ラグティウスの産声 -2-
クロムの名を口にした時、一瞬だけアムラの瞳に暗い炎が宿ったが、アムラの事情を知るアーサーを除いてそのことに気付く者はいなかった
「なぁ、クロムって何処だ?。」
クロムと聞いて一堂の顔に緊張が走る中、コスモは1人ワケがわからないといった面持ちで傍に座ってるスクネに囁きかけた。
「オレ、知ってる。ドリュオン軍が民、見捨てて逃げ出した場所。アディードの妖魔、たくさんいるところだ。」
「うわっ、バカヤロー、もっと静かに言え。」
人間であるコスモよりも自分の方が知識があったことが嬉しかったのか、スクネは大声で得意げに答える。コスモが慌ててその口を塞ぐが、時すでに遅く、皆の視線が一斉にコスモに集まった。
「はぁぁ…そんなことも知らぬとは情けない。」
「確かに、これは弁護のしようがないな。」
「チッ、これだから教養のない平民上がりは。」
シアトリヤが溜め息をついて首を左右に振り、アーサーは苦笑し、マルスは苛立たしげに舌打ちする。
「まったく、とんだ世間知らずの小僧が入ってきたもんだぜ。まあ、そっちのイヌコロは良く知ってたな。その通り、クロムは最初にアディードに征服された星域で、現在はアディードの帝都になってやがる。」
呆れ顔でコスモ見たアムラであるが、発言内容がクロムの現状に触れるようになると、その表情は一気に険しくなる。
「クロムの領主はケドニア鋼爵ってヤツだったんだが、あのクソヤローはほとんど戦いもせずにドリュオン本国に逃げて来やがった。」
アムラはケドニア鋼爵の名を憎しみを込めて吐き捨てる。
「しかも、自分が逃げ出しただけじゃねえ、アイツはクロムに駐留していた軍の主力を引き連れて逃げ出しちまったから、クロムはアディードの奴等にいいように侵略された。まともに戦えば、そう簡単に侵略などされなかった。いいか、お前ら。俺達がクロムを支配しているアディードの奴等を叩き出す!。」
喋るにつれ激昂するアムラは、最後は大声で怒鳴って話を締めくくった。その迫力は、部屋に飾られた豪華な調度品が震えんばかりのものだった。
「フン、おもしれぇ。それくらい言ってくれなきゃ張り合いないぜ。」
「なにを言ってるんだアンタは!?、いまやクロムはアディードの中枢だぞ!!。僕達だけで出来るわけないだろう!。艦長、今の本気じゃないですよね?。」
不敵に笑って見せるフォルスに対して、マルスの方は不安を隠しきれずにアムラに問う。
「現実問題私たちだけでクロムを占拠しているアディードを駆逐するのは無理だ。本格的にクロム奪還に動くのは他の艦隊の準備が整ってからになる。だが、宮廷では無理に妖魔と戦わずとも、現在の領土を維持できればそれで良しとする腑抜けた貴族もたくさんいてな。クロムに大艦隊を派遣できるのはまだ先になりそうだ。」
アムラに代わって説明をするアーサーの苦り切った表情は、ロビー活動が思うように進んでいない苛立ちによるものであった。
「しかし、こちらの準備が整うのを待っていたら妖魔に支配されているクロムの民たちの心が折れてしまう。せめてアディードの帝都付近で私たちが派手に暴れることによって、アディードに支配されている民にドリュオンがまだクロムを見捨ててないことを示したいと思う。そして、我々が妖魔と互角以上に戦えることを見せれば、アディードとの戦いに消極的な貴族や軍の上層部の重い腰を上げさせることが出来る。」
アーサーは皇子である自分が少数の部隊のみを伴って前線に赴く理由を隠そうとせずに告げた。
「殿下が御自ら命を張って民のために尽くすお覚悟、しかと受け止めました。不肖マルス・ナサワ・ウォルセン、地獄の底までお供いたします。」
マルスは不安を押し殺し、覚悟を決めた表情で頭を下げる。
「しかし殿下、クロムの人間の中には積極的にアディードに協力しドリュオンに敵対する勢力が増えてると聞きます。敵の中にクロムの民が混じっていたらどうなさるおつもりで?。」
「あぁ、人間のクセに妖魔に尻尾をふって、アディードの支配者層にまで登りつめた奴もいると聞くな。」
シアトリヤとフォルスが言う通り、クロムの民の中にはアディードに抵抗せず、むしろ積極的に協力する人々も存在する。アディード軍に組み込まれ、侵略の尖兵となっている者たちは決して少なくない。彼等の多くは侵略者から自分達を護らず逃げ出したドリュオン本国を恨んでいる。それに、さらにアディードの支配が拡がれば、奴隷のような待遇を受けている自分達よりもさらに下の階層の人間ができるのだから、元はドリュオンの同胞である人間でも本気でアーサー達に敵対して来ると予想できる。
「クロムの民が敵に回った場合は遠慮することはない。正面から正々堂々と迎え撃つ。できれば生命を奪う事なく戦意を奪えたら良いが、そう上手くはいかんだろう。手加減は必要ない………。もっとも、手加減する余裕などないかもしれんがな」
アーサーはきっぱりと言うが、最後に自嘲気味に付け足した言葉が実情である。手持ちの駒が圧倒的に足りないラグティウスに相手に情けをかけている余裕はない。着実に勝利を積み重ねて行くことで、本国の日和見勢力やアディード協力するクロムの民の意識を変えていくほかにない。
その後、いくつか作戦の細かい打ち合わせを行った後、アーサーが激をとばすことでラグティウス最初のブリーフィングは締め括られるのであった。
「まずはドリュオン本国とクロム星系を繋ぐゲートを奪還する。そして、ゲートに最も近い惑星アルマへ行って現地のレジスタンスと合流。我らの手で必ずアディード打倒の足掛かりを作るのだ。」