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採取


 水の都レストガンの東には、地平に横たわるように広がる大きな森林がある。

 緑豊かであり、気候もよく、さして危険な魔物も生息していない穏やかな森。その平和な土地に、最近になって異変が起こったという。それは言うまでもなく、魔物の狂暴化である。

 俺達はそのことをクラス3rdのラーティスさんから聞かされ、その調査を任された。


「――来て早々、これかよッ!」


 抉るように振るう剣閃が、襲い来る魔物を引き裂いた。

 散った鮮血が宙に舞い、それが地に落ちる暇もなく、次々に新手が迫る。それらを的確に捌き、斬り伏せること十数分。襲撃に現れた最後の一匹を仕留め、周囲に紅い血の絨毯を敷く。


「まったく、どうなってんだよ」


 気軽にピクニックが楽しめる場所だ。

 このアニルの森は、そう言う所だとグラスタさんは言っていた。

 だが、現実はその真逆。こんな所に来ようものなら、自分が魔物の弁当になる。


「魔物の狂暴化……思ったよりも事態は深刻なのかも」

「こんな狂暴化がそこら中でってなりゃ、そりゃ新人の手も借りたくなるわな」


 目立って強い魔物がいないとされる比較的平和な森で、このありさまだ。

 他のもっと過酷な環境で起こった狂暴化のことを考えると、ぞっとしない。


「でも、ここではまだそれほど深刻じゃあないみたいだ」

「深刻じゃない? これで?」


 目の前に広がるのは豊かな緑ではなく、凄惨な赤だ。

 血と肉と骨の展覧会。とんでもないスリルと引き替えに拝めるのがこれでは客も寄り付かない。


「でも、巨大化はしてないだろう? まだ」

「あぁ……そうか。それがあったか」


 まったく嫌になる。この凶暴性を保ったまま、図体までデカくなられちゃ敵わない。

 それこそ、あの列車襲撃の再来だ。あの時は列車が上手く動いてくれたからなんとかなったものの。動力源が直らなかったら、あの場はもっと悲惨なことになっていたはずだ。

 あんな出来事が、頻繁に起こっているのなら、ギルドが事を深刻に受け止めているのも納得がいく。まるで怪獣映画の登場人物になった気分だ。


「ま、これでまだマシなほうなら、それに越したことはないか。今はとにかく原因を……」


 そう言いつつ、刀身に纏わり付いた血を払う。

 それから納刀しようとした所、妙な視線に気が付いた。


「なに見てんだ? エレン」

「え? あぁ、いや、刀を納める姿って格好いいなって思って」

「そう言われると納めづらいんだけど」


 なんというか、こう無理に格好良くしなければならない気がしてくる。

 エレンの興味をほかに逸らせないかと、伊吹のほうを見るも残念ながら納刀済みだった。

 俺の意図を察したようで、伊吹は悪戯な笑みを浮かべて舌をべっと出している。

 あの野郎、覚えてろ。


「……そうだ。このまま抜き身で先に進もう」

「えー、どうして」


 残念そうな顔をされたが、知ったことじゃあない。


「ほら、魔物に不意打ちされても対処できるように」

「そのための抜刀術でしょ?」

「……よく知ってるな、おい」


 それっぽいことを言ってみたが、誤魔化しきれなかった。

 渋々ながらエレンの視線に晒されつつ、刀を納刀する。もう何百何千何万と繰り返して来た動作だけに、失敗はしないが妙に緊張した。

 そして、その様を見てエレンは満足したのか、らんらんと目を輝かせている。

 そんなに良いモノかね。


「――えーっと、持ち帰るサンプルは……っと」


 それはそれとして、なすべき仕事に取りかかるとしよう。

 そう思い、死屍累々と魔物の亡骸が横たわる中、懐にしまっていたリストを確認する。

 長細い用紙に綴られた文字の羅列は、採取するモノの項目だ。

 狂暴化した魔物の血と肉と骨。森の土と水と草花、などなど。

 周辺に生息する昆虫までサンプルとして持ち帰らなければならない。


「なぁ、マーカス。これ、日暮れまでに終わると思うか?」

「どうだろう。頑張れば……なんとか……なる、かも知れない」

「自信なさげだな」


 そうなるのも頷ける。

 土は森の全域から少しずつ採取しなければならないし、水は川の上流から下流に掛けて満遍なくと指示されている。どう考えても時間が掛かるので早朝から街を立ったが、街までの往復を計算にいれると日暮れに間に合うか怪しいところだ。


「ほら、憂う前に手を動かして! こっちは終わったから、二人は向こうをお願い」


 そう言う伊吹の手には、血液で満たされた紅い試験管があった。

 その後方では、エレンが魔物の亡骸から骨を取り出している。

 俺達がぐだぐだと言っている間に、二人は作業を進めていたようだ。二人を見習って、口ではなく手を動かすとしよう。


「よし、頑張って日暮れに間に合わせようぜ」

「あぁ。なら自分はあれを」

「じゃあ、俺はこっちだな」


 腰にあるホルスターからナイフを抜いて、魔物の亡骸を解体しにかかる。

 牙、爪、毛皮、眼球、舌、心臓、骨、などなど。

 必要なモノを必要な数だけ切り分け、より分け、瓶や試験管に詰めていく。そうして十数分ほどが経ち、リストから魔物に関するモノが削除された。


「んじゃ、次は……土を採取しつつ川に向かうか」

「たしか、森の中央にまで行かなくちゃいけないんだよね?」

「あぁ。また魔物が襲ってくるかも知れない。気を抜くなよ、エレン」


 次の項目を埋めるため、周囲への警戒を強めながら移動を開始する。

 時折、草花や土のサンプルを採取し、昆虫は見付けた端から捉えていく。

 素人目には、ほかと何ら代わらないモノばかり。まるで夏休みの自由研究をしているような気分に陥ってくる。

 まぁ、ここは狂暴化した魔物が跳梁跋扈する森なので、それほど気楽にはしていられないが。


「しかし、何が原因なんだろうな」


 周囲に警戒の糸を張り巡らせつつも、疑問が口をついて出る。


「ラーティスさんは、自然に起こったことにしては可笑しいことばかりだ、って言ってたよね。ってことは、人為的なものなのかも」

「人為的、ねぇ」


 伊吹の言葉を復唱しつつ、仮にそうだとした場合、その理由は何かと思考は巡る。

 魔物を狂暴化させて、何をしようとしているのか。街に対する嫌がらせ、というのはあまりに荒唐無稽だけれど。なら、何らかの実験だろうか? 魔物を狂暴化させる実験?

 何にせよ、だ。もしこれが人為的に起こされた出来事なら、それなりの人数が動いていることになる。組織、集団、あるいはそれに類する何らかの人達が、何らかの信念の元に動いている。

 なんとも、はた迷惑な話だ。


「――あ、水の音がするよ。たぶん、この近くじゃあないかな」


 少々の雑談を交えつつ進んでいると、エレンが川の音を察知する。

 耳を澄ましてみれば、たしかに微かだが水の流れる音がした。

 先行するエレンの背中を追うようにして、音源のほうへと向かう。しかし、その足はすぐに止まることになる。先頭のエレンが進むのを止めて立ち止まったことによって。


「どう言う……こと?」


 呟かれたその言葉の真意は、すぐに判明する。


「川が……黒い?」


 そう、黒いのだ。

 流れる水が、その飛沫までも、黒い。まるで大量の墨を溶かしたように、川底までが黒く染まっているように見える。いくら異世界と言えど、裏の世界と言えど、このような現象は通常起こりえない。

 どう考えても可笑しい、異変だ。


「と、とりあえず採取しよう」


 我に返ったエレンは、ゆっくりと黒い川に近付いていく。


「気を付けろ、エレン。あと魔膜を忘れるな」

「うん、わかってる」


 エレンは頷いて、試験管を取り出した。

 魔力を膜の形にして纏うことで、対象に直接触れないようにする魔膜。それを手袋のようにして形作りし、慎重に試験管を傾ける。川の流れに刃向かうように口を落とし、勢いよく流れ込んだ黒い水を掬い上げた。


「エレン、身体に異常はないか?」

「大丈夫、平気だよ」

「そうか……にしても」


 一先ず安堵して、改めて黒い川を見やる。

 見ればみるほど異様な光景だ。魔物の狂暴化と、なにか関係があるのだろうか。


「この先に一体なにが……」

「行ってみよう。そうすれば分かるはずさ」


 マーカスの言葉に頷き合って、俺達は川の上流へと爪先を向けた

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