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支援要請


「実を言うと今日来たのは、二つの目的があった」


俺は話を切り出した。


「一つ目は君の状況の確認だ。例の公爵の件以来、会えてないからな。だがまあ大丈夫のようで安心した」


「あなたには面倒をかけたわ。留置を止めてもらうよう自衛隊に働きかけたのだけど遅れてごめんなさい。細かいことは話せないけど、わたしはもう大丈夫。あらためてお礼を言わせてもらうわ」


「礼の必要は無い。成り行きでああなっただけだ。そして細かいことを話せないはこちらも同じさ」


「“お節介で、お人好しの男が、気まぐれで助けてくれた”のよね?」


「お節介で、お人好しはご指摘のとおりだが、気まぐれは違うかもしれない……さてもう一つの目的の方に入ろう」


エルフィラは不満そうにこちらを睨んだ。


「ちょっと待って。その件それだけ?」


「それだけ、と言うと?」


彼女は俺から目線を剃らし、モゴモゴとつぶやく。


「私たち、その……」


……ああ。あのことか。王女の立場なら気にするのは当然だ。


「君が情緒不安定になって抱きついたことなら気にするな。俺は口が堅い方だ。ヴァレリオが口を割ることは俺以上に無い。だから、外部に漏れてスキャンダルになったりは絶対に無い」


エルフィラは大きなため息をついた。


「違うでしょ。そうじゃなくて……気持ちのいい風が吹いているし、夕日も綺麗。こんな雰囲気で言うセリフはもっと……この前の続きというか……なんか」


「なんか?」


「なんか……もう少し…………もういい!! あんたに期待した私が馬鹿だった」


「何を突然怒っている?」


エルフィラはもう一度、これ見よがしにため息をついた。

「怒ってなんかいない。ちょっとがっかりしただけ。あなた、そう言う人だったわね……さあ、もういいわ。ここに来た本当の理由を聞かせてくれる?」



俺はエスト村の近辺に出没している野盗の件を話した。そして言う。


「王立軍は賊に対応中なのだろう? どんな連中なのか教えて欲しい」


「なんで自衛隊が野盗のことなんか気にするの? あなた方の知ったことでは無いでしょう?」


「ところがそう言う訳にも行かない。部下の話では、そいつらはホドスのテリトリーを自由に移動しているそうだ。そんな方法があるのなら興味を持つのは当然だ」


「部下達に村を嗅ぎ回らせているの? 勝手にそう言うことされるのは、王立軍の指揮官としては面白く無いんだけど」


「こっちが必要なのは情報だけだ。教えてくれれば喜んで引き下がる」


「村人が野盗に襲われて困っていても、あなたたちは見捨てるって訳ね」


俺はため息をついた。

「俺たちに絡んで欲しいのか、欲しくないのか? どっちなんだ……いや待て。答えなくていい」


「仮の話よ……もし私が、あなたに助けて欲しいと言ったら?」


「答えなくていいって言ったぜ。いずれにしろ賊の対処は王立軍の仕事だ。俺たちが関与すべきことでは無い」


「いかにもあなたの言いそうなセリフ。予想はしてたけど、そうはっきり言われてみるとやっぱりあなたって、すがすがしいまでに冷たい男。“英雄”の名が泣くわよ」


「俺の立場なら誰だってそう言うと思うぜ。だいたい英雄なんて自称した憶えは無いね。そうでなくとも余計な真似をしでかして、いつも上から睨まれている身の上なんだ。困らせないでくれ」


「……まあ、いいわ。あなたには借りがある。知ってることは教えてあげる」


そう言ってエルフィラはエステ村の野盗について語り始めた。



彼女の話ではやはり王立軍の対処はうまくいってないようだった。彼女の戦力では兵を村に常駐させることは出来ず、その隙を見て村を襲ったり村人を拉致していくのだと言う。

運良く賊を目撃しても、ホドスの勢力圏内に逃げ込んでしまう。


「竜が出てきたら我々だけでは対処が難しい。深追いは出来ない。でも、野盗のアジトがどこなのか、だいたいの位置は掴めているの」


「それはどのあたりだ?」


周囲が暗くなってきたのでエルフィラは“明かり(ライト)”の呪文を唱える。

そして近くに落ちていた小枝を拾い地面に地図を書き始めた。


「この辺よ」


指し示した場所は、村から15キロほど離れた地点でそこはホドスの勢力圏内。絶対防衛ラインから5キロほど向こうの深い森の中。

その周辺は装甲車両が入りにくく、主に王立軍の担当だ。


「ありえない。ホドスの勢力圏のまっただ中だぞ。そんなところに野盗ごときがアジトを築けるものか」


「兵の犠牲の上に得た情報よ。そんな簡単に否定して欲しくない」


「そうは言っても。こいつは」


「ねえ」エルフィラはささやく。「やっぱり一緒に賊を叩かない? そして秘密を吐かせるの。どうやってホドスのテリトリー内で自由に活動できるのか、その秘密をね。だいたいあなた方、こっちに対処は全て任せて情報だけ抜こうなんていくらなんでも都合良すぎるわ」


「無茶言わないでくれ。俺の隊は偵察隊で火力は限定的。ホドスのテリトリーに入り込むなら他の部隊の支援が必要になる。俺の独断で出来ることじゃ無い。だいたい野盗と言っても王国民だからな。戦っていいのか交戦権の問題も出てくる」


「では、このまま放っておくと?」


「そうは言ってない……乗りかかった船だ。俺から陸将に上申してみよう。賊の制圧自体は君の隊に任せるしかないと思うが、援護は出来るかも知れない。説得用にそちらが現在までに得た情報を全て渡して欲しい。野盗の起こした事件、目撃例、アジトの推定位置とそう判断した根拠。君の部隊のこれまでの行動。可能な限り全ての情報だ。そして提供する情報に関しては君が全ての責任を持つこと」


「情報だけ取って自衛隊は何もしないとか? それは無いと思っていいかしら」


「俺は全力で説得するつもりだが、最終判断は陸将が行う。現時点で俺は何も請け合えない。だが王女名で要請があれば無碍むげにはしないはずだ」


「ずいぶんそちらに都合のいいこと言うわね。だけどこれ以上、こちらも村に損害は出せない……いいでしょう。あなたを信じるわ。但し、私にも条件がある。この作戦における自衛隊の責任者はあなたが務めること。私はあなたとしか交渉はしないし一緒に戦わない。この条件は譲るつもりは無い」


「……わがまま言うな。そんなこと陸将に言える訳が無い。他国の人間に自軍のことで口出しされて気分が良くなる将官なんていないんだぞ」


「そんなの知ーらない。この条件は譲るつもりは無い――私はそう言ったわよ」


エルフィラはそう言ってニッコリと微笑んだ。



「どうだった。浮かない顔だな」


陸将とその補佐官に対する説明は、およそ三時間に渡った。ぐったりして基地に戻った俺にヴァレリオが声をかけてくる。


「たっぷり皮肉を言われたよ」


「まさか作戦が認められなかったのか?」


「いいや。一部修正を受けたが大筋は認められた。すまないが忙しくなるぞ」


「俺が文句をつける筋合いは無いな。野盗退治なんだから、セレニーティス人としてはむしろ礼を言うべき案件だ……しかし、それなら何で浮かない顔なんだ」


「ああ、それはな……」


エルフィラが俺への援護のつもりなのか、陸将宛てに王女名で直接支援要請を出してきた。

それ自体は予想していたが、あろうことか名指しで俺のことを作戦指揮官に名指ししてきたのだ。

あれだけ止めろと念をおしたのに、なんと要請書の中で三重線で強調する念の入れ方だ。そんな手紙を受け取って陸将が面白く思うはずも無い。


「モテる男の悩みだな」


「勘弁してくれ。嫌みたっぷりで陸将に同じセリフを言われてるんだ」


それでも普通科小隊の応援と、ホドスのテリトリー内での活動を考慮し、対竜ヘリコプター部隊の待機が認められたのは感謝している。作戦の概略はエルフィラ率いる王立軍“イフエールの剣部隊”がアジトに突入。賊が反撃したら、同盟軍保護を口実に俺の隊と普通科小隊が戦闘に参加。最終的には投降を呼びかけ親玉を確保するのが目的だ。


そして俺はもう一つ重要なことを、陸将に認めてもらっていた。別班の木村班長に声をかけることだ。

そろそろ奴には借りをかえしてもらっていい頃だ。


作者注)

木村春和きむらはるかず一等陸佐:陸上自衛隊の諜報部隊 別班班長

主人公にエルフィラ救出作戦を実行させた前科がある。

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