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「ほら、メルダ!今日は勇者様凱旋のパレードだよ!早く起きて!」
母のイリムに無理やり部屋のカーテンを開けられ、仕方なく目を開ける。
まだ布団に入っていたいのに。まだ寝ていたいのに。
「いいよぉ、パレードなんて興味ないもん」
布団を頭まですっぽりとかけるも、すぐに剥ぎ取られてしまう。
「何言ってんだい!お前の幼馴染でもあるグランのパレードだろ!?早く起きて準備しな!!」
メルダはクルール王国の城下町に住む、宿屋の娘だ。
勇者様とは、メルダの幼馴染のグランの事。グランは同じ町の商人の息子でメルダより2歳上。小さい頃からとても仲のいい幼馴染だった。ところがグランは勇者の血を引く者で、15歳になる年に魔王討伐の旅に行き、5年後無事魔王を倒したと、この国に戻ってきたのである。
そして、今日が勇者グランの凱旋パレードの日。
5年ぶりに会うグラン。メルダは嬉しいはずなのだが、素直に喜べない。
「もう、会ってもしょうがないし・・・」
いやいやながらメルダは着替えをする。
メルダが、そう言うのも仕方がない。グランは魔王討伐の褒美として、この国の王女と結婚し、将来この国の王となることになっていた。
小さい頃から、グランに密かに思いを寄せていたメルダ。
その思いも告げられないまま、メルダの恋は終わる。
重い足取りで部屋を出る。宿屋の入り口は今日の宿泊の為に沢山の人で賑わっていた。
「メルダ、お前も手伝ってくれないか?俺一人ではさばききれん!」
受付に並ぶ人を対応しながら、メルダに助けを求めたのは父のクルドだ。
「わかったわ。はい、2番目にお待ちの方、こちらへどうぞ」
急いで受付に入り、客に声を掛ける。
メルダの目の前に立ったのは、とても背の高い戦士だった。
身に着けている鎧には、細かい傷がついていて割れている箇所もある。腕にも傷の跡が見える。
何ヶ月か切っていないのだろう、髪は伸び放題で顔にかかってよく見えない。
メルダはその戦士の光景があまりにも異様で、動く事が出来なくなってしまった。
「・・・・あの?」
何も話さないメルダにその戦士は声を掛ける。その言葉にはっとする。
「あ、ああ、すいません。ご宿泊ですか?予定は何日で?あとここに名前を書いてもらえますか?」
あわててメルダは必要事項を早口で話すと、受付にある台紙に名前を書くように促した。
戦士はその台紙に名前を書きながら答える。
「宿泊で。・・・滞在日数はまだ決まっていないのだが・・・。長くなるかもしれない。それでもいいだろうか」
「ええ、それは構いませんが。一日120ペルカとなりますけど、よろしいですか?」
「ああ、構わない」
「かしこまりました。では、部屋の鍵です、どうぞ」
そう言ってメルダは鍵を戦士に渡す。
「ありがとう、・・・君がメルダか」
突然自分の名前を呼ばれて、驚くメルダ。
「え・・・?なんで知って・・・・」
メルダがそう言うと、その戦士は顔にかかる髪の間から笑顔を少し見せたあと、くるりと背を向け、部屋へと行ってしまった。
「ちょ、ちょっとまっ・・・・」
その言葉も、賑わう人の前ではもう届いてはいない。
メルダは残された台紙を見る。
カイン=ウィリオネット。
あの戦士の名前だ。
カイン・・・?あんな人、私の知りあいにいた?
なぜ、私の名前を?
戸惑うメルダだったが、この忙しさに追って話す事も出来ず、ただただ謎が残るばかりだった。