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1.乙女ゲームが始まります?


「Miracle of Love」。通称ミララブ。


 それはかつて住んでいた世界、日本で、それなりの人気を誇った乙女ゲームだった。

 ゲームの舞台は一年中花が咲き誇る常春の国、「べネディクトゥス王国」。この国には古くから、女神オリビアの祝福を授かった「愛の乙女」と呼ばれる聖女が生まれるという伝説が継承されてきた国だった。

 魔物が活発化し、魔王復活の兆しが見えた王国では、魔王を打ち滅ぼすための「愛の乙女」を選ぶ聖女試験が開始されることになる。その試験に聖女候補として参加することになるのが、このゲームのヒロインだ。ヒロインは没落寸前の貧乏貴族。聖女の力が開花したヒロインは、家の再興のため、聖女試験に参加することになる。

 ゲームのシステムはいたって簡単だった。とにかくパラメーターを上げること。聖女試験を通過するためには、各試験の日までに一定レベルまでパラメーターを上げなければならなかった。パラメーターが条件に達していれば試験に合格して物語は先に進み、達していなければ失格でゲームオーバーとなる。

 またパラメーター上げは、攻略対象を攻略するのに必要な条件でもあった。特定のパラメーターを重点的に上げることで、攻略対象とのイベントを起こすことができるのである。攻略対象は全部で5人。それぞれ必要なパラメーターが違うので、攻略する相手に合わせてヒロインを育成する必要があった。


 そしてこのゲーム、パラ上げ意外に何よりも大事なことがある。ミララブは、タイトルにある通り「愛」が重要なゲームだ。ゲームのキャッチコピーを「愛は奇跡を起こす」という文言にするぐらいには、とにかく「愛」。何をおいてもまず「愛」。「愛」がなければ世界が救えない。

 具体的に言うと、パラ上げのほかに、攻略対象との親愛度を上げることによって「ラブパワー」と呼ばれるものを上げる必要があった。ラブパワーは攻略対象とイベントを起こしたり、選択肢で正解の選択肢を選んだりすることで上昇していく。溜めに溜めたラブパワーは、最後、魔王を倒すときに使われる。聖女の力でもあと一歩倒せない魔王を、ヒロインと攻略対象のラブパワーで倒すのだ。逆にラブパワーが足りないと魔王が倒せず世界が滅ぶ。どこからどう聞いてもふざけた名前だけれど、それがないと世界が救えない。


 とにもかくにもこの世界は、ラブパワーが上手く溜まらないことには滅んでしまうのだった。愛が足りなくて世界が滅ぶってどういう冗談だ。前世でゲームをやっていたときは「ネーミングセンスやばすぎ(笑)」とか思うぐらいだったけど、いざ自分の世界のことになってみればふざけるなって感じだ。いや本当に、笑えない。


 ちなみにこの世界での私のポジションについて話しておこう。私、アリシア・アマデウス・べネディクトゥスは、この国の第一王女にして、ゲームではただのモブである。本当にモブ。スチルにちょろっと写ってたかな、セリフも一言あったかな、程度の、モブである。




 前世の記憶が戻って数年、私は14歳で、ヒロインは16歳のはずだった。ゲーム開始までの間に、モブだけど一応王女と言う身分があったので、色々と魔王復活を抑えられないかなと頑張ってみたが、結局魔物は活発化し、魔王復活の兆しが見えてしまった。やっぱり聖女の力がなければ、魔王は封じることができないらしい。こうなったらヒロインにはしっかり試験を突破していただき、攻略対象と愛を深めてもらうしかなかった。力及ばずごめんねヒロイン。

 落ち込みはしたけれど、ゲーム通りに進みさえすれば何も問題はないはずだった。聖女試験が始まるまでの期間で、ある程度攻略対象のリサーチはしたけれど、ゲーム通りの性格と生い立ちだったし、悪役令嬢も普通に悪役令嬢だった。ほら、私が生きていた世界だと「悪役令嬢のざまあ」が流行っていたから、そういう展開になると困るなと思ったのだ。そういう設定は好きだったけれど、この世界においてはそれは困る。ヒロインと攻略対象のラブパワーがないとほんとに困るから。


 かくして聖女試験が始まるその日――運命の日は、訪れたのだった。私は今日の予定に入っていた授業をすっぽかし、ミアと教育係と騎士たちを巻いて、ヒロインが城に来て初めて訪れることになる場所に来ていた。

 開けた、中庭の端っこ。ここでヒロインは、ゲームのメイン攻略対象である男、ルカス・アーサー・べネディクトゥスに出会う。ちなみに私の一番上の兄であり、私がこの世界の記憶を思い出すきっかけになった人でもある。

 ヒロインは、試験会場までの道に迷った途中たまたま通りかかった庭で、木の上から飛び降りられなくなって困っている猫を見つける。優しいヒロインは、試験の開会式用に頑張って用意した立派なドレスが汚れるのも気にせず、木によじ登って猫を助けようとするのだ。猫を捕まえて木から降りようとしたところで――お約束だけれど――足を滑らせる。木から落ちるところを助けてくれるのが、ルカスお兄様というわけだ。


 現場について、物陰に隠れる。木の上を見ると、ちゃんと猫が木の上から降りられなくなってる!あとはここにヒロインが来てくれればオールオッケーだった。固唾を飲んで待っていると、やがて一人の少女が、木の前に現れる。

 き、きたー!

 日に透けるとキラキラ光る亜麻色の髪に、ぱっちりとした二重の、青い瞳。優しくてふんわりしたヒロインオーラ全開の顔立ちの女の子が、ついに、そこにやってきた。ヒロインは猫の鳴き声が聞こえたのか、辺りを少し見渡した後で、木の上で降りられなくなっている猫の存在に気付いた。

 そうだ! 今だ! 行け! 木に登るんだ!

心の中で旗を振りながらヒロインの動向を見守る。―—けれど。


「……」


 ヒロインは、無表情のまま猫を見上げて、そのまま一歩も動かなかった。しばらく見つめた後で、やがて興味を失ったように視線を逸らすと、そのままそこを通り過ぎる。振り返ることすらなく去ろうとするヒロインの背中を呆然と見送って、我に帰る。


 いや、いやいやいやいやいや。


「ちょっと待って!?」


 私は思わず物陰から身を乗り出していた。



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