4-1
それでは3章のあらすじを
・第二陣歓迎会で怪しい老婆の露店を楽しんだ
・南の湖の街「サウフィフ」を開放するためのレイドに挑み、街を開放
・次は夏イベだけど何をしよう
それでは4章もお楽しみいただけると幸いです。
8月1日、今日は待ちに待ってはいませんが、HiddenTalentOnlineの夏祭りイベントが始まる日です。今日になった瞬間にメンテナンスが始まっていますが、今回のメンテナンスは少し長引いています。まぁ、昼過ぎという曖昧な期限なので、延長しているというわけでもありません。
とりあえず、アップデート内容の更新はきているので、そちらに目を通しましょう。
えーと、夏祭りイベントは後にするとして、他には各種調整と飲食店とのコラボくらいですね。装備による気温調節機能の切り替えが出来るようになったそうで、夏気分を味わえるようになったようです。いらない気もしますが、何のためでしょうか。
飲食店とのコラボは、コラボしているファミレスがゲーム内で店舗を構えるというものなので、気にしなくていいでしょう。
さて、PVが更新されているので、そちらを見ましょう。
今回はレイクサーペント戦ですね。正確にはプレイヤーキラーに襲撃される辺りからですね。プレイヤーキラーがレイクサーペントに挑む私達の様子を伺っているところが映っているので、プレイヤーキラー視点になっています。この盗賊風の大男は確か……グラートですね。彼が手で合図をして襲撃が始まりました。始まってからは戦場を俯瞰したり、一部分をアップにしたりしているので、細かいことはわかりませんが、私がグラートに襲われた場面、何か妙な具合になっていました。いえ、アブサロムさんに蹴飛ばされたことは正しいのですが、グラートはどこから現れました? 確かに場面がよく変わるので正確なことは言えませんが、まるで、こう、どこからともなく出現したようでした。まぁ、隠蔽系の上位スキルなら姿を隠せるかも知れませんね。私は知らないことが多いので、これは覚えていたら今度にしましょう。
そして、そのままレイクサーペント戦へと流れ込みました。いいところなのですが、メンテナンスが終わり、アップデートが始まったという告知が出ました。まったく、そんなものは黙って始めて欲しいものです。
レイクサーペント戦では、基本的に頭と戦っているところを映していますね。まぁ、そこが一番見ごたえがあるのでしょう。おや、取り巻きのリトルサーペントが映りましたね。しかも、時雨が足場ごと跳ね飛ばされる辺りです。そこから何やら演出が入り私の視界になると魔力視で見ていた光景が映っています。そうそう、リトルサーペントの体の魔力は青いのに、逆鱗だけ緑だったんですよね。
そのまま取り巻きを倒し、レイクサーペントとの戦いに合流したところを経由し、発狂モードへと突入しました。おや、今度はあの風属性だったブレスのシーンですが、今度は少し離れた位置からではありますが、魔力に色が付いています。
そのまま倒しきるまで進んだのですが、あの属性違いは酷いですよね。逆鱗の色以外に何かしらのヒントでもあったのでしょうか。思い出したら誰かに聞いてみましょう。
さて、次は夏祭りイベントの確認と思いきや、アップデートも終了しているのでログインしてからゲーム内で確認しましょう。
そんなわけでログインします。ログイン画面で表示されている私のアバターはもちろん夏仕様の装備を身に着けています。スカートや編み上げブーツ、先の折れた三角帽に手袋や小さめのネクタイは変わっていませんが、ブラウスが薄い水色のノースリーブとなり、外套は袖を通しているのに肩周りが後に垂れるという不思議な作りをしています。装備していても動きを邪魔しなかったのは未だに謎です。
そういえば、課金で髪型や瞳の色を変えられるようになりましたが、最初に設定した腰まである白に近い銀色の髪や翠色の瞳は私のこだわりですし、今更きついつり目も弄る気はないので変える予定はありません。
鞄やウェストポーチといったインベントリのためのアイテムも少しこだわりたくなってきましたが、コートに内ポケットでも作ってもらえば刻印出来るのでしょうか。まぁ、装備更新の時にハヅチに相談しましょう。
それではゲームを始めます。
テロン!
――――運営からのメッセージが一通届きました。――――
――――フレンドメッセージが一通届きました。――――
おや、早速ですか。ログイン地点はクランハウスのポータルなので、この二通のメッセージは後回しにして、日課をこなしながらイベントの情報を確認しましょう。
えーと、ポータルで移動できるイベント用の街【ナツエド】を舞台にしているようです。基本的にクエストをこなして小判や中判や大判を集めるようですが、収集クエストの対象になっている中で、三種類のイベント専用アイテムは普通のフィールドでもドロップするそうです。ただ、植物系と動物系と魔法生物系しか落とさないようなので、集めるマップを考える必要があります。
今回は和風の街を舞台にしているので、ハヅチ辺りが喜びそうですね。おっと、ちゃんとイベントストーリーも読まないといけませんね。そうすれば何か見付かるかも知れません。
……………………
………………
…………
……
なるほど、悪しき存在の封印の儀式を兼ねたお祭りですか。何かは明言されていませんが、重要なクエストを失敗すると復活したそれがとんでもなく強化されたりするイベントですね。
さて、これ以上考えると楽しみが減ってしまうので、このくらいにしましょう。
ああ、イベント期間ですが、今日から27日までの約4週間ってかなり長いですね。これは何段階かにわかれていそうです。
アップデートに時間がかかっているようで、クランハウスに全員は揃っていません。とりあえず、次はメッセージの確認です。
運営からのメッセージはHiddenTalentOfflineFestivalの参加確認でした。ハヅチと時雨も何かを確認していますが、ここで話しておきましょう。
「ハヅチ、時雨、19日のイベントどうする?」
「ああ、俺は行くつもりだぞ」
「私もそのつもり」
「りょーかい。それじゃ、情報登録しとくね」
メッセージの指示通りに情報を登録すれば会場であるタウンサイトの公式アプリと連動させることが出来るようになります。あそこは謎技術の塊なので、そういうものと認識するのが一番楽です。それでは忘れないうちに登録しましょう。
えーと、必要事項を入力してと……。
ほう、入場時にアバターの顔写真入りのIDを受け取れるようです。名前も入るので首から下げてもいいそうですが、流石に下げる気はしませんね。写真はログインの時に表示されるアバターを写したものになるので、基本的に無表情です。表情豊かな写真が欲しければ自分でスクリーンショットを取れということでしょう。
次にフレンドからのメッセージはクラン【サモナーズー】の園長さんからです。約束の布系や木材系のドロップについての情報です。公式が場所を提供している有志による攻略サイトに載っている情報は省いているそうですが、その辺りを知らない私としては載せておいてくれても困ることはありません。まぁ、中を見てみると、トレントやらコボルドやらまだ見ていないMOBの情報が載っていました。特に杖には使えそうにありませんが、トレントの特殊ドロップは面白そうです。機会があれば、試してみましょう。
リストにざっと目を通していると全員が揃ったので、ハヅチが何か言おうとしています。
「あー、ちょっといいか。今日から夏イベが始まるわけだが、基本的に自由行動だ。ただ、未確認の情報とかを見付けたら教えてくれると嬉しい。それと、サウフィフのクエストについての情報をまとめといたから、気になったら見といてくれ」
そういえば橋を直すクエストをしてからクエストの確認をしていたらしいですね。とりあえずは夏イベをメインにするので頭の片隅に留めておくようにしましょう。油断すると忘れますから。
その後、解散になりましたが、みんながポータルを使って【ナツエド】へ行くので、気分だけは団体行動です。
ナツエドのポータルへとやってきました。イベント初日ということもあり人でごった返しています。この広場には巨大な目安箱が設置されており、近くにいるとクエスト掲示板が開けるようになっています。現在は常設の納品クエストが三つあり、対象のアイテムがそれぞれ【祭りの食材】【祭りの建材】【祭りの景品】となっています。ここで受注しておけばメニューのイベントの項目で確認や達成が出来るようです。他にも小判や中判や大判の所持数も確認出来るようです。これはアイテムとして存在しないので、インベントリを圧迫しないのはいい仕様です。
ちなみに、全てのクエストで納品された量によって様々なクエストが解放されていくようです。この書き方からして、あきらかに街にもクエストがありそうですね。東・西・南に閉ざされた巨大な門があったり、北に城があるので、そこも怪しいですし。
それでは街を散策しましょう。ここは和風の街なので私の格好だと浮いてしまいますが、気にしてはいけません。
街の風景からしてきっと江戸時代がモチーフなのでしょう。長屋とか木製の建物がほとんどですし、着物や侍風のNPCもいますから。
城とは反対側の南にある巨大な門までやってくると、多くのプレイヤーが集まって騒いでいます。どうやら門が開かず、外に出られないようです。イベントで街に門があり、外に出られないわけがないので、何らかの条件を満たしていないのでしょう。門番もいるので情報収集をしたいのですが、流石にこの人混みをかき分けて進む気にはなれないので、他のNPCにでも話を聞きましょう。決まった言葉しか話せないゲームと違い、会話が成立するゲームなので、誰もが知っている情報もあるはずです。
そんなわけで情報収集の基本である酒場……、いえ、人の集まる場所を探していたら妙な場面に出くわしました。いえ、大通りではなく一本以上入った道を歩いているのが悪いのかも知れませんね。
「お侍様、おやめください」
ええ、三人の浪人風のNPCが町娘のNPCを襲っている場面です。これ、全年齢対象のゲームでやっていいんでしょうか。まぁ、逃げようとしている町娘の手を掴んで離さないだけで暗がりに連れて行こうとはしていないので、限りなく黒に近い灰色なのでしょう。
「そこの人ー、助けた方がいい?」
状況的にクエストというかイベントだと思われますが、街中でNPCに攻撃してGMのお世話にはなりたくないので一手間入れておきます。
「何だ嬢ちゃ――」
「そこのお方、助けてください」
メニューのイベントの項目が光って自己主張していますが、クエストが発生したとかそんなもんだと思うので、無視して助けましょう。
「【ライトニングランス】」
三つの魔法陣を同時に描き、浪人一人に対し一つ放ちます。たまにやる複数狙いですが、成功率に難がありますね。二人にしか当たりませんでした。しかし、町娘を掴んでいる浪人には命中したので、町娘も感電しています。助けるためなので許してもらうとして、さぁどうしま――あ゛?
「似非陰陽師め、覚えてやがれ!」
三人の浪人がとてつもない速さで走り去っていきました。ええ、軽い行動阻害を受けていたはずの浪人もです。とてつもなく雑なクエストですね。セイフティゾーンである街中で本格的な戦闘をさせるわけにはいかないためかもしれませんが、もう少し工夫して欲しかったです。
魔法使いが似非陰陽師扱いという突っ込みどころは置いといて、クエストを先に進めましょう。
「大丈夫ですか?」
「ええ、危ないところを助けていただきありがとうございます。……少し巻き込まれましたが」
うぐ……。流石は会話の出来るNPCです。嫌味すら入れてくるとは。
「いやー、避けられると助けられなくなるんで、避けるのが難しい方法を選んだんですよ」
「そうでしたか。あの、お礼をしたいので、是非、家によってください」
「はい、遠慮なく」
こういう時に遠慮するとクエストが妙な方へと分岐してしまうので着いて行く以外の反応はしません。ゲームなので、少し図々しいぐらいがちょうどいいんです。
そんなわけで町娘に着いて行っていますがどこへ向かっているのでしょうか。イベントの項目からクエストの詳細を見ると、【浪人に襲われている娘を助けよう】から始まり、現在の【娘を送り届けよう】まで繋がっています。普段のクエストと仕様が違うようなので、欄を別にしているんですね。
そういえばこの町娘、何か荷物を持っていますね。
「重そうですね」
「いえ、出前帰りなので」
おやおや、何かのお店の看板娘でしたか。木製の丸い岡持ちを見るとお寿司屋に思えますが、正解は着いてからのお楽しみにしましょう。
もちろん私もか弱い乙女なので荷物を持ったりはしません。
何かのお店をやっている以上、そのお店は大通りか、その近くにあるのが定番でしょう。人通りの問題もありますし。そのため、看板娘に連れてこられたのはポータルのある中央から南にまっすぐ行く途中にあるお店でした。
「おとっつぁん、ただいま」
「おう遅かったな」
「実はね――」
まぁ、ここから浪人に絡まれて私に助けられたという話が始まるのですが、流石に雷魔法で巻き添えにしたことは黙っているつもりのようです。
「ほう、その面妖な格好の嬢ちゃんがか。いや、恩人に失礼だな。ワシの娘を助けてくれてありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」
「お礼をしたいところなんだが、今は祭りの準備で材料に余裕がなくてな。娘が行った出前も断れない相手でな……」
「おとっつぁん、それなんだけど、追加が欲しいって言われちゃって。材料が無いから無理だっていっても、何とかしろって」
「そ、それは……」
横暴な権力者からの出前要求ですか。お抱えの料理人もいないので、地主とか、その程度でしょう。
「その材料って何ですか? 時間がかかってもいいなら、探してきますよ」
「ほ、本当か、嬢ちゃん」
「何をどれだけ必要か見てから考えるので教えてください」
これで見たことも聞いたこともない素材を要求されると困るので、予防線はきっちりと張ります。流石に夏イベなので、その専用素材だとは思いますが。
「必要なのはこれだ。それと、娘を助けてくれた礼だ」
そう言ってメモと少し大きい小判を渡されたのですが、受け取ると消え、メニューのイベント項目が光っています。えーと、中判が1個増え、クエスト欄も更新されています。【祭りの食材】を10個ですか。掲示板の常設依頼と必要数は同じですが、あちらの報酬【小判・1枚】に対し、こちらの報酬は【小判・2枚】となっています。ええ、倍ですよ。微々たるものですが、倍ですよ。まだ一つなので正確なことはわかりませんが、あの掲示板の常設依頼は最低限の報酬なのかも知れません。とりあえず、クランチャットで情報提供だけしときましょう。
リーゼロッテ:街を歩いてたら、報酬が倍のクエストあったよ
さて、ハヅチから後で詳しく教えてくれと言われましたが、現状は詳しいことは何もわかりませんね。ただ、続報で嫌な事実を知りました。
ハヅチ:フィールドでのイベント系素材のドロップ率、最悪らしい
これはどうしましょう。説明を見る限り、祭りの食材というイベントアイテムは食材アイテムに分類されるようですが……。
まぁ、このクエストに期限はないので、今は街を歩いてゆっくりとしましょう。他に何かクエストが見付かるかもしれませんから。
「あ、そういえばこのお店って何屋ですか?」
「おう、うちは寿司屋だ今は材料がなくて寿司を握るのに苦労してるがな」
どうやらお寿司屋さんだったようです。そう言われてみればそれらしい面影がありますが、具材がないのでわかりませんでした。
「へー、ちなみに、三方にある巨大な門って開かないんですか?」
「ああ、あの門は祭りの本番には開くぞ。今は準備中だから、まだだな。特別な許可さえ貰えれば、横の通用口を使わせてもらえるが……。そうだ、食材を何度か納品してくれれば、冒険者ギルドに推薦してやるよ」
「それはありがたいですね。それじゃあ、揃うのを楽しみにしていてください」
私が返事をすると、クエスト欄が更新され、寿司屋に納品するクエストに反復(0/5)と表示されました。ドロップ率最悪の素材を50個ですか。それではアイテム集めは夜にやるかもしれないことにして、今は街の散策を続けましょう。
街を歩いた結果、北にある城へ近付くと門番に追っ払われてしまいました。話しかけても立ち去れと言われてしまい、取り付く島もない状況でした。この状況には覚えがあります。砂漠のピラミッド同様に何かのクエストかフラグが必要ですね。ちなみに、ナツエドの冒険者ギルドは他の街の例に漏れずポータルがある広場にあります。中は完全に和風ですが、機能面は変わらないようで、クランハウスへと通じる扉も用意されています。まぁ、引き戸でしたが。
それではそろそろ良い時間なのでログアウトです。
夜のログインの時間です。今受けている夏イベのクエストは常設の最低効率のクエストと、効率が倍で五回繰り返せば巨大な門を通れる可能性があります。まぁ、あの先に何があるかは知りませんが。一つ言えることは、イベント専用マップが街だけでは、寂しいですよね。
そんなわけで、私はサウフィフを訪れました。お寿司屋で受けたクエストで納品するアイテムは【祭りの食材】というイベント専用の素材です。これは動物系のMOBからドロップするようなので、ロングトードと戦おうかと思っています。……が。
サウフィフの西の方、街に水を入れるための水門がありますが、そこから少し北に行った場所に、いいものを見付けてしまいました。きっと作ったゴンドラを水路にいれるための場所なのでしょう。造船所と思わしき場所から水路へ向かって坂になっています。この辺の水路は浅い部分もあるため、溺れる心配もありません。
「【召喚・ヤタ】【召喚・信楽】」
ヤタと信楽を召喚し、装備欄を弄ります。
編み上げブーツをしまい、システム的には装備しているけれど、物理的には履いていない状態に……おっと、非表示という風に文言が修正されています。それではブーツを非表示にします。これはセイフティゾーンでしか出来ませんが、街中でなら何の問題もありません。石畳の感触が直接足に伝わりました。HTOでは初めて素足になりましたが、私が前にやっていたゲームと比べて、かなり進歩していますね。昔はこう、キグルミを着ている感じと言われていましたから。
ああ、もう一つ変更しなければいけませんね。まったく使わないと思っていた、夏仕様の装備の冷却効果に関する新しい設定を使います。冷却効果をOFFに上がっている気温を直接体感します。その結果、じっとりと汗をかいている気がしますが、流石にそこまでは再現していないようなので、気のせいです。
「よーし、いくよ」
ヤタと信楽を率い、水路の浅い部分へと突入しました。スカートやコートは短いのでそのままで水に濡れる心配はないので、安心して浅い部分を歩けます。
「あー、ひんやり」
これを思いつくまでは使う気のなかった機能ですが、これのために実装したと言われたら信じてしまいます。私の住んでいる辺は入れる川がないので、こういった遊びには縁がないのですが、これはやはり気持ちいいです。
ヤタは水辺ギリギリで水面を突っついて遊んでいます。烏の行水という言葉もあるので、水は好きではないのかもしれません。反対に信楽は浅い場所でバシャバシャと泳いでいる雰囲気を醸し出しています。水深というほどの深さもないので畳の上で泳ぐ練習をしているようなものですね。ただ、楽しそうなので、それはいいでしょう。
「それっ」
『TANU』
信楽に向けて水を蹴り上げると格闘スキルの【パンチ】で迎撃されてしまいました。このちょっとした遊びにも本気を出すとは、流石です。
「ならば」
今度は両手で勢いよく水をすくい、信楽にかけると、【キック】で迎撃……、いえ、反撃してきました。アーツの補正なのか、体の大きさと比べ物にならない程の量の水が私を襲いました。信楽の様にパンチで迎撃するようなプレイヤースキルを持ってないため、為す術なくずぶ濡れにされてしまいました。
「……おのれ、信楽【キック】」
おお、すごい水の量です。
ピコン!
――――System Message・アビリティを習得しました―――――――――
【行動補正(水辺)】を習得しました。
水の中での行動時に補正がかかります
―――――――――――――――――――――――――――――
おや、何か習得しましたね。ですが、信楽との戦闘で忙しいので後です。
おっと、気をそらした隙に信楽がどこかへ。
『TAANUU』
「きゃ」
なんと、足元にいた信楽が体を震わせ、水しぶきを飛ばしてきました。思わず後ずさりし、尻餅をついてずぶ濡れになってしまいました。こんな攻撃をしてくるとは、私の負けですね。
「しーがーらーきー」
それでは信楽を確保したので。
「ヤタもおいでー」
端によって少し休みましょう。
ヤタはマイペースに過ごしていますが、私は目を瞑り足を水につけたまま大の字になると、信楽も真似をして……、いえ、信楽の場合は尻尾があるので木の字ですね。完全に天日干しされている気分ですが、こうしてイベントが始まってクエストも受けているのに、それをすっぽかしてゆっくりするというのは、言葉に出来ない気持ちよさがあります。
「何だ何だ、騒がしいと思ったら、嬢ちゃん、溺れたのか?」
頭の上の方から声がしたので目を開けてみると、煙管を咥えた船乗り風のおじさんがいました。髭を蓄え、随分と逞しい印象を受けましたが、配置が間違ってませんか? 湖の街ではなく、港町にいるべきかと。
「いえ、涼んでました」
「そうかい」
「おじさんはそこの人ですか?」
「ん? ああ、開店休業してる造船所のことを言ってるなら、そこは俺の工場だ」
「開店休業って資金が底でもつきましたか?」
「……何でそう思ったのかは知らんが生憎と違うよ。他の大きな造船所に客を取られてるだけだ。依頼と材料さえありゃ、いくらでもつくってやらぁ」
材料もない時点で、資金がないと思ってしまいましたが、掛けという仕組みもあるので、作れないわけではありませんね。
「それじゃあ、私が作って欲しいって言ったら、作ってくれます?」
「そりゃ、構わんが、依頼するんなら、起きてからだな」
流石に寝たままでは依頼できませんね。しかたないので、起きましょう。
「よっこいしょっと。それで、どんな船を作れるですか?」
「この街で作れるのはゴンドラだけだ。大きさにはいくつかあるが、一般的なのは、漕ぎ手込で、三人乗りだな。それ以上小さいのはないし、大きいと狭い水路には入れないから、ほとんどそれだ」
ふむふむ、6人PTだと2艘必要になるわけですか。まぁ、私は基本的にソロなので、1艘で十分ですが。
「じゃあ、1艘作るのに、必要なもの、教えてください」
「ああ、これだ」
そういって一枚のメモを渡されました。すると。
ピコン!
――――クエスト【ゴンドラ作成】が開始されました――――
木材 【0/50】
※種類問わず
――――――――――――――――――――――――
おや、木材だけですか。これは数が必要ですが、楽ですね。
「まずは、それを持って来い。もちろん、質のいい木材であればあるほど、いいゴンドラが作れるぞ」
……まずは、ですか。出来れば番号を振って何個のクエストで出来ているのか教えて欲しいものです。それに、質のいい木材であればって、木材を落とすMOBは見たことのないトレントしか知りませんよ。
「ま、気長にまっとるよ」
「では気長に待っててください」
さて、噂の造船クエストを見付けてしまいました。けれど、この状況を説明すると怒られそうですね。とりあえず、完成するまで黙っていましょう。言わなければばれませんから。
夏の気分を満喫したので装備と設定を戻し、サウフィフの外へと出ました。この辺にはロングトードという長い舌を持った大きめの蛙が出現します。これも動物系MOBなので、イベント専用素材を落とすはずですから。
ヤタと信楽を召喚したままなので、MPがちょうど半分になっています。信楽のなつき度を見るに、もう少しでまた召喚コストが減るのですが、今回はドロップ率がどのくらいなのかを見るためなので、このまま召喚し続けましょう。
ロングトードが出現する区域は賑わっていますが、街をぐるっと囲むようにロングトードは出現します。そのため、賑わっていても少し歩けば誰も戦っていないロングトードがいるので問題はありません。
「【ダークランス】」
双魔陣で魔法陣を三つ描き、ロングトードへと放ちます。それと同時にバックステップで後へ下がり、ディレイが終わるのを待ちます。ロングトードの舌とランス系ではランス系の方が少し射程が長いので、私が下がっている限り、舌に巻き取られることはありません。
「【エアーランス】」
同じ様に三つの魔法陣を描き、ロングトードへと放ちました。これはもう手慣れたものなので、MPが普段の半分になっていることを除けば、何の心配もありません。まぁ、それが一番の問題ですが、それも休みを多く取ることで解決します。
とりあえず10体ほど倒してみたのですが、青色の欠片と蛙肉だけで、【祭りの食材】が一つも落ちませんでした。流石にイベント素材なのでレアドロップだとは思えませんが、これはおかしいとしか言いようがありません。本当は使いたくありませんが、【祭りの食材】は食材アイテムに分類されているので、手に入れる方法が一つだけあります。
軽度とはいえ、ゲームにおけるとある病気を発症している私にこれを使わせようとするとは……。
そのためのアイテムを一つ手にしていますが、使おうとすると手が震えてしまいます。
そう、軽度のエリクサー病を発症している私に、もう入手手段のない【オチール】を使わせようとするとは……。
オチールを口にすると、ほんの少しですが満腹度が回復し、隅の方に90分というカウンターが表示されました。こういうアイテムの効果時間は30分というのが普通の気もしますが、現実で考えれば30分ですね。
それでは時間も限られていることですし、さっさと狩りを始めましょう。
まずは一体倒してみました。すると、基本の二つと、更に祭りの食材がドロップしました。これは何とも幸先のいいスタートでしょうか。流石に残り時間が刻一刻と減っていく状況でゆっくり狩りをすることは出来ないので、ヤタだけを送還し、集中して狩をすることにしました。MPポーションを何本か飲むことになりましたが、とにかく集中して狩りをします。
…………………………
……………………
………………
…………
……
気がつけば、いえ、気がついていましたが、約三時間経過していました。ええ、オチールの効果が切れてから一度休憩を挟み、2つ目をつかいましたから。流石にここまで連続して狩りをすることはほとんどないので疲れましたが、結果を見て大満足です。
効果の切れ目以外は休憩をしていなかったのでかなり疲れましたが、祭りの食材を63個手に入れました。まぁ、私が本気を出せばざっとこんなもんですよ。
それでは街を経由して納品に行きましょう。
ああ、イベント素材もイベント項目の方に格納されるのでインベントリを圧迫することはありません。
「へい、大将」
「ん、ああ、嬢ちゃんか。どうしたんだ?」
「頼まれたもの、用意しましたよ」
看板娘がいませんが、クエストの依頼人はお寿司屋の大将なので、不都合はありません。メニューを操作し、納品の手続きをします。システム上からクエストを完了させるのか、物質化して手渡す方法がありますが、どちらでも結果は変わりません。なので、風情のある方を選びましょう。長めの葉っぱに包まれた何かが物質化されました。これが50個分とは驚きです。
「さぁ、例のぶつです」
「お、おう。ありがとうな。それじゃあこれはお礼だ」
そう言って出してきたのは中判1枚です。小判は10枚で中判1枚なので、自動的に両替してくれるようです。私が受け取るとすぐにポリゴンとなり、イベントの項目にある中判が2枚になりました。
「後、これは約束の推薦状だ。中央広場にある冒険者ギルドに持ってけば、門を通る手形をくれるかも知れねぇ。流石にこればかりは約束出来ねぇから、ダメでも文句は言わねーでくれよな」
「はい、それじゃあありがたく貰っていきますね」
推薦状もフラグだけのようで、すぐに消えてしまいました。
「ああ、それと、また数が集まったら、持ってきてくれ」
「りょーかいです」
てっきりこれで終わりだと思っていたのですが、またもや反復クエストを受けることが出来ました。しかも、何度も繰り返すことができ、報酬の数も変わらないので、ここに納品することになるでしょう。
推薦状を受け取り、ポータルのある中央広場にある冒険者ギルドへと向かいました。中が和風になっているので、この推薦状を誰に出せばいいのわかりませんね。その辺りを確認していなかったので、とりあえず職員に聞いてみることにしましょう。
「すいません、推薦状を貰ったんですが、どこに持っていけばいいのでしょうか?」
「はい、こちらで受け取ります」
勝手に推薦状が出現し、職員の手に渡りました。そして中身を確認しています。
「はい、それではこちらをお持ちください」
そうして渡されたのは、犬の絵が描かれた絵馬の様な通行手形です。すぐにポリゴンとなりイベントの項目に格納されましたが、これで東門が通れるようになるそうです。
早速行ってみましょう。
東門まで来ると、流石に集まって文句を言っている人はいなくなっていました。今いる人達は門番さんから情報を引き出そうとしている人のようです。
ちなみに、私が門番さんに近付くと、話を打ち切ってから手招きをしてきました。その様子を見て条件を満たしたと判断したプレイヤー同士が牽制しあいながら近付いてきますが、情報が欲しければその対価を示さなければいけません。
「ここから出ていいぞ」
「ありがとうございます」
「なあ、あんた」
街の外へ出るとイベントの項目が光り、外へ出るための説明文が出てきました。なんと、二回目以降は、門周辺にいれば、メニュー操作で外へ出ることが出来るそうです。この辺りは混雑対策なのでしょう。外へ出るプレイヤーを妨害するために人壁を作る人が出てくる可能性もあるので、そんな人の対応をするのも面倒くさそうですから。こうしておけば、邪魔されても、外へ出れますね。
東のフィールドは平原で、プレイヤーがまばらにいましたが、数えられるだけしかいません。そのため、混雑を気にする必要はなさそうです。
えーと、MOBを見つけたので識別してみると、【エドッグ】という犬型のMOBでした。個体によって毛色が違うようですが属性はないので、好きな魔法を使えます。今のところはアクティブではないようですし、他のプレイヤーを見るにリンクもありません。ただ、犬型ということもあり、アクティブになってからの移動速度はかなりのものです。せっかくなつき度が40%になり、召喚コストが最大MPとSTRを一割五分ずつになったのですが、念のために信楽を送還しておきましょう。
「【バリア】」
バリアは体を包み込み、近距離攻撃を軽減し、吹き飛ばされるのを防いでくれます。ロングトードの舌が何故か遠距離攻撃用のエリアシールドで防げないので、近距離と遠距離の区別する方法がいまいちわかっていませんが、流石にこれを貫通してくることはないでしょう。
それでは実験しながら戦いましょう。
「【ライトニングランス】」
3本の雷の槍が一瞬で距離をつめ、茶色いエドッグへと命中しました。帯電しながら行動阻害を受けているようなので、雷属性は問題なく通用するようです。ディレイが終わるのと同時に次の魔法を準備しますが、エドッグも唸りながら走り始めました。
「【メタルランス】」
今度は鉄の槍を3本放ちます。すると、ほぼ目の前まで来ていたエドッグが吹き飛ばされながらもポリゴンとなり、消滅しました。狼や犬系のMOBは脚が速いので油断できません。とりあえず、ランス系6本で倒せることと、雷魔法の行動阻害が問題なく効くことがわかりました。鉄魔法の吹き飛ばしは効果があったのかわかりにくいので、順番を変えてみましょう。
ちなみに、ドロップは茶色の毛皮(小)と祭りの食材でした。素材の方は期待外れですね。ですが、オチールを使わずにイベント素材が安定して落ちるのであれば、文句はありません。
次のMOBを探していると今度は黒いエドッグがいました。エドッグは色が違うだけで、大型犬くらいの大きさですね。
「【メタルランス】」
普段だと魔法の順番を変えることはしないのですが、雷魔法と鉄魔法の効き具合は私にとってかなり大事な部分です。バリアを使って身を守ってはいますが、これの強度を知らない以上、MOBを遠ざける手段の確認を怠ってはいけません。
3本の鉄の槍が黒いエドッグへと命中し、後へと吹き飛ばされましたが、大型犬くらいの大きさなので、体が重いようで時間を稼げるような距離を空けることは出来ませんでした。ディレイが終わる頃にはエドッグがかなり近付いています。
ライトニングランスの準備をしますが、間に合いそうにありません。やはり、確認とはいえ、順番を変えるのは良くないですね。
『GAUU』
噛み付こうとするエドッグに対し、私は身を守るため、杖を持ったままの左腕を盾にしました。正直に言ってしまえば、冷静に対処したわけではなく、とっさにエドッグと体の間に腕を入れただけです。結果的には左腕に噛みつかれる形になりましがが、実際は体を覆っているバリアに阻まれています。ちなみに、バリアによってダメージが軽減されているので、痛みの代わりの痺れを感じません。噛みつかれるまでは慌てましたが、こうしてみるとHPの減りもゆっくりなので案外余裕がありますね。警察犬の訓練時の犯人役もこんな感じなのでしょうか。あ、バリアにひびが入り始めました。まぁ、MPを注ぎ込めば何とかなりますし、魔法陣もキャンセルされていないので一つ試してみましょう。
通常、三つの魔法陣は背後に描かれています。けれど、射程を伸ばそうとすると目の前に描かれるので、ある程度自由になるはずです。そこで、魔法陣を動かそうとしてみたのですが、一度描き始めると動かせないようですね。描き終わり、遅延発動を使っている場合は動かせるようです。とりあえず、手のひらに移してみましょう。こう、膨大なMPを消費して、魔法陣を手のひらに隠し持てれば、奇襲に使えそうですから。
『GA.GAUU?』
おや、エドッグが不思議な声を上げています。いつでも倒せる状況なのに、攻撃しないから混乱したのかも知れませんね。それでは手のひらをエドッグに向けて――。
「【ライトニングランス】」
魔法陣が小さくなっていても発動した魔法の大きさは変わらないようです。魔法陣はまだ出来ることが多いとわかったので、そのうち確かめてみましょう。ああ、他にも確認しなければいけないことがありましたね。今回はとっさに左腕を盾にしましたが、魔法の発動がキャンセルされませんでした。よくあるゲームなら、ダメージを受けると発動がキャンセルされるので、バリアが防いだのか、別の要因があるのか、その辺りは誰かに聞けばわかりそうですね。
ちなみに、今度は黒色の毛皮(大)と祭りの食材でした。MOBの大きさは先程のエドッグと変わらないので、何が原因でしょうか。
今の一戦で疑問が増えてしまいました。
バリアの修復や遅延発動で大量に消費したMPを回復してから何度か戦ってみましたが、イベント素材は確定に近い確率で、皮系はランダムのようです。何せ、上質系の皮も落ちましたから。魔法陣の挙動に関しては、また今度です。
それでは、そろそろいい時間なのでログアウト後に、ストレッチをして寝ましょう。
主人公の取得スキルについては今までどおり話の中で日曜が終わった回のあとがきに載せます。
そして王道ポイントですが、今回は私の個人的なこだわりを理由に主張しません。ええ、あれがないのに王道を名乗ることが出来ないからです。
詳しい理由は活動報告に書く予定ですが、見なくても何の問題もありません。
プレイヤー名:リーゼロッテ
基本スキル
【棒LV30MAX】【剣LV15】【武器防御LV5】【格闘LV14】
【火魔法LV30MAX】【水魔法LV30MAX】【土魔法LV30MAX】【風魔法LV30MAX】
【光魔法LV30MAX】【闇魔法LV30MAX】
【魔法陣LV30MAX】【魔術書LV5】【詠唱短縮LV30MAX】
【錬金LV30MAX】【調合LV30MAX】【料理LV30MAX】
【言語LV30MAX】【鑑定LV30MAX】
【気功操作LV1】【魔力操作LV30MAX】【再精LV30MAX】
【発見LV30MAX】【跳躍LV30LVMAX】
【索敵LV30MAX】【隠蔽LV30MAX】
【毒耐性LV3】【麻痺耐性LV1】【沈黙耐性LV1】
【睡眠耐性LV1】【幻覚耐性LV1】
【知力上昇LV20】【調教LV26】
下級スキル
【杖LV50MAX】
【治癒魔法LV15】【付与魔法LV30】
【炎魔法LV22】【氷魔法LV15】【地魔法LV23】
【嵐魔法LV15】【雷魔法LV20】【鉄魔法LV20】
【無魔法LV22】【聖魔法LV22】【冥魔法LV16】【空間魔法LV43】
【魔力陣LV50MAX】【魔力制御LV50MAX】【詠唱省略LV16】
【錬金術LV15】【調薬LV17】【料理人LV18】
【言語学LV8】【識別LV26】【魔力増加LV43】
【看破LV4】【魔力視LV27】【軽業LV11】
【探索LV26】【隠密LV26】
中級スキル
【杖術LV7】
【魔道陣LV8】
【魔法操作LV8】
称号スキル
【探索魔法】【魔術】【筆写】
【残りSP155】




