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0.乙女ゲームが始まります。


 拝啓、婚約者様。今日も私の国は穏やかな春の陽気に包まれています。あなた様は今日も、ご健勝にお過ごしでいらっしゃいますでしょうか。






「アリシア様! アリシア王女様!」


 侍女のミアが扉の向こうから叫ぶ声が聞こえたところで、私は持っていたペンを置いた。書きかけの便せんを丁寧に折りたたんで、机の中にしまってから立ち上がる。どうやら、思っていたよりも早く気づかれてしまったようだった。

 扉に施した鍵閉めの魔法は今回力作だったので、鍵が開くまでの間にかなりの時間が稼げる想定だった。どんどんと鳴りやまないノックの音を無視して、私はドアではなく、この部屋で一番大きな窓の方へと歩きだす。ガラリ、と窓を開けると、暖かな日差しとともに柔らかな花の匂いが部屋に入り込んできた。ここ、べネディクトゥス王国は、かつて私が暮らしていた世界でいう春のような陽気が一年中つづく国だった。

 大きな窓の下は城の庭が広がっていて、ちょうど私の部屋の傍には大きな木が生えている。窓の目の前にまで育った大きな木に飛び移って、そのまま木から庭へと降りた。


「アリシア様~!」


 未だ聞こえるミアの大きな声に心の中で謝る。ごめんなさいミア。今日の分の勉強は明日ちゃんとやるから、今日だけはどうか見逃してほしい。ミアの怒った顔と、それから、今日すっぽかしてきた授業を担当している教育係の目が冷ややかに眇められる様子がありありと想像できて胃がきりきりと痛むけれど、今日だけ、本当に今日だけだから許してほしい。

 ミアの声を背に走り出す。気づいた城の騎士が驚いて動き出す前に、私は目的の場所に向かって走り出した。

 今日は私にとって、いや、私だけじゃなくこの世界にとって、とても大事な日なのだ。

 遠くで太鼓とラッパのような音が高らかに鳴り響いている。聖女候補たちが到着した合図だった。




 拝啓、婚約者様。今日からこの国では、聖女を選ぶ試験が始まります。






 おかしいな、と思ったのは、見上げた天井が自分が思っているよりも随分と高いことに気付いたときだった。私が知っている天井と違う、と思ったところで「私の知ってる天井ってなんだ?」となった。けれど確かに、私の記憶の片隅には、この天井よりももっと低くて狭い天井の記憶があった。安物の寝心地の悪いベッドに寝転がりながら、そこでよくゲームをしたり漫画を読んだりしていたなあ、と懐かしい気持ちになった。うん? ゲーム? 漫画? それってなんだっけ?

 見上げた天井を背に私を覗き込んで話しかけてくる女性は、侍女のミアと言った。「アリシア様は今日もご機嫌ですね」と頬を緩めて話しかけられたところで、「アリシアって誰だ?」とまた違和感が生まれる。私の名前はそんな海外のおしゃれな名前みたいなのじゃなくて、もっと、普通の――


「ミア、アリシアが起きているというのは本当か!」


 違和感の正体を突き止めようとしたところで、誰かが部屋の中に勢いよく入ってきた。「殿下、いけませんそのように大きな音を立てては!」というミアの諫める声に「ああ、すまない」と素直に謝った、声変わりをしていないアルトの声は、足音を立てずにそろりそろりと近づいてくる。

 そうして近づいてきた声の主が私の顔を覗き込んできた瞬間、頭にバチバチと稲妻が走る感覚があった。美しい銀色の髪に翡翠の瞳、どこからどう見ても完全に王子様フェイスのその顔を、私はかつて、「見たことがあった」。それはそう、友達から借りたゲームの中で、雑誌の表紙で、アニメの中で、見たことがあった。


 あっるえー!? 待ってこの顔ミララブのルカス王子じゃない!?


 それはまるで夢から覚めるような、ずっと靄のかかっていた視界が一気に晴れるような感覚だった。私の心の底からの叫びは、「ばぶあ~~~!?」という言葉にならない赤子の言葉に変換されて部屋に響き渡ったのだった。



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