はじめまして、こんにちは
賑わいを見せている商店街。その中を颯爽と歩いているのはスーツ姿の長身の女性。
と、言っても、見た目はどこか男っぽい。パンツスーツに長身のせいもあるが、セミショートの黒髪はストレートでさらりと流れていく感じ。それがまた男らしいという不思議な雰囲気を醸し出しているのだ。
上條莉央は昔からそういう風体だったため、周りからもよく男性と間違えられた。しかし、本人は特に気にしてはおらず、笑って答えるのが常であった。
莉央が向かっているのはとある喫茶店。
仕事の合間によく足を運ぶ店だ。
喫茶店の名前は『しらゆき』。
店が提供するコーヒーはもちろん、古いアンティーク調の雰囲気は莉央のお気に入りだ。
「こんにちは」
「あ、上條さん。いらっしゃい」
莉央を出迎えたのは、莉央とそう歳の変わらない女性。
挨拶をそこそこに、いつもの喫煙席に腰を下ろした。
「いつもので」
「かしこまりました」
女性がカウンターに下がり、莉央はふと、視線を奥のテーブルに向けた。
「?」
莉央の目についたのは見たことのないウェイトレス。
小柄で色素の薄い柔らかそうな髪と白い肌が印象的であるが、一際、莉央の目を引いたのは何とも言えない瞳だった。
どこがどう。っと言われるとうまく答えられないのだが、莉央にとって彼女の瞳は不思議なモノとして映っていた。
「お待たせいたしました」
コーヒーを持った女性が莉央のテーブルにそれを置くと、莉央は女性を呼び止めた。
「あ、ねぇ。月城さん…あの子、誰?新しい子?」
月城と呼ばれた女性は莉央が指差した方を見て「ああ」と声を漏らした。
「そうなの。先月、前にいた木村がやめちゃってね。人手がぎりぎりだったから、新しい子を雇うことになったのよ」
そう言って月城はその彼女がいる方を向いた。
「篠原さん、ちょっといいかしら」
「はい、今いきます」
か細く可愛らしい声で返事をした篠原と呼ばれた彼女は、莉央のテーブルに近づいた。
「篠原さん、こちらうちの店の常連で上條さんっていうの」
「上條莉央です。はじめまして」
莉央が笑みを浮かべて挨拶をすると、篠原は少し恥ずかしそうに頭を下げた。
「篠原菜月です」
(…顔真っ赤…でも、可愛い子だなぁ)
莉央は菜月を見て小さく笑った。
「結構、この店に寄ることが多いから、よろしく」
「はい、こちらこそ」
小さく…ほんの小さく笑った顔は本当に可愛らしくて、一瞬だけ鼓動が跳ねた。
「篠原さん、上條さんには注意した方がいいわよ」
「え?」
突然、月城が顔をにやけさせながら話し掛け、菜月はキョトンとし、莉央はギョッとした。
「この人、可愛い女の子が好きだから」
「ちょっと、月城さん!何を言ってくれちゃってるのかなぁっ」
「だって、上條さんってばうちの店の子をすぐナンパするじゃない」
「そーそー」
月城の言葉に便乗したのは別ウェイトレスだ。
「ま、上條さんならナンパに乗っちゃってもいいかなー女の人でも上條さんはそこらへんの男よりカッコイイし」
「え?女の人…?」
「え?」
菜月が漏らした言葉に三人が菜月を見る。
すると菜月は一気に顔を真っ赤にさせて莉央に頭を下げた。
「ご、ごめんなさい!私、てっきり男の人かと思って…名前も声も…それだけじゃ分からなくて…ごめんなさいっ」
「…ぷっ…あはははっ」
菜月の慌てぶりに莉央は声を出して笑った。月城も、他のウェイトレスも苦笑している。
「あ、あの」
「あー…気にしなくていいよ。よくあることだからさ。私、この身長で顔立ちも男っぽいし、篠原さんが言ったとおり、『莉央』って名前は男にもいるだろうし、声も低いからね」
莉央がそういうと菜月はもう一度莉央に頭を下げた。
「でも、本当にごめんなさい」
「いいって…その代り、コーヒーおかわり頂戴」
「い、今お持ちします!」
そう言ってあわててカウンターに戻る菜月を見ながら、莉央はまた小さく笑った。近くにいたウェイトレスも仕事に戻ったが、月城だけはのこって莉央を見ていた。
「だめだからね」
月城の言葉に莉央は首を傾げた。
「上條さん、少しあの子に見惚れていたから」
「そう?でも、さっきは焦ったよ。『上條さんは可愛い女の子が好きだから』なんていうから」
「冗談で済ませる人になら、先陣切ってそんなこと言わないわよ。冗談にするために言ったのよ。上條さんは本当にそうなんだから、気を付けてよ?彼女はノンケなんだから」
「はいはい。わかってるよ」
月城は小さくため息をついて仕事へと戻った。
月城が言った通り、莉央は同性である女性にしか恋愛対象にならなかった。それがいつからなのかはわからない。気づいたら、女の子ばかりを見ていた。
莉央は早々に母親を亡くし、父親も高校に上がったと同時に亡くなった。
それから親戚の家に世話になったのだが、大学に入るのと同時に一人暮らしを始めた。
その時に付き合っていた男がいたのだが、結局別れることになった。
自分は、同性の女性にしか恋愛の対象にならないのだと。
(ま、一人で生きていけるくらいの経済力は持っているつもりだし、問題はないんだけれど…)
ふっとため息をつきながらカバンから煙草を取り出し火をつけた。
「あの、コーヒーのおかわりをお持ちしました」
顔を上げれば、菜月がコーヒーをカップに注いでくれた。
そのしぐさも、なぜだか目に留まってしまう。
「ありがとね」
「いいえ」
笑った顔も、可愛いだなんて…本当に自分はどうしようもない。