コスモ・ライトニング
煌暦1028年、コスモ・ライトニング19歳。ドリュオン皇国の一般市民の義務として徴兵されたコスモは、ドリューン星系第4惑星アペオイの宇宙軍基地で基礎訓練の日々を過ごしていた。
「あ~、腕が痛ぇ、背中が痛ぇ、脚が痛ぇ。もう歩きたくねぇ。」
1日の教練を終えたコスモは全身の筋肉痛に悲鳴をあげ、這うように宿舎に向かって歩いていた。同期の新兵たちは同じ教練受けているはずなのにさして堪えている様子もなく、軽やかな足取りでコスモを追い抜いていく。恨めしげな目を同期の連中に向けため息をついたその時、胸につけた認識票からアラームが響き、目の前の空間にメッセージが浮かび上がった。
《コスモ・ライトニング下級宙士はただちに司令官室まで出頭せよ》
それはコスモのような新兵にはおよそ縁のなさそうな基地司令室への呼び出しだった。
「俺なにかやらかしたか? いや、やらかしたとしても呼び出される先は精々教官のとこだろ?」
メッセージを見つめて、しばし立ち止まり頭をひねって考え込むコスモ。しかし、《ただちに出頭せよ》と言われている以上いつまでも考え込んでいるわけにはいかない。コスモはまわれ右をしてベッドが待っている宿舎に背をむけると、うしろ髪ひかれる思いで重い足取りを基地本部の庁舎へと向けた。
「コスモ・ライトニング下級宙士入ります」
コスモが司令官室のドアをくぐると、そこにはベージュを基調としたジャケットに黒のスラックスの軍服を着用した新兵とおぼしき3人の若者。その奥、部屋の中央のデスクの向こうにはこの部屋の主である初老の男が座っている。コスモが入隊した時に遥か遠くでなにやら訓示をたれていたこの基地の司令官だ。そしてもう1人、司令官の横には目つきはキツイながらもかなり整った顔立ちにクセのある黒髪をショートに切りそろえた若い女性がいた。
コスモとそう変わらない歳らしいこの女性の名はシアトリヤ・アペオイ・スターロ。シアことシアトリヤは鮮やかな赤系の軍服の上に漆黒のマントを纏っている。マント付きの軍服、それはコスモたち一般市民出身とは違う、いわゆる貴族と呼ばれる人種が着る軍服であり、下手したら司令官よりも偉いかもしれない貴族様だ。
手前に立っている3人の新兵は皆直立不動の姿勢で、緊張のあまりガチガチに硬直している。
コスモはキョロキョロと部屋の様子を観察していたが、鋭い視線でこちらを睨んでいる司令官に気づくと、緊張した3人の横に並んで、とりあえず3人に倣って緊張したような表情を作った。
3人の横に並んだコスモがチラリと見ると、1番左端に立つ金髪を短く刈り上げたガッチリした体格の巨漢は見覚えがある。コスモと同じ新兵で、名はザコア・エイブ。訓練成績の上位でわりと見かける顔だ。その隣は頭でっかっちの優等生っぽい男で、この男は緊張の余り蒼白な顔をして今にも倒れそうだ。そして右端の奴、こいつは物陰でサボったり気の弱そうな新兵仲間に絡んでいる姿を何度か見かけたことがある。もし街中で出会っても絶対にかかわりあいになりたくはない絵に描いたようなチンピラだ。
コスモが列に並ぶの待って司令官が口を開いた。
「揃ったようだな、では左から己の所属と官姓名を名乗れ」
まずはザコアが1歩進み出て声を張り上げる。
「アペオイ基地宇宙軍第28期訓練兵、ザコア・エイブ下級宙士であります。」
次に優等生が震える声で「じ…自分は技術部5級技士、ツコニ・ビンスであ…あります」と言うと、続いてチンピラが「地上軍第53期訓練兵、モブシー・カスダーっす」と、ボソリと言う。
そしてコスモは……ボーっと突っ立ったまま何も言わない。司令官はしばらく無言でコスモを睨んで発言を促していたが、ついに堪りかねて声を張り上げようとした。しかし、司令官が怒鳴るよりもわずかに早くそれまで無言だったシアが手元のファイルから眼を上げると、鋭い視線をコスモに浴びせる。
「最後の1人、コスモ・ライトニング? 貴方は自分の名も名乗れないのか?。」
名前を呼ばれたことでようやく我に返ったコスモはまるでバネ仕掛けのように慌てて背筋を伸ばすと、きまり悪そうに愛想笑いを浮かべて口を開く。
「あ~、すんません。ちょっとボーっとしてました。宇宙軍第28期訓練兵のコスモ・ライトニング下級宙士、19歳です。」
司令官はシアのメデューサもかくやという鋭い視線にもまるで萎縮することなくヘラヘラ笑うコスモにやや呆れながらも、苦り切った声を出す。
「誰が年齢まで言えと言った。その神経の太さ、ただのバカでなく大物の方であることを願うよ。」
ヤレヤレといった具合に首を振る司令官は、シアからの無言のプレッシャーを感じると、咳払いを一つしてあわてて本題に入った。
「さて、まず諸君に紹介しておこう。こちらはこの星の領主であるスターロ家の御息女シアトリヤ・アペオイ・スターロ様だ。」
「領主の娘?。それって、スゲー偉いんじゃね?。」
シアを紹介されたコスモはわずかに目を瞠って口の中で呟くと、思わず姿勢を正した。元から直立不動の姿勢を取っていた3人は更に緊張がまして、石像のよう全身を硬直させる。
「シア様は御領主の御息女であり、そしてゴーレムの魔操機士でもあられる。」
「魔操機士ね。まぁ、貴族サマだし、そんな珍しくないんじゃね。」
司令官の言葉はコスモたちを驚かせはしたものの、シアトリヤの出自を考えればある程度は納得できるものだった。しかし、続いて司令官が発言した内容はコスモを除く3人の新兵にかなりの驚愕を与えた。
「そしてここに呼び出した君たち4人、諸君らにも魔操士としての資質がある。」
司令官が口にしたゴーレムや魔操機士とは何か?。それについて説明せねばなるまい。
この世界ではジェルーンという鉱石から抽出される魔力と呼ばれるエネルギーで様々なアイテムを動かしているが、その方法は大きく分けて二つある。
ひとつは機械で魔力を抽出してアイテムに注ぎ込む方法で、ドリュオンをはじめとした人間の世界ではこの方法が主流である。この方法なら誰でも魔力を扱うことができるが、魔力は動力としてしか使えない。この機械で引き出した魔力で動く機動人形をパペットという。
もうひとつは使用者の精神を直接ジェルーンにリンクさせて魔力を抽出し、抽出した魔力で様々な現象を引き起こすというもの。これだと使用者の資質次第ではアイテム本来の性能を遥かに超えた力を出すことができる。こちらの方法で動かす機動人形をゴーレムという。
ゴーレムはパペットと較べると構造がシンプルである上、性能もかなり高い。ただし、魔操士と呼ばれるジェルーンに精神をリンクできる人間は滅多にいない。通常だと数百人に一人、魔操士同士の婚姻を重ね資質を持つ者が生まれやすい貴族の血統でも数十人に一人しかいない。
現在この基地で訓練を受けている新兵の数が約3千であるから、資質を持つ者が4人というのあり得ない数字ではない。しかし、数字の上ではその程度はいるはずだと理解していても、まさか自分が魔操士になれるなどと考えてる若者は滅多にいない。コスモのような者を除いては。
コスモ・ライトニングという男はこの状況で「まぁ、この俺に魔操士の資質くらいあっても別に不思議じゃないな。」などと暢気に考えてニヤけるような精神構造の持ち主である。けっして自信過剰なわけではない、単に底抜けにポジティブでお気楽なのだ。
「さて、本来なら諸君らはこの基地で訓練を受けて正式な魔操機士になってもらうところであるが……。」
司令官は衝撃を受けているであろう新兵たちにはかまわず話を続ける。
「こちらのシアトリヤ嬢から、魔操機士を何名か子飼いで召抱えたいとの申し出があった。しかし、軍としても貴重な魔操士候補生を全員手放すわけにはいかぬ。そこで諸君のうち2名、軍より除隊しスターロ家に仕官することを認めることとした。」
新兵たちは顔を見合せてざわつきかけたが、シアトリヤが手にしていたファイルをデスクに置いて新兵たちの前に進み出たので、再び正面を向いて直立不動の姿勢をとる。
「司令官殿の説明を若干訂正しよう。召抱えるのはスターロ家ではなく、この私シアトリヤ・アペオイ・スターロだ。」
シアトリヤの声に先ほどコスモをとがめた時の刺刺しさはない。その凛とした声には彼女が秘めた気品や誇りを感じさせるには充分な響きがあった。
「この星の大半を領地とする我がスターロ家はすでに何人もの魔操機士を召抱えているが、その者たちは家督を継ぐ立場にない私が自由に使うことはできない。」
ここでシアトリヤはいったん言葉を切ると、コスモたちの前を横切り一人一人の顔を覗き込むようにじっくりと見つめた。
「近々私は王都ドリュオンに馳せ参じ、アディードとの戦いに加わることになっている。その際にあなたたちのうち2名には、私とともに戦場に赴いてほしい。
貴族が戦場に赴く際は、もっぱら後方の司令部から指揮をとる者と、自らゴーレームやパペットを駆って戦場の最前線で剣を振るう者がいるが、シアトリヤは明らかに後者である。すなわち、彼女につき従う魔操機士も当然彼女と一緒に最前線で戦うことになる。
「私と共に来れば、最下級ながらも貴族の地位である機爵の称号を与える。ただし、当然のことながらこの基地で正規の訓練を受けた後に部隊に配備されるよりも命の危険は増す。そのことをよく考慮したうえで、1週間後に返事をもらいたい。」
司令官室を後にして宿舎に戻ったコスモたちは食堂に集まり、若干遅めの夕食にありついていた。新兵たちの多くは1日の教練が終わると早々に食事や風呂を済ませるとベッドに直行、明日の地獄の教練に備えて体力を蓄えている。そのため、この時間までうろついている者はほとんどなく、食堂にはコスモたち4人以外の人影はない。
皆しばらくは黙々とスプーンを口に運んでいたが、皿がほぼ空になった頃、最初に言葉を発したのはザコアだった。
「僕はシアトリヤ様に仕官するつもりだ、君たちはどうする気だ?。」
ザコアの思い詰めた表情とは対称的に、まるで夕食のメニューでも選ぶような軽さで答えたのはコスモだった。
「う~ん、どうすっかなぁ。この地獄の訓練から解放されるってのは魅力的ではあるんだよなぁ。」
「ハッ、ずいぶんとおめでてえ奴だな、てめえは。」
「めでてえって、何がだよ?」
コスモはモブシーの嘲笑に僅かに眉をひそめて聞き返した。
「別にぃ、てめえが貧乏クジひいてくれんのは大歓迎だぜ。貴族のお嬢ちゃんにくっついて戦場まで行って、とっとと早死にしてこいや。」
「んだとーっ、誰が早死にするって!?。」
モブシーとコスモが言い争いを始めようとするのをザコアが割って入った。
「やめないか、二人とも。言い方は悪いが、モブシーの言ってることもあながち間違いではない。コスモ、君はその辺は分かってるのか?。」
「いや、分からん。この地獄の訓練から解放されて、ゴーレムに乗って敵をぶっ倒せばヒーローになれる。いいことずくめじゃねえか。どこが貧乏クジなんだよ?。」
コスモの問いに答えたのは、ようやく最後の一口を呑み込んで食事を終えたツコニだった。
「貧乏クジかどうかは分かりませんが、リスクが高いのは確かですよ。アペオイみたいな辺境では僕たちみたいに一般徴兵された兵は前線に配属されない可能性が高いんです。でも仕官したら、前線に連れていかれたあげく、貴族の盾になって死ぬことを要求されるかもしれません。」
「マジ?。」
「あくまでも可能性の問題ですけどね。ただ、実際にアディードと刃を交えているのはゴーレムを操れる貴族や訓練をつんだ職業軍人で、徴兵された一般兵は補給や拠点防衛にまわされることが多いのは事実です。」
コスモがツコニの説明を聞きいっていると、モブシーが乱暴に立ちあがった。
「そういうこった。俺は2年間の徴兵期間を適当にやり過ごして、生きてシャバに帰るつもりだからな。貧乏クジ二人はてめぇらで適当に決めとけや」
そう言い残すとモブシーは食堂から出て行ってしまった。
「やだねぇ、志の低い奴は。まぁ、いっか。適当に決めろだとよ、どうする?。」
モブシーを見送ったコスモがザコアとツコニの方に振り返って問うと、ザコアが苦笑しながら、ツコニは遠慮がちに答えた。
「訓練から解放されるとか、ヒーローになれるとか言ってる君も志が高いとは思えんけどな。さっきも言ったが僕は仕官するつもりだ。」
「僕は戦場には行きたくないです。魔操士の力は機士になって戦う以外にも、技師としてだって重宝されますからね。」
「てことは、軍とオサラバすんのは俺とザコアの二人で決まりだな。」
空になった食器をカチャカチャ鳴らしながら軽く言うコスモの言葉にツコニは安堵し、ザコアは眉をひそめた。
「そうしてもらえると助かります。」
「そんなに軽く決めていいのか?。ツコニが説明したリスクはちゃんと理解したのか?。」
「別に死ななきゃいいだけの話だろ?。そういうお前だって仕官を志願すんだろうが。」
コスモの言動が投げやりになってきた。昼間の厳しい教練で疲れた体が、満腹になったことで訪れた睡魔に抗しきれなくなっている。
「こんないいかげんな奴が相棒になるかもしれないと思うと、気が重くなるな。いっそのことこいつは採用されなければいいとすら思えてくるよ。」
ザコアは机に突っ伏して眠ってしまったコスモを見て溜息をついた。
そして1週間後、ザコアの望みは叶わず、ザコアとコスモは二人揃ってシアトリヤに仕えることが決まった。