アーサー・ザン・ロイド・ウェイグ・ドリュオン
ドリュオン皇国の主星ドリュオン、その首都オーゲンの中央にそびえる皇王の居城ガンドル城。この城はドリュオンが建国された当時、すなわち千年近く前からこの地に在ったと云われている。
およそ千年前、この星にはまだ魔法の力はなく、人類は化石燃料などからエネルギーを得てそれなりの文明を発展させていた。そこへ突然、一頭の龍が天から舞い降りた。その龍がどこから来たか定かではない。宇宙に自然発生したゲートを通り遥か星の彼方から飛来したと考えられている。龍は傷つき疲弊しており、長くは生きなかった。しかし、息絶えるまでのわずかな時間に1人の人間と友になり、ジェルーンから魔力を取り出して使う術をはじめ多くの知識をその者に伝えた。
その龍と友になった者こそ、この星に統一国家を建国したドリュオン一世である。ドリュオン一世はガンドルと名付けられた龍の力を借りて1体のゴーレムを創り出し、その力でこの星を統一しドリュオン皇国を建国した。そしてガンドルが力尽きた後、彼の龍が眠る地に城を築き居を構えた。その城こそ煌歴1028年の現在もなお首都オーゲンに在り続ける王城ガンドル城である。
ドリュオンの第3皇子アーサー・ザン・ロイド・ウェイグ・ドリュオンは色白の肌に強い意志を宿した碧い瞳、黒に近い銀髪を持つ23歳の青年である。ウェイグは母の姓であり、彼の母リタ・ウェイグは平民の出でありながら魔操士として優れた才能を認められて宮廷に出仕し、皇帝の側室となった女性だった。しかし、アーサーを産んで数年後、宮廷内の勢力争いに巻き込まれてその命を落としている。アーサーは第3皇子と言っても庶子であるため、皇位継承順位は兄たちはもちろん2人いる弟たちよりも下で、皇位をめぐる権力争いとは無縁に生きてきた。
しかし3年前、優秀な魔操士であった母リタから魔操士としての資質を受け継いでいることが判明したことによって転機が訪れた。ドリュオン皇家には妾腹も含めて8人の皇子がいたが、魔操士の資質がある者はアーサーだけであった。他に魔操士の力を持つ者がいないということは、かつてドリュオン一世が創り出し、皇家に代々伝えられてきた皇家の象徴とも言えるゴーレム・ドラゴンはアーサーに継承されることになる。
元来権力欲に薄いアーサーにとっては迷惑な話ながら、ドラゴンの継承者になるということは次期皇位継承権の競争で大きなアドバンテージを持つことになり、アーサーの意志とは係わりなく彼を皇位継承争いの対抗馬に押しあげようとする勢力は一つや二つではなかった。
母のように勢力争いに巻き込まれることを嫌ったアーサーは宮廷の勢力争いから距離を取るために、またドラゴンを駆る皇族の務めとして戦場へと赴く決意をした。
「殿下~、そろそろ陛下との謁見のお時間ですよ~。」
「今いく、私の上着をとってくれないか、リルム。」
デスクに置いたクリスタルから空中に投影される資料に目を通していたアーサーに声をかけてきたのは、おっとりとした表情にメガネをかけ、赤みがかった金髪を背中までのばしたグラマラスな女官であった。
「はい~、こちらでよろしいですか~。」
その女官、リルム・ラワフ・マトカリは緋色のマントがついた鮮やかなトリコロールカラーのベストををアーサーに手渡す。
この部屋にはリルムとアーサー、そして入口の扉の脇にもう1人いた。ただ、1人と言って良いのかは微妙なところである。なぜなら、その最後の1人は人間ではなかった。その者はコボルドという亜人で、身体は人型だが首から上には口元に鋭い牙が光るイヌ科の獣の頭部がある。ドリュオンの勢力圏には他にもエルフやドワーフという亜人もいるが、知性の低いコボルドはそれらの種族と較べるとかなり下等とされている。身体能力が高いコボルドはアーサーのような貴人に番犬として仕えることも多く、ここにいるスクネという名のコボルドの若者もアーサーの忠実な僕である。
スクネはリルムから受け取ったベストに袖をとおしたアーサーが近づくとサッと扉を開き、部屋を出るアーサーとリルムの後を無言でつき従った。
王宮の奥へと進むアーサーたち3人。アーサーの姿を見つけた人々は畏まって頭をさげるが、場違いな異物を見るような眼でスクネを盗み見る者も少なくはない。アーサーもそれらの視線に気づいているが、ことさら咎めようとはしない。コボルドを王宮の奥までつき従わせるという行為が貴族社会の常識からはずれていることは充分認識しているし、スクネがその程度の視線を気に病むようなヤワな神経の持主でないことも解っている。そして、アーサーがスクネを連れ歩いているのは伊達や酔狂ではなく、それなりの信念に基づくものであった。
「スクネ、パペットの操縦訓練は順調かい?。」
アーサーは歩みをとめることなく周囲にも聴こえるように、わざと大きめの声で後ろを歩くスクネに尋ねた。それに応えるスクネはややたどたどしい人語ながら、ハッキリした声で返事をする。
「オレ…強い。教官…オレに…勝てない。」
スクネの答えを聞いたアーサーの口元に満足げな笑みが浮かぶ。
「やはりな、バトルアックスはパペットの中でも特に操作法が簡略化された機種だから、スクネなら使いこなせると思ったよ。」
「これでスクネさんも一緒に戦場まで行けますね~。」
リルムがにこやかな顔をスクネに向けると、スクネも口角をわずかにあげて鋭い牙をチラリと見せながら笑みらしき表情を作って応える。
「オレ…戦場で敵…たくさん倒す。人間…オレ…コボルドの力…認める。」
「そうだ、キミが私の傍で力を示せば、多くの人がコボルドの力を認めることになるだろう。アディードとの戦いは一部の貴族や戦士だけで勝てるほど甘いものではない。貴族も、平民も、そしてコボルドたちも含めたすべての種族を立ち上がらせなくてはいけない。」
スクネに応える言葉は、同時にスクネに対して悪意ある視線を向ける周囲の貴族たちへのアーサーの決意表明でもあった。
アーサーの言葉に対して萎縮する者やさらに憎悪を増大させる者はいたが、好意的な反応を示す者は皆無であった。しかし、アーサーはそのような反応など意に介することもなく、己の理念を具現化するため、父である第三十七代ドリュオン皇王マーグス・キオ・ドリュオンの待つ謁見の間へと歩を進めるのだった。
「アーサー・ザン・ロイド・ウェイグ・ドリュオン、参上いたしました。」
父の前で跪いて形式的な挨拶をするアーサーだが、父のそばに立つ予定外の人物の存在に少なからず心を乱されていた。その人物とは、第二位の皇位継承権を持つアーサーの兄、カイゼル・ゼク・ロイド・ハトゥム・ドリュオンである。
皇位継承権を持つ兄弟たちをアーサーなりに評価するところでは、第一位の継承者であり長兄のリューク・ファズ・ロイド・ハトゥム・ドリュオンは文句なく名君になるだろう。第三位、四位の弟たちはまだまだ頼りないが、将来良き君主となる資質は感じられる。しかし、目の前にいるこの男、継承権第二位のカイゼルは人一倍権勢欲が強く民を消耗品のごとく考えていて、王としての資質は名君には程遠く暴君の要素が強い。
「よくぞ来たアーサーよ。皇家の象徴たるゴーレム・ドラゴンを駆って戦場に赴きたいとのそなたの申し出の件なのだがな……。」
マーグス皇王は傍らに控えるカイゼルの方に視線をやりながら数瞬言いよどんだ後、再びアーサーに向き直り言葉を続けた。
「ここにいるカイゼルが異をとなえておる。」
(やはりな……。)
アーサーは表情を変えることなく、心の内でそっとため息をつく。カイゼルがこの場にいる時点で悪い予感はしていた。おおかた、この器の小さな兄はアーサーが戦場で武勲を挙げて民衆の支持を集めることを恐れているのだろう。
「アーサーよ、我が皇家に伝わるゴーレム・ドラゴンがどのような存在か解っているか?。ドラゴンは国の象徴であり、皇家そのもの。本国を離れ戦場に行くなど許されると思っているのか。」
もっともらしいことを言ってアーサーを非難するカイゼルだが、実際のところはカイゼルにとって自分に扱えない象徴ドラゴンなどどうでもいい。むしろこれまで眼中になかった弟に余計な存在意義を与えてしまった障害ですらあった。しかし、自分にとっての障害であるドラゴンを、アーサーの行動を制限する足枷にすることも出来る。
「現在の戦況は芳しいとは言い難い状況なのは兄上もご存知のはず。このような時こそ皇家の象徴たるドラゴンは戦場に出るべきではありませんか?。」
アーサーはカイゼルとは真逆の理屈で反論する。
ドラゴンをただのお飾りとしか見ていないカイゼルと、皇家が振るうべき具体的な力であると見るアーサーの認識の違いである。一見どちらも正論である二人の意見は平行線をたどるかに見えた。しかし、カイゼルの言葉はアーサーを非難するための方便に過ぎず、本音ではドラゴンがどうなろうがカイゼルの知ったことではないのである。
「ドラゴンを危険にさらすということは、この私の命も危険にさらすことになりますな。わかりました、兄上の忠告を聴き、私は比較的安全な後方より精鋭部隊を指揮して、アディードの妖魔どもを蹴散らしてご覧にいれましょう」
アーサーは探るような眼をカイゼルに向けながら心にもない妥協案を提案した。
この妥協案、一見カイゼルの意見に従っているように見えて、アーサーが武勲を挙げた上で無事に帰って来てしまうという、カイゼルにとって甚だ面白くないシナリオに繋がる可能性が高い。
「うむ、アーサーが自ら剣を振るう必要はない。ドラゴンが戦場に姿を見せるだけで兵達の士気も大いに上がるだろう。」
マーグスもアーサーの案に乗り気であり、カイゼルはこのまま話が進んでしまいそうな空気を察知して焦りを覚える。
「いや、ちょっと待て。そのような半端な態度では皇家が軽く見られる。私はアーサーが先陣を切って敵に飛び込む覚悟を見せてくれることを期待して敢えて反対したのだがな……失望したぞ。」
この際、ドラゴンもろともアーサーが亡き者となってくれた方がカイゼルにとって都合がいい。出来るだけ戦力を削った上で激戦区に放り込んでやろうと、方針を変更することにした。
「出征を決めた時より、覚悟は出来ております。兄上がお望みとあれば、このアーサー、単身でも敵の中枢に飛び込んで、アディードに大打撃を与えてご覧にいれましょう。では、陣容が整い次第報告にあがります。」
不適な笑みを浮かべて応えたアーサーは、頃合いとばかりに父と兄の前より退出する。
最前線への出陣は元々の予定通りであり、アーサーはなんとか思惑通りに話を進めることに成功したようである。あとは必要な戦力を確保するための駆け引きのみであった。