貴方は私の女神様
「あ……ああ、そんな…まさかユーノ様が、あのユーノ様が私の目の前にいるなんて!」
金の髪、紺碧の瞳、何もせず、只佇んでいるそれだけでも品の良さ、体のメリハリなどが窺えるまさに美少女。
そしてその麗しいお声が我が鼓膜を優しく且つ誘うように震わせた時、私はその場に崩れ落ち、涙を流した。
――――この世界がゲームの世界であると気付いたのは学園にてどこぞのお貴族様らしい女性を、ユーノ様を遠目ではあるが視界に入れ、その声を聞いた瞬間だった。
それまでは何処かデジャブのようなものを感じる事はあれ、自分という存在やこの世界に深く疑問を抱く事はなかった。
きっとゲーム内の修正というものだったのではないだろうかと今になって思う。
そして周りにいた生徒たちがいきなり崩れ落ちた私に何事だと驚いている中、私はもう一つ、ある事に気付いた。
視界に入る淫乱ピンクと言われるほどの鮮やかな桃色の髪の一筋。慌てて近場のトイレに入り鏡を二度見して、そしてその事実に打ち拉がれた。
おお、神よ、何故私がヒロインなのですか。もっといい役あったろうに、ユーノ様の侍女とかご友人A、B、C、Dでもお父上でも母君でも弟でもなんなら執事でも可!!
ていうか誰がこんな逆ハー製造機になりたいと思うか!右へ歩けば眼鏡のいけ好かない男を口説き左へ走れば不良男とぶつかってラッキースケベかますわ、真っ直ぐ前にスキップすれば俺様と勝ち合って拳食らわせて気に入られるし、後ろへじりじりと後退れば寝ぼけ眼の無口青年とごっつんこして語らず電波を受信するわ……。
はっきり言ってもう恋愛じゃなく一種のホラーよ!
それでも私がこのゲームをやり続けたのは一重に尊敬し敬愛して止まない方がいたから。七色の歌声どころか老若男女様々な声を持つと謳われた憧れの声優様。
今はもうお名前すら思いだせないけど、気付いたその日から攻略対象者そっちのけでユーノ様を密かにつけ回し。
イヤーカフス型の遠音収集機(少ない小遣い叩いて、それだけじゃ足りなかったからヒロインのチートスキルを有効的に使って刺繍や小説描いたり絵画なんかとあらゆる技を使い買いました魔導具ちゃん!)でお声を頂戴しては身悶え、至極充実した日々を送っています。
え?最近流行りの転生からのチートフル発揮NAISEIウハウハ?逆ハー?悪役令嬢とバトル?
しませんよ!たかだか20数年生きただけの凡人でしたしおすし。農家出身でもなけりゃ医療系のお仕事してたわけでもないし、ファッション関係の知識もないったらない。
ただの地元企業で一事務員してただけのやつに色々な伝統と古風な貴族ルールが複雑に絡み合う小難しいNAISEIは無理ですはい。
それにヒロインしがない男爵家に養子にとられただけの子だもの、もし派手にNAISEIヒャッハーして何らかの事件を起こしちゃったりして、王家に反逆の意志を抱いてるなんて噂でも流れたりしたら……。ガクガクブルブルです。
あと例え私がざまぁされたとしても、ユーノ様に刃を向けるくらいなら自分で舌噛みきっておっちぬ!
いや寧ろ野郎はいらんからユーノ様独り占めさせてください。あんなちゃらんぽらんの顔だけの婚約者(王子)よりきっと幸せにして見せますから!
ヒロインが正しく機能したりイベント起こさなくてもユーノ様との仲最悪、んでもって他の女に手当たり次第に手を伸ばそうとするってどんな神経してんのかねぇ。
地位の低いチワワみたいにプリュプリュ震える可愛い女の子に下卑た笑みと言葉をかけるアイツに遭遇した時は。
思わずヒロインチート能力を発揮して王子の頭の上に鉢植え落としたよ。校舎裏で誰も見ていないからってか弱い乙女に何さらすんじゃコラァって気持ちを込めて。
気絶した奴に狼狽える女の子をすかさず保護して、王子には鉢植えと女の子と出会っていたという事を忘れて頂いた。
チートな身体能力、チートな使い魔さん方、神の恩恵に、精霊の愛し子効果はこういう時に使うに限る。
だけどもそんなチート能力を持っていてもユーノ様ではなく中の人(声優様)のお名前を思い出せないのが辛くて無念で……。
毎日血涙を流す勢いで頭を痛め踏ん張ってみているけど、一向に思い出せる気配はない。
ゲームの強制力って本当にない。ないわ……。