契約
アーサーの部屋を後にしたコスモが格納庫に戻って来ると、グリフィンの前には複雑な紋様の描かれた台座が設置されており、その上には人の頭部ほどの大きさのジェルーンが置かれていた。
「スッゲェ、こんなデカいジェルーン初めて見た。それで、契約……ってのするんだっけ?。」
コスモは目を輝かせながら台座に駆け寄った。
魔力と呼ばれるエネルギーを内包し、さまざまなアイテムの動力の供給源として使用される鉱石ジェルーン。一般的に使用されるジェルーンのサイズは豆粒程、1人乗りの小型宇宙艇でも拳大くらいなので、今コスモの目の前にあるジェルーンはかなり大きい。それはこのゴーレムの出力の高さを物語っている。
台座の影にしゃがみこんで作業をしていたケイトが駆け寄って来たコスモに気付いて顔をあげる。
「あら、意外と早かったわね。もうちょいで契約の準備ができるから待ってて。」
そう言うとケイトは立ち上がり、奥の方で白銀に輝く別のゴーレムの整備をしている一団に向かって叫んだ。
「親方~、悪いけどちょっとこっち来てくれる?。」
ケイトの呼びかけに振り向いたのは、整備の指揮をとっていた背の低いガッシリした男だった。
「おぅっ!、準備できたか。」
ケイトに親方と呼ばれたこの小男、人間ではなくドワーフという亜人で名はヴァス・ボロイド。ラグティウス機甲部隊の整備部門の長である。
ヴァスは白銀のゴーレムの整備をしているスタッフに指示を与えると、しゃくれた顎にたくわえた髭をかきむしりながら歩み寄って来た。
「え~と、あのヒト人間じゃないよな?。」
コスモは戸惑ったようにケイトに尋ねた。ドワーフは頭部が犬になっているコボルドと比べたらかなり人間に近い容姿をしているが、それでも体毛が濃く成人しても身長が1m50cm程にしかならないなどの特徴がある。
「あら、コスモはドワーフ見るの初めて?。彼等は体は小さいけど、力はあるし、なにより優秀な職人なのよ。」
「ふぅん、この部隊にはいろんなのがいるな……、さっきは顔が犬の奴がいたし。」
「あぁ、スクネには会ったのね。大丈夫、彼コボルドにしては頭良いから普通に話通じるわよ。」
「でも、空気読めねえぞ。さっきはアイツのせいで大恥かいた。」
コスモは自分のことは棚にあげてスクネを責めた。コスモとケイトがそんな他愛ないお喋りをしてる間に、ヴァスが2人のそばまで来た。
「ふぅん、これがドワーフか。人間に似てるけど、微妙に違うんだな。」
コスモはヴァスを無遠慮な視線で眺め、初めて見るドワーフを観察する。
「……んだよ、ジロジロ見やがって。そんなにドワーフが珍しいか?。出航まで時間がないんだ、準備できてんならとっとと契約始めろや。」
ヴァスはコスモの視線に不快感を示すが、そのままコスモのことは無視してケイトを促す。
「まっ、一応契約の座の設置は終わったんだけどさ。私も魔操機士の契約の準備したの初めてでしょ?。だから、これでイイかちょ~っと見てくれないかな。」
ケイトがヴァスに向かって軽く拝むような仕草をして頼むと、ヴァスが答える前に横からコスモが口を挟んできた。
「初めてって、大丈夫なのかよ?。っていうか、そもそも契約ってなんなんだ?。」
「……お前さん本当に魔操機士か?。仕方ねえな、ケイト、こいつにゴーレムの基本を教えてやんな。」
コスモの無知に数瞬言葉を失ったヴァスだが、呆れてため息をつくと面倒くさそうにケイト説明してやるようにうながした。
「本当になんで知らないのよ?。」
「だって、訓練で使ってたショートソードは契約なんていらなかったぜ。」
「ショートソードってパペットじゃない。いい?、ゴーレムとパペットやイミテーションゴーレムの1番の違いは契約によって、機士とジェルーンを結びつけていることなの。」
コスモの無知を改めて認識したケイトが説明を始めた。
「ジェルーンは機士と契約して繋がると、機士と一緒に成長するようになるの。」
「成長って石ころが?。」
「あなた、ジェルーンのこと何も知らないのね。ジェルーンはこの世界のあらゆる空間に存在するルーンていう元素を吸収して蓄えている。そして、私達はその蓄えられたルーンを魔力として抽出して利用している。ここまでは知っていた?。」
「まあ、なんとなくは。」
「なんとなくなのね、まあいいわ。」
ケイトコスモの反応に呆れ、脱力しながらも説明を続ける。
「ジェルーンが成長するってのは、契約した機士との間に魔力を抽出するための回路が形成されて、機士が成長するにつれてその回路がどんどん密になっていくの。それに伴って蓄えられる魔力の容量も増えていく。」
「そうなると、どうなるんだ?」
「より強力な魔力を機士のイメージした通りの形で抽出して、魔法として発動出来るようになるの。」
「へ~、だいたい分かった。便利そうじゃん。」
コスモは初陣で契約もしていないショートソードのジェルーンで魔法を発動するという離れ業をやっているのだが、当人はそのことにまるで気付いていない。ただケイトの説明を漠然と理解したつもりになって、頷いているだけである。
「説明は終わったか?。じゃあ、とっとと契約しちまうか。」
コスモが説明を聞いている間に、ヴァスはケイトが設置したジェルーンの確認をしていた。
「親方、設置の仕方それであってた?。」
「おう、特に問題ねえぞ。まあ、資質のあるヤツはジェルーンだけでも契約出来るし、資質のねぇヤツァいくら補助してやったって契約出来ねぇんだがな。」
「ふぅん、そんなもんか。で、どうやって契約すんだ?。」
「まずは、このジェルーンに触ってみな。」
ヴァスはジェルーンを除き込んでいるコスモの背中をおもいっきり叩き、その拍子で台座の方によろけたコスモは、台座に乗ったジェルーンに手をついた。
「……これはなんだ?。」
ジェルーンに触れた瞬間、コスモの意識から周囲の音も風景が消え、淡い光が明滅する以外なにも感じられない空間に放り出された。
《コスモ、そのままジェルーンの存在を感じるのよ。》
どこかから聴こえるケイトの声は、遥か遠くから叫ばれているようにも、すぐ耳元で囁かれているようにも聴こえる。
「存在って……気配、いや、なにかデッカイ力みたいのがある!?、コイツのことか?。」
探すまでもなく、それはコスモのすぐそばに感じられる。そして、コスモが認識した瞬間、それは眩い輝きを放つ球体となって姿を現した。
《ジェルーンの存在がわかるのね?。それを捕まえて》
再びケイトの声が響く。
「捕まえるって……こうか?。」
言われるままに手を伸ばしたとたん、凄まじい力が奔流となってコスモを包み込んだ。
「捕まえたってか、俺が捕まったて感じだな。」
《それで良いの、あなたは今ジェルーンとつながってる。さぁ、ジェルーンに名を与えたら契約は完了よ。》
ケイトの声にコスモは意識の片隅に辛うじて引っ掛かっていた知識を拾い上げる。それは、つい数日前の訓練中に半ば居眠りしながら受けたレクチャーでの記憶だった。ジェルーンは名を与えることで機士との契約を完了し、そのジェルーンは契約者が死ぬまで他の者には扱えなくなるというのだ。
「よし、グリフィンのジェルーンよ、お前は今からこのコスモ・ライトニングの相棒"サンダ"だ。」
気が付くとコスモは両手でジェルーンを抱えるようにして、元の格納庫に立っていた。側にはケイトとヴァスもいる。
「無事契約完了。あとはこのジェルーンをグリフィンに納めれば、このジェルーンがコアとなってグリフィンの全身に設置されたジェルーンとリンクして、グリフィンを自由に動かせるようになるわ。」
そう言うとケイトは台座に乗っているグリフィンのジェルーンを片手で抱えあげ革製の袋に収めると、袋を落とさぬようしっかりとたすき掛けに背負った。
「無事契約おめでとさん。あとはケイトだけでも大丈夫だからな。オレはペガサスの整備に戻るぜ。まぁ、せいぜいグリフィンのこと可愛がってやんな。」
ヴァスはやれやれと伸びをするとコスモの肩を軽く叩いて、踵を返して白銀のゴーレムの方に戻って行った。
「なに言ってんだか。上手くいったからいい様なものの、ちゃんと説明を終える前にいきなり契約を始めちゃうんだから。」
ケイトは憤慨してヴァスの背中に向かってぼやくが、それ以上は追及しようとはせず、床を蹴ってグリフィンのコクピットに向かって跳び上がった。人工重力を発生させている中央ブロックと違い、格納庫のあるブロックでは地上の二十分の一程度の重力しかない。軽く跳び上がったケイトは、10m程の高さにあるグリフィン腹部のコックピットめがけて上昇していく。
「で、そいつをグリフィンの何処に取り付けんだ?。」
コスモもケイトの後を追うように力一杯床を蹴り、勢い良く跳び上がった。
「ちょっと、そんな強く跳んだら……。」
ケイトが言い終わる前に物凄い勢いで上昇したコスモは、あっという間にケイトに追い付き、そして激しく激突した。ケイトに激突してもコスモの勢いは削がれることなく、二人はそのまま縺れ合ったままグリフィンのコクピットに飛び込んだ。
「痛~い、ちょっと~、どういうつもり!。」
コックピットの天井にしこたま頭を打ち付けたケイトは、後頭部をおさえながらコスモに怒鳴りつける。
「ワリィ、どうも無重力ってヤツに馴れてないみたいで。」
「もう!、いいから早くどきなさいよ。」
「すぐどくから、待ってくれ。」
コスモは狭いコックピットの中でなんとか躯を起こそうと身をよじらせた。
「ちょっと、へんなとこ触らないで!。」
ケイトは顔を真っ赤にして悲鳴をあげると、コスモの腹を思いっきり蹴りあげた。
「ゲホッ、ゲホッ……なんてことしやがるんだ、アレは不可抗力だ!!。それに謝っただろ……。それに、どうせ触るならリルムさんみたいにボリュームある方が………」
咳き込みながら怒鳴ったコスモが最後にこっそり呟いた付け足しはしっかりケイトに聞かれてしまった。
「聞こえたわよ。小さくて悪かったわね。だいたいアンタわかってないみたいだけど、グリフィンに乗るってことは、整備する私に生命預けるってコトなのよ。あんまり私を怒らせない方が身のためよ。」
ケイトはコックピットのシートを外し、その下に現れた空間にジェルーンをセットすると、後ろを振り返ってコスモをジロリと睨み付けた。
コスモはケイトに睨まれて一瞬怯むが、次の瞬間ジェルーンをセットしたことによってグリフィンの全身に魔力がみなぎっていくのを肌で感じて驚きに目を見張る。
「すげぇ、グリフィンの全身に魔力が流れてるのが感覚で解る!?。」
「そういうこと。これであなたとグリフィンは一心同体よ。」
興奮して無邪気に喜ぶコスモに、ケイトは諦めたように怒りの矛を収めて微笑みかける。
「あなたと一緒に経験を積んでいくことで、グリフィンもより強大な魔力を宿せるようになる。頑張って整備のしがいのある活躍してね。」
シートの位置を元にを戻したケイトは、コスモにつられたのか多少興奮した面持ちでコクピットを除き込んでいるコスモの胸を軽く小突く。
「お、おぅ、まかせとけっての。」
コスモはコックピットから離れ宙を漂いながら、もう一度グリフィンの巨体を眺めた。
グリフィンとの契約も終え、名実ともに魔操機士となったコスモ・ライトニング。星海を駈ける英雄たちの物語が今始まろうとしている。