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5.ヒロインと仲良くなれますか?

お読みいただきありがとうございます。

都合により教育係の名前を「キース」に修正しています。よろしくお願いいたします。



 ヒロインと友達になって数日。解ったのは、ヒロインは、本当にびっくりするぐらいヒロインの行動をしないということだった。そもそも、攻略対象と関わろうとしない。私が覚えている範囲のイベントはことごとくスルーだったし、攻略対象たちの近くを通っても恋のこの字も出てきやしない。けれど、聖女としての力や彼女自身の能力は本物のようで、先日いよいよ始まった聖女試験の一次試験は難なくクリアしていた。ちなみに一次試験は筆記試験だ。原作通りである。

 聖女の成績は貼り出されたりしないものの、結果が悪ければ速やかに聖女の暮らす場所から追い出されるので誰が落ちたのかはすぐにわかるし、逆に、誰が優秀な成績を収めたのかも、噂は一瞬で出回っていた。私も独自で色々な噂を集めまくった感じ、ヒロインは、筆記試験は上位にランクインしたのは間違いないようだった。


「すごい! すごいですね! おめでとうございます!」


 魔法で作った特製の音のならないクラッカーを引っ張る。魔力の一部を変質させて作った紙吹雪がヒロインの周りをふよふよと舞った。自信作の特性クラッカーだったけれど、ヒロインは「なんですかこれ」ととても迷惑そうな顔をする。うーん。おかしい、ウケなかった。

 今日も今日とて、私はお忍びでサクレに来ている。ヒロインからお許しが出ているので、遠慮はなしだった。ちなみにミアは置いてきているので、この場には私とヒロインしかいない。

 ヒロインは今日も図書室にいた。私が会いに来た時、彼女は大体図書室で本を読んでいる。図書室の人目がつかない隅っこで気配を殺すように一人でいるヒロインは、一度も私に目を向けることなく黙々と読書をしていた。通常運転である。


「今日は一次試験を突破したお祝いをしようかと思いまして」

「いりません」

「なんと、魔法のポケットを用意しました! これはですね、私特性のアイテムなんですが、中にクッキーを入れて一回たたくとなんとクッキーが二枚に増えるという……」

「いりません」


 取り出したお祝いの品を素気無く拒否されたが、せっかく作ったのだからと私はこっそり彼女の制服のスカートにポケットをくっつけておく。

 私は魔法の扱いにとても自信がある。前世で、自慢できるレベルで手先が器用だったのと、前世の知識を踏まえた「この世界にあったらいいな」の発想のおかげか、既存の魔法を組み合わせて新しい魔法を編み出すのが得意だった。教育係のキースからも「魔力量は人並みのくせに発想力と扱いだけは天才的に器用ですね」とよく褒められるのだ。このポケットもきっとそのうち何かの役に立つかもしれない。 

 せっかくなので使い方の説明でもしようかなと思ったところで、ヒロインの纏っている空気がいい加減本気で迷惑そうなものになってきているのに気づいた。これまで何度か会いに来た中で、彼女に怒られたり拒絶されたりしたことこそないけれど、何も言わないまま空気で拒否された経験は多い。読書の邪魔をしている自覚もある。私は本題に入ることにした。ぱちん、と指を鳴らして、出しっぱなしにしていたクラッカーを消す。私はヒロインに向き直った。


「あなたに協力したいのだと告げて数日、私も色々と考えてみたんです。友人としてあなたのために何ができるんだろうって。それで一つ、気づいたことがあって」


 乙女ゲームが始まらないまま、聖女試験が始まって数日。私はなぜ乙女ゲームが始まらないのか、私に何ができるのかずっと考えていた。そこで一つ気づいたことがある。

 ヒロインは本から視線を上げないままだったが、聞こえていることはわかっている。私はそのまま続けた。

 

「あなたは、私と出会ってから一度も、笑ったことがないなって」


 そう、ヒロインはなぜか笑わないのだ。ゲームではスチルに顔が描かれていなかったので、表情まではわからないけれど、たぶん普通に表情豊かで笑っていたはずだ。むしろあんな素敵なスチルで実は無表情でした、となる方が怖い。何よりアニメではヒロインの顔は描かれて、普通に表情豊かに描かれていた。

 彼女が笑わない理由を私は知らない。知らないけれど、ヒロインに乙女ゲームを始めてもらうには、やはり「笑顔」はかかせないと思った。恋の始まりは素敵な笑顔。そう、これが今日の本題である。私は意識して満面の笑みを浮かべて言った。


「ですから、今日から私と、笑顔の練習をしましょう!」

「いりません」


 とてもとても迷惑そうな顔をされたけれど、私はとりあえず渾身の一発芸をするために、考えていたネタを披露するのだった。






「最近、頻繁にサクレに行っているようだな」


 その日は、週に一度、家族で夕食をとる日だった。父も母も、兄たちも忙しい身なので、なかなか一緒に食事をする時間が取れないのだけれど、週に一度はできる限り一緒に食べる努力をすることになっている。とはいいつつも、結局今日は父も母も席を外しており、席についているのは私とルカスお兄様、そして二番目の兄であるシリルお兄様だけだった。

 ルカスお兄様の言葉に私は食事の手を止めて顔を上げた。顔を上げると、ルカスお兄様だけでなく、シリルお兄様も私に視線を向けていることに気付く。


「その話は僕も聞いたよ。アリシア、あまり褒められた行動ではないね」


 シリルお兄様が、ルカスお兄様よりも少し長い銀色の髪を耳にかけて、翡翠の瞳を私に向けた。

 ――このシリルお兄様も、ミララブの攻略対象の一人だったりする。私の二番目の兄で、第二王子。潔癖で気難しく、礼儀に厳しい。「ツンデレキャラだよ」と前世の友人は言っていた。最推しだったらしい。ツンデレ、というものに当てはまるのかどうかはわからないが、確かにシリルお兄様は見た目と中身でギャップがある。今も冷え冷えとした目で私を見ているけれど、これは決して怒っているわけではなかった。これはたぶん、心配させてしまっている。

 シリルお兄様の言葉に続けるように、ルカスお兄様は言った。


「俺はお前の、何事も興味をもって学ぼうとする姿勢には感心している」

「……はい」

「だが、本当に純粋な知識欲のためだけに通っているわけではないな?」


 ぎくり、とする。疑問の形はとっているけれど、聞かれているわけではなかった。既に私が何か目的をもってサクレに行っていることに、お兄様は確信を持っている。ルカスお兄様は冷静な瞳で私をとらえて言った。


「聖女試験に、何かあるのか?」


 ここでお兄様に答えられるものを私はもっていなかった。前世の記憶で、とか、乙女ゲームが、とか、そんな意味の分からない話をするわけにはいかない。否定も肯定もせずにお兄様を見据えると、数秒私を見つめたお兄様がやがてはあ、と小さく息を吐く。「お前の悪い癖が出ているな」とルカスお兄様は困ったように肩を竦めた。


「お前は昔から予想だにしない行動を、まるで何か確信があるかのようにすることがある。でもそれで誰かが不利益を被ったことはないし、お前の行動がプラスに働くことの方が多いことは俺も知っている。が」

「だいたい後先考えない行動をするから、見ている側としてはハラハラしてしょうがないんだよね」


 ルカスお兄様の言葉に続くようにして、セテスお兄様が呆れを含んだ声色でそう言った。そして駄目な子を叱るようにきゅ、と目を吊り上げて言う。


「アリシア、今回の件は僕や兄さんが気づいただけ。お前が特定の聖女と関わっている、なんて噂もないし、ただ勉強熱心で好奇心旺盛な王女が、遊び半分でサクレに行っている、と思われてるだけだ。だけどもし今後、城で働く者が不審に思って報告をあげてきたら、僕たちは当然理由をきかなければならなくなるし、聖女試験を監督する王子としてお前を咎めなければならなくなる場合だってある。それはアリシアも嫌だよね?」


 こくん、と頷く。二人の兄は同時に表情をやわらげた。ルカスお兄様は優しい表情のまま続けた。


「それなら、もう少し考えて行動しろ。目的があってやっているのなら、なおさら上手くやれ。いくら認識疎外の魔法をかけて行ったとしても、わかる人間にはわかる。もし万が一、『知られると不味い人間』にバレたら、どうなるかわかるな?」

「……はい」


 俺も可愛い妹を叱るのは本意ではない、とルカスお兄様は笑った。

 乙女ゲームが始まって、ヒロインが現れて、けれど乙女ゲームを始めてくれなくて。怒涛に色々なことが起こる中で、自分の視野が狭くなっていたことに気付いた。一向に起こらないイベントに焦っても、それでヒロインの試験が不利になるような行動をとってしまっては本末転倒だ。


「ごめんなさい、今度からは、もう少し節度をもって行動します」


 昔から兄二人は優しくて聡明で、猪突猛進なところがあると自負している私の視野を広げてくれる存在だった。感謝を込めて頭を下げると、ルカスお兄様に「いい子だな」と頭を撫でられる。心配をかけるような行動をとっている自覚があるので何も言えないけれど、ルカスお兄様は私をまだ幼い子供だと思ってる節がある。幼子にするように頭を撫でられて恥ずかしくなっていると、シリルお兄様がふふ、と口元を綻ばせた。


「この通り兄さんは過保護だし、僕もお前に何かあったら困る。もう少し自覚をすること。わかった?」


 はい、と私は頷いた。




 部屋に戻ると、手紙が届けられていることに気付いた。数日前に出した手紙に、もう返事が返ってきたらしい。落ち込んでいた気持ちが一瞬で浮上した。手紙の相手は無論、婚約者様からだ。私はびりびりに破れないように丁寧に封筒を開けて、中の手紙を取り出した。手紙にはいつも通り、綺麗な文字が並んでいる。バランスよく均等に並んだ文字は、手紙の主の性格が想像できて好きだった。



拝啓、婚約者殿。

 帝国では厳しい寒さが続いていますが、あなたが以前送ってくれた防寒具のおかげで、風邪をひかずにすんでいます。あなたからの贈り物をいつでも身につけていたいけれど、ずっとつけていて汚したりほつれてしまったりしては困るので、ここぞという時に使うようにしています。

 聖女試験についての話は、私の国まで届いています。あなたが仲良くなりたいと思ったその女の子と、あなたが仲良くなれることを心から願っています。

 防寒具のお礼を送ります。気に入っていただけるといいのですが。

 私も早く、あなたに会いたい。 敬具

アイザック



 アイザック、と書かれた文字をなぞる。会ったこともないくせにその名前を呼ぶのがなんだか気恥ずかしくて、ついつい「婚約者様」という言い方をしてしまっていた。本当に会えた時には、自然に「アイザック様」と呼べたらいいのだけれど。


「会いたい、かあ」


 姿絵でしか顔を見たことがない婚約者様のことを、手紙を受け取るたびに想像する。彼は手紙を書くとき、どんな表情をしているのだろうか。笑ったときは? 声は、どんな感じなんだろう。手紙の文面通り、優しくて誠実な人なんだろうか。一目でいい。一瞬だって構わないから、彼に一度会ってみたかった。


 私は、手紙と一緒に同封されていたものを取り出した。「お礼に」と婚約者様が言っていたものだろう。不思議な色をした石だった。青のような、緑のような、光の加減で見るたびに色が変わる。小さく丸い穴が空いていたので、ひもを通してペンダントにした。首からかけると、なんだか心臓のあたりが暖かくなった。


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