☆002 古代の遺産、ゴレム。
かつて戦争があったという。
二つの古代王国が引き起こしたと言われるその戦争は、瞬く間に大陸全土を巻き込む世界大戦へと戦火を広げていった。
大地が吹き飛び、空が裂け、海が哭いた。高度な技術が生み出した強大な兵器による世界の崩壊。壊し壊され、殺し殺される勝利者などいない滅亡へのカウントダウン。
その戦いの中でひとつの兵器が産声をあげる。
ゴレム。使い手の命令に忠実に従い、敵を砕く、機械仕掛けの自動人形である。
大気と光から取り込んだ魔力を動力とし、様々な能力を備え、人を超えた力を持ちながら、人に従うことを運命付けられた鉄の兵器。
ゴレムたちは次々と戦場に投入され、更に世界を滅亡へと追い込んでいった。戦いは激化するにつれ泥沼と化し、人々はもはや戦争の理由さえも見出せなくなっていた。
結果───世界は一度滅んだ。
しかし人間はしぶとい。幾星霜の時が流れ、やがて人類は再び文明を起こすに至る。そして滅亡した古代文明の遺産、ゴレムと呼ばれた機械人形もまた、再び人々と共にあった。
そしていつからかゴレムを駆使し、自由自在に操る者を人々は「ゴレム使い」と呼ぶことになる。
パルティノ大陸の西方、ゴルドラ山脈の北西にストレイン王国はあった。大きさでいうと小国の部類に入るが、過ごしやすい気候と善政をしく国王のおかげでなかなか評判が良い国だ。主要な産業は縫製業で、ストレイン王国キルア地方で作られる絹織物は世界でも最高級品だと言われる。軽くて柔らかく、丈夫で美しい。貴族階級や他国の王室まで御用達の、この国自慢の産業であり、大事な収入源であった。
また、それを買い求める商人たちによる交易路が生まれ、貿易も盛んである。ゆえに様々な人々の訪れる国でもあった。
そのうちの一人、王都の大通りで小さな黒騎士を連れた少女、ノルンは賑わう街中を眺めていた。
その前をガシャンガシャンと肩に大きな角材を載せた大型のゴレムが歩いて行く。荷物運搬用の重ゴレムだ。すれ違いで今度は反対側から、背中に取り付けられたシートに人を乗せた、四脚のゴレムが脚部の車輪による滑らかな動きで駆け抜けていく。
ゴレムが多いということは富裕層が多いということだ。例え工場で造られた量産型のゴレムでも、一般の年収の数倍はする。なかなか豊かな国らしい。
そんなことを考えていると、ふいに、くう、とお腹が鳴った。
「そういやなにも食べてなかったっけ…」
『食事、推奨』
「そうね、まずはどっか食べるところを…」
探さないと、と歩き出そうとしたノルンに向けて、従者の黒騎士が声を発する。
『後方、注意』
「え?」
「どっ、どいてえ───ッ!」
不意に後方から聞こえてきた悲鳴に、思わず振り向いたノルンは強い衝撃を顔面に受けた。
「むぐッ⁉」
ぼよよん、という擬音が聞こえてきそうな、温かくて柔らかいものがノルンの顔に衝突したのだ。誰かが自分にぶつかってきたのだと理解する。さらにその勢いで後ろに倒され、今度は背中と後頭部に衝撃が走る。そのまま二人とも折り重なるように一緒に倒れた。
「いたたた……また転んだ……」
「…ッ…!? ふご…ッ!? ふがッ…!!」
ノルンにぶつかってきた人物が涙を滲ませて顔を上げる。十代後半の眼鏡をかけた少女である。腰まである長い金髪を三つ編みでひとつに束ね、黒の細工がされた髪留めで結んでいた。白いシャツと薄緑のジャケットを着込み、黒のスカートからスラリと伸びた足は長く、高身長なのをうかがわせる。
「んもー、今日で三回め……。なんでこんなに転ぶんだろ……」
「ふががっ……! ごっ…! ぐむ…ッ…ぐ……」
下敷きにされたままのノルンがなんとか少女の重圧から逃れようともがいていたが、どうにもこうにも巨大かつ凶悪な、柔らかい二つの塊に完全に顔面をホールドされ、身動きすることができない。呼吸をも阻害され、次第に意識が朦朧としてきた。
『移動、要求。遅延、窒息死』
「え? あっ、ごめんなさいッ!」
眼鏡の少女は傍に立つ黒騎士の声に、ようやくハッとしてその身を起こし、下敷きになったノルンを解放する。
立ち上がった眼鏡少女は女性にしてはやはり背が高く、それだけでも人目を引くが、さらに目を引く二つのモノが少女が動くたびに上下に揺れて、その存在を強く主張していた。
少女は仰向けにぐったりとのびたノルンを心配そうに覗き込む。
「あの……大丈夫?」
「大丈夫……な、わけあるか、このバカ女──────ッ!!」
ガバッと起き上がったノルンが、勢いよく少女のスカートを捲り上げた。白。シルク。サイドストリング。フリル付き。
「ぎゃ───────ッ!!」
悲鳴をあげて眼鏡の少女はスカートを押さえる。人通りの多いこんなところでいきなりなんということをするのか。パニクる少女に、追い打ちの言葉が目の前の幼い少女から放たれる。
「罰としてぱんつ脱がす」
「なんで!?」
目が座ったノルンがじりじりと歩み寄ってくる。
「脱がされたらどんな気分?」
「え? それは……嫌だし、恥ずかしい……」
「だから脱がす」
「うわーん、ハヤテ───!!」
眼鏡少女が迫り来るノルンから逃げながら叫ぶと、二人の間に一体のゴレムが割り込んできた。
「むッ……!?」
大きさは眼鏡の少女よりも高い。濃い紫色のボディは細めで、軽装型のゴレムだ。頭の両側から後部に伸びた幅広のセンサーと、脚部のブースターが目立つ。腰の左右に一本づつ、後ろに二本、短剣を装備していた。
おそらくこの少女が所有するゴレムなのだろう。ノルンから主人を守るように立ちはだかる。
「あんた……ゴレム使いね? 名前は?」
「コレット……コレット・ユーウェイン…ですけど……?」
眼鏡少女───コレット・ユーウェインがおずおずと名乗る。
「あんたがこの街のゴレム使いなら、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
ノルンは自分がこの街に来た理由をコレットに話し始めた。