6.情報を整理しました。
ヒロインに会いに行く頻度は、それから少し控えるようにした。お兄様たちが言うように、万が一私が彼女に会いに行っていることがバレてしまうと、彼女が試験で不利になってしまう。ルカスお兄様が言っていたように、やりたいことがあるならもっとうまくやらなければ。認識疎外以上に、もっと安全にヒロインと交流を持つ術を考える必要があった。
それでも、頻度は減らしつつも会いに行くことはやめなかった。そして会いに行くたび、笑顔の練習を試みているけれど、まるで進展がない。ヒロインはいつも無表情で、ただ一人で本を読んでいるだけだった。
そうこうしている内に日は過ぎて、今日はついには二次試験の日だった。試験の日は、王城が少し騒がしい。自室の机に向かいながら、部屋で一番大きな窓に視線だけ向けた。この方角に、サクレと試験会場がある。流石に今日は、会いに行くつもりはなかった。ヒロインは聖女試験を受けに行っているので、行っても会えないだろう。
二次試験の内容は、聖なる力で傷ついたものを癒す、実技試験と聞いていた。流石に人ではなく、傷や病気を持った動物が用意されていて、それを癒すことができれば合格となる。ヒロインはヒロインとしての能力こそ発揮されないが、聖女としての力は私の想像以上に優秀なので、恐らく試験は通過できるだろう。
窓から視線を外して、私は机に向き直る。机の上にはノートを広げていた。最近はヒロインに中々会いに行けない分、代わりに、各攻略者候補たちを調べていたのだ。情報は最大の武器である。調べた攻略対象は全員で5人。私はノートの1ページ目に目をやった。
攻略対象その一。まずは、ルカス・アーサー・べネディクトゥス。18歳。
言わずもがな、私の一番上の兄である。真面目で誠実な、正統派王子様だ。王都にある魔法学校を卒業して、今は城でお父様と一緒に国務の手伝いをしている。ゲームではメインヒーロー扱いで、ゲームのパッケージの表紙ど真ん中に描かれていたキャラでもあった。
庭で猫を助けるために木に登ったヒロインのことを忘れられず、以降何かと気にかけるようになるのがルカスルートの導入だ。仕事でサクレに足を運びながら、人目を忍んでヒロインと会話をして仲を深めていく。ほかの聖女候補たちに恨まれて危ない目にあうヒロインを助け出したり、ヒロインが魔物に襲われそうになるところを助けたりしながら、徐々に二人の距離は縮まっていくのだ。
が、しかし、今回は全くそんな展開になっていない。先日、ヒロインのことをそれとなーくさりげなーく聞いてみたところ「ああ、優秀だと聞いている」と軽くうなずいただけで話が終わった。まだ不特定多数の一人にすぎないようだ。これじゃあ起こるイベントも起こらない。何とかしてヒロインへの好感度を高めなければならない。
次に、シリル・エイダン・べネディクトゥス。16歳。
私の二番目の兄だ。冷たい表情とは裏腹に、実はとてもやさしい。潔癖で礼儀にうるさいけれど、間違ったことは言わないし頑張ったらちゃんと褒めてくれる人なので私は大好きだ。現在王都の魔法学園に在学しているので、週末にしか城にいない。アニメではあまり活躍がなかったけれど、友人の推しキャラなので、友人からは多少の情報は聞いていた。
学園の課題のためにサクレにある図書室へ向かったときに偶然、同じ本を借りようとしたヒロインと手が触れ合う、というのが、ヒロインとの出会いのシーンである。初対面の印象では「ルカスお兄様が気にかけている人」という印象ぐらいだそうだが、そこから色々あってヒロインと魔物退治に向かうことになるらしく、そこで二人の距離はぐっと縮まるらしい。らしいらしいばかりでごめん。語彙力のない友人のプレゼンしか聞いたことがなかったので、本当にあやふやなのだ。でも、よくわからないけれど、たぶん、危ないところを助けてくれるみたいな感じだと思う。
もちろん今現在ヒロインとは何も関係が発展していない。一応印象を聞いてみたけれど「全員の名前と顔は一致してるけど特別に何かは知らない」と言われた。シリルお兄様の記憶力はすごいけどそうじゃない。
次に、ユージーン・バートン。19歳。
王国の騎士団に所属している。女たらしだけれど剣の腕は騎士団でもトップクラス。聖女の護衛騎士に選ばれている。自分に靡かないヒロインが気になって追いかけているうちにうっかり本気になってしまう。というアニメで描かれた情報ぐらいしか知らない。アニメだと普通にちょっとチャラいけどいい人って感じだったんだけど、ゲームでもそこはあまり変わらないだろう。ちなみに、現実においては、時々私の護衛で一緒に外に出ることがあり、その時話した感じだと気さくなお兄ちゃんという感じだった。
こちらももちろん、ヒロインとの関係は発展していない。話を聞いてみたけれど「ああ、あのすごい美人ですね。顔は好みですね」と身もふたもない返しをされた。もっと甘酸っぱい何かはないのか。
次、ジョシュア・ハミルトン。21歳。
王国の魔術師団に所属している。研究馬鹿で頭がおかしい、と城では言われているけれど、実際に会ってみるとやっぱり頭がおかしい。変態だ。アニメだとヒロインの能力に興味をもって近づくけれど、だんだんヒロイン自身にも興味を持つようになる、という感じの設定だった。ゲームの設定はよく知らない。悪い人ではないのだけれど、話すと疲れるなあと言う感じだ。後、実はシリルお兄様となぜか仲がいい。
先日ヒロインの印象を聞きにジョシュアに会いに行ってみたけれど、徹夜明けだったらしく部屋から一歩も出てこなかった。たぶん何も進展していない。謎の多い人だ。
最後に、ウィリアム・クレランド。14歳。
この人が一番よくわからない。隠しキャラポジションな謎の少年である。謎と言いつつも、主人公の義理の弟だ。でもアニメではあんまり出番がなかったし、ゲームでは私がやったところまでだとまだ登場すらしていない。一応聖女試験が始まる前に調べたときには、一応存在はしていたし、そのうち関わることがあるかもしれない。今はヒロインの実家の領地にいるので、ヒロインの印象は聞けていない。そもそもどういう弟さんなのか、今度ヒロインに直接聞いてみてもいいかもしれない。
「……いや、本当に、好感度を高めないとやばいな」
書き出した全文から目を離して、そうひとり呟く。たぶん、今パラメーターが見れるとしたら、ラブパワーはゼロだ。一ミリも溜まっていない。このままでは世界がやばい。何とかしなければいけないのだけれど、しかしヒロインが相変わらずあの調子なので、ラブも何も生まれてくれないのが現状だった。
何故ああも攻略対象に興味がないのだろうか? 私は頭を抱える。もうこうなったら、むしろ逆転の発想で、攻略対象のかっこいい姿をヒロインの前で見せて、ヒロインの心を動かしてもらうとかはどうだろう。うーん、なんだかそっちの方がいけそうな気がしてきた。
……あれ?
そこまで考えたところで、私はふと、自分の思考に何か引っ掛かりを覚えた。何かを忘れているような気分になる。攻略対象キャラのかっこいいところ。そういえば、と私は再度ノートに目を下とす。
そういえば、私はどこのシーンを見てルカスお兄様を最推しに決めたんだっけ。確かすごく、印象的なシーンがあったはずなんだけど。そこで不意に、自分で書いたある一文が目に止まる。
『―—ほかの聖女候補たちに恨まれて危ない目にあうヒロインを助け出したり』
そうだ、このヒロイン救出イベント、序盤のイベントで合ったやつだ。ちょうどこのイベントまでやって、私は死んだ。確かヒロインの成績を恨んだほかの聖女候補の支援者が、人を使って試験前にヒロインをどこかに閉じ込めるのだけれど、好感度が一番高いキャラが助けに来てくれるのだ。ルカス狙いでやっていた私は当然ルカスが助けに来てくれた。ゲームを始めて、初めて見た個別キャラのスチルだったので死ぬほど興奮した気がする。試験会場に来ていないヒロインを不思議に思ったルカスお兄様が魔法で探し出して助け出すという、ヒロインとルカスお兄様の距離がググッと縮まることになるイベントだった。そのときのスチルが滅茶苦茶かっこよくて、私はルカス推しになったのだ。
懐かしいなあ、と思いながら、そういえばこのイベントいつ頃にあったやつだっけ、と首を傾げる。割と序盤だから、そう確か――ああ、そうそう、思い出した。一次試験が終わった後、二次試験の始まる直前だ。
「……直前?」
ハッとして私は立ち上がる。ここからは見えないサクレのある方角へ、視線を向けた。