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歓楽の街


野盗のアジトを襲撃すると決めた以上、あまり時間はかけられない。エルフィラ率いる“イフエールのつるぎ”部隊と明日、作戦のすりあわせを行ったあと可及的速やかにアジトを襲う予定だ。

だが俺にはその前に行かねばならない場所があった。基地で帰り支度をしている俺にマリサが声をかけてきた。


「一緒に夕飯でもどうだい?」


「悪いが、今日はちょっと用事がある」


「用事?」


「親戚の子に、セレニーティス製のアクセサリーをねだられたんだ。これから街へ行って買ってくる」


「……アクセサリー? この忙しい時に? だいたい隊長、今度日本に戻るのは三ヶ月は先でしょ?」


いぶかしげに俺を見るマリサに謎の罪悪感を感じながら自分の宿舎に向かう。もし行き先を彼女に知られてしまったら、怒られそうだ。

宿舎に着いた俺は私服に着替え、馬代わりに使っている愛用のバイクにまたがる。



私用で使っているカ○サキのKLXは今日も快調だ。夕陽の中を、基地近くの街“コラリオンの街”へ向かってバイクを走らせる。プライベートの移動の為に馬を飼う手間はかけられず、といって乗り合い馬車だけでは不便なので、日本からバイクを持ち込む自衛官は多い。本音を言えば雨風を防ぐために車を使いたいが、物資の転移量には制限がある。とてもじゃないが自家用車を運ぶ余裕は無いのだ。


“コラリオンの街”に到着した俺は知り合いの商家にバイクを預かって貰い、馬車に乗り換えた。なんのかんので目的の街まで移動に二時間はかかりそうだが、歓楽街に日本人がバイクで行くのは目立ちすぎた。


乗り合い馬車の中には10人くらいの客。みんな歓楽街に繰り出す男どもだ。その中でも一番ガタイのでかい戦士風の男に話しかけられた。大ぶりのバトルアックスを担いでいる。傭兵だろう。王立軍の兵士には見えない。


「ニホン人か?」


「……見りゃ分かるだろう」不機嫌そうに俺は答えた。こんなところで世間話をする気にはならない。


「そう素気そっけなくするな。これから女をあさりに行く同士じゃねーか」


「なら、抱く女のことでも考えていろ。俺に構わないでくれ」


「冷たい奴だな。もっと陽気にいこうぜ。あんたジエイカンだろう。俺と同じ匂いがする。戦う男の匂いがな」


俺は無視を決め込んだ。

男は俺に顔を近づける。どうせ近づくなら女にしてくれ。最近こういう状況が多いような気がする。


戦士は言う。

「……オレはアンタを知ってるぜ。あんたの名はキリシマ カズヤだ」


俺はうめいた。最悪だ。こんなとこで身バレするとは。俺は思っている以上に有名のようだ。


「人違いだ」


「安心しろ。別にとって食いやしねーよ。ただ懐かしかっただけだ。それに礼も言いたかった」


「礼だと?」


「あんた“ジュラの戦い”で王立軍の救援に来てくれただろう。俺はあの時、王立軍に雇われてたんだ。あんたのお陰でまだ生きのびてる」


「そういうことか……礼の必要は無い。たいしたことはしていない」


「そんなことねーぜ。あんた鬼のように強かった。片腕がいかれちまった俺をホドスの野郎から守ってくれたんだ。俺のこと覚えてねーか?」


俺は男の顔を見た。二枚目とは言えないが、日に焼けた頑丈そうな戦士らしい顔だ。

よく見るとそいつの笑顔はなかなか愛嬌あいきょうがある。


「……すまないが思い出せない。あそこにいたなら状況は分かってるだろう。こっちも余裕があったわけじゃない」


「ああそうだな。確かにあの戦場いくさばは酷かった。覚えてないなら、まあしょうがないか」


がっかりした様子の男に、俺は何となく気まずくなり男に聞いた。


「アンタの名は?」


「オレはカイロ。カイロ=イシュリートだ。今は、とある貴族の私兵をやってる。なあキリシマ。終わったら今日は一緒に飲もうぜ。もちろんオレのおごりだ」


そんなのに付き合ってる時間は正直ない。だが俺はため息をつくと、気のよさそうな男の差し出された手を握り握手をした。



「キリシマ、こっちの通りにろくな女はいない。金ならオレが持つからよー。表通りに戻ろうぜ」


“アルヴァマ”はここらで一番の歓楽街だ。以前は商業が栄えた街だったが、ホドスの王都侵攻の時、運悪く敵の侵攻経路のそばにあり、いったんは滅ぼされた。だが今やにわか造りの安っぽい建物が建ち並び、傭兵やならず者、あぶく銭でうるおった男達が一夜の愉しみを求めて集まる場所として栄えている。今日も通りには、その手の男達であふれてれていた。


「俺につきあう必要は無いぜ。アンタは好きな店で遊んでくれ」俺はつきまとうカイロに言った。適当なところで別れるつもりだったが、この男は俺のそばから離れようとしない。


「冷てえな。ここはそう言う場所じゃねえだろうが」


「そう言う場所じゃ無かったら、どう言う場所なんだ」


「男が仲良くいっしょに天国に行く場所さ」


俺たちは裏通りに入る。

確かに表通りに比べ、客引きをしている女の質はめっきり落ちている。


ここか。


しばらく歩くと俺はようやく目的の場所に到着した。裏通りのどんずまりだ。時間も今で間違いない。

客からあぶれた女が数名、暇そうに立っている。その中一番歳がいってそうな中年女に目が向いた。泣きそうな顔でうつむいている。俺はため息をついた。慣れないことをするからだ。


別班の指揮官、木村一佐の守護魔術師だ。今日の姿はくたびれた商売女。


その容姿なら客にあぶれてもしょうがない……と俺以外の男は思うだろう。だがその姿は魔法を使った変装だ。わざわざ自分の美しさをおとしめるような女は、ここでは彼女くらいだろう。よっぽど男に声をかけられたく無かったのだろうが、周囲から完全に浮いている。

もっとも地の美しさをそのまま出せば、群がる男どもで仕事にならないか。


俺と目が会うと、魔術師は一瞬嬉しそうな顔をした。よほど待ちくたびれていたらしい。

すると、カイロに腕を捕まれた。


「おい待てよ。いくらなんでも、あんなババアはやめておけ」


「年上が趣味なんだ」俺はカイロの腕を振り払い彼女の元へ向かう。


「いくらだ?」俺の問いに、ほっとしたように魔術師は答える。「……100ガメルよ」


「いいだろう」と俺は答えたが、魔術師は棒立ちだ。何やってんだ。商売女を装うなら腕くらい自分から腕くらい組め。これだから美人って奴はめんどくさい……しょうがないので腰に手をやり――キャッと言う声が聞こえた気もするが無視だ無視――俺は彼女を引きずるように一緒に歩き出す。


「おいマジかよっ! あんた頭がおかしいぞ!!」カイロが叫んだ。


「知ってる。じゃあな。アンタはアンタの天国を探してくれ」俺は後ろも見ずに手を振った。



粗末な宿屋の汚い部屋。魔術師と一緒に中に入ると、彼女は慌てて俺から離れた。

俺はベッド前におかれた安っぽい椅子に手をかけ、引き寄せどかっと座った。魔術師は使い古された汚いベッドに腰掛けるかどうか迷っている。


「で、またアンタか。別班もよほど人手不足らしいな」


「何よ。文句ある?」


「文句なら大ありだ。魔術師のクセに俺が近づいたのも気がつかない。慣れない場所にビクビクしてたんだろう」


「そ、そんなことは」


「どうしてこんな場所をわざわざ選んだ? 面倒くさくてかなわない」


「いくらなんでも基地近くで何度も会えるわけ無いでしょう。存在秘って言葉の意味分かってる?」


「それにしたって他にも場所が……まあいい。了解だ。で頼んだ情報は持って来たか?」


魔術師は手提げ袋を差し出した。


「木村班長からの伝言よ。“これであなたからの借りは無し”」


「そいつはこれから確かめる」俺は袋を受け取り書類を取り出した。

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