表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クロノクラウン  作者: 冬原パトラ
第2章 カジノの都。
18/22

☆005 真昼の決着。




「待ち伏せていたってわけね」


 ゴレム馬車から飛び降り、ノルンが目の前に立つ金色の悪魔型ゴレムを睨みつける。

 同じようにコレットやエルフラウ、ノワールとハヤテも飛び出してきた。


「くくく。このまま行かせたのでは腹の虫がおさまりませんので。言ったはずですぞ? 次に会う機会があればもう一度勝負をしてもらう、と」


 悪魔ゴレムの背後から、悪趣味なキンキラキンのスーツを着たゴールドマンが現れた。葉巻を咥え、嫌らしい笑みを浮かべている。

 いつの間にかゴレム馬車の周りには量産型の護衛ゴレムが取り囲んでいた。


「てっきり街中で襲ってくるかと思ってたけど、こんなところで待ち伏せとはね」

「街で襲うといろいろと面倒なんでね。これでもカジノオーナーですからなあ。悪い噂は広まらないに越したことはないでしょう?」

「小さい男ね」


 はっ、とノルンが鼻で嗤う。それに対してこめかみに青筋を立てたゴールドマンが、取り囲んでいた護衛ゴレムに命令を下す。


「三人とも殺せ。ゴレムはできれば機能停止させろ。無理なら壊しても構わん」


 三人とはノルン、コレット、エルフラウのことを指しているのだろう。実際にはエルフラウはゴレムであり、人間は二人しかいないのだが。

 いや、正確に言えば御者も合わせて三人で正しいのかもしれない。この現場を見た人間をゴールドマンが生かしておくはずがないからだ。

 護衛ゴレムが次々と襲いかかってきた。それを剣を抜いたノワールと、苦無を投げつけるハヤテが迎撃する。コレットと御者はゴレム馬車の影に隠れたが、ノルンとエルフラウは襲い来る護衛ゴレムを巧みに躱していく。

 ノルンは懐から「ストレージカード」を取り出し、その場で一振りすると、たちまちそこに二振りの剣と銃が現れた。

 剣はなんの変哲もない鋼の剣だが、銃は魔力を元にして魔弾を打ち出せる貴重なシロモノだった。一年ほど前、追い剥ぎをしていた傭兵団をぶちのめした時に手に入れたものである。


「エルフラウはその剣を使いなさい」

「はいっ! マスター!」


 エルフラウが二振りの剣を両手に持ち、襲って来る護衛ゴレムの剣を片手で弾き、もう片方の剣で胴体を真っ二つに切り裂いた。

 凄まじいパワーである。と言ってもあくまで人間レベルのことで、ゴレムとしては普通でしかないのだが。

 一方、ノルンの方は銃の形をした魔道具アーティファクト、「スペルキャスター」を手に取り、護衛のゴレムへ向かって銃爪ひきがねを引く。

 発射された電撃の魔弾が護衛ゴレムに炸裂し、その動きを静止させた。Gキューブまで傷付けてはいないので、再生レストアは可能なはずだ。

 ノワールとハヤテも護衛ゴレムを確実に停止させていく。


「くっ、なかなかしぶといな。やれ! デモニアス!!」

『ギ』


 黄金の悪魔ゴレム・デモニアスは背中に折りたたまれた蝙蝠のような翼を広げて、ノルンたちに飛びかかってくる。

 振りかざす右手の爪がジャキッと伸びた。鋭利な刃物と化した五本の爪がノルンの目前に迫る。


「させません!」


 それを察知したエルフラウの剣が、デモニアスの右手を跳ね上げる。決してなまくらではないはずの剣の刃が見事に欠けた。

 その隙に回避したノルンがスペルキャスターでデモニアスに電撃を放つ。しかし全く効果がなく、反撃とばかりに尻尾を鞭のように振るってきた。


「くっ」


 ノルンはそれを飛び上がって躱し、コレットたちのいる馬車ゴレムの陰に隠れる。

 追いかけようとするデモニアスの背後から、ハヤテが苦無を雨霰と投げつける。しかしその全てをデモニアスは両手で打ち落とした。


「馬鹿め! そんな攻撃がデモニアスに通用するか!」


 ゴールドマンが言うまでもなく、なかなかに能力の高いゴレムであることをコレットは見抜いていた。

 だが、ガルシア・ガンドレス作というあの悪魔型ゴレムは、職人手作りの「オーダーメイド」であり、「レガシィ」のように特殊な能力は持たないはずだ。

 ノワールの能力なら楽勝のはずだが……とコレットが首を傾げる。


「ノルンさん、なんでノワールの能力ゴレムスキルを使わないんです?」


 コレットのいる馬車ゴレムの陰に避難してきたノルンに向けて、さっきから思っていた疑問を口にする。するとノルンは眉を顰めて、軽く手を顔の前で振ってみせた。


「ああ、ダメダメ。今は昼間だから」

「は?」

「ノワールの能力ゴレムスキルは夜じゃないと全開で使えないのよ。昼間だとかなりの制限を受けるの」


 コレットはノルンの説明に絶句してしまった。そういえば、と思い返してみると、確かにノワールがその能力を使用した時は、全て夜のことだった気がする。

 「王冠」であるゴレムの能力は確かに強力無比だ。しかし、その力もこういった制限や代償の元に存在するのだろう。


「せ、制限を受けるって、まったく使えないわけじゃないんでしょう?」

「ま、そうなんだけど……。使えるスキルは限定される、威力は弱まる、だけど代償は増加、そんな条件冗談じゃないわよ」


 確かにマイナスしかない。しかしだからと言って、このままやられっぱなしというわけにもいかないだろう。ノルンが渋っている理由、それは……。


「ひょっとしてまた巻き戻るのは嫌だとか……」

「当たり前でしょうが! ただでさえカジノでけっこう使っちゃったのに、これ以上巻き戻ってたまるもんですか! 4センチは縮むわよ!?」


 やっぱりか、とコレットはため息を吐く。わからないでもないが、それでやられてしまっては本末転倒じゃないかと彼女は思った。

 だいたいノルンは6歳児くらいに巻き戻っている。だとしたら、一年ほどで5〜6センチくらいは伸びると考えてもいい。二ヶ月で1センチ。

 八ヶ月分の成長がリセットされると考えると、確かにやるせない気持ちにもなるかとコレットもちょっと同情した。しかもこれから先、能力を使わないという確証は無いのだ。

 少しずつ、確実にノルンから時を奪っていく。確かにこれは恐ろしい代償だ。今はまだ6歳くらいなので独自に行動はできる。だが、これが3歳児だったら? 1歳児になってしまったら? どんどんと行動の自由が無くなっていくだろう。そしてそれを取り戻すには、また長い年月がかかってしまうのだ。

 とはいえ、現状を打破しなければその選択さえもできなくなってしまうのだが。


「きゃっ!」


 デモニアスの裏拳を受けて、エルフラウが吹き飛ぶ。追撃をくらわそうとした悪魔ゴレムの尻尾をノワールとハヤテが掴み、それを阻止する。

 デモニアスが尻尾を一振りすると、ハヤテは弾き飛ばされ、重量の軽いノワールは宙に投げ出された。


「やれ! デモニアス! やってしまえ!」


 ゴールドマンの命令に従い、エルフラウにかざす悪魔の爪が再び伸びる。


「ノルンさん!」

「ああ、もう! ノワール! 「出力多重展開パワーライズ」!」

『了解』


 宙に飛ばされたノワールが着地すると同時に大地を蹴り、ロケットのようにデモニアスへと突っ込んでいった。

 そのままエルフラウに襲いかかろうとするデモニアスの尻尾を再び掴み、一本背負いのように持ち上げて、反対側の大地へと叩きつける。


「なっ!?」


 ゴールドマンが目を見開いて驚く。あんな小さなゴレムの、どこにあれほどの力があるのか理解ができなかった。

 出力多重展開パワーライズは無数に存在する時間軸や平行世界から、あらゆるものを移動させる並列存在移行パラレルシフトの派生能力だ。

 出力多重展開パワーライズは、幾重にも重なる別次元の自分ノワールから、パワーのみを借りてくる。昼間に使える能力の中では、極めて有効な能力ではあるが、その代償は夜に比べて数十倍にもなるのだ。

 夜ならばさほどの代償も必要ない能力なのに、とノルンは舌打ちする。

 こうなってしまったら仕方が無い。できるだけ短時間で片付けるのみだ。


「ノワール! 「武器召喚サモンウェポン」! No.10「ニュートン」!」

『了解』


 ノワールの手の中に、その小さな機体では支えきれないほどの超巨大なハンマーが現れる。

 そのハンマーの柄の先を、重さをまるで感じていないかのようにノワールが持っていた。力多重展開パワーライズの恩恵である。


「やっちゃえ、ノワール!」

『了解』


 振りかぶった超巨大ハンマー「ニュートン」を、地面に倒れたデモニアスに向けてノワールが振り下ろす。

 轟音が響き渡り、あまりの衝撃に地面が陥没した。

 ノワールが「ニュートン」を持ち上げると、その下にはボディにひび割れが無数に入ったデモニアスが沈黙していた。完全に機能を停止している。

 キチンと計算してダメージを与えたから、内部破壊までは至っていないはずだ。


「ば、バカな……こんなことが……」


 目の前で起きた逆転劇に、唖然とするゴールドマン。ノワールが視線を向けるとひっ、と声を漏らし、一目散に逃げ出そうとする。


「ハヤテ!」


 コレットの命令を聞き、忍者ゴレムのハヤテがゴールドマンに一瞬で追いつき、その襟首をつまみ上げる。


「はっ、離せ! 貴様ら、私を誰だと思っている! かっ、金か!? 金ならいくらでも……」

「金なんかいらないわよ。めんどくさい。ノワール、こいつ身ぐるみ剥いでそこの木に吊るして。エルフラウは看板作って。「このカジノオーナーは自分の店で勝った客を後で襲う悪徳商人です」ってね」

『了解』

「わかりました」


 ゴールドマンは真っ青になった。そんなことをされたら同業者からは舐められ、客や支援者の信用は地に落ち、誰一人見向きもしてくれなくなる。

 そんなゴールドマンの恐怖をよそに、ノワールが無慈悲にキンキラキンの服を剥いでいく。上着からズボン、下着まで全てだ。

 素っ裸にされて泣き喚きながら逆さに吊るされていくゴールドマンを、コレットは顔を顰めて見ないようにしていた。

 ノルンの方はと言えば、落ちていたゴールドマンの財布を拾い、呆然と事の成り行きを見ていた御者に手渡した。


「ゴレム馬車の修理費はこれでお願いね」

「……いいんですかい?」


 今の戦闘でゴレム馬車のボディは傷付き、ヘコみができてしまっている。走るのには問題ないが、この仕事が終わったら修理に出さねばなるまい。そういった意味からは御者としてはありがたいのだが。


「見ていた通り、コレは襲って来たから巻き上げたものよ。罪には問われないわ」

「なるほど。ちげえねえ。強盗なら王国騎士団に連絡せにゃならねえですね」


 それを聞いたゴールドマンがさらに顔色を悪くした。強盗として騎士団に捕まれば完全に犯罪者だ。もうどうやっても商人としてはやっていけない。

 いや、ゴルドスの兵士と同じく騎士団に金を握らせ、うまく誤魔化せば……と考えていたゴールドマンにコレットの残酷な言葉が届く。


「次の町から王都の騎士団に連絡しましょう。私は国王陛下の勅命を受けている身ですから、身元を疑われることもありませんし、この強盗の証人にもなれます。どうせこの者がカジノ地下で行っていたことも報告しなきゃいけないと思ってましたし」


 それを聞いてゴールドマンは完全に絶望した。

 国王の勅命を受けるほどの者が証言したら、ごまかせるわけがない。もうどうやっても取り繕えない上に、地下に来ていた客も同業者も、自分に被害が及ぶのを恐れ、ゴールドマンの味方は誰一人いなくなる。

 財産没収の上、強制労働収容所行きは決定だ。そこで彼は気を失った。

 幸い次の町までは三時間もあれば着く。ゴールドマンは今日中にそちらの町から派遣された兵士たちにより、解放されることになるだろう。そのあとは牢にぶち込まれ、解放されることはないだろうが。


「ったく、こんなやつに貴重な私の時間が犠牲になったかと思うと腹が立つ」


 吊るされたゴールドマンを、舌打ちしながらノルンが睨みつける。素っ裸の中年男をよく凝視できるなあとコレットは変に感心していた。これが修羅場をくぐった数の差だろうか。

 まあ、ノルンの怒りもわかる。八ヶ月分の成長がリセットされたのだ。腹も立つだろう。


「さて、カルネの街へ向けて出発するわよ」


 出立の準備ができたゴレム馬車にノルンたちが乗り込んでいく。エルフラウが出来上がった看板をゴールドマンがぶら下げられた下の地面に突き刺してから、同じようにゴレム馬車に乗り込んだ。

 王国騎士団の引き取りまで、逃走に手を貸した者がいた場合、同罪にみなすと追記してある。

 まあ助けられたとしても指名手配になるわけだし、カジノも取り上げられるわけだが。どっちみち商人としては終わりだ。

 もう興味はないとばかりに、(初めからなかったが)ゴレム馬車はカルネの街へ続く街道を、履帯を軋ませて進んでいく。






 しばらくして。

 ノルンたちが立ち去った後の、街道の茂みから二つの影が現れた。


「驚いたっス。まさかこんなところで出会うとは」

「下調べに来たつもりがとんだ大物に出くわしたねぇ。で、どうするぅ?」


 二人とも顔の下半分を隠すマフラーではっきりとしないが、どちらも少女には違いなかった。ポニーテールとロングウェーブの少女だ。


「正直に言うしかないっス。ターゲットはすでに天誅を受けていたって」


 木からぶら下げられたゴールドマンの姿を見て、ポニテ少女がため息をつく。意気揚々と来てみれば、すでに仕事が終わってしまっていた。


「私たちのこと気づかれたかなぁ?」

「大丈夫じゃないっスか。隠蔽ステルスの効果とあれだけ離れてりゃ、さすがに「王冠」とはいえ感知は無理っスよ。それより早くこのことを伝えないとっス。カルネの街へ向かっているようだからヤバイっスよ」

「伝えるって、なにをどっちにぃ?」

「ゴールドマンのことは首領に、「黒」のことは副首領にっスよ。面倒なことになる前に手を打つっス」


 なにをわかり切ったことを、とポニテ少女が言い放つ。ロングウェーブの少女の方も顔を顰めつつ、ため息をついて口を開いた。


「「赤」と「黒」……確かに面倒だもんねぇ、あの二人ぃ」

「だから首領が気付く前に副首領になんとかしてもらうっスよ。まだ間に合うかもしれないっス」


 二人は顔を見合わせて互いに小さく頷くと、その場から風のように立ち去った。

 結局、彼女たちの努力むなしく、その「面倒なこと」は現実のものとなるのだが、彼女たちはまだそれを知らない。

 それを嘲笑うかのように、素っ裸の中年男がロープの下で白目を剥いて揺れていた。










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ