☆005 登場、王宮騎士団。
「くっ、このガキ……!」
真鍮色のゴレム・ルカニドが立ち上がり、全身に稲妻をまとい始める。
今にも放たれようとしている雷撃に備え、主人を護ろうとノルンの前に立った黒騎士が、腰の剣を抜こうと柄に手を掛けた。
「そこまでだ!」
どこからか声が上がる。野次馬たちを押しのけて、マントを纏った三人の騎士と、それに従う二体の純白のゴレムと一体の銀ゴレムが、対峙する二人の前にやって来た。
「チッ、王宮騎士団の連中かよ……」
忌々しそうにスキンヘッドの男が唾を吐く。
この都を護るゴレムを率いた王国騎士団。市民の守護者であり、子供たちの憧れ。威風堂々としたその姿に一瞬にして周りが呑まれる。
背後に立つ三体の騎士型ゴレムはあきらかに古代機体であり、なんらかの「能力持ち」であることは間違いない。
三人の中からリーダー格と思われる男が対峙する二人の前に進み出た。金髪碧眼、白銀の鎧に一人だけ金糸で刺繍された高級そうなマント。整った顔立ちと物腰、黄金の装飾がされた剣と鎧からは、誰が見てもこの男が貴族の出だとわかる。
「二人とも! この都ではゴレムによる私闘は禁じられている! 直ちに戦いをやめたまえ!」
凛とした声が響き渡る。二人の戦いを見物していた周りのギャラリーからも、歓声と黄色い声が湧き上がった。とても戦いを続ける雰囲気ではない。
周りを見回し、小さく舌打ちしたスキンヘッドの男は、ノルンにくるりと背を向けると、真鍮色のゴレムを連れて歩き出した。
「ち……命拾いしたな、クソガキ。次会ったら覚悟しとけよ!」
男が吐いた捨てゼリフに、ノルンが飛びかからんばかりに激昂する。どうにもこの少女、沸点が低いようだ。
「ああ!? ガキってなによ、このハゲ! 戻ってこい! ぶっ飛ばす!!」
「君もそこまでにしたまえ。本来なら牢にぶち込むところだぞ」
「なっ!? 官憲横暴! 」
今度は後ろから咎める声に噛み付く。見た目が子供なだけに、さすがに王宮騎士たちもため息をついたり、苦笑するぐらいで、本当に処罰する気は無いようだ。そもそもこんなことはここでは日常茶飯事だ。いちいちぶち込んでたら牢の数が足りない。
状況だけ見れば子供が大人に突っかかっていただけのことだ。そう目くじら立てることでもあるまい。巻き添えになった八百屋には災難だったとしか言いようがないが。
「まったく……彼女の通報に感謝したまえ」
騎士のリーダーが指差した先、ギャラリーの中に小さく手を振るコレットと、紫色のゴレム、ハヤテがいた。どうやら彼女が近くにいた騎士団を引っ張ってきたらしい。
「あ」
「だが次に騒ぎを起こしたら本当に牢にぶち込むぞ。覚えとけよ」
金髪の騎士が軽くノルンを睨みつけ、騎士団員たちは騎士ゴレムを引き連れて踵を返した。ギャラリーが割れて、三人が威風堂々と去っていく。
「なによ、その言い草! アンタねっ! む、ぐっ!」
「はーい、わかりましたー」
金髪の騎士へ殴りかかろうとするノルンをコレットが後ろから羽交い締めにし、口を塞ぐ。
これ以上騒ぎを大きくされてはたまらない。今のうちにと、コレットはノルンを引きずるようにその場を離れた。
「ウチの損害は─────!?」
店主の叫びが聞こえた気がしたが、コレットは無視して群衆の中を駆け抜けていく。この場合、店主に損害賠償を支払うよう言われる前に、姿を消すに限る。
実質的にスキンヘッドの男は野菜の箱を投げたり、通りの壁を壊したりしたが、ノルンはリンゴ一箱をぶん投げた上に、店頭を破壊している。騎士団が今回だけは見逃がすと言ってくれているのだから、今のうちに退散するのが得策だ。
おそらくあの八百屋も商業協会と国から損害保険が一部下りるだろうし、そこまでの被害にはなるまい。
というか、コレットにはなんの関係も無いのだけれど。
「ムカつくわね! あいつ! 偉そうに何様よ!」
連れて来られた道端で腕を組みながら、去っていった騎士団の方を睨みつけるノルン。それをなだめるように、コレットが声をかけた。
「実際に偉いんですよ。あの人はザレム・トラント。王宮騎士団のゴレム警備隊副隊長ですよ。なんでもゴレム隊で一番の使い手だとか」
「ふん! どーだか」
ノルンがぷりぷりと怒りながら、そっぽを向く。その後ろで小さな黒騎士がコレットに向けて申し訳なさそうに頭を下げていた。ずいぶんと人間くさいゴレムだとコレットは思ったが、長い年月稼働していると、そういった行動を学習するタイプもいる。
ひょっとしたら、年代物のゴレムなのかもしれない。どことなく品もある。もしかしてこの少女はいいところのお嬢様だったりするのだろうかとコレットは思ったが、それにしては使い手の少女の方が品が無いような気もするので、その考えを2秒で打ち消した。
「にしてもぞろぞろと……何よアレ?」
「パトロールしてたんですよ、最近物騒だから」
「物騒?」
「辻斬りですよ。今月に入ってもう三人やられてます」
どうやら御者の言っていたことは本当らしい。しかし、こんな白昼堂々と辻斬りが現れるだろうかとノルンは思ったが、パトロールしているぞ、と見せつけることが大事なのかもしれないと思い直した。
「その手口は残忍でゴレムはバラバラ。使い手も無惨な姿で見つかってます」
「……犯人の手がかりは?」
「なにも。おそらく「能力持ち」だろうということぐらいですね」
破壊されたゴレムからある程度のことはわかる。正面から「能力持ち」のゴレムを倒せるのは「能力持ち」のゴレムくらいだ。不意打ちをして使い手を倒す方法もあるが、どうも、この辻斬りは違うらしい。
コレットは声を潜めてノルンにボソッとつぶやく。
「「王冠」じゃないかって噂もあります」
「「王冠」……?」
ぴくっ、とノルンの眉が上がる。そしてどこか疑わしそうな目がコレットへと向けられた。