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Hidden Talent Online  作者: ナート
3章 夏に向けて
39/148

3-3

 テストの終わりを告げるチャイムが鳴り、長き戦いから解放されました。その後のホームルームも終わったので、後は帰るだけです。


「茜、テストはどうだった?」

「んー、いつも通り」


 テスト後によくある会話ですが、もうすぐ夏休みなので、少し浮ついている気がします。


「明日はテストの返却と夏休みの宿題の配布に、終業式で終わりだよね」

「そだね。いったいぜんたい、宿題の容量はどのくらいやら」


 昔はテストも紙媒体で、採点に時間がかかっていたらしく、テスト期間がもう少し早かったと聞いているのですが、今はPCの処理能力次第であっという間に終わるそうです。そして、夏休みの宿題もデータでの配布なので、受け取った後にしっかりと確認しておかないと、ペース配分を間違えて大変なことになります。


「そういえばさ、伊織に頼みたいことがあるんだけど」

「珍しいけど、どうしたの?」

「んー、ほら、第二陣の追加あるじゃん。だから、それに向けて、怪しい老婆の露店がしたくてね、始めて一週間くらいのプレイヤーが買い換えるのにちょうどいい武器が欲しいの」


 二度ほど行った怪しい老婆の露店ですが、目玉商品はクランショップで販売しているので、今回目玉になるものはありません。そこで、ちょうどいいくらい武器に細工をして売り出そうと思いついたわけです。


「量産品でよければ、いくらでも渡せるよ」

「んー、量産品だと都合がわるいんだよね。こうさ、見た目と性能を反比例させるとか出来ない?」


 私が求めているのは、かっこよく強い武器ではありません。かっこいいけど性能が悪く、不出来だけど強い、そんな武器を並べる露店です。決め台詞は決めていませんが、気に入ったプレイヤーには、しっかりと強い武器を勧めるつもりです。


「また変な物を……。まぁ、生産スキルの調整が入ったから出来なくはないけど、素材によってはそんなに差、出ないよ」


 ああ、そういえばそんなアップデートがありましたね。確認しようと思ったはずですが、全くやっていませんでしたね。


「ちなみに、始めて一週間くらいのプレイヤーが買う武器ってどのくらいかな?」

「んー、その辺りは人それぞれだからねー。最前線のプレイヤーとか、廃人とかはかなり稼いだはずだし、私は自分で作ったから、正確なところはわからないかな。茜の武器はどうなの?」


 私の武器は、蜃気楼の塔で手に入れたアイテムを持ち込んだので、何とも言えないでしょう。


「伊織達と行ったダンジョンのボスドロップをシェリスさんに持ち込んだから、正直わかんない」

「……言ってなかったけど、あの人、βの頃から木工関連だとトップクラスの人だよ。そんな人に裏ボスの素材持ち込んでる時点で、普通の武器とはいえないよね」

「へー、そうなんだ。それじゃあ、一本100,000Gで20本、私に武器売って。その値段で出すから。ウェストポーチとかそのくらいだし、切りもいいでしょ」

「利益出ないけどいいの?」

「私は怪しい老婆の露店をしたいだけだから、それでいいの」


 初心者向けのフリーマーケットと聞いています。けれど、そのお題目をまともに受け取る人がどれだけいるのでしょうか。きっと、それぞれのやりたい露店をするはずです。なら、露店で楽しむのが利益なので、金銭的な利益は度外視です。


「了解。それじゃあ、何本か用意しとくね。それと、代金物納にしてくれる?」

「いいけど、何?」

「青色の欠片をPTの装備に使う分と、残りはツケと相殺しとくね」

「あれ? モニカがロングトードに行くって言ってたけど、自分達で集めないの?」


 伊織もテスト前はログインをある程度控えていたはずなので、行ってないにしても、これから行けるはずです。なのに、私が集めたものを貰う必要があるのでしょうか。


「一週間以上あれば、結構気温上がるんだよ。それに、何度か試しはしたけど、長時間の狩りは行けてないから、準備するにも数が足りなくてね」


 なるほど、暑さで集中力を削がれた状態で行きたくないわけですか。それにしても、この時期からログイン出来るようになる第二陣は、水属性を付与した装備を用意するのはたい……、へん、で……、あ。いいことを思い付きました。アイテムの数が足りるのなら、あれも用意しましょう。怪しげな露店ですから。用意した商品の全てを並べておく必要はありませんし。私が楽しめればそれでいいんですよ。


「御手洗に東波、ちょっといい?」

 おや、誰でしょう。相手の顔を見てみると、ああ、クラスメイトです。ええ、クラスメイトですよ。誰かは……、伊織に任せましょう。


「どうしたの神宮さん?」

「二人共、HiddenTalentOnlineってゲームやってるでしょ。そのことで相談があるの」


 HTOのことで相談と言われても、相談に乗れるほどやりこんでいるわけでも詳しいわけでもないので、他を当たって欲しいのですが、さて、何て言い包めましょうか。


「あー、私達よりも適任がいるんじゃ?」

「晴人は……、ダメなの。これ以上迷惑はかけられない」


 それが誰かは知りませんが――。


「私達に迷惑をかけるのは止めて欲しいんだけど」


 おっと口に出してしまいました。まぁ、これで面倒事が避けられるのならいいのですが。


「それなら少し話だけ聞いて。今がダメなら、連絡先教えて」


 そう言って、えーと、神……宮さんが、スマホを出してきました。この流れは連絡先を教えないと終わりそうにないですね。ですが、時間を作るのが面倒です。


「はぁ……。今すぐ、用件、手短に」

「えっと、……HiddenTalentOnlineの戦闘なんだけど、アンタ達は何ともないの?」


 何を言っているのかわかりません。


「もっと具体的に。無理ならここまで」


 私は優しくないので、さっさと切り上げたいです。


「……戦闘の時、晴人が剣士をやるって言ってたから、一緒にいられるように魔法使いにしたんだけど、その……、モンスターを殺すのが……」


 あー、そういうことですか。確か、こう言うんですよね。


「MOBを倒す事に対する忌避感」

「そ、そう。それ。アンタ達はそれないの?」

「それに関しては前衛の伊織の方が詳しいんじゃないの?」


 私は魔法主体なので神宮さんと条件は同じだと思いますが、より強い忌避感を覚える人が多い前衛型の伊織に聞いた方が確実でしょう。


「んー、私は結構前からVRMMOやってるから、慣れちゃってるんだよね。それに、相手はデータって割り切ってるし」


 よくいると言われているタイプですね。無理にでも理由を付けるのなら、子供は残酷なので、子供の頃からやっていると特に気にならないとか。実際、ブランクがあっても何も感じませんでしたし。


「いやでも、あんなにリアルだし……」

「まぁ、リアルさが売りだろうし」


 さて、ここまでですかね。私達にはこれ以上聞かれても何も答えられません。無理なら無理で諦めるくらいしかないでしょう。

 私がテーブルの上をかたし始めると、何やら慌てだしました。


「御手洗、お願い。また今度相談にのって」

「面倒」

「お願いします」


 今度はしっかりと頭を下げています。これぞしっかりとした人にものを頼む態度というやつですね。けれど、頼みを聞く理由は私にはありません。


「面倒」

「みーたーらーいー」


 おや、今度は泣き落としですか。それに何の意味があるのやら。


「私よりも頼りになる人いるでしょ。面倒くさい」


 人からの相談なんて言うものは、誰も答えを知らない答え探しか、相談者の決めた言葉を言って欲しいかのどちらかです。そんな面倒なものに付き合う気はありません。


「神宮さん、茜は面倒って言ったら絶対に引き受けないから、時間をおいて一旦整理した方がいいよ。とりあえず、連絡先教えるから」

「東波……、ありがとう」


 伊織と神宮さんが連絡先の交換をしています。どうやら伊織が全て引き受けてくれるようなので、後は任せておけば安心ですね。まあ、伊織が手伝うよう言ったら少しは考えますが。……おや、メールです。あ……。


「私も?」

「後衛なら茜の方が話しやすいでしょ」


 はぁ、しかたありません。


「はい」


  スマホのロックを解除して伊織に手渡します。電話帳の新規登録なんて最後にやったのは中学生の時ですから、もう覚えていません。神宮さんの連絡先を登録するのは、任せてしまいましょう。


「後……、HiddenTalentOnlineのフレンド登録もお願い」


 一度戻ってきたスマホでHTOの公式HPへとログインし、また伊織へと手渡します。とりあえず、面倒事を持ち込まないことを祈りましょう。それでも一応念のため。


「話は聞く。けど、期待しないで。それで、結果に関わらず、ゲーム内で貸し一つ。押し返しは認めない」


 確か他にもクラスメイトがやっていたはずなので、何かあった際に間に入って貰って全てを任せられそうですし。





 家に帰り、久々のログインをしました。

 ……暑いです。何ですかこれは。私の装備にはローブもありますが、これ自体には防寒着としての効果はありません。そのため、汗だくになることはありませんが、視覚的にはとても暑く感じます。脱いでしまおうかと思いましたが、魔女風を保てなくなるので、脱ぐわけには……。装備から外すと、随分と楽になった気がします。これは早くハヅチに夏用の装備を用意して貰わなければ。

 歩いてクランハウスへと向かい、日課の刻印をすることにしました。けれど、その前に装備を戻しましょう。室内なので、外よりはいくぶんかマシになりましたし、作業をするには装備補正が重要です。

 テスト期間だというのにちょくちょくログインしていたハヅチがせっせとこしらえていた鞄とウェストポーチの数を確認すると、買い置きしてある魔石では足りないので、ある程度MPを消費してからオババの店へ買い出しに行きました。


「オババオババー」

「なんじゃ小娘、久しいのに騒がしいのう」


 ふむ、何とも久しい会話です。やはり、ここに来たらこれをしなければいけませんね。


「暑い日に涼しく過ごせる方法教えて」

「水の魔力を帯びた物を身に着ければ、涼しく過ごせるわい。それか、水でも被るんじゃな」


 いや、それは知っていますし、水を被るのは強引過ぎますよ。それ以外の方法を期待したのですが、オババは何でも知っているわけではないようです。


「じゃあ、薬草って使う部分によって効果違ったりする?」


 前のアップデートで自由度が上がったようなので、ちょっと聞いてみることにしました。薬草の葉とか茎とか根とかで薬効が違うとか、よくある設定ですし。


「探究心は認めちゃる。じゃが、嬢ちゃんの技量じゃ適量を見つけ出すのは遠い先じゃのう。それぞれの部位の違いを理解したら、教えちゃる」

「りょーかい。その内調べとくね」


 まさか何でも聞かずに自分で調べろと言われるとは思いませんでした。まぁ、ある程度時間が経ったとは言え、今月のアップデートによる変更点ですから、そこまで対応していないと判断しましょう。それでは魔石を補充してクランハウスへと戻りましょう。

 MPの回復を待って刻印をしているわけですが、暇ですね。なつき度が100%になるとプレイヤーのSPを使って従魔にスキルを取得させることが出来るので、今のうちに取らせるスキルの目星をつけておきましょうかね。従魔によっては取れないスキルもあるそうですが、考えても無駄にはならないでしょう。

 信楽が持っている体術スキルをヤタが取得することは出来ないと思っているのですが、他にはどんな制限があるのでしょうか。元々属性を持っている従魔だと取得出来る魔法には制限がありそうですね。私の取得可能スキル一覧には、気配察知や飛行、それに、物理透過といったスキルはありません。ああ、変化もありませんね。

 そういえば、速度上昇というスキルが見当たりませんね。私の記憶が正しければ、ハヅチが持っているはずなのですが。これは何か条件が必要なスキルなのでしょうか。まぁ、速度上昇を取る気はありませんが、知力上昇といったスキルが存在しているのなら、今更ですが取得しなければいけません。というか、スキル一覧は基本スキルや下級スキルといったタブによって分けられていますが、基本スキルの中の未開放スキルには、どれだけ前提条件を必要とするスキルがあるのでしょうか。ヒドゥンスキルなのかは知りませんが、隠されすぎでしょう。これは、とうとうwikiを見る時が来たのでしょうか。何か意味があって見ていないわけではありませんが、先がわかってしまうということを考えると、どうにも気が進みません。


「早かったな」

「あ、こんー」


 スキル一覧を見て休憩していると、ハヅチがログインしてきました。


「ねぇねぇ、速度上昇って持ってるよね」

「ああ、それがどうした?」

「知力上昇とか、魔法威力上昇とかってないの?」


 ええ、今更ですが、あって損はありません。ハヅチが最初から持っていたことも考えると、条件はどうなっているのでしょうか。


「あー、あれか。キャラ作成の時は無条件で取れるんだけどな、後から取る場合は、冒険者ギルドでランク上げて、クエスト受けなきゃいけねーんだよ」


 ……キャラ作成時には簡単に取れるけど、後から取るのは面倒くさいスキルってのは昔からありますよね。一昔前はキャラ作成時限定スキルなんてのもあったそうですが、批判が多く、今では影も形もありません。まぁ、冒険者ギルドのランク上げはその内やりましょう。


「そっか。まぁ、優先度は高いけど、気が向いたらやるよ」

「取る時にわからないことがあったら聞いてくれ。それと、夏仕様の装備は少し待っててくれ。まだ手、つけてないから」


 それは安心しました。テスト中に完成させていたら、注意しなければいけませんから。


「夏の間に出来ればいいよ。それと、完成したら頼みたいことあるから、教えてね」

「ああ、わかった。……ああ、言い忘れてたけど、南の中間ポータル見つかってるぞ。ちょっと距離はあるが、行けない距離じゃない。マル秘メモ、いるか?」

「あー、貰える? お礼にこれ上げるから」


 私はメニューを操作し、魔石(小)を埋め込んである魔力ペンを取り出しました。これがなくなると私が困りますが、オババの店で材料が買えるので、実際には困りません。


「あー、さんきゅう。これ便利だよな」


 南にある湿地帯の中間ポータルまでの地図データを置いてハヅチはまたどこかへ行きましたが、私はこのまま引きこもって刻印の続きをします。地図データの確認は後でも出来ますから。それにしても、いい加減、ヤタと信楽を召喚したい誘惑に駆られますが、それをしてしまうとMPの回復量が減り、作業に支障が出るので、ここはぐっと我慢です。

 途中、MPの回復中にシェリスさんにメッセージを送りました。第二陣向けのフリーマケットに参加する気になっても、ルールなどは知らないので、参加したいことを伝えておく必要があります。すると、すぐに返事がありました。まだ参加受付はしているそうですが、あまりいい場所はないそうです。けれど、私にとってのいい場所と、シェリスさんの言ういい場所は違うはずです。そのため、怪しい場所や人通りの少ない裏通りなど、私にとってのいい場所の条件を伝えました。それはそうと、これはプレイヤーイベントなので、大通りを占有しても大丈夫なのかと聞いてみると、ここの運営はちゃんと計画を立てて申請すると一時的にそれなりの権限を貸与してくれるそうです。場合によってはゲームマスターも派遣してくれるそうなので、トラブルへの対応も手伝ってくれるとか。

 シェリスさんとのやり取りも終わり、作業をしばらく続けていましたが、いい時間になったのでオババの店に立ち寄って魔力ペンと魔石(小)を買い、融合してからログアウトです。





 夜になり、本格的にログインします。ログアウト中にMPが全回復しているので、刻印の続きをしてMPを空にし、ある程度回復したら街の南へと向かいましょう。

 街の南側には相変わらず臨時PTの募集がありますね。ただ、目的に中間ポータルへの到達と書かれているのが目立ちます。私は少し離れた壁際に腰を下ろし、ハヅチから貰ったマル秘メモを確認します。アイテムとして使えば、私の地図データに上書きされるので、見るのは簡単です。ちなみに、新旧の比較も出来るので、前にどこまで行ったのかも確認出来ます。えーと、前に大規模PTを見たところよりも少し進んだ辺りですね。これなら一度行っているので苦労はしないでしょう。

 MPも全回復したので信楽を召喚し、抱えてモフモフを味わいながら進みましょう。そういえば、テスト前の平日に信楽のなつき度が20%、ヤタのなつき度が40%になり、信楽の召喚コストが最大MPとSTRを二割ずつに、ヤタの召喚コストが最大MPの三割に減っていました。やはり、INT特化のステータスと思われる私からすれば、少しでも最大MPが戻るのはありがたいことです。現状、ヤタと信楽の両方を召喚すると、最大MPは合計五割持って行かれます。これは最初のヤタの召喚コストと同じですが、余裕が欲しいので、もう少し下がるまで同時召喚は控えましょう。

 それにしても、中間ポータルが解放されたせいないのか、人通りが多く、MOBとの戦闘もそう多くはありません。それでも、避けられない戦闘というものはあるものです。


「【アースランス】」


 杖を持って伸ばした手の先に三つの魔法陣を描き、それぞれから茶色の槍を放ちました。命中を確認すると、後ろに大きく下がり、三回分のディレイが終わるのを待ちます。あの舌の射程距離は大体わかっているので、安全圏の確認は出来ています。そして、ディレイが終わると。


「【マジックランス】」


 次に描いたのは無色なのに光っているのがわかるというゲームさながらの演出が光る魔法陣を二つです。そこから放たれた無色の槍に貫かれたロングトードはポリゴンとなって消えてしまいました。リザルトウィンドウが現れ、ドロップアイテムを確認すると、相変わらず青色の欠片と蛙の肉でした。代わり映えのしないドロップですが、今の時期は需要がありそうなので、確保しておいても問題はないでしょう。場合によっては100個集めて昇華してもいいですし。

 途中で何度か休憩を挟みながらも進んでいると、巨大なドーナッツ型の湖らしきものが目に入りました。所々に飛び石のような物が浮かんでおり、いくつかの飛び石には橋が掛かっています。誰でも渡れるようになっているので、ここが砂漠のオアシスと同じ中間ポータルなら、飛び石を跳んで渡って、中央の陸地にたどり着いた時点で橋が掛かったのでしょう。

 中間ポータルに触れ、解放すると【水に囲まれた地】という名称が出てきました。何ともそのままな名称ですね。まぁ、砂漠のオアシスも同じようなものだったので、今更ですが。

 さて、きりがいいので、ログア……、いえ、クランハウスへ戻って刻印の続きをしましょう。信楽を送還しなければいけないのは寂しいですが、私の担当なので、MPを全回復してから一度使い切るくらいはやってしまいましょう。





 信楽を送還してからクランハウスへ戻ると、工房の方から時雨が出てきました。その手には短刀を握りしめていますが、刺されるようなことをした記憶はありません。


「……刺さないから手、上げなくていいよ」


 おっと、自然と手が動いていました。まぁ、時雨もこう言っているので、おとなしくしておきましょう。


「作業中だったの?」

「リーゼロッテが妙なもの頼むから、試しに作ってたの」

「それはありがとうございます」


 早速作業に取り掛かってくれているとは思わなかったので、丁寧に頭を下げます。頼んだことをすぐにやってくれる時雨は頼りになりますね。


「それで、魔法攻撃力の方はどうする?」

「あー……、てか、ほとんどの道具に魔力付与したから、付けないのを作る場合、生産道具作らないとダメなんじゃ?」

「付与してもらったのは作った生産道具だから、初期のとか、レンタル工房とかで作れば付けないのも作れるよ。まぁ、その分性能も下がるけど」


 なるほど。ですが、わざわざレンタルしてもらうのも悪いですね。


「付けるなとはいわないから、やりやすい方でいいよ」

「了解。第二陣用の武器に付いてても活かせるかは微妙だから、値段には反映させないでおくよ。後、これ渡しとくね」


 そういって時雨が手にしていた短刀を渡してきました。けれど、私は既に短刀を持っています。二本目とは、どういうことでしょうか。


「どうせまだ基本スキルのままだと思うから、素材のランクは上げてないけど、魔法攻撃力付けといたから、前のよりはいいと思うよ」

「あー、なるほど。ありがとね」


 それでは遠慮なく受け取って装備しましょう。

 杖をしまい、補助装備の銅の短刀を持った状態で、今もらった銅の短刀に変えてみると。


――――――――――――――――

【銅の短刀】

 銅の短刀

 耐久:100%

 攻撃力:=

 魔法攻撃力:▲

 AGI:=

――――――――――――――――


 悪魔の杖との違いを見た時と異なり、INTやMPの項目がありません。当たり前ですが、この武器にはそれらの補正がないということです。まぁ、攻撃力もAGIも数値は同じようなので、短刀を使っている時に魔法を使った場合の威力が少し上がる程度でしょう。

 ちなみに、使う武器を補助装備から主武装である悪魔の杖に変えると、こうなります。


――――――――――――――――

【悪魔の杖】

 下級悪魔の力を宿した杖

 耐久:100%

 攻撃力:▼

 魔法攻撃力:▲

 AGI:▼

 INT:▲

 MP:▲

――――――――――――――――


 武器切替時の変化がわかるのはありがたいですね。もっとも、数値を出してくれれば楽なのですが、そこは運営の意図があるのでしょう。


「そういえばさ、露店に並んでる商品の性能って比べられるの?」


 今更ながら大事なことに気が付きました。いくら見た目と性能を反比例させたとしても、比べられてしまえば意味がありません。私が楽しみたいのにネタバレをされるようなものです。


「出来ないの知ってて頼んだんじゃないの?」

「私の杖は、素材持ち込んで作ってもらったし、防具は全部ハヅチ作だし、短刀は時雨作だよ」


 そう、露店で吟味して買うという行動を一切していません。露店めぐりはMMOの楽しみの一つに数えることも出来ますが、その機会がなかったのでしかたありません。


「あくまでも、現在の装備との比較だからね」

「出来ないのがわかってよかったよ」


 時雨の用も終わったため、工房に引っ込んでしまいました。まぁ、私のMPも全回復したので、刻印して空にして、今日ドロップした分の青色の欠片をハヅチに渡すためにクラン倉庫に入れ、ログアウトしましょう。





 7月20日、昔であれば海の日という祝日でしたが、今の時代は多くの祝日が月曜日に移動したため平日になった哀れな日です。それでも、多くの学校で終業式を行う日になっているので、意識される日には違いありません。

 登校してから終業式の時間までホームルームを行うのですが、この段階でテストの返却と夏休みの宿題が配布されます。その結果に一喜一憂、もしくは、阿鼻叫喚してから先生方の長い話を聞かせるとは。

 終業式が終わってから、夏休みの諸注意などを聞かされるのですが、この辺りの内容はいつの時代も変わらないと耳にします。簡単に言うと、羽目を外し過ぎるなという一点につきます。まぁ、花火はテレビで済ませ、夏にお祭りをやる神社仏閣が近くにない私には、外す羽目がありませんが。

 全ての予定が終わり、テストのことで質問をしに行った人がいなくなった教室で私は伊織とゆっくりしています。残っている人達の中には夏の予定を話し合っている人達がいるらしいのですが、私は宿題の量を確認し、7月中に終わらせる算段を立てています。


「今回も早く終わりそう?」

「んー、なんとか」


 分量を確認するためなので簡単にしか中は見ていません。そのため、目録を見る限りは問題なさそうですが、思わぬ罠がないとも限らないので、注意が必要です。流石に日記系はないと信じたいです。


「どっかで一緒にやる?」

「勉強用のフルダイブ? それとも、データ取り込む方法探してHTOで?」


 後者は出来るかわかりませんが、出来るのならヤタや信楽と戯れながら宿題が出来ます。ですが、それはとても宿題をやっている場合ではありませんね。


「データ取り込む方法探す時間で宿題やった方が早そうだよね」

「それもそっか。ところで、明日から第二陣の追加だけど、今日ってメンテあるの?」


 昨日、ログインはしましたが、公式からのお知らせは確認していません。何か更新はあった気がしますが、何だったのでしょう。


「今日はないけど、日付がかわったらすぐにメンテに入るよ。メンテ終了予定が10時で、第二陣のログイン開始可能時間が13時。まぁ、明日から夏休みだけど、社会人は仕事だろうから、新規プレイヤーのログインは分散すると思うけどね。アップデートもあるらしいけど、昨日の時点では発表なかったよ」


 何を言っているんですか。社会人であろうとも、熱烈なゲーム好きであるなら、有給休暇くらいとりそうなものです。特にトッププレイヤーはいろいろなものを捨てていますから。

 とりあえず、アップデートを確認するために公式HPを確認しましょうかね。


「えーと、明日のアップデートの予定は……」


 おや、噂をすれば何とやらですね。これはいいアップデートです。


「どう?」

「学業用フルダイブシステムとの提携だってさ。データ取り込む方法を探す手間が省けたよ」

「夏休みだし、中高生を取り込むにしても、五月蝿い外野を黙らせる方法が必要だったんじゃないの?」

「おや、辛辣」


 どちらかといえば私の台詞のような気もしますが、私なら五月蝿い外野は無視するので、やはり私の台詞ではありませんでした。

 まぁ、便利な機能が搭載された程度に思っておきましょう。


「あ、他にもある。とうとう課金要素の追加で、スタートダッシュセットの課金防具と、課金ポーションセットと、アバター部分変更券だってさ」

「何それ? 強いの?」

「えーと、あ、私の装備と比較できる。金属装備の方は基準がわからないけど、布装備の方は、綿素材以上、ラクダの皮以下だね」


 私は金属製の防具を持っていないため、比較のしようがありません。単純な防御力で比較した場合、全てにおいて金属製の方が強いですから。


「金属装備に関しては、他の装備と比較しないとわからないかな。私の金属装備も初期の素材じゃないし。まぁ、初期以上、その次以下じゃないかな」


 まぁ、その辺りが無難でしょう。名目がスタートダッシュセットなので、私達の育成具合で有用と判断出来る装備ではないはずです。


「課金ポーションは初心者用のちょっといいやつだね。一本単位で買えて、複数での割引なしだから、インベントリを圧迫したくない人向けだね。後は、アバター部分変更券だけど……」


 ふむふむ、髪色と髪型か、瞳の色を変更できる券だそうです。ただ、注意書きにゲーム内で同様の効果を持つアイテムを生産可能となっているので、欲しい人でも買う必要はなさそうですね。


「全体的に買ってもいいけど、必須じゃないアイテムに抑えてあるね。あー、でも、オッドアイは課金専用だってさ。しかも、それぞれを別の色にする場合は、二枚必要なんだって」

「それ、やりたい人なら買いそうだよね」


 私はやりませんが。大型連休の頃にガチャは実装しないと言っていましたが、その通りなのは驚きです。まぁ、実装するにしても、何を入れるんだろうという話になってしまいますが。


「その他は……、何か細々とした修正やら何やらがあるみたいだね」

「クランハウスから出る時に街を選べるようになるのはありがたいね」


 そんな風にアップデート内容を確認していたのですが、そろそろいい時間ですね。


「あ、もうこんな時間か。そろそろ食堂行く?」


 私が時計を見た後の反応を見て伊織も気付いたようです。そもそも、私達が話しながら時間を潰していたのは、食堂が開くのを待っていたからです。人によってはお弁当を持ってきている人もいますが、私達は食堂派なので、早速向かいましょう。

 食堂では葵がクラスメイトといるのを見かけましたが、邪魔をする気はないので軽く手を振るだけにしました。





 帰宅後、宿題を学業用のフルダイブシステムに読み込ませ、明日のアップデートに備えます。ちなみに、夏休みの宿題は夏休みにやる主義なので、今日はまだ手を付けません。

 明日の準備も終えたので、ログインしました。

 クランハウスで刻印しながら来週のフリーマーケットで並べる商品について考えていました。目玉というか、お楽しみの商品は頼んであるので、その他の賑やかしについてです。ヒール系のスクロールを並べてもいいのですが、回復量が所持スキルとステータスに大きく作用される割に、始めたばかりのプレイヤーでは、そこまでの回復量ではありません。そんな中途半端なものは並べたくありませんが、一部のスクロールが余っているのも事実です。ここは、プレイヤーと話して気が向いたら売りつける商品にしましょう。後は、基本値のノーマルポーションくらいですかね。イエローはちょっと細工をしてあるのしか残っていませんし、グリーンはまだ早いでしょう。料理も並べようかと思いましたが、これは私が使うので、選択肢から外します。MPポーションも同様ですね。

 後は、普通の鞄やウェストポーチを並べてもいいですが、それはハヅチの領域なので、私が並べる物ではありませんね。

 刻印した後、中間ポータルである【水に囲まれた地】の周囲でロングトードを狩っていると、地魔法がLV20になり、【グレイブ】という魔法を覚えました。ウェイブ系と同じくらいの範囲魔法ですが、地面から岩が突き出て消える魔法です。威力はかなりありそうですね。さて、次はどの魔法のレベルを上げましょうかね。まぁ、ロングトード狩りを続ける場合は威力が若干減少する氷魔法か、増減のない嵐魔法かになりますが、夜のログインの際に考えるとしましょう。場合によってはマジックランスの本数を増やせば済むことですし。





 夜、夕食の後に両親にテストの結果を見せましたが、いつも通りなので何かを言われることもありませんでした。ほぼ連日ゲームをしていますが、成績が悪くならなければ何も言われないものです。まぁ、夏休みの宿題はちゃんとやるよう言われましたが。

 いつものように寝る準備をしてログインしました。

 クランハウスで刻印をしてからロングトードへ向かうつもりなのですが、青色の欠片をどれだけ集めたら終わりにしましょうかね。ひたすらに集めていたのですが、目標個数を決めていませんでした。大凡、クランメンバーの装備を作れる数とは決めていましたが、まったくもって具体性に欠ける目標です。

 まぁ、集めてから決めましょう。

 そんなこんなでMPをある程度回復したら【水に囲まれた地】へと向かいました。

 いつものように信楽を抱え、いざ出発。と思ったのですが、地魔法がLV20になったので、使う魔法を変えるんでした。選択肢としては嵐か氷なのですが、やはり属性相性によってダメージが減るのは癪なので、嵐魔法にしましょう。ダメージの増減なしは許せます。

 ポータルのある場所からほとんどのプレイヤーが南へ向かうので、人混みを避けるために東へと向かいます。やはり、ポータル付近はMOBの数が少ないのですが、少し離れればわらわらと現れます。早速見つけたので、何発必要か確認しましょう。


「【エアーランス】」


 まずは緑がかった渦巻く風の槍が三つ、ロングトードの体を貫きましたが、それだけで倒せないのはわかっています。


「【マジックランス】」


 これは何発で倒せるかの実験なので、アースランスの時と同じ二発です。おや、かなり弱っていますが、辛うじて生き残ってしまいました。ロングトードが死にそうな体にムチを打ち、にじり寄ってくるのは全年齢対象のゲームとしてどうかと思いますが、下手に近付かれて食べられるわけにはいかないので、さっさと倒してしまいましょう。


「【メタルボルト】」


 使える魔法はいろいろありますが、属性相性のことや、雷魔法を水辺に撃った場合にどうなるか知らないことを考えると、自ずと選択肢は絞られます。それに、これで倒せたのだから問題ありません。

 属性有利が取れない場合、魔法を六発ですか。そういえば、前にそんな話を聞いた気もするので、普通の範囲でしょう。

 次の個体を探し、【エアーランス】と【マジックランス】を三発ずつにしたところ無事に倒せたので、今までと同じように倒すことが出来ます。

 そうして東へ進んでいると、この辺り特有の泥濘んだ地面が乾き始め、草原になり始めた気がします。まさか、ここに来て出現するMOBが変わるのでしょうか。実際、ロングトードの出現数が減りつつあるのが気になります。

 そう思っていると、遠くに何か光るものが……。あ、ここってあの辺りですね。念のためにマップを表示し確認すると、やはり、来たことがある場所に近いです。

 MOBのはぐれ集団も確認出来るので、とりあえず倒しましょうか。


「【シャドウ】」


 前にこの辺りに来た時と違って今は三発同時発動が出来ます。それに、シルクガの移動速度は遅いので、ゆっくりと下がりながら三回分のクールタイムが終わるのを待ちましょう。

 あの集団には紫色の水玉模様の個体しかいないので、鱗粉の中に飛び込む必要はありません。そして、シャドウのクールタイムが終わりました。


「【シャドウ】」


 追加で三発、計六発のシャドウ。今のステータスで何発必要だったのかはわかりませんが、苦労する相手ではありません。思えば随分と遠くへと来たものです。

 とはいえ、ここでシルクガを相手にする気分ではありませんし、今からロングトードの出現する湿地帯へ戻るのも億劫なので。


「【リターン】」


 街へ戻ってしまいましょう。

 この後はヤタと信楽と戯れながら刻印をしましょう。今日の分の刻印はし終わっているので、MPの量や作ることの出来る量を気にする必要はありませんから。

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