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「なぜ、私の名前を・・・?」
朝の忙しさもひと段落つき、メルダは遅い朝食をとっていた。
カインがなぜメルダの名前を知っているのか。それが気になって食事も喉を通らない。
「なに、ぐずぐずしてんだい。早くたべちゃいな、片付かないだろう?」
イリムにせかされて、とりあえず手に持っていたパンだけを口に入れると、その場を片付ける。
「なんだ、食欲がないのか?」
「ええ、ちょっと気になる事があって、あまり食欲がないの」
食後のティーを楽しむクルドにそう告げると、部屋を出た。
カインの宿泊している部屋。
その扉の前にメルダは立っている。
あまり、部屋に行くのは良くないのだけど、と思いながらも軽く扉をノックする。
二回。
三回。
部屋の向こうからは返事はなく、ノックする音が響くだけ。
「寝ているのかしら・・・。もう少し時間を置いて来た方がいいわね」
仕方なく、その場から離れる。
廊下の窓からふと外を見ると、パレードを見ようと沢山の人が集まり歩道を埋め尽くしていた。
「パレードまでまだ時間があるのに。凄い人ね」
会いたい。
でも会いたくない。
会えばもう気軽に会うことの出来ない距離を自覚させられるから。
「早く、終わってしまえばいいのに」
メルダは小さく呟いた。
パレードの時間が近づくにつれて、外は騒がしくなっていた。
このまま、見えない位置にいて終わってしまえばいいんだ、と受付にいたが、気を利かせたイリムがメルダに声を掛ける。
「ほら、私が受付いるからお前は見てきな!」
「いいよ、お母さん。私別に興味ないし」
「なーに言ってるんだ。もしかしたらもう見る事も出来なくなるかもしれないんだよ?後悔しないようにちゃんと見てこい!」
と、強引に人の溢れる外へ出されてしまった。
「ちょ、おかあさ・・・」
宿屋へ戻ろうとしたが、人の波に飲まれどんどん遠くなってしまう。
ああ、どうしよう。戻れない・・・
人ごみの中でなす術もなく流されていると、突然右手を捕まれる。
「きゃっ!」
ぐいっ、と建物の影に引っ張られ人ごみの中から抜けられたのだが、別の恐怖がメルダを襲う。
「やだなにす・・」
「俺だ」
恐る恐る振り向くと、そこにはあの大きな戦士カインが立っていた。
「あ・・・カイン様?」
「大丈夫か?」
「え、ええ。ありがとう。助かったわ」
カインは掴んでいた右手を離す。掴まれた所が少し赤くなっていた。
「悪い。少し強く掴んでしまったみたいだな」
「問題ないわ、このくらい。それより・・・」
そこで見たカインの風貌は朝見たときより少し変わっていた。長く顔を隠していた髪も後ろに流して、しっかりと顔が出ている。つけていた鎧も外して動き易い服になっていた。
「随分と変わるのね。朝見たときはビックリしたわ」
「あの後シャワーをすぐ浴びたんだ。何日か入ってなくてな」
コバルトブルーの瞳がやけに印象の残る整った顔。引き締まって厚い胸板。太い腕。
メルダは思わず見とれてしまう。
「パレード、見るのか?見るならいい場所見つけたんだが、一緒に行くか?」
「・・・いいの。別に見たくないし」
「どうしてだ?お前の幼馴染なんだろう?」
「なぜそんな事まで!?」
とついカインに声を荒げてしまう。
「・・・ああ、そうか。俺の事は知らないよな。俺は勇者と一緒に旅をしてきた仲間だ」
「グランと一緒に戦ってきた人!?」
「そう。魔王を倒した後、他の仲間はそれぞれの故郷に戻っていったんだがな。俺は小さい頃に故郷を魔王軍に焼き払われて帰る場所もなくてね。どうせだから勇者のその後でも見ようと思ってこの街へ来たんだ」
「そうなの・・・」
「お前の事はよく勇者から聞いてた。だから名前も知ってたんだ。すまんな、あの時何も言えなくて。忙しそうだったからね」
カインがグランの仲間・・・。
一緒に魔王と戦ってきた人。
だから腕の傷も、鎧もボロボロに・・・。
「大変な戦いだったのね」
「まあ、な。でもたいしたことはないさ、こんな傷くらい。・・・それより見に行かないのか?」
「・・・・いいわ。どうせ見ても私には気付いてくれないわよ」
そう言うと、メルダは俯いた。
「・・・好きだったのか?勇者の事」
「・・・ええ。小さい頃からね。でも、もうその事も言えない位遠い存在になってしまったけれど」
泣かないように、スカートの裾をぎゅっと握り締める。
「そうか・・・。じゃあ尚更だ」
ふわっと身体が持ち上げられたかと思うと、メルダはカインに担ぎ上げられていた。
「なっっ!何するの!?」
メルダは降りようと抵抗するが、カインの腕の力が強くて降りる事が出来ない。
そのまま、カインはある場所に向かうのだった。