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序章 旅立ち


   序章 旅立ち



 街の時計塔は六時十五分前を指していた。さっきまではにぎやかだったセピア通りも、今ではすっかり静まり返っている。夕日が、辺りの家々をオレンジ色の光で優しく包み込み、地面の黒いタイルもセピア色に染まっていた。今年一番の猛暑日なだけあって、通りにはまだ蒸し暑さが残っていたが、黄昏時のセピア通りは、そんな暑ささえ忘れさせてしまうほど美しかった。

 そんな通りの片隅に、二人の男が現れた。一人は、黒髪に青みがかったグレーの瞳。背が高く、耳に黒い石のピアスをしている。もう一人は、明るい茶色の髪に透きとおった鳶色の目。黒い眼鏡をかけている。二人とも黒いマントをはおり、大きな荷物を抱えていた。二人は夕日を受けて輝く時計塔にちらりと目をやると、急ぎ足で寂れた住宅街の方へと向かって行った。

「あの時計塔も後一年は見られないぞ、コメット」茶髪のほうが言った。

「分かってるよ、ライアン」コメットも答えた。

 二人の向かう先は、セピア通りの中でも一番目立たないところだった。セピア通りの中心部は人気の輸入店が立ち並ぶ商店街で、休日には遠くから足を運んで来る人も多くいる。しかしメインの大通りを外れると、まだ整備されていない道も多く、特に住宅街の方などは田舎っぽさが漂っている。いつもは外で遊んでいる子供達も、暑さのせいか、皆家に帰ってしまっていた。聴こえるのは今歩いていく二人の足音だけだ。

 二人は目的の家へとたどり着いた。あまりに地味で古い小屋だ。窓のガラスは汚れているし、嵐が来たらすぐに吹き飛ばされてしまいそうだ。

 二人は並んで小屋のドアの前に立った。生ぬるい風が二人の髪を揺らし、マントをはためかせた。

「誰もいないか?」コメットが確かめるように聞いた。

 ライアンはちらりと後ろを振り返った。

「ああ」

 コメットはドアを二回叩いた。すると、一拍間を置いて、鍵を開けるカチリという音が二人の耳に届いた。次に、ギーッと嫌な音を立ててゆっくりとドアが開けられた。中から現れたのは、背の低い小太りの男だ。男は周囲に誰もいないことを確認すると、押し殺したような声で言った。

「中に入ったら静かにしてくれよ。万が一にでも、奴らに気づかれるようなことがあってはならないからな」

 コメットとライアンは、分かったというように頷き、中に入っていった。三人の背後では、ひとりでにドアが閉まり、再び鍵のかかる音がした。

 小屋の中は真っ暗で何も見えない。三人は狭い廊下を通り抜け、一番奥の部屋へと進んでいった。一歩踏み出すごとに床板が軋んだ。

「さあ……」

 先頭を歩いていた男が部屋のドアを開けた。中は薄暗く、不気味な沈黙に覆われていた。床には奇妙な模様が書いてあり、青白い光を放っていた。

「まだ五分あるけど」ライアンが静かに言った。

「五分!」男は呟いた。

「あと五分たったら、こっちの五分はあっちの二日半……。」

 男は落ち着かない様子で部屋の中を歩き回っている。コメットは腕時計をじっと眺め、ライアンはその隣で大欠伸をしていた。

「もうすぐ六時じゃないか。なぜ連絡が来ない?」

 男は言った。その瞬間、部屋のテーブルの上に、突然青白く光る魔法陣が現れた。さらにその中には小さな紙が一枚、幻のような状態から徐々に形をはっきりさせてゆく。

「ああ、やっと来たか!一体どれだけ待ったことか……」

 男はぶつぶつ言いながら、慌てて紙切れの現れたほうへ飛んでいった。

 広いとはいえない部屋の中に、緊張した静けさが満ちた。男が無表情のまま小さな紙を広げるのを、コメットとライアンはただじっと見守っていた。

 やがて男は紙を持ったままコメットとライアンのほうを振り返ると、イライラとした調子で言った。

「さあ、もう行けとのご命令だ。まったく、人を散々待たせておいて……いや、なんでもない。とにかく、行ったほうがいい。」

「はい」

 コメットとライアンはゆっくり立ち上がると、部屋の真ん中にある印の上に立った。印はよりいっそう白く光った。部屋の中はまるで昼間のような明るさだ。コメットとライアンはしばらくしゃがんだまま印の様子を確認していたが、やがて立ち上がると小男のほうを向いて言った。

「では、行って来ます」

「健闘を祈る」

 コメットとライアンは頷いた。そして、まるで目に見えない何かに意識を集中するかのように目を閉じると、呪文を唱え始めた。

 すると、光から発せられる光であたりは真っ白になった。男もあまりの眩しさに目を閉じる。次に少しずつ光が弱くなっていった時、部屋のなかの印も、コメットとライアンの姿も、跡形も無く消え去っていた。男はゆっくりと目を開き、さっきからずっと握っていた紙切れをまたテーブルの上に戻すと、床に向かって呟いた。

「がんばってくれよ、コメット、ライアン。こんなことができるのはお前達しかいない……」

 男は小さくため息をついた。もう、戻らなければならない……机の上に残してきた、山のような未処理の書類のところへ……。男は、ドアノブに手を掛けながら心の中で祈った。

(二人とも、良い知らせを持って帰って来いよ。明日……じゃなくて、一年後に。)


*          *          *


 ヒアシンス通りの黒い石畳は、昨日から降っていた雨のせいでまだ濡れてひんやりとしていた。夏だから陽が昇るのが早いのだろう、もう東の空は白み始めている。その静かな通りに、どこから出てきたのだろう、ふいに二人の男が姿を現した。コメットとライアンだ。二人は辺りを見回し、静かにため息をつくと、大きな荷物を持って立ち上がった。ライアンはまた欠伸をした。

「これから何するか分かってんのか?」コメットはそんなライアンをちらりと見て言った。

「行方不明の天使二人……攫われたゴールデンエンジェルと、ポピーという名のホワイトエンジェルを探す」ライアンは一気に答えた。

「よくそんなのんきにしてられるよな」

「仕方ないだろ! 昨日は夜バイトだったんだよ!」ライアンは眠そうに答えた。

 コメットは笑った。ライアンも目をこすりながら思わず微笑む。

 二人はその後も他愛のない話をしながら、通りをゆっくりと歩いていった。だが、こんなに余裕の顔をしていられるのも今のうちだけだろう。明日になったら、旅に出なければならないのだ。二人の天使を探す旅に。




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