表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

はじめまして、こんにちは


 賑わいを見せている商店街。その中を颯爽と歩いているのはスーツ姿の長身の女性。


 と、言っても、見た目はどこか男っぽい。パンツスーツに長身のせいもあるが、セミショートの黒髪はストレートでさらりと流れていく感じ。それがまた男らしいという不思議な雰囲気を醸し出しているのだ。


 上條莉央かみじょう りおは昔からそういう風体だったため、周りからもよく男性と間違えられた。しかし、本人は特に気にしてはおらず、笑って答えるのが常であった。



 莉央が向かっているのはとある喫茶店。

仕事の合間によく足を運ぶ店だ。

 喫茶店の名前は『しらゆき』。

 店が提供するコーヒーはもちろん、古いアンティーク調の雰囲気は莉央のお気に入りだ。


「こんにちは」

「あ、上條さん。いらっしゃい」


 莉央を出迎えたのは、莉央とそう歳の変わらない女性。

挨拶をそこそこに、いつもの喫煙席に腰を下ろした。


「いつもので」

「かしこまりました」


 女性がカウンターに下がり、莉央はふと、視線を奥のテーブルに向けた。


「?」


 莉央の目についたのは見たことのないウェイトレス。

 小柄で色素の薄い柔らかそうな髪と白い肌が印象的であるが、一際、莉央の目を引いたのは何とも言えない瞳だった。

 どこがどう。っと言われるとうまく答えられないのだが、莉央にとって彼女の瞳は不思議なモノとして映っていた。


「お待たせいたしました」


 コーヒーを持った女性が莉央のテーブルにそれを置くと、莉央は女性を呼び止めた。


「あ、ねぇ。月城つきしろさん…あの子、誰?新しい子?」


 月城と呼ばれた女性は莉央が指差した方を見て「ああ」と声を漏らした。


「そうなの。先月、前にいた木村がやめちゃってね。人手がぎりぎりだったから、新しい子を雇うことになったのよ」


 そう言って月城はその彼女がいる方を向いた。


「篠原さん、ちょっといいかしら」

「はい、今いきます」


 か細く可愛らしい声で返事をした篠原と呼ばれた彼女は、莉央のテーブルに近づいた。


「篠原さん、こちらうちの店の常連で上條さんっていうの」

「上條莉央です。はじめまして」


 莉央が笑みを浮かべて挨拶をすると、篠原は少し恥ずかしそうに頭を下げた。


篠原菜月しのはら なつきです」

(…顔真っ赤…でも、可愛い子だなぁ)


 莉央は菜月を見て小さく笑った。


「結構、この店に寄ることが多いから、よろしく」

「はい、こちらこそ」


 小さく…ほんの小さく笑った顔は本当に可愛らしくて、一瞬だけ鼓動が跳ねた。


「篠原さん、上條さんには注意した方がいいわよ」

「え?」


 突然、月城が顔をにやけさせながら話し掛け、菜月はキョトンとし、莉央はギョッとした。


「この人、可愛い女の子が好きだから」

「ちょっと、月城さん!何を言ってくれちゃってるのかなぁっ」

「だって、上條さんってばうちの店の子をすぐナンパするじゃない」

「そーそー」


 月城の言葉に便乗したのは別ウェイトレスだ。


「ま、上條さんならナンパに乗っちゃってもいいかなー女の人でも上條さんはそこらへんの男よりカッコイイし」

「え?女の人…?」

「え?」


 菜月が漏らした言葉に三人が菜月を見る。

 すると菜月は一気に顔を真っ赤にさせて莉央に頭を下げた。


「ご、ごめんなさい!私、てっきり男の人かと思って…名前も声も…それだけじゃ分からなくて…ごめんなさいっ」

「…ぷっ…あはははっ」


 菜月の慌てぶりに莉央は声を出して笑った。月城も、他のウェイトレスも苦笑している。


「あ、あの」

「あー…気にしなくていいよ。よくあることだからさ。私、この身長で顔立ちも男っぽいし、篠原さんが言ったとおり、『莉央』って名前は男にもいるだろうし、声も低いからね」


 莉央がそういうと菜月はもう一度莉央に頭を下げた。


「でも、本当にごめんなさい」

「いいって…その代り、コーヒーおかわり頂戴」

「い、今お持ちします!」


 そう言ってあわててカウンターに戻る菜月を見ながら、莉央はまた小さく笑った。近くにいたウェイトレスも仕事に戻ったが、月城だけはのこって莉央を見ていた。


「だめだからね」


 月城の言葉に莉央は首を傾げた。


「上條さん、少しあの子に見惚れていたから」

「そう?でも、さっきは焦ったよ。『上條さんは可愛い女の子が好きだから』なんていうから」

「冗談で済ませる人になら、先陣切ってそんなこと言わないわよ。冗談にするために言ったのよ。上條さんは本当にそうなんだから、気を付けてよ?彼女はノンケなんだから」

「はいはい。わかってるよ」


 月城は小さくため息をついて仕事へと戻った。


 月城が言った通り、莉央は同性である女性にしか恋愛対象にならなかった。それがいつからなのかはわからない。気づいたら、女の子ばかりを見ていた。

 莉央は早々に母親を亡くし、父親も高校に上がったと同時に亡くなった。

 それから親戚の家に世話になったのだが、大学に入るのと同時に一人暮らしを始めた。

 その時に付き合っていた男がいたのだが、結局別れることになった。

 自分は、同性の女性にしか恋愛の対象にならないのだと。


(ま、一人で生きていけるくらいの経済力は持っているつもりだし、問題はないんだけれど…)


 ふっとため息をつきながらカバンから煙草を取り出し火をつけた。


「あの、コーヒーのおかわりをお持ちしました」


 顔を上げれば、菜月がコーヒーをカップに注いでくれた。

そのしぐさも、なぜだか目に留まってしまう。


「ありがとね」

「いいえ」


 笑った顔も、可愛いだなんて…本当に自分はどうしようもない。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ