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昇格


「ふぁー……やっと到着か」


 長い長い列車の旅にも終わりがくる。

 鉄道を滑る甲高い音を境に揺れはなくなり、魔導列車は役目を終えたように沈黙する。車窓を覗いてみれば多くの人の往来が見て取れた。

 ここはすでに街の中、俺達はようやく目的地である水の都レストガンに辿り着いた。


「翼、忘れ物はない? 財布とか、荷物とか」


 車両内が立ち上がった人々で溢れかえる中、伊吹にそう確認を促される。

 回数にして、なんと五回目だ。伊吹は俺を鳥頭か何かだと疑っているに違いない。


「あぁ、ちゃんと持ってるよ」


 予め決めておいた定型文を口にするように、機械的な返事をする。

 しかし、とは言え、だ。何度目であろうと、確認を促されると不安になるのが人の性というもの。言葉ではそう返しつつも、軽く座席の当たりを見渡したり、身に付けているものを順々に触って確かめていく。

 すると、懐に妙な感触を発見した。


「あー……返すの忘れてたな」


 懐にあった妙な感触の正体は、ミシェルから渡された藍色の球体だった。

 俺とミシェルの間にだけ繋がる連絡用の魔道具。それを預かったままだ。俺が殿から化戻った後、車両内はお祭り騒ぎだったのですっかり忘れていた。

 今からでも連絡を取って返しに行こうか。

 そう思った矢先のこと。


「翼くん! 伊吹さん! はやく行かないと出ちゃうよ!」

「――げ、もうそんな時間かよ」

「ぼーっとしてるからだよ。ほら、急いで!」


 急かすエレンの言葉に、先ほどまでの思考は何処かへと吹っ飛んだ。

 とにかく急がなくては。その思いが先行し、手早く確認の続きを済ませて席を立つ。幸いにも貴重品や必需品はすべて確認が取れた。あとは急いで外に向かうだけ。

 ちらほらと空席が目立つようになった車両内を早歩きで駆け抜け、辛くも魔導列車から脱出した。


「ふぃー、危うく乗り過ごすところだった」


 出発を告げる汽笛が鳴り、動力源が音を立てて再稼働する。

 次の目的地に向けて、魔導列車は駅を去って行く。

 その後ろ姿を何気なく眺め、見えなくなるまで見送ると、ゆっくりと視線を正面へと戻した。


「さて、と。いくか」


 不安と期待を綯い交ぜにしたような感傷を抱きながら、俺達は目的地であるギルドに爪先を向ける。

 駅を抜けて街に一歩踏み出せば、美しい景観と人々の活気ある喧騒が俺達を出迎えてくれた。


「綺麗なところだな。ほら、あそこ。水路に船が浮いてるぜ」

「ホントだ。何隻も並んでる」

「あれは観光用の渡し船だね、小さいものから大きなものまであるし、屋根付きの船もあるんだよ」

「へぇー、屋根付き」


 エレンの豆知識を耳にしつつ、当たりの景観をもう一度よく眺めてみる。

 石材が敷き詰められた地面に立つ、朱い煉瓦の家々。その間を縫うようにして走る水路に、並んで浮かぶ何隻もの渡し船。この視界を一枚絵にして飾っておきたいとすら思うほど美しい景観は、俺の心に望郷の二文字を抱かせた。

 そう言えば、表の世界にも似たような街があったっけ。


「――っと、見とれてる場合じゃあないな」

「あ、そうだよ。はやくギルドに向かわないと」

「えっと、ちょっと待ってね。いま地図を……」


 エレンが取り出した地図を頼りに、俺達は水の都の中心部に爪先を向ける。

 終始、地図と睨めっこをしつつ、石畳の上を歩くこと幾数分ほど。俺達はぴたりと足を止め、目の前にあるそれを目にした。


「こいつはまた……何階建てだ? これ」


 眼前に聳え立つは、城かと見紛うほど大きな建築物だった。

 手で日陰を造りつつギルドを見上げ、数秒ほどかかって屋根の天辺に到達する。

 城を模したような外観の造りもあって、その威圧感は思わず身構えてしまうほどだ。

 無意識に唾を飲み、手足の先に力が入る。


「い、良いのかな? いいんだよね? 僕達がここに入って」

「もちろんだよ……でも、いざこうして見ると、予想以上に……」


 住み慣れた故郷を離れ、見ず知らずの土地で見たギルド。

 いまの心境は、とてもじゃあないが見たモノを、見た通りに判断することは出来ない。

 このくらいの高さの建築物なら、表の世界で飽きるほど見た。城の造形だって目新しいものじゃあない。

 だが、それでも目の前にあるこれは、何よりも遥かに高く、荘厳だ。

 そう思えてしようがない。


「……ここで尻込みしてても始まらないだろ。俺は行くぞ」

「あっ、待って。翼っ」

「ぼ、僕を置いて行かないでっ」


 軟弱な感情を捨て去るように、一歩を踏み出す。

 両開きの扉を開け放ち、内部に踏みいると真っ直ぐに受付と向かう。そこで用件を伝えると、受付嬢は愛嬌のある笑みを浮かべ、すぐに別室へと案内してくれた。

 小綺麗な装飾を施された、こぢんまりとした応接室。ここはギルドの外観とは違い、落ち着きのある雰囲気が漂っている。

 そのことに一先ず安堵していると、不意に見覚えのある人物が目に止まった。

 座っていても分かる高身長に、その褐色の肌は正しく。


「マーカス?」


 先の襲撃で指揮を執っていたマーカスその人だった。


「やあ、奇遇だね。まさか同じギルドで会うなんて」


 マーカスはソファーーから立ち上がると、こちらに歩み寄って手を差し出す。


「これからよろしく」

「あぁ、よろしく」


 予想外の再会にすこし驚きつつも、差し出された手を握って友好を示した。


「――揃ったみたいだな。んじゃ、話をしようか。全員、座ってくれ」


 マーカスとの握手が終わると、この応接室に新たな来訪者が現れる。

 がっしりとした良い体格をしたその男性は、俺達に座るように促すと自分もその向かい側に腰掛ける。状況から察するに、ギルドメンバーということで間違いないはずだ。


「まず、自己紹介だ。俺はクランツって名前で、お前達みたいな新参の――見習いの指導をする予定だったもんだ。ちなみにクラス2ndな」


 クラス2ndと言うことは、凡百のギルドメンバーとは違う、確かな実力者と言うことか。

 見習いから3rdになるのも大変だが、3rdから2ndになるのはもっと大変だと聞く。一生かかっても2ndになれない人もいる。

 それほどの実力者でなければ、新人教育もままならないってことか。

 しかし、予定だった?


「不思議そうな顔をしてるな。まぁ、てめぇの行いってのは存外、広まるのが速いってことだ。先日、連絡があってな。車掌からお前達の活躍を聞かされたよ。お前達四人がいまここにいるのも、そいつが理由だ」


 あの車掌さんが、か。

 俺と伊吹は空中戦で多くの魔物を撃墜し、エレンは伝令役として車両を駆け回り、マーカスは指揮をとって皆を統率した。その活躍がギルドに知れて、だから、いま此処に集められている。


「で、だ。何百何十って人間の命を救った功労者を、ただの見習いに据え置くってのも収まりが悪い。そこで功績に相応しいクラス――つまり3rdをお前達に与えることになった。こんなことは滅多にないぜ、あの面倒臭い見習いの過程をすっ飛ばすんだからな」


 そこまで話を聞いて、ようやく現状を把握する。

 クランツさんが指導を行うのは見習いに対してだけ。その先は、クラス3rdからは一人のギルドメンバーとして仕事に就くことになる。

 つまり、俺達はギルドから一人前だと認められた、と言うこと。


「なんだ? 嬉しくないのか?」


 俺達の表情を見てか、クランツさんは問う。


「いえ、とても嬉しいです。でも、なんというか、あまりに唐突すぎて……」


 大人から、プロから、一人前だと認められた。

 これほど嬉しいことはない。そう頭では分かっているし、喜ぶべきことだとも思っている。だが、あまりのことに実感が湧かないというのが正直なところだ。

 隣を見てみると、伊吹も他の二人も似たような表情をしていた。考えることは、見せる反応は、どれも同じか。


「ま、新人にとっちゃ、そうだろうな。だが、今のうちに喜んでおけよ。お前達は紛れもない3rdになったんだ。そのうちすぐ、そんな暇なんてなくなっちまうぜ」


 クランツさんの言葉で、俺達は全員はっとなって我に返る。

 そう、一人前と認められたと言うことは、看做されたということ。

 もう俺達に子供だからと、失敗を大目に見てくれる者はいなくなる。大人と同様に、プロとして俺達は扱われるようになる。それがどう言うことか、子供の俺達にだって想像はつく。

 それがどれほど、重いものなのかも。


「てな訳で、だ。早速だが、お前達に一つ仕事を用意した」


 クランツさんは、そう言うと何らかの資料を取り出した。

 それを受け取って内容に目を通す。すると驚くべきことに、身に覚えのある単語が幾つも綴られていた。魔物の狂暴化と、不自然な巨大化、膨れ上がった個体数、頻発する襲撃例の数々、などなど。

 それはつい先日、身を以て経験したことばかりだった。


「……マーカス、これって」


 ふと、思い出す。

 車両の上で初めて会った際、マーカスがこのことで首を傾げていたことを。


「あぁ、たぶん、そうだと思う」


 やはり、当時の疑問はこのことだったらしい。


「もう察しが付いているだろうが、先日の襲撃もこの原因不明な魔物の狂暴化が原因だ。すでに幾つもの集落が襲われている。お陰で儲けられちゃあいるが、客が死んじまったら意味がねぇ」


 魔物の狂暴化と、それに伴う巨大化。その結果として起こる、種の個体数増加。

 資料には魔物の生態系が著しく崩れているとも書かれている。

 とある魔物が、あるいは一種の魔物が突然変異を起こして生態系を食い荒らし、果てに人までも襲うようになった、と見るべきか? いや、そもそも種族単位で突然変異が起こるものなのか?


「まぁ、そう言うわけでギルドとしても、この件は捨て置けねぇ。今は少しでも人手と情報が欲しい時だ。そこでお前達に白羽の矢が立ったってわけだ。ちょうど交戦経験もあることだしな」

「……俺達の初仕事は、こいつの原因を探ること。ですか」

「可能であれば根絶もな。ま、新人にそこまで気負わせるつもりはねぇから安心しろ。解決の一助になればそれでいい。初仕事にしては上出来だろ?」


 クランツさんの言う通り、新人に任せられる仕事としては破格と言ってもいい。

 最初からこんなに大きな仕事に関われるのは幸運としかいいようがない。

 俺達は好機に恵まれている。他の人達よりもずっとだ。

 それ故に、その好機を逃さないようにしなければならない。

 少しずつでも、僅かにでも、確実に手繰り寄せれば、きっとこの胸にある夢も、叶えられる。


「いい面構えになったな――さて、それじゃあ早速、取りかかってくれ。この件に関しては、クラス3rdのラーティスって奴に任せてある。まずはそいつに話を聞くんだな。それじゃ、解散」


 そう言い残して、クランツさんは一足先に退室した。

 目上の人が居なくなり、強張っていた全身から力が抜けていく。

 そうして倒れるように背もたれに身体を預けた。


「――ふぅー……まさか、いきなり昇格できるとはな」


 仰ぎ見た天井に投げ掛けるよう、呟く。


「いいのかな? こんな好待遇を受けて」


 身に余る待遇に、おろおろした様子でエレンは声を漏らす。


「その正当性は、今後の働きで証明するしかない」


 その声に応えたのは、マーカスだった。


「だな、掛けられた期待に添えるよう気張らないと」

「そのためには、与えられた仕事に尽力するしかないよね」


 見上げていた天井からゆっくりと視線を下ろし、背もたれを離れて立ち上がる。


「よし、それじゃあそのグラスタって人に話を聞きに行こうぜ」


 緩んだ気持ちを引き締め直し、俺達はラーティスさんの元へと足を進めた。

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