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鋼と魔法の英雄伝  作者: 武本 丈
皇子直属部隊、その名はラグティウス
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ラグティウスの産声 -1-

 ガンダルフ、アーサー直属の独立部隊ラグティウスの母艦となるドリュオン軍最新鋭のウィザード級戦艦である。その形状は卵形のブリッジユニットを先端に据えた円筒形の本体。そして、ブリッジをを取り囲むように接続されたこれまた卵形の四つのユニットから形成されている。艦全体のシルエットは、先端に様々な宝玉を埋め込んだ魔法使いの杖のようにも見える。

 ブリッジ周りの4つのユニットは兵器のハンガーとなるユニットとなっており、それぞれのユニットはフロド、メリー、ピピン、サムと名付けられている。


 機動兵器ハンガーの1つであるフロド、ここはゴーレム専用のハンガーとなっており、パペットや戦闘機が搭載されている他の3つのユニットよりかなり余裕を持ったスペースがとられている。

「おぉ、いいじゃん。俺っぽいマーキングもしっかり入ってる。」

 アーサーがシアトリヤと会見してから一週間、ラグティウスに加るわるためにフロドに足を踏み入れたコスモの第一声がこれである。

コスモが見上げる視線の先には、これから彼の愛機となるゴーレム・グリフィンがあった。両腕のアームガードの漆黒の装甲には、コスモ・ライトニングの専用機であることを誇示するように金色で描かれた一筋の稲妻が輝いている。正式なエンブレムを持たぬ平民出身の新兵のために、整備士が気をきかせて描いたものだった。

 コスモの出で立ちはアペオイの訓練兵時代とは大きく様変わりしていた。空色のシャツに黒のスラックス、脚には装飾の入ったすね当てのついたブーツを履いている。そして、背中には公の場では貴族階級にしか着用を許されない金糸でドリュオン皇国の紋章が刺繍された濃紺のマントが翻っていた。だらしなくはだけた襟元と肘までまくった袖がやや威厳を損なっているものの、立派な貴族士官の出で立ちだった。

「長かった……。あの辛い訓練もやっと終わりだ。」

コスモは長く(コスモ的には)苦しかった(これまたコスモ的には)訓練を思い浮かべて感慨深げにつぶやいた。

 アーサー直属の特別部隊への配属を正式に言い渡されたコスモは、シミュレータを使ったゴーレムでの戦闘訓練はもちろんのこと、皇族であるアーサーと接する為の礼儀作法まで徹底的に叩き込まれていた。戦闘訓練はともかく、礼儀作法など庶民の家に生まれ、つい4ヶ月前に中流の学校を卒業したばかりのコスモにとって、どんな軍事教練よりも辛いものであった。

 辛い訓練をようやく終えた解放感に浸っていたコスモは、自分に呼び掛ける声に気づいて上を見た。

「来た来た。あなたがコスモ・ライトニング機爵ね。私はグリフィンの整備責任者のケイト・ラチェスタ。今、そっち行くからちょっと待っててください。」

グリフィンの腹部にあるコックピットから紅い髪をポニーテールでまとめた若い女性が顔を出していた。

「改めてヨロシク、機爵サマ。」

グリフィンから降りて来たケイトはコスモの前まで歩み寄ると、笑顔で右手を差し出してきた。

「機爵サマはやめてくれ、魔操機士になったついでに与えられた爵位で、俺にもまだ実感がねぇんだ。コスモでいいよ。」

コスモは照れくさそうに笑って彼女の差し出す手を握り返すが、その視線はオーバーオールの作業服の上半身を脱ぎ、体のラインがハッキリ見える薄手のシャツを着たケイトの姿に釘付けとなり、だらしなく鼻の下を伸ばしている。

「ん、わかったわ……。ところでコスモ?。」

「ハイ?」

「いつまで握ってるつもり?。」

ケイトは握手したままいつまでも離そうとしないコスモの手を見ながらニコヤかに尋ねた。しかし、目は笑っていない。

「いやぁ、これまではむさ苦しいオッサンの整備士に『機体の扱いが荒い』って、怒鳴られ続けてきたからな。こんなカワイイ女の子が俺のお世話してくれると思うとツイ。」

ケイトは、ヘラヘラ笑うコスモを冷ややかな目で睨みつけると、その手を払った。

「ツイじゃないでしょう。私が面倒みるのはグリフィンであって、あなたじゃないからね!。」

キツい調子で言い放たれても、コスモはまるでメゲる様子を見せない。

「個人的に俺のお世話をしてくれる予定はナシ?。」

「今のところはナシね。この先どうなるかは、あなたしだいね。」

「ナルホドね、努力しよう。そんじゃあ、今後ともヨロシク。」

ケイトの意味ありげな言葉に多少の望みを見いだしたコスモは声を弾ませて言うと、エレベーターの方へ向かって歩き始めた。

「ちょっと、話の途中で何処行くの?。」

「荷物置いたら皇子様の執務室に来る様に言われてんだ、あんま道草食ってっとまた怒られるからさ。」

「出航前にあなたとグリフィンの契約を済ましときたいから、後でもう一回ここに来て。」

「了解、了解。」

 コスモは後方から声をかけるケイトに軽く手を振って答えながらエレベーターに乗り込んだ。

「え~と、執務室ってのは何処にあんだ?。」

エレベーターを降りてメインブロックに入ったコスモは、ポケットから情報端末のプレートを取り出すと、ガンダルフの艦内マップを呼び出してルートを確認する。まだ艦内の構造に慣れてないせいか、マップを見ながらでもなかなか目的の部屋にたどり着けない。迷いながらしばらく歩いたコスモは、他とは違う雰囲気のエリアに踏み込んだ。これまでの通路は金属とプラスチックでできた無機質なものだったのが、この辺りは床には上質のカーペットが敷かれ、壁にはさりげない飾りが施された木製の手すり等、派手さはないものの戦艦の中とは思えぬ豪華な造りになっていた。

「おぉ、なんか高級な雰囲気。目的地は近いぞ。」

その豪華なエリアに入って少し歩くと、両開きの大きな扉があった。

「ここか……。やっと着いた。」 

 コスモは扉の前に立つと、一応衣類の乱れをただして扉に備え付けられたインターホンらしきパネルに手を触れた。

軽やかなチャイムが響き、程なくしてドアが開き、コスモを迎え入れたのはアーサーの秘書官であるリルム・ラワフ・マトカリであった。

「すんません、遅くなりました。コスモ・ライトニング機爵ただいま参りました。」

「あぁ、あなたがコスモさんね~。皆さんすでにお揃いです~、どうぞお入りくださ~い。」

彼女はそう言うと、コスモを部屋に招き入れた。

「皆さん?。」

 コスモがドアをくぐると、そこはまるで高級ホテルのロイヤルスイートのような部屋であった。部屋の中を見回すと、先に来て待機していた者達が遅れて入って来たコスモに視線を向けた。

まず中央の円卓から険しい顔でコスモを睨んでいるのはシアトリヤ・アペオイ・スターロ。

同じく円卓についた壮年の男は、目が隠れるくらい長くのばした銀髪の前髪の奥から氷のような冷たい眼光でコスモを一瞥する。この男の名はフォルス・カウフマン。この艦の戦闘艇(ビークルアーマー)部隊の隊長である。

 そして16~7歳くらいの少年が不機嫌さを隠そうともせずにコスモを睨んでいる。この少年はマルス・ナサワ・ウォルセン。ドリュオン本国ナサワエリアを領地に持つ貴族ウォルセン家の跡取りであり、パペット部隊の隊長である。

最後に部屋の隅には、犬頭の亜人・コボルドのスクネが壁にもたれ掛かって立っていた。

「成り上がりの新米機爵の分際でこの僕やシアトリヤ様、それにリルム様を待たせるとは何様のつもりだ?。」

「荷物を置いたらすぐにここに来る様に通達しておいたハズだ。何をしていた?。」

「あぁ、すんません。チラッと俺の愛機になるゴーレムを見学してたもんで。」

マルスとシアトリヤが厳しい口調でコスモに詰め寄るが、コスモは悪びれることもなくヘラヘラと答えた。

「貴様、なんだその態度は!?。」

「殿下と艦長の打ち合わせが済む前に来たんだ、別に構わないだろ?。こんなことでいちいち騒ぐな、ボウヤ。」

コスモに返答にカッとなってつかみかかろうとしたマルスを制したのは、能面のように表情を変えることなくコスモ達のやり取りを見ていたフォルスだった。

 フォルスとスクネの着ている軍服は、コスモがアペオイの基地で着ていたものとよく似ており、マントも羽織っていない。それは、この二人だけが貴族階級ではないことを意味している。

「ボウヤだと!?。平民の分際で、この僕に対してそんな態度が許されると思ってるのか。僕は団爵だぞ。」

「貴族だろうが団爵だろうが、関係ねぇ。俺もお前もそれぞれの隊を預かる隊長。つまり同格なんだよ、マルス・ウォルセン君。」

マルスが声を荒げるが、フォルスは涼しい顔で受け流した上、敢えて平民風の言い方でマルスの名を呼ぶ。

「それが納得いかん。お前のような身分の低い者がこの隊にいるだけならまだしも、この僕と同格だなんて許せない。」

「隊長としてこの俺をこの隊に編成したのはアーサー殿下だぞ。マルス、お前は殿下の意向に逆らうのか?。」

マルスはムキになって詰め寄るが、フォルスはまるで動じない。

「止めないか、二人とも。ここを何処だと思っている。アーサー殿下の執務室だぞ!。」

「いや、面白い。続けて良いぞ。部隊結成前に、不満はまとめて吐き出したほうが良い。」

シアトリヤが二人の口論を遮ろうとした時、アーサーが部屋の奥の扉から姿を現しそれを制した。

「ブワッハハハハ、確かに面白れぇ。殿下、ひょっとしてこの俺も含めて、わざわざ問題児ばかりを集めたんじゃないすか?。」

アーサーの後から傷だらけの顔に髭をたくわえた巨漢が豪快に笑いながら出てきた。この艦の艦長、アムラ・ジ・キメリアである。その風貌は軍艦の艦長と言うより海賊船のキャプテンと言った方が良い雰囲気を醸し出している。

「フフ、そう言ってくれるな。私の配下になって縮こまるような輩では役に立たんからな。それともアムラ、貴様はこの連中をまとめあげる自信がないのか?」

「冗談言っちゃいけねぇ、この俺を誰だと思ってるです?。」

アーサーは苦笑しながらアムラに問うと、アムラは不敵に笑ってそれに応える。次にアーサーは先ほどまで言い争っていたマルスとフォルスの方に向き直る。

「どうしたマルス。言いたい事があるなら聞いてやるぞ。これから命を預けあう仲だ、変な遠慮は要らん。」

アーサーに促されて何か言いかけようとしたマルスであるが、アーサーの視線を感じると気後れしてしまい開きかけた口をつぐんでしまった。

「殿下も人が悪い、この場に陛下に向かって不服等唱えられる者等いないと分かってながら。」

「そうすか?、俺は不服がありゃ、相手が皇子様でも普通に言えますけどね。それはともかく、このガキも黙っちまったし、あんま虐めてやんない方がイイんじゃないスか。」

シアトリヤが内心苦笑しながら呟くと、それに反応してコスモがニヤニヤしながらいらぬ口を挟んだ。

「ガ…ガキ!?、コスモ機爵だったな?、先程も言ったように私は団爵だ。それなりの態度をとってもらおう。」

マルスは努めて冷静を装い、感情を押し殺した声を出す。

「なに言ってんの、皇子様からも変な遠慮は要らないって言われたばっかじゃ……。」

「コスモ!。」

コスモがさらにマルスに向かって軽口を叩こうとした瞬間、シアトリヤから叱責の声が飛ぶ。

「遠慮をしないのと、礼儀を欠くのは別だ!。貴様はこの1週間で何を学んできたのだ!。」

「まぁ、その通りだな。ラグティウスは多くの者に注目されている。あまりに礼儀を欠いた態度は困るな。それに私は身分や階級にこだわる気は無いが、実力にはこだわるつもりだ。その視点で見るとコスモ、貴様は現時点でこの中で1番弱い!。そのことは良く認識しておくのだな。」

 シアトリヤからはきつい叱責を受け、アーサーにも厳しい言葉を浴びせられたコスモは、さすがにバツの悪い顔をして黙り込んでしまった。礼儀のことはともかく、最弱と言われたことがかなり堪えたようだ。

「小僧、魔操機士になりたてで頑張って意気がってみたようだが、裏目にでたな。」

アムラがコスモの肩に手をかけ顔を近づけながら笑いかけると、コスモは肩にかけられた手を振りほどこうともがくが、コスモの肩を掴むアムラの手はびくともしない。

「いてぇよ、おっさん本当に人間かよ。オーガーじゃねぇのか。」

「おっさんじゃねえ、艦長だ。俺からも礼儀ってヤツを叩き込んでやろうか。」

コスモの肩を掴むアムラの手に益々力がこもる。

「いてぇ、いてぇ、ギブ、ギブ、ギブ~!!。」

しばらくコスモを締め上げていたアムラはようやく飽きたのか、悶絶するコスモを放り出してアーサーの方に向き直った。

「殿下、そろそろ本題に入りましょうや。」

「う…うむ、そうだな。それではまずは諸君、我がラグティウスにようこそ。」

アムラとコスモのじゃれあいを呆れて見ていたアーサーは気を取り直すと、咳払いをひとつして気取って一礼すると、一同を見渡す。

「ラグティウスは母艦であるガンダルフと、ここにいる諸君の搭乗するゴーレムおよび、パペット、戦闘艇、それにこの後で合流する4隻の戦艦とその艦載機で構成される。知っての通りこの隊は私が率いているため、多くの者に注目されている。ラグティウスはただ勝てば良いのではない。より国民の関心を集め、戦意を向上させるような、よりインパクトのある戦局で勝ち続けなくてはならない。その為に私は貴族、平民、亜人種にこだわらず優秀な人材を集めたつもりだ。諸君には各階層を代表・象徴する英雄を演じてもらう。」

アーサーはそこまで一気に言うと、一旦言葉を切って皆の反応を伺う。

「つまり俺達にお膳立てされた戦場で圧倒的勝利を演じろと言うんですかい?。そんなのはゴメンだね。俺は戦士であって役者じゃないんだ。」

フォルスが顔をしかめて問う。皇族の道楽に付き合うのはゴメンだという想いを隠そうとしない。しかし、アーサーの答えはフォルスの予想とは若干違うものだった。

「心配するな。我々が有利になるようなお膳立てなどはしないぞ。むしろ逆だ。」

不敵な表情で答えるアーサーの言葉の意味をはかりかねてフォルスが尋ね返す。

「と言うと?。」

「有利な状況からの圧倒的な勝利など、見ていても面白くもなんともない。それよりも、より不利な状況に飛び込み、ギリギリのところで逆転勝利をもぎ取り生還した方がより国民の印象に残るだろう?。私はそういう芸当を可能にする人材を集めたつもりだ。」

 通常は戦において戦略を立てる際、実際に矛を交える前に如何に有利な状況を整えるかに腐心するものである。しかし、アーサーの示すラグティウスの方針はそのセオリーの真逆を行くもので、常軌を逸していると言われても否定出来ない。勿論アーサーは不利な状況に無策で飛び込もうと言っているのではない。不利に“見える”状況の中に勝率を高めるための策を密かに投入し“奇跡”を演出して見せようというのである。しかし、それはあくまでも奇策の域を出るものではなく、およそ常識では考えられないアーサーの考えを聴き、一堂のあいだにどよめきが走る。約1名、アーサーの言葉の意味をイマイチ実感できないコスモを除いてではあるが。コスモはいたって呑気なもの「な~んだ、俺のこと1番弱いとかけなしといて、一応は俺の実力もそれなりに認めてんじゃん。」などと呟く始末である。

その呟きをアーサーは聞き逃さない。

「コスモ、貴様が現段階で弱いのは事実だ。しかしだからこそ、これからの戦いを生き延びれば見違えるように強くなるだろう。私が貴様に期待するのは、等身大の新米が英雄に成長する姿を見せてくれることだ。私の期待を裏切るなよ。」

要は、適正レベルを遥かに越える戦場にコスモを放り込み、無理矢理急成長を促そうというのである。端で見る分には面白いだろうが、コスモにかかる負担は尋常なものではない。しかし、それを実感として理解出来るコスモではなかった。

「了解、了解。強くなったパーティーにレベル1の仲間を加えて、戦闘の度にレベルアップさせるってヤツですね。俺もRPGでよくやりました。」

自分のおかれた立場にまるで危機感を覚えないコスモに呆れたのか、それ以上コスモに声をかけようとする者はいなかった。そして、コスモを無視して今度はアムラが説明を始めた。

「まぁ、ラグティウスの概要は今殿下が説明した通りだ。次にガンダルフがこれから何処に向かうか教えてやるから、耳の穴カッポジって聞けよ。俺達の目的地はクロムだ。」

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