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Past フィニス・リーカー 〜王子と父と、時々馬〜

作者: KEN

「ここがイニング家……いや、今はリーカー家か」


 ジェイ・ルナライトは、愛馬のオリオンから降りてひとりごちた。ジェイの住んでいる城から馬で三時間ほどかけてたどり着いた目的地は、いかにも貧しい農家と言いたげな一軒家だった。家の裏には畑と牧場と思しきささやかな土地が広がっており、牛が数頭放牧されているのがわかった。


「どちら様ですか?」


 ジェイが家先の木に手綱をつないでいると、少年らしい元気な声がかかった。家の者が出てきたのだろうと、ジェイは綱の結び目から顔を上げた。

 そこには小さめの麦わら帽子を被った少年が一人、立っていた。肩口でざっくり切っただけの金髪をさらさらと揺らし、半袖シャツに短パンの出で立ち。その手には水の満ちた木の桶があった。年の頃は十代半ばといったところか。涼しげな黄色の瞳はどこか危うい印象で、しかし強い意思を確かに感じさせた。


「失礼、私はジェイ・ルナライトと申します。急の用件があり、約束をとらずに参りました無礼をお詫びします。ベグ・リーカー殿に取次ぎをお願いしてもよろしいでしょうか?」


 ジェイは自分の名前を偽らず言った。少年の反応が見たかったからだ。


「父のお客様でしたか、どうぞ、上がってください。父を呼んできますので、その後で馬に水と干し草をあげても良いですか?」


 桶を足元に置き、少年は爽やかな笑顔で応対してくれた。特に慌てたり怯えたりする様子はない。恐らく城の事は詳しく聞いてないのだろう。そうジェイは判断した。


「あぁ、お願いするよ」


 ジェイが微笑んで応えると、少年もはにかんだ笑みを浮かべて家の扉を開けてくれた。靴の泥はすでに落としてある。ジェイは上着と布包みを手に持ち、中へと入った。


「ルナライト……どっかで聞いたような……?」


 少年のつぶやき声が、扉の軋む音の中で聞こえた。


     *


 自分を訪ねてきた青年の名を聞き、ベグ・リーカーは狼狽していた。

 今の王宮は新たな王子を迎え入れたせいで派閥争いが激化していて、暗殺未遂などの事件も多発している。そんな噂を、近くの村で聞いた事があった。王子の名はジェイ・ルナライト。つまり、未知の来訪者は渦中の王子の名を名乗ったのだ。

 いたずら半分でその名を騙るなどというのはありえない。崖に向かって身を乗り出すに等しい自殺行為だからだ。ならば本人という事になるのだが、本人だけがここに訪ねて来る理由が分からない。とにかく、息子に同席させない方が良いと考えたベグは、彼に部屋へは入らないようしっかり言いつけてから客間の扉を開けた。


「こんにちは、はじめまして。突然訪ねてきた失礼をお詫びします。リーカー殿」


 客間に佇んでいたのは、十代後半程度の、乗馬服に身を包んだ青年だった。服自体は地味な色合いなのにも関わらず、一目見ただけで本物の王子であると感じさせる気品、佇まい。青みがかった金髪は短く切りそろえられ、端正な顔立ちによく似合っていた。薄い青色の瞳は澄み切った秋空のようで、だが十全に輝ききれていない。よく見ると、目の下に隈がうっすらと浮かんでいた。


「驚きましたよ、お会いするのは初めてですが、王宮の事は田舎でも噂になりますからね。どうぞお掛けになってください。遠路はるばるお越しくださり、ありがとうございます。王子様」


 そう話しながら、ベグは客間の隅に用意していた茶器をテーブルまで運び、王子の目の前で湯を注いだ。今日はいつもの来客時に出すコーヒーではなく、緑茶を用意していた。茶器をわざわざ運んだのも、透明度の高い飲み物を選んだのも、毒の心配がない事を認めてもらうための配慮だった。


「いえいえ、本名を名乗ったのは礼をつくすためだけのもの。今回はいわゆる公務ではありませんし、私はルナライトの一族に入ってまだ一年しかたたない若輩者です。あ、この香り、懐かしい」


 淹れたての緑茶から漂う香りに、王子はにっこり微笑んだ。上質とは言いがたいその茶の香りが、客間を爽やかな空気で包んだ。


「国の外れにある小さな村の特産品です。そこで先代の王の血を引く男子が見つかったとかで、お祝いとして国中に配られました。王子様の事ですね?」


 目の前にそっと置かれた緑茶を感慨深げに眺め、王子は静かに頷いた。


「ええ、私の事です。幸運に恵まれたおかげで今まで生きながらえ、こうして確かな地位も頂きました。今はそれに見合った教養と武芸を磨く毎日です。しかし、全てを放り投げ、無断で出かけてしまうこともあります。今日のようにね」


 いたずらっぽく笑う青年を前に、ベグは再び狼狽せざるを得なかった。


「それはいけません王子様、すぐに迎えを寄越すよう連絡を……」

「冗談ですよ。きちんと許可はとってきました。あと、王子様という呼び名は耳慣れないので、ジェイと呼び捨ててください。貴方は、私にとって剣の先生だった筈のお方ですから」


 ベグは一瞬息をのんだ。わざわざ王子が訪ねてきたのだ。自分の経歴を知っているに決まっている。だが、細々と農業と子育てに明け暮れる生活を送っていたベグにとって、王宮での自分を知る者はもはやいないと思っていたのも事実だった。


「ですがこちらも礼を欠くわけにはまいりませんので、せめてジェイ様とお呼びしたいのですが」

「ふふ、堅苦しい方とは話に聞いてましたが、王宮の頃からお変わりないようですね」


 王子は苦笑しながら、緑茶を一口飲んだ。そして味の感想の代わりに、微笑みを浮かべてこくりと頷いた。少しの間、二人とも特に会話を交える事なく、ただただ静かに茶をすすり続けた。


「先ほどの方は息子さんですか?」


 茶が半分ほど減った頃合いだろうか、王子は突然話を始めた。ベグは思わず眉をしかめていた。


「ええ、今年で十五になります」

「私の四つ下でしたか。いい眼をしてましたね」


 扉の方をちらと流し見、王子は笑顔でそう言った。その言葉自体に、深い意味はなかったに違いない。けれどベグは警戒せざるを得なかった。


「息子に何のご用でしょうか?」


 出来るだけ感情を押し殺し、ベグは口を開いた。それでもこちらの緊張は伝わってしまったようで、王子は直ぐに真顔になった。


「話が早くて助かります。とは言え、貴方の考えているような事にはなりませんよ」


 淡々と王子は言った。明るくも暗くもない、普通の表情。だがその眼には、野心とも雄志とも言いがたい炎が浮かんでいるように、ベグには思えた。


「……息子と私を殺すおつもりなのでは?」


 腹の中がわからない相手に対する言葉として不適切だったと、ベグは直ぐに後悔した。だがそれも仕方ない事だ。息子にとって良くない話になるのは目に見えている。唯一の家族を守らねばと気持ちが焦ってしまったのだった。


「そうですね、側近達にはそう言われました」


 やはり淡々と、王子は答えた。王子の言葉一つ一つに、何かを隠そうとする様子は微塵も見られなかった。だが油断はできない。ベグは黙って話の続きを促した。


「貴方は十年前に『密告者』の疑いをかけられた。そして罰としてイニングの名を放棄させられ、王宮を追われたそうですね。だがそれまでは、王からも側近達からも一目置かれる、立派な騎士団長だったと聞いています。その息子が逆恨みの復讐などと考えないよう、早いうちに殺してしまった方がいい、と言われたこともあります。ええ、それは本当の事です」


 そう言って王子は頷いた。飲みかけの茶はすっかり冷めきっており、香りも微かになっていた。


「ですが私は……いや、俺はそうしたくない。だから俺は、自分だけでここへお願いに来たんです」


 そう言うと、()()とした眼差しを揺るがす事なく、王子はベグを見すえた。その凛々しい眼光に負けじと、ベグも視線を外さなかった。


「貴方の追放を父上は大変後悔していた。『密告者』の話はおそらく濡れ衣だったのでしょう。しかし貴方は王宮の混乱を避けるため、わざと弁解なく騎士団長を辞めた。おそらく、その事に悔いはないとお考えの筈。息子さんの事を除けば、ね」


 最後の言葉に、ベグは自分の両眼が微かに震えたのを感じた。家族の話をされて動揺を隠せない程度にまで衰えてしまったかと、ベグは自らを恥じた。その一方で、話し続ける王子の声に、微かな熱が入り始めているようにも感じていた。


「自分のせいで息子の未来を狭める事になった。貴方なら、心のどこかでそう考えた事もあるんじゃないでしょうか。貴方が今も王宮にいたとして、本来なら彼も貴方の姿を追って騎士になっていた事でしょう。だから俺は、彼を騎士に採用したいのです」

「お断りします、ジェイ様」


 即答だった。戯言を言う余裕など与えぬ。元騎士団長としての意地を示さねばという想いが、それまで黙していたベグに口を開かせていた。


「申し訳ない。あいつ……フィニスはここで牛と馬を友に育ちました。当然、王宮で勤める為に必要な武芸や学問は教えておりません。騎士になどなれませんよ、あいつは」


 にべもないベグの応対に、王子は負けじと食い下がった。


「それは今の俺も同じです。王家の血を示す宝刀を持っていたせいで、俺は王子として今の城に連れてこられた。そして今はまっさらの状態から、教養を学び稽古を積んでいる最中です。今だからこそ、息子さんと共に学んでいけるのではと、俺は考えています」


「それは完全に貴方のエゴですね。フィニスの為の言葉じゃない。ご学友であれば他に若い騎士が沢山いる筈です。その者達が信用ならないならば、貴方自ら選抜試験を行えば良いだけの話。フィニスを特別に取り立てる理由にはなりません」


 王子は自分の意思を思うがままに告げ、対してベグは正論を突き返す。丸太をぶん回し合うが如き言葉のせめぎ合い。そこに小手先の技が通る隙はなく、あるのは人生経験の差のみ。思いの丈はぶつけているが、冷静さを欠いた王子の言葉は、ベグに届きもしなかった。


「……そうですか」


 王子はがっくりと肩を落とした。と思うと、突如椅子から立ち上がり、足元から細長いものを机の上へと引っ張り上げた。それは布で巻かれた包みだったが、机に置くとごとりと重い音がした。


「ならば、俺と勝負をして下さい」


 包みの布をほどいて、王子は言い放った。中から現れたのは立派な造りの剣二本。宝石などの装飾はなく、シンプルなデザイン。鞘に収まっていて刃は見えないが、恐らく人を斬るには十分な殺傷力だ。これで本気の決闘なぞすれば、大怪我程度ではすまないだろう。ベグは王子の正気を疑わざるを得なかった。


「リーカー殿……いえ、イニング元騎士団長の、王宮での逸話は知ってます。稽古であろうと格下であろうと、剣を向けた相手は遠慮なく叩きのめす、容赦の欠片もないものだったそうで。だが騎士団員達の武芸は格段に上昇したとか」


 王子の言葉に、ベグは一瞬困惑した。自分の稽古は厳しいと評判だったのは知っている。しかし、騎士団の技量が上がったのはひとえに団員達の努力の成果であり、それと稽古の厳しさは関係ない筈だ。

 だがそれはさておき、そんな話を聞いたなら尚更おかしい。何故わざわざ剣を交えようとする? もしやこの王子、何か必勝の策を仕込んできたのか? そう思ったのもつかの間だった。


「俺のようなひよっこが勝てる見込みはほぼない。ですがこれ以外に、俺が真剣だって事を証明する手段がありません。ぜひ貴方と決闘させていただきたい。そして俺がもし勝ったら、フィニスは王宮での仕事に就かせます」


 清々しいほどきっぱりと言い切られた。王子の言葉を疑う余地はないだろう。裏があるならば、もっとうまい話術ができた筈だ。つまりはそう、この王子、何の仕込みもせず、本気で元騎士団長に決闘を挑んでいるのである。

 年単位のブランクがあるとはいえ、王子を相手に勝つのは難しくない。怪我をさせずたたき伏せるのもおそらく可能。だが、王子を決闘で倒した事がもし公になれば? 自分はともかく、フィニスにどんな罰が下るか。それは死んだ妻に顔向けが立たない。剣を取る選択肢は、ベグにはなかった。


「話になりません。フィニスの未来が私に縛られるような事は二度とあってはならない。そう私は誓ったのです。決闘で負けるつもりは毛頭ありませんが、そのような取り引きは承諾しかねる」


 怒り気味の声色はわざとだった。これで王子も諦めるに違いない。茶番は完結した。筈だった。


「そうですね、俺が浅はかでした」


 王子はわなわなと震え、やがて項垂れた。漸く終わったかと、ベグは安堵していた。――彼の口元に微かな笑みが浮かんでいた事など、気づくはずもなかった。


「……ですが、息子さんが自ら望むのであれば、貴方はそれを止めないって事、ですよね」


 王子の言葉に、ベグは顔色を変えた。背中で嫌な汗が滲み出るのがわかった。王子の今までの言葉の真意が、明るみに出た瞬間だった。


「あいつの意志を尊重すると私に言わせるために、わざと決闘の話を出しましたね? 怪我ではすまないと理解した上で」


 王子の最後の言葉は、死にものぐるいで引き放たれた一矢だったのか。いや、今までの言葉全てが、初めから一所を穿つために放たれた一矢だったに違いない。それが確実に今、ベグの足場を刺し崩した。見えない勝負は今、決したのだった。


「いいでしょう、男に二言はありません。フィニスが騎士を望むのならば、私がとやかく言うことはできますまい。フィニスのところにも、いつでも遊びに来てやってください。人間は苦手な子ですが、貴方なら大丈夫かもしれません」


 負けを認める時は潔く。それはベグが騎士だった頃から決めていた事の一つだった。憤怒を示す必要ももうない。今あるのは、無鉄砲なんだか利口なんだかわからぬ王子への敬意のみだった。


「ありがとうございます。まだどうなるかはわかりませんけどね」


 王子はほっとした顔で剣を包み直し始めた。その額には、脂汗がじっとりと滲んでいた。


 *


 ベグとの話し合いの後すぐ、ジェイは帰り支度を整え、フィニスを探しに外へと出た。フィニスはオリオンのたてがみを櫛で梳かしているところだった。


「よう、フィニス」

「あ、王子様、お帰りなさい」


 フィニスは少しぎこちなく微笑んだ。


(やっぱり話を聞いてたのか。扉の方から気配がするとは思っていたが)


 少し気まずくはあったが、想定内の事なので特に気に留める必要はないと思い直した。そして右手を元気よく差し出した。


「俺、ジェイって言うんだ。たまーにここに来るから、その時は遊んでくれ」

「はい、喜んでお伴します」


 フィニスは行儀よく手を握り返した。その手は緊張の汗で仄かに湿っていた。


(分かってはいるんだが、みんな、王子と分かると堅苦しくなるんだよなあ)


 ルナライトの一族と認められて一年たつものの、ジェイは未だに周囲の態度の変わり方には慣れなかった。


(こいつ、父親が王宮を追われた事はどう思っているんだろう)


 握手の手を離した時、ふと、先程のベグとの会話が頭をよぎった。だがそれを今聞くのは野暮というものだ。もう少し距離を縮めなければ、本当の腹の中は明かさない筈。然るべき時に改めて聞くとしよう。


「あの、それと、俺を王宮で働かせたいというのは本当ですか?」


 ぼうっと思案していたジェイは、フィニスの声ではっと我に帰った。照れ隠しに頰を掻き、ジェイは頷いた。


「ああ、そうだ。でも、今すぐ決めろっていうわけじゃない。お前はまだ若いから、将来の選択肢は広く持った方がいいと思う。騎士になりたいにせよ、なりたくないにせよ、だ」


 ジェイは勧誘したい気持ちを抑えてそう言った。フィニスの雰囲気で、騎士になりたいと殊更思っているわけではない事はわかっていた。


「俺は、ここの暮らし、好きですよ」


 フィニスはその言葉を噛みしめるように、静かに答えた。フィニスの視線の先には、放牧された牛達の姿があった。


「そっか。でも、ここの生活を続けながら武芸を磨く事だって出来る。色々学んで見識を広めるのも、悪くないと思うぞ?」


 オリオンのたてがみを撫でてやりながらジェイは言った。オリオンは全身砂ぼこり一つなく、尻尾の先までつやつやした毛並みをしていた。日頃から手入れされているせいもあるが、フィニスがきちんとブラッシングしてくれたからに違いない。本当に馬が好きなんだなと、ジェイは感心した。


「あの、王子様も、見識を広めたくて王子様になったんですか?」

「ん、まぁ、そうだな」


 少し考えてから、ジェイは頷いた。見識を広めたいというよりは、どうしても王宮でやりたい事があったからだ。それを今明かす事は出来ないが、いつか話せる日が来たらいいなと、ジェイは心からそう思った。


「ところでさ、俺のことは王子じゃなく、ジェイって呼べよな。俺もお前を気安く呼びたい。フィンと呼んでいいか?」


 ジェイは本来の人懐っこい性格を前面に押し出すように、ずずいっと身を乗り出した。


「フィン……フィン。初めてです、そんな呼ばれ方をされるのは」


 フィニスは戸惑いを隠せぬ顔で答えた。だがフィンの呼び名は満更でもないようで、先ほどより柔らかい表情で微笑み返した。


「いい響きだろう? お前の名前、すごくいいと思う。あと敬語はよせ。疲れるだろ、お互いに」

「は、はぁ……」


 脇を軽く小突かれて、フィンは困り顔になった。そんな些細な事がおかしくて、ジェイは小さく笑った。王宮に入ってから、気安く笑ったのは初めてかもしれない。今日城を抜け出してきたのは間違いじゃなかった。そう思うと、帰ってから側近達に小言をもらう未来も気にならなかった。


「そうだ、お前、馬が好きなんだよな?  俺のオリオンとは仲良くなれた?」

「はい、大人しくて行儀も良い、いい子ですね。普段からの手入れも行き届いてて、大事にされているんだなと思いました。あ、でも、左後ろ脚の蹄鉄の具合が良くないのかもしれません。数時間の並足なら支障ないかとは思いますが、帰ったらすぐ装蹄師に伝えて下さい」


 何気なく聞いた事だったが、フィンは淀みなく答えてくれた。本当に馬の事をよく見ているなと、ジェイは再び感嘆した。


「そんな事までわかるのか」

「あ、いや、わかるという程じゃ……」


 フィニスは自信なさげに言葉を濁した。だがジェイにも思い当たる節があった。


「そういえば、たしかに今日は走り方がおかしかった気がする。そうか、それでだったのか。ありがとう。ちゃんと調べてもらうよ」

「そうしてあげて下さい。では、鞍を乗せますね」


 フィンは外していた鞍を手早くセットし、手綱をジェイに渡した。ジェイがひらりと馬に乗ると、馬の背中はしっかりジェイの身体を支えてくれた。背中の布包みは重かったが、積荷としてバランスよくくくりつけるのは難しかったため、背負ったまま帰ることにした。


「じゃ、次会うときは敬語なしで、よろしくな! フィン!」


 馬上からの声に、フィンは眩しそうに見上げて頷いた。


「わ、わかりました、ジェイ! また来てください!」


 フィンの表情は、ジェイが来た時の朗らかなものに戻っていた。少しは気を許してくれたかなと、ジェイはほっとしながら馬をゆっくり歩かせ始めた。

 家から離れて後ろを振り返ると、こちらに手を振り続けるフィンが見えた。ジェイは無言で右手を大きく一度だけ振り返し、進行方向へ向き直って速度を少しだけ上げた。

 ジェイの帰路を夕陽が照らす。視界は穏やかに眩しいが、そんな事も気にならないくらい、ジェイの心はウキウキしていた。城の外でできた気さくに話せる友人の事を思いながら、ジェイは気づかぬうちに鼻歌を歌っていた。

最後まで読んで頂き、誠にありがとうございます。

「ペクトラ」の人物、フィニス・リーカーに焦点を当てて書こうと思い立ち、今作を書きました。過去の断片を切り取った形で、一応きりのよい終わり方にしたつもりです。改稿する可能性はありますが、大きな変化はしない予定です。

最後に、本編ともいうべき「ペクトラ」をおすすめしたかったのですが、数年前に書いた部分が未熟で改稿を要するため、今はおすすめせずにおきます。本編の方もゆっくり書き続けていこうと思いますので、よろしくお願いします。

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