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第一章 世界が繋がる瞬間


  第一章  世界が繋がる瞬間



 コメットとライアンがヒアシンス通りに現れたあの日から一年が経った。あの時からヒアシンス通りはちっとも変わっていない。あの日と同じ季節、同じ時間。天気までもがあの時をそっくり写し取ったような曇り空だった。


 目覚まし時計の鳴る音で、リリーは目を覚ました。まだ六時だというのに、外はとても明るい。寝転がったまま欠伸をしながら、リリーは時計を鳴らす時間を間違えたことに気がついた。今日からは夏休みだから寝坊しようと思ったのに・・・・・・。しかし二度寝をするのも何だか損した気分がするので、リリーはゆっくりと起き上がると、服を着替え始めた。

 リリーが二階の自分の部屋から一階のリビングルームに降りていくと、母のポピーはすでに起きていた。

「あら、おはよう。夏休みだからって起きてこないのかと思ったわ」

 ポピーはコーヒーをすすりながらいった。

「いつもと同じ時間だけど・・・・・・?」

 リリーの父セレスタンは、海外で貧しい子供達を助ける仕事をしている。だから家には年に数回、お正月やお盆の時しか帰って来ない。そのためリリーは小さい時から母と二人暮しだ。リリーはたまに寂しくなることもあったが、普段は母や友達がいるので大丈夫だ。

「私は今日の夜用事があるから、六時ごろから出かけるわね」

 リリーがテーブルに朝食用の食器を並べていると、キッチンにいたポピーが言った。

「え、また?」

「何が?」

「うーん、なんかお母さん、毎年夏になると夜出かけること多いな、と思って。去年もこのくらいの時期に出かけてなかったっけ?」

「そうかしらね。夏はいろいろ忙しいから」ポピーはさらりと答える。

「ふーん。ああ、そうだ。私も今日友達とプール行くから。昼間出かけるね。」

「宿題もやりなさいよ」

「はーい!」

 何の変哲も無い朝の会話。これからリリーの身の上に起こる不思議な出来事を、誰が予想しただろう。そんなことには全然気が付かず、二人はいつもと同じように朝食を食べていた。


 朝食を食べ終わるとリリーは新聞を取りに行った。朝の新聞を取りは、小さい時からリリーの仕事だったのだ。ポストには新聞以外にもたくさんの手紙が入っていた。

 今朝来た手紙も、いつものようにほとんどがポピー宛だった。リリーには一通だけ、父からの「もうすぐ帰るよ」と書かれたはがきだ。

「やった!父さん、もうすぐ帰るって……」リリーの心は躍った。

「あら、本当。良かったわね」ポピーも微笑んだ。

 父からの手紙は、いつも外国の切手が貼ってあってみていると面白い。今日の手紙も見慣れない花の模様だ。

「あら、大変」母が最後の手紙を読んで言った。

「ん?どうしたの?」

「ちょっと、この手紙読んで」


  夏祭りのお知らせ

 暑さも日々厳しくなって参りましたが、町内会の皆様にはお元気にお過ごしのことと存じます。

 さて、この度町内会では、皆様にこの夏をより楽しく、過ごしやすいものとして頂くため、毎年恒例の町内夏祭りを本年度も開催することに決定いたしました。

 つきましては、七月二十五日午後五時から中央公園にて事前会議を行うものとします。会員の皆様には是非ご出席いただけるようお願い申し上げます。


七月二十三日町内会会長 


「七月二十五日って今日だよ。知らせるの遅すぎ。」リリーは文句を言った。

「そうなのよ。私今日行けないから、リリー、あなた代わりに行ってくれない?」

 ポピーが言った。

「えっ、そんな大事なの?この会議」

「私、夏祭りの委員になっちゃったのよ。休むわけにいかないでしょ。ああ、こんなことならやっぱり引き受けなければよかったわ……」

「ふーん。まあいいけど……」

「じゃあ、頼んだわね。」そう言うとポピーは食器を片付け、自分の部屋に戻っていってしまった。

「あーあ、今日はパラダイスだと思ったのに。」リリーはため息をついた。

「まあ、いいか。今日はこれからプールだもん!」

 朝方少し曇っていた空はいつの間にか透きとおった青い空に変わっていた。

 リリーはスキップしながら階段を上り、自分の部屋の隅においてある鍵のかかった宝箱から小さなネックレスを取り出した。ネックレスの真ん中で、天使の羽が生えた小さなハートがキラキラと輝いている。これは、去年の七月三十一日に、リリーの誕生日プレゼントにとポピーからもらったものだった。ポピーは彼女の母(つまりリリーの祖母)から贈られたものらしいが、祖母はリリーが生まれる前に亡くなったので、リリーは一度も会ったことがない。

 とにかくこのネックレスはリリーのお気に入りで、もらってからもう一年以上経つが、学校に行く時以外リリーはいつもこのネックレスをつけていた。最初の頃はつけるのに手間取って五分も十分もかかっていたが、今ではもうなれてきたのでそんなに時間はかからない。リリーはバッグに水着やゴーグルやその他色々を詰め込むと、階段を駆け下りた。

「行って来ます!」リリーはドアを開けた。

「行ってらっしゃい。気をつけてね」家の中から母の声が返ってきた。

 リリーは再びスキップをしながらヒアシンス通りの黒い石畳の上を通り抜けていった。



 そのころ、リリーの家からそれほど遠くないところにある公園(町の人は「中央公園」と呼んでいた)に、二人の男がいた。コメットとライアンだ。この二人も一年前からほとんど変わっていない。ただ違うのは、二人ともあの時より疲れた顔をしていることだ。

 二人は公園を囲むように生えているツツジのしげみに隠れてなにやら話していた。

「それにしても、世界中探したあげくに、結局ホワイトエンジェルの居場所が最初に出てきた場所だったなんて、何て皮肉な……。」ライアンが呻いた。

「神様が仕組んだとしか思えないよな……」コメットもぼやいた。

「俺さあ、昔から一つ疑問に思ってたんだけど、“神様”って本当に存在するのか?」ライアンがコメットを横目でちらりと見ながら言った。

「さあ……人間は天界に入ることができないから。まあ、この千年間天界でも人間界でも神の姿を見たものはいない、と言われてはいるけどな。まあ、その話はおいといて……手紙、届けたのか?」

「何の?」

「あの夏祭りのなんとかってやつ。ホワイトエンジェル宛の。」

「ああ、あれのことか。今朝ポストに入れて、さっき見たら無くなってたから、届いたんじゃないかな」

「そうか。それならいいけど」

 二人はしばらく黙ったままそこに座っていた。

 公園の中では小さな子供達が笑い声をあげて走り回っていた。その周りでは陽の光も、公園の中央にある噴水に当たってキラキラと陽気に踊っている。コメットとライアンは目を閉じてその笑い声や水の音を聞きながら、今夜しなければならない今年最後の仕事のことに思いを馳せた。



 夏の一日は長いようで短い。一日中ヒアシンス通り照らし続けていた太陽は、もうだいぶ西に傾いていた。

 夕日に赤く染まっているヒアシンス通りの上を、リリーは疲れきった様子でとぼとぼと歩いていた。無理も無いだろう、一日中プールで泳ぎ続けていたのだから。

「ただいまー。」

 リリーが家に着いたとき、ポピーは既に出かけていた。リリーは腕時計を見た。もう六時十分前だ。

「大変、忘れてた!夏祭り会議に行かなきゃいけないんだった!」

 リリーは急いで支度をすると、中央公園に向かった。

 中央公園ではさっきまで遊んでいた子供達もみんな帰ってしまい、もうほとんど誰もいない状態だった。


「あれ、おかしいわ。もう六時なのに、誰もいない……」ふと地面を見ると、木の棒で引っかいたような線で、公園一杯に奇妙な模様が書いてある。

「何これ?ちっちゃい子が書いたものじゃなさそう。」

 ふいに近くの木のしげみの辺りで何かが動く気配を感じ、リリーは体をこわばらせた。



「おい、もう六時になるぞ。ホワイトエンジェルは?」

「えーっと……多分絶対来ると思うんだけど……」

「なんか矛盾してるぞ、今の発言」

 昼間公園の隅で話していた二人の男は、今公園の近くの木のうらに隠れて、“ホワイトエンジェル”のポピーが来るのを待っていた。

「意外に遅刻常習犯なのかも」ライアンがつぶやいた。

 もう出発の準備は整っていた。ポピーをおびき寄せるために偽の手紙も送ったし、移動のために不可欠な魔方陣も公園の地面に描いておいた。

 二人はそこに隠れたまま、ポピーがやってくるのを待っていた。

「誰か来る」公園の入り口を見つめていたコメットが声をひそめて言った。


 コメットの見ていたほうからきれいなブロンドの女の子が入ってきた。暗い公園の中ではそこだけが白く光っているようだ。

「ホワイトエンジェルか?」ライアンも公園のほうを向いた。

「それ以外に誰がいる?」

 女の子は納得がいかないという様子で辺りを見回した。それから地面に書いてある模様を見つめた。

「早く、行こう。感づかれる前に」コメットは立ち上がった。

「ああ」ライアンもそれにならった。

 二人の描いた魔方陣は公園中に広がっていた。おかげで二人は今いる場所から少し前に出るだけでその中に入ることができた。

 二人は呪文を唱え始めた。セピア通りのちっぽけな小屋で使ったのと同じ呪文。しばらくすると、魔方陣はあの時と同じように青白く輝き始めた。



「何これ……」

 リリーはその場に突っ立っていた。地面に書いてあった模様が、白い光を放っている。

「会議はどうなったの?」

 さっき音がした木の辺りを振り返ると、二つの人影が見えた。リリーは逃げようとした。だが光のせいでもう周りのものはほとんど見えない。


 リリーは光の中を走り出した。



 その瞬間、光はすべて消えた。



         *        *        *



 リリーとコメットとライアンは、セピア通りの外れに姿を現した。

「痛っ……」

 何も見えない中走ったので、リリーは転んでひざをすりむいた。顔を上げると、数メートル離れたところに男が二人立っているのが見えた。リリーが何もできないでいる間に、二人はリリーのほうに向かって歩いてきた。

「大丈夫ですか?」ライアンがリリーに話しかけた。

「…………誰?」

 二人の男は一瞬顔を見合わせた。それからコメットが答えた。

「えーとですね、俺はコメットでこっちはライアンです。あなたを連れ戻すように頼まれて……」

「え……どこに?」

「だから、ここへです」ライアンがいらいらとした口調で言った。

「え、ここ、どこ?」

「え?」コメットは困惑した表情を浮かべた。「分かるでしょう?」

「分かんないわよ!」リリーはとうとう怒鳴った。「何よ、お母さんに頼まれて夏祭りのなんとか会議に行ってみたらこんな変なところに連れてこられて!やっぱり断れば良か……」

「今なんていった?」ライアンは訳が分からないという顔をした。「頼まれて?」

 三人とも黙り込んだ。リリーは状況が飲み込めないのが自分だけではないと分かって少し安心した。

「人違いだ……まさか、そんなことが……」ライアンはショックを受けたような声で呟いた。

「ねえ、何が起こったの?」リリーはもう一度聞いた。

「分かった、説明する。えーっと、どこから始めればいいのか…………うーん、そうだな…………まず、ことが起こったのは、一人の天……」

「はくしょん!」

 リリーが不意にくしゃみをした。夏とはいえもう陽もだいぶ暮れてしまい、あたりはだんだんと涼しくなってきていた。

「一応、基地に行って報告してきた方がいいんじゃないのか?」コメットがライアンに聞いた。

「そうだな……君も来てくれる?そこで説明するから」今度はライアンがリリーに問いかけた。

「基地って何の?」リリーも聞き返した。

「あそこの」

 ライアンが指差した先には、この通りの中で恐らく最も目立たない、地味で古い小屋があった。ドアや窓のペンキもはがれかけているし、屋根もガタガタいっている。どこからどう見ても基地とは言い難い。

「俺たち……四大天使貴族の当主を探している組織の基地。」

「え、何?四大天使き……」

「しっ!あんまり大きな声で言わないで。……とにかく、行けば分かるよ」

 ライアンは半ば強制的に話題を打ち切ると“基地”へと歩き出した。

「行く?行かない?」動かないリリーにコメットが聞いた。

「…………行く」リリーは仕方なく答えた。

 三人は基地の前にたどり着いた。基地は木でできた小さな小屋で、ずいぶん昔に建てられたようだった。

 小屋の前まで来ると、コメットはドアを二回ノックした。しかし返事はない。

「あれ?」コメットは首をかしげた。

 もう一度叩いてみたがやはり返事はない。

「しかたない、ドアをぶっ壊して……」

 そう言いかけたコメットをリリーが遮った。

「……ぶっ壊さなくても、ドア開いているんじゃないの?」

 確かによく見るとドアはほんの少し開いている。

「ああ、本当だ。サンキュ」

 ドアは素直に開いた。三人は基地の中へ入っていった。

 小屋の中は薄暗かった。ドアを開けるとまず狭い廊下があり、奥の部屋へと繋がっている。その他に廊下の左右にも一つずつ部屋がある。一見普通の家のようだがよく見ると雲の巣が張っていたり床板が歪んでいたり、ずいぶん古臭い雰囲気が漂っている。三人はぎしぎしきしむ廊下を通り抜け、一番奥の部屋へと進んでいった。

 コメットは奥の部屋のドアの取っ手に手を掛けた。ドアはギーッと音を立てて開いた。

 部屋の中は暗かった。ただ部屋の真ん中に置きっ放しになっている、燃え尽きそうなろうそくの光だけが狭い部屋の中を照らしていた。隅に置かれたソファーに、小太りの男がいびきをかいて寝ていた。

「ディモルさん!」ライアンが男に呼びかけた。「もう六時過ぎましたよ!」

 男はびくっとして目を覚ますと、きょろきょろと回りを見回した。

「何?六時を過ぎたならもう出発しなければなら……なんだ、朝の六時か。それならあの二人はもう帰ってくるはずだ。……なんだ、今の声はお前たちか」

 ディモルは一気にそこまで言い切った。

「それで、どうだった…………ああそうか。良かった。」

 ディモルはコメットとライアンに向かって言いかけたが、二人の後ろに突っ立っているリリーを見つけると、答えを待たずに喜んだ。

「良くないです」コメットがため息まじりに否定した。「人違いでした。手紙送る先を間違えたみたいで……」

「何?人違いだと?」ディモルの声の調子が一気に変わった。

「それはいかん。今すぐ帰さねば……」

「そうしようとしたんですよ。でも」ライアンがリリーのほうに手をひらひらさせながら言った。

「この子が説明しろって……」

「しかしあまりこのことは知られたくないし……」


「人違いって、あなた達は誰を探していたの?」

 ディモルがぶつぶつ言っている横からリリーがコメットにたずねた。

「えーと、だから、さっき説明しかけてた行方不明の天使二人。ポピーっていうホワイトエンジェルとゴー……」

「ポピーって、私のお母さんのこと?」リリーはまたもやコメットの言葉を途中でさえぎった。

「え?」コメットが聞き返した。「そうなのか?」

「私のお母さんは“ポピー”だけど」

 コメットとライアンは顔を見合わせた。

「なーんだ。じゃあ間違ってはいなかったんだ。」ライアンがほっとしたように言った。

「じゃあなぜ君があの公園へ?」

「お母さんは用事があっていけないから、私に頼んだの。」

「なんだ、そういうことか」

「え、でも、ホワイトエンジェルって……天使、なの?」リリーは恐る恐る聞いた。

「ああ。そうだけど……なぜ?」コメットはきょとんとした。

「じゃあ、私のお母さん、天、使?」リリーはショックで目を見開いた。

「そういうことになるな、俺達の推理が正しければ。もし間違っていたら違うけど……。」

 コメットは自信なさそうに言った。

「それより、説明の途中だったよな。どこまで話したんだっけ?」

「天使を探しにいったってところ」

「ああ、そうか。おれたちは三年くらい前から天使を探し始めていたんだ。そして一年前、天使があっちの世界へ姿を消していたということに気がついた……」

「あっちの、世界?」リリーは聞き返した。

「ああ、そうか。ごめん、君の世界とこの世界は違うんだった。まず、俺の知っている限りでは、この世には三つの世界が存在する。一つは、天界。天使の住む世界だ。残りの二つは、さっきまで君がいた世界と、今俺たちがいるこの世界だ。この二つの世界の違いは……何て説明すればいいのかな……。例えば、君が住んでいる世界では、魔法は信じられていないだろう?」

「ん?うん……」

「だけど、おれたちの世界では普通に、日常的に使われているんだ。君達の世界で言う科学のように。おれたちの世界では科学なんて知っている人は少ないし、知っていたとしても理解できないという人がほとんどだろう。現におれも理解できない」

「ふーん?」リリーは語尾を上げて言った。「私もあんまり理解できないけど……」

「えー、それで、俺たちの世界の天界には天使がいるんだ。そしてその天使たちの中に、ゴールデンエンジェル、ホワイトエンジェル、シルバーエンジェル、ブラックエンジェルと四つの天使貴族が昔からある。けれど……今から十五年前に、ゴールデン家とホワイト家の跡継ぎと思われていた二人が姿を消した。そこでおれたちがその二人を探しに君の世界へと旅に出た、ってわけ。分かった?」

「うーん、なんとなくは……」

 そこでリリーははっと気がついた。

「それより今、朝の六時でしょ?もう家に帰らないと怒られる!何て説明しよう……」

「いや」コメットは笑いながら否定した。リリーの慌てぶりがおかしかったようだ。

「こっちではもう六時だけど、君の世界ではまだ夜だから大丈夫」

「なんで?」

「毎年七月二十五日になると、二つの世界の間で時間の流れが変わるんだ。こっちでの七月二十五日午後六時から、二十六日朝六時までの十二時間の間に、あっちの世界では一年の月日が流れる。」コメットが解説した。

「ってことは……」リリーは考えながら言った。

「私たちの世界での七月二十五日から七月二十六日の夜に、こっちの世界では一年経つ、ってこと?」

「そういうこと」ライアンがウインクした。

「なんでもいいけど、もう説明は終わったんだから、帰っ……」

「ちょっと待った!」ディモルが口を挟んだ。

「もしその子が本当にポピー・ホワイトの娘なら、彼女はホワイトエンジェル家の正当な後継者だ。それなら今回の計画は一応成功、ってことでいいんじゃないのか」

「は、い?」ライアンが聞き返した。

「われわれがホワイトエンジェルを連れ戻そうとした目的は」ディモルは真剣に話し出した。

「四大天使貴族の頭首を連れ戻し、天使たちの混乱を鎮めようとしたんだ。覚えているか?」

「はい。でも……」ライアンは納得がいかないという顔をした。

「君は本当にポピー・ホワイトの娘なのか?」

「あ、はい。私はリリー・ホワイトです。」リリーはきっぱりと答えた。

「それなら別に、ポピー・ホワイトではなくても問題ない。ホワイトエンジェル家の正当な後継者であれば……」ディモルは一回そこで言葉を切った。

「もちろん、その子が帰りたいというなら無理には止めんが」

 全員の目がリリーのほうを向いた。

「あ、私……もし役に立てるのなら、ここにいたいです」

「よーし、それなら問題解決だ!我々はホワイトエンジェルを連れ戻すことに成功した!」

 ディモルは自信たっぷりに宣言した。

「え」コメットは信じられないという顔をした。「でも、もし間違っていたら……」

「いや」ディモルはにやりと笑った。

「君……リリーちゃん、だっけ?その今君がつけているネックレスは、ホワイトエンジェル家で代々受け継がれてきたものだ。」

 リリーは一瞬ポカンとした。

「え?これが……」

 リリーは自分のネックレスをまじまじと見つめた。

「あぁ」コメットも思い出したように言った。「そういえば、そうだったな」

「俺は知らないぞ?」ライアンは首をかしげた。

 ディモルは質問を続けた。

「そのネックレス、多分それは君のお母様からもらった物だろう?」

「あ、はい。そういえば……」リリーは去年の誕生日のことを思い出した。

「確か、お母さんもお祖母ちゃんからもらったって……」

「やはりそうか。」ディモルは納得したようにうなずいた。

「それなら、君は今日から我々の仲間だ。よし、ライラックとホップに連絡して、明日にでもまた五人、いや六人で集まろう。ああ、申し遅れたが」

 ディモルは軽く咳払いをした。

「私の名はディモルフォセカだ。えーそれから、こちらはダンディライアン・ライモンディ。」

 ライアンが軽く会釈した。リリーも会釈を返した。

「それでこっちは、コメット・  ……」

ディモルの言葉はなぜかそこで急に途切れた。一瞬気まずい沈黙が流れた。リリーにはなぜそうなったのか分からなかったが。

「俺に姓はない」コメットはなぜかやけに冷たい口調で言った。

「なんで?」リリーは聞いたが、三人とも完璧に無視した。

「えーそれから、今ここにはいないが……ライラック・シルバーとホップ・ブラック。ライラックはシルバーエンジェル家の跡継ぎだ。あいつは結構頼れる。シルバー家は真面目だからな。あいつのお父様も四大天使の仕事の合間を縫って、我々に手を貸してくださる。ホップはもうブラックエンジェル家の当主だ。年齢的にはライラックと同い年なのだが……。私としては、あいつが当主になってあの家はちゃんとやっていけるのかどうか疑問な――」

 その時、突然ディモルの頭上から何かが降ってきた。

「はーい、悪口はそのくらいにしとこうぜ。ディモルさーん」

 天井から現れたのは、一人の少年だった。墨で描いたような真っ黒の髪に、漆黒の瞳。リリーは少年が現れた瞬間、その背中に二枚の黒い翼を見たと思ったが、もう一度良く見ようとするとそれはもう消えていた。

 ディモルはソファーから飛びのいた。

「ホ、ホ、ホッ……プ!何だ急に!びっくりしたじゃないか!」

 ホップ・ブラックは空中からゆっくり降りてくると、さっきまでディモルが座っていた場所に着地した。ソファーのきしむ音がした。

「やけにくしゃみが出ると思って来てみたら、こんな有様だもん。自業自得だぜ」

 ホップはからかうように笑った。だが、すぐに笑うのをやめ真剣な表情になると、隣にいたコメットに聞いた。

「それより、ホワイトエンジェルはどうなったんだよ? まさか見つからなかった、なんてことは……」

 コメットは親指で背後を指差した。

「本当はおれ達の思っていた人物とは違ったんだけど。えーと、ポピー・ホワイトの娘で、リリー・ホワイ……」

「リリーか、いい名前だな。さすがホワイトエンジェル。あ、リリー知ってる?ホワイトエンジェルの象徴は、白百合、つまりリリーってわけ。多分それでリリーって名前にしたんじゃないか?あと俺は、ホップ・ブラックだから、よろしく。変な名前とか言うなよ。かわいそうなディモルさんの二の舞をしたくなければ、俺の悪口は言わないことだ。俺は地獄耳だからな。オッケー?」

 ホップは一気に言った。

「あ、うん。オッケー」リリーはホップの勢いに半ば押され気味になりながら答えた。

 リリーはもう一度このホップという青年をよく観察してみた。さすがに貴族とあって、いかにも上等そうな黒い服を着ている。上から下まで黒一色だ。

「それにしても、良かったぜ。俺、正直なところ、もうホワイトエンジェル家は途絶えちゃうんじゃないかって思ってたんだ。まあ、俺のよく当たる勘が珍しく外れちゃった訳なんだけど。もう一ついいことは、これで俺が天使会議の最年少メンバーじゃなくなるってことだな」

 ホップはにっこり笑った。全身黒一色で統一しているのに、歯だけは真っ白だった。

「それでさあ」

 ホップは今度はライアンに向かって言った。

「ライラックにも来いって言ったんだけど、来ないんだよ。全く何やってんのかな、あいっ…………てぇ!」

 今度はホップの頭上から誰かが降りて来た。肩まで長く伸びたシルバーの髪が輝いている。リリーは彼の背中にも銀色の翼を見たような気がした。彼も白銀の貴族らしい服装をしていることから、多分この人がライラック・シルバーだろうとリリーは思った。

「ちょっとは黙れよ、ホップ。お前がしゃべりだすとうるさいし止まらないし迷惑だ」

 ライラックは長い前髪を後ろへ振り払って言った。ホップはあからさまに嫌そうな顔をした。

「何だ、ライラックか。今ちょうど、お前が来なくて困るよな、って話してたところだ」

「ああ、すまない。父に呼ばれていて……父からディモルさんに伝言があるんだ。昨日の夜電話するのが遅れて済みませんと……」

「いや、別に大丈夫だ」

 ディモルは言葉とは裏腹に全然大丈夫じゃないという顔をしていた。

「それより、ホワイトエンジェルは?」

 ライラックは、コメットとライアンに問いかけるような視線を向けた。

「ポピー・ホワイトは連れ戻せなかったけど」

 コメットは二度目のせりふを口にした。

「彼女の娘のリリーだ」

 リリーはライラックに向かって小さくお辞儀した。

「なるほど」ライラックは少しだけ眉を吊り上げた。

「だが、きっとホワイトエンジェル家の奴らは信用しないぞ。何か証拠でもなければ……」

「ホワイトエンジェル家のネックレスを持っているのだ」ディモルが横から言った。

「天使貴族の家宝には、何か魔法で印がつけてあるのではなかったか?偽物ならすぐに分かる。それなら天使も信用するだろう?」

 ライラックは頷いた。

「ああ、正式に後継者と認められた者か、その子供しか持てないようになっている。それなら、大丈夫だな……。」

「さすがライラック、物知りだなぁ。俺はそんなの知らなかったぜ」ホップがちゃかした。

「うるさい。黙れ」ライラックが反撃した。

「さっき言ったばかりだろう」

「あのー」リリーは恐る恐る言った。

「一つ、聞きたいんですけど……」

「ああ、何でも聞いていいよ」ディモルが愛想よく言った。

「天使貴族の頭首を探している、ということは分かりました。でも、四人揃うとどうなるのですか?」

「うむ」ディモルは考えながら答えた。

「つまり、こういうことだ。四大天使貴族が揃っていないせいで、天使をまとめる者がいなくなり、天使たちは混乱しはじめているのだ。」

「天使が、混乱?」

「ああ。昔から天使達の指揮をとってきた四大天使がいないというのは、天界でも異例のできごとだ。それに天界では、四大天使が合意した時しか新しい決まりごとはつくれないことになっとるらしいのだ」

「じゃあ、今は……」

「そうなのだ。今、天界でははっきりした政治ができない。それに、天使たちは人間界の平和を保つためにも色々やっているのだ。例えば、ひどい飢饉や不作が起きないように天候を操るのは、天を操るゴールデンエンジェルと水を操るホワイトエンジェルの仕事だったのだ。しかしその二人が姿を消してからというもの、天候を管理する天使のところへ命令が下らなってしまった。だから多雨で植物が病気になったり、逆に乾燥して育たなくなったりといったことが多発しているのだ」

「でもそうやって管理する天使がいるなら、リーダーがいなくても他のホワイトエンジェルが動けばいいんじゃないの?」

「それが、どの家も上から指示か来ないと動けないようになっているらしい。その辺はよく分からんが」

「じゃあ、他の人が指示するとか――?」

「それぞれの家の家宝を持っている人の指示がないと動けない」ライラックが訂正した。

「カホウって何?」

「家の宝。ホワイトエンジェル家の家宝はそのネックレスだ」

 リリーはもう一度ネックレスを確かめた。何だか急にあなたはこの国の女王ですとでも言われたような気分だった

 ディモルはさらに暗い顔で言った。

「それから、これは最近分かったことなのだが、どうやら、人間が裏で糸を引いているらしい」

「え?」リリーは耳を疑った。

「人間が?」

 リリーは天使というと何かすごい力を持った一族なのだろうと思っていた。しかし人間は天界の運命を変えられるほどの力を持っているのだろうか。

 ディモルは話を続けた。

「ああ。私達の今いるこの場所は、グラナートという国の最南部、セピア地方だ。それにちなんでこの通りもセピア通りという名がつけられておる。ここから南西に十キロほど行くと、ディアマンテ王国という大国がある。私が生まれた頃はまだ小さくて平和な国だったのだが、最近ではどんどん強大になってきている。周りの国々を攻めていってどんどん勢力を拡大しようとしているのだ。昔はいい国だったんだが……」

 ディモルは淋しそうに笑った。

「そしてディアマンテ国の次のターゲットは、我々グラナート国らしい。グラナートは力が弱くても領地が広いからな。」

「うーん」リリーは首をかしげた。

「でもそれと天使とどういう関係が?」

「グラナートの人々はずっと昔から天使や神というものを大切にしてきた。そのおかげか、戦に負けそうになったときに思わぬ幸運――例えば、敵の周りにだけ急に霧が出たり、突然季節外れの暴風雨が襲いかかったり、もっとひどいこともあったが――そういうことが過去に何回かあった。それが天使の仕業だとずっと言い伝えられてきたのだ。ディアマンテの連中はそれを鵜呑みにしているわけではないが、もし万が一そんなことが起きたら、奴らはは確実に負ける。当然ディアマンテ国もそんな事態は避けたい。そこでディアマンテ国王が考えたのは……」

「天使を混乱させて、グラナート国を助けられないようにする?」

「その通り。ホワイトエンジェルが姿を消したのにも、ゴールデンエンジェルが攫われたのにも、彼が関係しているようだ。しかし今はそのせいで世界全体の秩序が乱れているのだから……私に言わせれば、とんでもなく自己中心的な奴だ」

 ディモルは顔にこそ出していなかったが、その目には怒りの色が見えた。

「まあ、王なら誰でも自分の権力を大きくしたいものなのかもしれないけどな……」

 ライアンが遠くを見つめてぼそっと呟いた。しかしディモルには聞こえなかったらしい。彼は話を続けた。

「そういうわけで、我々は自分の国を守るため、そして世界の平和を守るためにも天使を連れ戻そうとしていた。これからも探し続ける。そういうことだ」

「あとはゴールデンエンジェルが見つかれば……」

 ホップの声に、部屋の中の空気がまた暗くなった。ゴールデンエンジェルについてはまだ何も分かっていないのだ。

「おれたちも、他のゴールデンエンジェルから色々聞こうとしてみた。何度も。しかし……」ライラックは首を振った。


「あいつらは警戒して誰にも話そうとしないんだ」

「まあ、いいじゃないか。仲間一人増えたんだし」

 ホップが、彼にしては珍しく静かな声で言った。

「そうだな。」ディモルは考え深げに言った。

「だが、このことは敵に知られないほうがいい。リリー、君がホワイトエンジェルだということは、しばらくの間秘密にしておいてくれないか。敵はもしかすると天使と接触する術を持っているのかもしれない。相手の出方を待ってから天界に行こう。君が攫われてしまっては元も子もないからな。」

「あ、はい。」リリーは頷いた。

「それはいいんですけど、あの、私、それまでどこに住めば……」

「ああ、それは問題ない。今度我々はディアマンテタウンに基地を移すことになった。そうしたらこの基地が空くからな。ここに住めばいい。」

「え、こんなふ……」

 リリーは慌てて口をつぐんだ。

「え?何?」ディモルが聞き返した。

「いや、何でも……」リリーは首を横に振った。

「お前、今『こんな古いところに?』って言おうとしただろ」ホップがこっそりリリーに耳打ちした。

 リリーは驚いてホップを見上げた。ふざけているようだが意外に鋭い。

「図星だな!」そんなリリーの顔を見てホップは得意げに言った。

 ディモルは話についていけないのでとりあえずリリーに説明した。

「それから、ディアマンテタウンとはディアマンテ王国の城下町だ。見つかる可能性も高くなるにはなるが、あそこは何より情報が得やすい。ここからだとディアマンテタウンまで二時間以上かかるからな」

 その時窓の外から子供の「いってきまーす」という元気な声が聞こえてきた。

「もうこんな時間か……」

 ディモルは閉まっていたカーテンを少しだけめくって窓の外をのぞいた。

「話の続きは明日、新しい基地ですることにしよう。今日のところはこれで解散だ」




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