コンクリートのドミノはかくして朝日を拝んだ
山を山とせず、世界の丸さを噛みしめるように鳥は飛んだ。鳥の名はケト。性別は無いが、彼の歯車は
キイキイと苦く渋い音を上げ、男であったり女であったり振る舞った。
彼の産まれた巣は、化学式で出来ていた。無数の親鳥は、陸を歩くターレットの機関銃に睨まれ
もう何人もその手をケトの翼に掛けようとすることを諦めた。何人かが巣に火炎瓶を放とうとしたかも
しれない。しかし、巣の化学式は弾け飛んだバネのようにひどくからまり、頑丈で燃えにくかったし
ターレットの機関銃は全ての火炎瓶と人とを撃ちぬいていただろう。
ケトのいた巣の中で、親鳥たちが、ケトが羽ばたく頃にあわせて、彼に地上で輝く星を見せてやろうと
した。ただしターレットから飛び出してきた機関銃が、星は空に輝いてこそ星なのだと、そそのかした。
親鳥が星が空で輝きやすいようにいっそう工夫したのは、機関銃たちが怖かったからなのかもしれない。
あるいは、星が輝く姿に理想を抱いていたのかもしれない。どちらにせよ、巣の外ではターレットが
カタカタと話をしながら巣の親鳥を眺めていたから、なおさら親鳥たちは現実逃避に腐心した。
最後にターレットたちは親鳥たちに、ケトに星を背負わせ、遠い場所で、皆で見ようとそそのかした。
「その遠い場所では、長らく前から宴会があって、その人らの宴会の締めくくりに丁度よい」と言った。
やはりターレットの鈍く光る機関銃の前では、親鳥たちも「素直」にならざるを得なかった。
ケトが星を背負った頃、ターレットたちも親鳥たちも、その立派な姿に口をいっぱい広げ声を出した。
いくつもの声がケトの背中にぱちぱちと当たる。彼は暖かい笑顔を見せた。
ケトの体に反射して臨んだターレットたちの表情は、相変わらず銃口の闇を覗かせていた。
ケトの抱えた星はいくつもの雲を超えた先で、遠い地についたところで渾身の怒声を上げた。
ターレットにとってなんとことはない、酔った林が、一斉に、林らしい林が全て、朝日を見上げた。
星を見るためにだろうか。いや、違う。綺麗な星が突然空で輝いたから、珍しくて見上げたのだ。
一方で、草と土くれと、無数の小石は辺りを転がっていた。鳴り響いた怒声は誰が挙げたものだろう。
「この先数万年先まで、誰もが目を覚ませ」と星は叫んでいたのかもしれない。
しかしどこかにいた人々と、どこかにいる人々と、どこかに行く人々との声が大きく
星が初めて上げた声は聞こえなかった。
空一面の輝きに喜んだ鳥はすぐに帰った。皆の喜ぶ顔が見たくて、すぐに帰った。林たちはまだ
空を眺めていた。ただ、彼らの酔いは、少しまぶしすぎるくらいの星の輝きで、冷めたくなった。
この星の光で目を覚ましたのは、酔っ払っていた林だけだったのだろうか。見知らぬ顔と見た顔の
燃えたアルコール瓶を握っている男たちの顔が、一部の親鳥たちの網膜に浮かび上がった。
コンクリートの林が太陽と月を満面に浴びている頃、今度はケトの巣で宴会が始まった。
星は新しく幾つも作られた。だから、いつでもこの宴会は終わらせることはできる。
長い宴会が始まった。ケトの巣の化学式はさらに濃くからまり続けた。ターレットたちの数も増えた。
そして、星も多くある。大きすぎるなら、この宴会だって、どこでも、遠くの地で星を輝かせれば
締めくくりになるのだ。巣とその周りの人たちは星を抱えて今も宴会をしている。
ただ、未だにあらゆる人たちは星の声を聞いていない。その声は小さく、周囲の声が大きいからだ。
しかしその輝きは覚えている。綺麗で、とにかく美して、忘れがたい輝きだった。
だから人々は、その輝きを見たいがために
今まで何度も、あちこちで。
見たがっている。
一方で、炭素に対する果てしなく純粋な恋愛小説であった。