3.反省しました。
実際のところ、私がゲームについて持っている知識は、とても浅い。どれぐらい浅いかと言うと、ゲームを借りてルカスルートを始めて割と序盤で終わっている。たぶん、序盤までやったところで、私は死んだのだ。
ミララブはもともと、友達がドはまりしていたゲームだった。「愛がやばいんだよ」「やっぱ愛だわ」「愛が世界救っちゃったわ」と語彙力のない感想をよく聞きながら、とりあえずやってくれと布教され、とりあえず放映されてたアニメだけ見てみて、とりあえずちょっと興味が出たので友人に借りてやり始めたところだった。アニメは全話見たけれど、1クール12話という限られた話数の中でゲームのシナリオをやり遂げるのは難しかったらしく、かなりはしょられた上に各攻略キャラの話もあまり深堀されないままめちゃめちゃさらっと終わってしまったので、友人としては「推しがしゃべって動いただけでアニメ化は死ぬほど嬉しかったけど正直シナリオは微妙」とのことだった。乙女ゲームのアニメ化あるあるである。
なので私の知識としては、ゲームの本筋はさらっと知っているけれど、ゲームをちゃんとしないとわからないような各キャラの重要な秘密であるとか効果的な選択肢であるとかはほぼほぼ知らないのだった。
窓の外はすっかり日が沈んで、夜の静けさで満ちている。聖女試験の開会式の日とあって、見回りの騎士の明かりは多いけれど、私の部屋までは聖女試験の華やかな喧騒は届かなかった。恐らく今頃、開会式後の夜会が始まっている。本来ならば私も参加する予定だったけれど、勉強を抜け出したことがバレてしまったので、課題が終わるまで部屋から出してもらえないことになっていた。サボるのは初めてだったので情状酌量の余地ぐらいあるのではないかと交渉してみたけれど、「一度目があってどうするのです」と静かに怒った教育係のキースが怖かったので、私は罰を粛々と受けることにした。
私は机の上の明かりだけつけて、机の上に並べた大量の課題を見下ろす。なかなか手を付ける気にはならなかった。私は今、猛烈に反省していた。勉強をサボって部屋を抜け出したことではなく――ヒロインへの私の対応についてに。
「いや……いきなり世界のために木に登ってくれは、ないわ……」
思い返してみても、私の行動はドン引きだった。ドン引き要素しかない。迷い込んだ中庭で、急に現れた女に、「世界のためにお願いだから木に登ってください」なんて必死にお願いされて、ドン引かないわけがないのだ。逃げられて当然である。
あれからお兄様に「あと少しだけだから」と頼み込んで、開会式の会場に一瞬だけ入ったけれど、ヒロインはちゃんと会場の中にいた。ひとまず私に怯えて帰ってしまわなくてよかったと思う。ゲームが想像していたように始まらなくて焦りまくって、取り返しのつかないことをしてしまうところだった。
そうだ、まだ、取り返しがつくはずだ。
ヒロインはまだ聖女試験を受けるつもりのようだし、攻略対象は普通にいる。出会いのシーンがないことで今後のイベントに色々と影響は出るかもしれないけれど、要は最終的にラブパワーが溜まればいいのだ。ゲーム通りのイベントではなくても、何とかなるんじゃないだろうか。私のいいところは、前向き、反省しても落ち込まない、ポジティブだった。
とにかく明日、もう一度ヒロインに会いに行って、今日のことを謝ろう。
「あっそうだ、手紙の続き書かなきゃ」
気持ちを切り替えて課題を終わらせようかな、と思ったところで、そういえば今朝書きかけのまま机に仕舞った手紙の存在を思い出す。私は引き出しの中から、手紙を取り出した。
手紙は、私の婚約者へ向けてのものだ。第一王女と言う立場上、生まれて間もなくして私の婚約者は決まったらしい。相手は隣国の王太子で、年は4つ上。ちょうどルカスお兄様と同い年だった。事情があるらしく会ったことは今まで一度もないけれど、姿絵だけは見たことがあった。金色の髪に、冷めたヘーゼルの瞳。姿絵なので相当美化して描かれているのだろうけれど、なかなかにイケてるメンズだった。
婚約が決まったとお父様に告げられたのは、6歳のときだった。まだ会うことはできないが、という言葉と一緒に見せられた姿絵を見たとき、私は彼に手紙を書くことを決めた。だって、姿絵を見ただけでは彼がどういう人間かまるでわからなかったからである。事情があって会えないとしても、このまま何も交流がないまま出会ってすぐ結婚、なんて展開は嫌だった。私だって前世とは違いこの世界に生まれて王女として生きる責任はわかっているつもりだ。だから知らない相手との結婚が嫌だとは言わない。言わないけれど、せめて相手の人柄とか、何が好きでどんなことをしているのかとか、そういうことを知ったうえで結婚したかったのだ。お父様は少し渋ったけれど、手紙ぐらいならと許してくれた。
手紙を送り始めた最初は全然返事が来なくて挫けそうになった。けれど逆に段々腹が立ってきて、どうにかして返事を書かせてやろうという闘志が燃え上がり一方的に送り続けて、そうしてやっと返事が返ってきたのは手紙を送り始めて1年がたつ頃だった。
その日からは、手紙は交互に送りあっている。6歳の頃に文通を初めたので、もう8年になる。顔を見たことがない、声も知らない婚約者へ宛てた手紙を書くのは、もう私にとって日常の一部になっていた。
拝啓、婚約者様
今日も私の国は穏やかな春の陽気に包まれています。あなた様は今日も、ご健勝にお過ごしでいらっしゃいますでしょうか。
今日から、聖女試験が始まります。どうしても会いたい女の子がいたので、ちょっと勉強を抜け出して、聖女試験を受けにきたその子に会いに行きました。会うには会えたのですが、とても失礼な行動をとってしまい、嫌われてしまった気がします。でも諦めません。とりあえず明日謝って、もう一度友達になれないか、話をしてみようと思います。
いつか、あなたとも会って、話せる時を夢見て。 敬具
アリシア・アマデウス・べネディクトゥス