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「つまり、だ」


 拙い言葉遣いながら、必死に事を訴えた少女、メアリー。

 その言葉の羅列を、整理して繋ぎ合わせるように、俺達は繰り返す。


「ある日、メアリーの住む村に旅人が訪れた。その日を境に、徐々にではあるが村人の挙動が可笑しくなっていった」


 話はエレンに引き継がれる。


「大らかなおじさんが、些細なことで怒るようになった。仲の良かった夫婦が、毎晩のように喧嘩するようになった。目と目が合えば言い争いになり、時には暴力を伴うこともあった」


 次は伊吹へ。


「でも、翌日になると何事もなかったように平然としている。罵られたことも、傷付けられたことも、忘れてしまったみたいに」


 最後はマーカスで締めくくられる。


「異変に次ぐ異変に恐怖を覚えたメアリーは、村のすぐ近くを通った馬車に忍び込み、逃げるようにレストガンを訪れた。そして、慣れない街を裸足で彷徨い歩き、今にいたる」


 メアリーの言葉を正しく理解すると、それらの情報が浮かび上がった。

 これらの事から、考えられる可能性は限られてくる。


「一応、確認として聞いておきたいんですけど。村で流行った伝染病……もしくは風土病の可能性はあると思いますか?」


 ギルドお抱えの医師であるアンリさんに、そう問う。

 すると、すこし思案してこう結論を下した。


「その線は薄いと思うわ。レストガンの周囲にある村々に、人の精神を錯乱させるような――或いはそれに類する伝染病や風土病は確認されていない。過去にも例はないわ」

「……と、すると」


 病気の線は薄い。そうすると、病ではないのだとすると、思い当たるのは一つしかない。

 辿り着いた結論は、他のみんなも同様のようで、目と目が合うだけで思考が読み取れるようだった


「やっぱり、狂暴化か」


 今回は、魔物ではなく人間が凶暴化しているかも知れない。


「でも、今まで人間が凶暴化した例はないよね?」


 エレンの言葉に、マーカスもまた口を開く。


「たしかにそうだ。だが、ただの精神疾患と看做されて表面化しなかっただけかも知れない。なにより、魔物も人間も生物に違いない。魔物を狂暴化させられるのなら、人間も。そうは思わないかい?」


 その意見には一理ある。

 たしかに世の中には、人間には無害だが動物には有害なもの幾つかある。だが、今回もそうだと断ずるのは、あまりにも早計で、都合の良い考え方だ。

 何事も、常に最悪を想定しておくべきだ。


「ちょっと待って。狂暴化の次は巨大化、だよね? うぅー、考えただけでもぞっとするよー」


 そう、そして早期解決が出来なければ、いずれ村人が巨大化する。

 そんな事態を、光景を、想像するだけでも怖気が走る。

 俺達は、その人たちを、殺さなくてはならない。


「……でも、どうしてメアリーちゃんだけは無事だったのかな?」

「それは……」


 その事について考えを巡らせようとしたが、すぐにその必要はなくなった。


「いどみず」


 メアリーがか細い声で、答えを述べることで。


「井戸水?」

「うん、それでみんなおかしくなった。メアリーは、のんでない」

「どうして飲まなかったんだ?」

「……おとこの人が、なにかしてたから。でも、しんじてもらえなかった」


 男の人、と言うのは旅人のことだろう。

 旅人が村の井戸に細工をしていた? と、すると、やはり。


「それが感染経路だとすると……毒素の蓄積は少しずつだったと見るべきね。まさか、黒く染まり切った井戸水を、飲んだりはしないでしょうし」


 井戸に微量の黒い藻を仕掛け、村人が毒素に犯されるのを待った。

 一度にどのくらい蓄積するのは定かじゃあないが、ある程度の期間をおいたことに間違いはなさそうだ。

 少しずつ、少しずつ、ゆっくりと思考や判断能力を失い、狂暴化に至るまでの間、ずっと村人は自ら毒を飲み続けていた。


「んんん? でも、料理とかに使うよね? 井戸水。あとは洗濯とかにも。子供って大人より免疫なさそうなのに、なんでだろ?」

「そうねぇ……料理に使う井戸水は、大抵の場合、熱が通っているから、それで毒素が不活性化したのかも知れないわね。洗濯物についた毒素も日光に当たっていれば……そう考えると、一度に蓄積する毒素の量が少なかったことが幸いしたと言えるわね」

「なるほど……」


 村人に気付かれないよう、微量の毒素しか一度に蓄積させられない。

 それが功を奏し、なんとかメアリーだけは毒素に犯されるのを回避できた、ということか。


「それで、これからどうするの? みんなは」

「どうするもこうするも、上に報告して対応してもらうしかねーだろ」


 件の藻が関わっているなら、ギルドも動かざるを得ないはずだ。

 だが、その考えとは裏腹に、マーカスは難しい顔をしていた。


「……恐らく、ギルドは直ぐには動かないと思う」

「なに?」


 マーカスは、続けて言う。


「メアリーの言葉は真実だと自分も思う。だが、考えてみてくれ。この事件の存在を証明できる要素は、年端もいかない少女の証言だけだってことを」


 そうと聞いて、ようやく気が付く。

 俺達が今まで話し合っていたことは、あくまで仮説でしかないことを。


「……信じない。子供の戯言だと切って捨てられる可能性が高い、か」

「そう。特にいまは各地で起こっている魔物の狂暴化で手一杯だ。存在もあやふやな事件に割く人員はないと思っていたほうがいい。すくなくとも、ここ一週間ほどは」


 減少傾向にあるとは言え、すべてがなくなった訳ではない。

 今まで通り、魔物の処理に人員を割かなくてはならない。猫の手も借りたいような状況が続く。俺達の昇格だって、元を正せば人員補充の意味合いが濃い。

 すくなくとも事が沈静化するまでは、他のことに構っている人手も暇もない。


「で、でも、訴えるだけ訴えてみようよ! もしかしたら動いてくれるかも知れないよ!」

「そうだね。エレンくんの言う通り、とりあえず言ってみようよ」


 望み薄なのはわかっていた。だが、それでも訴えずにはいられなかった。

 か弱い少女が、足を傷だらけにして、たった一人で助けを求めに来た。

 周りの大人たちが狂っていくのを間近で見るのは、どれだけ怖かったことだろう。

 知らない街であてもなく彷徨うのは、どれだけ心細かったことだろう。

 それを思うだけで、身体は勝手に動き出していた。


「――難しいな。うん、やっぱり証言がそれだけではギルドは動けない。知っての通り、今はそんな暇なんてないんだ。キミ達の休暇だって、本来ならずっと先のことだったんだよ。でも、功績は労うべきだとギルドマスターが言うから、少々無理矢理、休暇をつくったんだ。わかってほしい」

「そう、ですか」


 やはり、ダメか。


 わかってはいたが、わかりたくない。


「……なぁ、みんな」


 ふと、あることを思い付き、伊吹たちに振り返る。


「休暇を返上する気はあるか?」


 手の空いている人が俺たち以外にいないなら、俺たちが動くしかない。

 メアリーを信じてやれるのも、メアリーを助けてやれるのも、俺たちにしか出来ない。


「もちろん」


 みんな、二つ返事で肯定してくれた。

 もちろんだと、言ってくれた。

 そんなみんなを嬉しく、そして誇らしく思いながら、ラーティスさんに向き直る。


「と、言う訳です」


 そう言うと、ラーティスさんは一度、深いため息を吐く。

 そして。


「――まったく、仕様がないね。わかった、許可しよう。だが、返上した休暇が返ってくるとは思わないことだ」

「ありがとうございます!」


 許可が下りた俺達は、すぐに踵を返して出発の準備に取りかかった。

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