺はあんたの言うことなど信じちゃいない。気に食わなければいつでも撃つ」


「疑り深い人ですね。お願いだから撃たないでくださいよ。身体に傷をつけたくないんです。侍従長に怒られてしまいます」


「人のことを平気で切り刻んでおいてそのセリフ。あんた、かなりいかれてるな」


「褒めないでくださいよ。照れるじゃないですか」


辺境伯は、ゆっくりと腰をかがめ剣を床に放った。

俺は奴に銃を突きつけながら言う。


「エルフィラ。こちらへ来てくれ」


「私なら大丈夫。お願いだからイヴレールに手荒なことはしないで。しょうもない人だけど幼なじみなの」


「しょうもないは余計ですよ。もちろん私は愛する人を傷つけたりはしません。そばに居てください」


「そこに居ては駄目だ。来るんだ」


「その必要はありません」


「来いっ、エルフィラ!! 信じろっ!!」


王女は俺の大声に戸惑った表情で……辺境伯を見て、そして俺の顔を見る。

「何で……」


「そいつは危険だっ! 分からないのかっ!」

俺の大声に王女はビクッと反応し思わず俺の元へ進もうとする。だが辺境伯は彼女を引き止めようと手を伸ばした。


俺は撃った。弾丸が伯爵の腕を貫くと同時に、床に転がっていた剣がまるで生き物のように、エルフィラに向かって襲いかかる。

俺は続けてトリガーを二回引いた。装備庁ご自慢の耐魔法弾がスペック通り魔剣を跳ね飛ばす。

俺は駆け寄って来たエルフィラを背後にかばった。


「キリシマ。あなたは酷い人だ。何故、私から王女を取り上げる?」


伯爵は撃たれた右腕を押えながら言う。いつのまにか黒い剣が再び浮かび上がり、伯爵を護るように切っ先を俺に向けていた。


「まさかエルフィラを殺そうとするとはな。人質に取られるのを警戒してたんだが」


「私から逃げた王女に、ちょっとしたおしおきをするつもりでした。殺しはしませんよ。多少血は流れるかも知れませんが、顔は狙いません。美しい身体に傷をつけるのも論外だ。でも頭の傷ならなら髪で隠せるし、あなたの言うことを聞く脳髄も邪魔でして。大丈夫。頭を貫かれても外見は変わりませんから」


「そう言うのは普通“殺す”って言うんだ」


俺はエルフィラの様子をうかがった……幼なじみにこんな事を言われればショックだろう。

だが彼女の相変わらず伯爵の方を心配そうに見つめている。俺は胸騒ぎがした。


「貴様……エルフィラに何をした?」


「別に何も。ねえ、私の愛おしいエルフィラ? ほら、そんな男の影に隠れてないで私の腕の中に飛び込んでおいで」


俺は、出て行こうとする王女の腕を掴んだ。

……魅了の魔法か。それも異常に強力なやつだ。

エルフィラほどの魔術師が無抵抗で飲み込まれている。普通ならあり得ない。


「貴様。やはりホドスか」


信じたく無いが全ての要素が、この貴族がホドスであることを示していた。恐らくこいつは上位竜クラスの魔力を持っている。もしくは……それ以上。



辺境伯は顔をしかめ俺を睨んだ。

「藪から棒に何です。あんな化け物と私を一緒にするとは無礼にもほどがあります。私はれっきとした人間です。あなたなんかより、よっぽど人間らしいと思いますよ?」


俺はわらった。

「確かに俺は化け物かもしれん……まともな組織がわずかでも残れば、臓器全体を数秒で再構成出来る。その光景は結構グロテスクで、女に退かれること請け合いだ。だがこの力がお前がホドスだってことを証明している」


「どういうことです?」


「ホドスじゃなきゃ俺の治癒能力は発動しない。あんたに傷つけられた右腕はもう治ってる。そう言うことさ」


「……違う」奴の表情が突然変わった。「私はホドスじゃ無い。でたらめ言うな。私は人間だ」


「イヴレール。どうしたの? 大丈夫」伯爵の元に駆け出そうとする王女を俺は慌てて止めた。


「エルフィラ、私を助けて……見捨てないで……くれ」

奴は頭をかかえ苦しそうに身をよじる。

俺は奴の変化に戸惑う。一体何が起こっている?


黒い魔剣が再び宙を舞い俺とエルフィラを襲う。俺は撃った。剣を跳ね飛ばすのには成功したが、破壊出来ない。いくら防衛装備庁ご自慢の耐魔法弾アンチ・マジック・ブレットでも、魔法を防ぐだけで威力は普通の9ミリなのだ。それもあと3発しか残ってない。このままでは俺はともかくエルフィラが危ない。


やはり伯爵を殺すしか手は無い。

だが俺は突然、自分が間違ってる可能性に気がつく。

まるで生きているように振る舞う剣。まるでホドスのような闇を纏っている。もしかして伯爵が剣を操ってるのでは無くて、剣が伯爵を操っているのだとしたら?


「彼はホドスじゃ無い。私の幼なじみよ。離してっ! 助けてあげないと」


俺は王女の身体に腕を回し、無理矢理引き止めた。いろいろ当たっちゃいけない部分が当たるが、緊急事態の不可抗力だ。セクハラ訴訟は帰ってから受け付ける。彼女の筋力は見た目よりはるかに強いのだ。


“あんた、ホドスの魔法の影響下にある。しっかりしてくれ”


“イヤらしい男ね、どこ触ってんのよっ! 私は魔法の影響なんて受けてないっ!”


“だったら床に転がっている副官と侯爵を見ろ。このままじゃあいつら死ぬぞ。なんで助けようとしなかった?”


“そいつらなんか死んで当然……自業自得じごうじとくよ”


“その意見には賛成だ。だがそれはあんたのやり方じゃ無い。少なくとも副官は君の部下だ”


“あんなのどうでもいい。それよりイヴレールを……早く助けてあげないと”


もがくエルフィラを俺は強く抱きしめた。


“しっかりしろっ! あんた、俺と一緒に戦うと言ったろうが!! その言葉は嘘だったのか?”


ふと王女の抵抗が弱くなった。

“わ……私”

急に力が抜けたエルフィラの身体……もしかしたら俺の身体が……魔法耐性が異常に強い俺の身体が、ホドスの魔力を防いでいる?!!


“魔力に抵抗するんだっ! あんたなら出来る”


“わ……私。このわ……たしが”


“しっかりしろ! 大丈夫か?” 


“そ……うか……そうなんだ”


“俺に触れていろ。恐らく身体が盾になってる”


“そ……うね。でも、その手……ちょっとずらして……恥ずかしいから”


“おっとすまない”


彼女を抱えたまま、俺は飛んできた魔剣を撃った。吹き飛ばすことに成功したが……もはや残弾ゼロだ。


“状況を理解してるな? 俺の言ってることが分かるな? 教えて欲しいことがある”


“何……を?”


“ホドスはどっちだ? 俺には分からなくなった。ホドスが伯爵に化けているのか……それともあの魔剣がホドスで、伯爵を操っているのか?”


自分の意思を持っているかのように飛び回る魔剣。刀身は闇のように真っ黒だ。ホドスは常に闇をまとう。わざとらしすぎてフェイクのようにも思えるが、漆黒の闇がホドスの本質なのかもしれない。


“ホドスは……剣の方。イヴレールじゃ無い。信じて”


“なるほど。君は最初から正しかったって訳だ”


“剣には……気がついてなかったけど”


“剣が本体なら正直あまり自信は無い……君がつぶして貰って構わないぜ”


“それが出来るなら……もうやってる”


“了解だ、お姫様。では祈ってくれ”


……許せ。王女のためにこいつを使わせてもらう。他に手段が見当たらない。

俺は胸元の御守袋おまもりぶくろを取り出した。中には一発の9ミリ弾。とある女性が俺のために念を込めてくれた特別な銃弾だ。

彼女は日本最強の魔術師に……成るはずの女だった。

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