☆004 轟く、雷光。
「人の頭にカボチャぶつけておいて、ふざけんじゃないわよッ!」
怒り心頭といった感じでノルンが足元に転がってきたリンゴをスキンヘッド男へ向けて勢いよく蹴りつけた。
「はあう!?」
八百屋の店主がもうやめて! とばかりの声を出す。食べ物を蹴ってはいけません。良い子はマネをしないように。
飛んできたリンゴをよけると、鼻血を拭きながらスキンヘッドが立ち上がる。よく見れば目の前でぎゃあぎゃあ騒いでいるのは十にも満たない子供だ。脅しつけてやれば逃げ帰るか、ビビって声も出なくなるだろう。そう思った。
「てめえ……俺様のゴレムに潰されてぇようだな」
スキンヘッドの前にくすんだ真鍮色のゴレムが立ち、ノルンと対峙する。二メートル以上もある大きなゴレムだ。重厚そうな装甲と、大きな手足。顏に取り付けられた仮面のスリットから小さな機械眼の赤い光が覗く。
「ノワールッ!!」
目の前に立つ巨大なゴレムに少しも動じず、腕を組んだ仁王立ちの状態でノルンは相棒の名を呼ぶ。
すぐさま周りの野次馬の頭上を飛び越えて、白いマフラーをした小さな黒騎士が宙返りをしながら、真鍮色のゴレムの前に着地した。
「てめぇ……ゴレム使いか。はっ、そんな小せえゴレムで俺様の「ルカニド」にかなうとでも思ってるのか?」
目の前の少女よりもさらに小さい、ノワールと呼ばれた黒騎士を見て、スキンヘッドの男が嘲笑う。確かに見た目では大人と子供以上の差がある。
「あんたバカでしょ?」
「なッ!?」
「ゴレムの強さは大きさで決まるもんじゃないのよ」
自分よりもはるかに年下の少女にそう返されて男は怒りに奥歯を強く噛んだ。
脅しつけてやるだけのつもりだったが、大人をバカにするようなガキには教育が必要だ。泣いて詫びるぐらいにに痛めつけてやろう。そう思った瞬間。
「ノワール!」
『了解』
ドンッ! とノワールが目にも止まらぬロケットのような突進力で突っ込んできた。飛び上がった小さな黒騎士の拳がルカニドの仮面を捉え、そのまま振り抜かれる。
二メートルを越える巨体が石畳に叩きつけられ、派手に転倒した。あの小さな機体のどこにこれほどのパワーがあるのか。あり得ない光景に周りの野次馬からも驚きの声が漏れる。
「くっ……てめぇ! やれ! ルカニド!」
スキンヘッド男が命令すると、真鍮色のゴレム・ルカニドがその大きな手をノワールへと翳す。バチバチと指の間に放電が走り、轟音の唸りを上げて、眩い稲妻がノワールへ向けてほとばしった。
石畳を駆け抜け、ノワールが稲妻を避ける。雷撃はそのまま通りの建物の壁に炸裂し、堅い石壁に穴が空いた。
「雷撃を操る能力……そのゴレム「能力持ち」ね?」
「おうよ。俺様が古代遺跡で見つけた古代機体のゴレムだ」
ゴレムは契約者の命令に忠実に従う。ゴレムとの契約者登録をすませれば誰でも契約者にはなれる。
ゴレム内部の核「Gキューブ」と呼ばれるものに、自らの身体の一部(髪や爪、唾液や汗など)を投入、記憶させることにより、契約が完了するのだ。
逆に契約解除するにはキューブから契約者のメモリーを抜き取り、リセットすることが必要になる。しかし、ゴレムの自己防衛機能から契約者以外の者がリセットすることは出来ない。
それ以外でリセットするためには、ゴレムを機能停止に追い込み、キューブの機能をリセットするしかないのだ。
古代遺跡から発掘される古代機体のゴレムは、ほとんどが機能を停止しているので、発掘者、または発見者がマスターになることが多いのだ。
「俺様の相棒は工場の量産型とは格が違うんだよ!」
再びルカニドの掌から電撃が走る。しかし小さな黒騎士は巧みにそれをかいくぐり、コンパクトな機体を活かした動きで次々と避けていく。
「雷撃を操る能力か……。確かに面倒な能力ね。だけど……」
稲妻が飛び交う中でも少女は腕を組んだまま、仁王立ちの姿勢を崩さなかった。わずかに片眉が上がったくらいである。
それが合図になったかのように、ノワールがさらにスピードを上げて、そのままの勢いで大きく孤を描くように回り込んでいく。勢いよく跳躍し、ルカニドの死角から頭部の仮面へ向けて飛び蹴りを放った。
「それだけなら大したことないわね」
つぶやくノルンの目の前で、またしても真鍮色のゴレムが地面に倒される。いや、正確には八百屋の店頭を巻き込んで、辺りのものを破壊しながらぶっ倒れた。
再び八百屋の店主の悲愴な叫びが通りにこだまする。
「ウチの店が───────ッ!?」