☆001 カジノシティ。
「ふわ……」
「ここがゴルドスの都です」
夕闇の中、魔光石によるネオンのような光が街中を照らし出す。めくるめく光彩陸離の光を受けて、ノルンはポカンと口を開いていた。
魔光石は水につけると発光するという性質を持つ。これを利用し、細かく砕いた魔光石を細いガラス管に入れて、水を流すことで発光させ、看板などに使用しているのだ。
どこもかしこもキラキラしていて目が痛い。看板はホテルやら酒場やら、色街そのものといったものがやたら目に付く。普通こういった店は表通りに並ばないものだが……。
「カジノでお金を儲けた人たちに、ここで落として行ってもらおうってことでしょう。ここは中央区へ直接続く通りですからね」
「中央区?」
「カジノ街が集まっているところですよ。金と運、情報と欲望の渦巻く地上のパラダイス……って宣伝文句があるくらいで」
コレットの説明に通りの先を見上げると、坂の上に一際キラキラとした門が見える。あれが中央区への入口なのだろう。しかし趣味が悪い。
「ずいぶんと景気の良さそうな都ね」
「見かけだけですよ。外周区に行ってごらんなさい。夢破れた人たちが飢えと病に苦しんでいますから」
賭け事である以上、勝者がいれば敗者がいる。金が動くということは、誰かの懐が増え、誰かの懐が減るということだ。それを承知の上でギャンブルに手を出したのだから、自業自得とも言える。
そういった敗者がスラム街に集まるのもまた当然とも言えた。
「さて、どうします? お姉さんのエルカ博士なら、雇いたい金持ちは山ほどいると思いますが」
「そうね。とりあえずはその中央区とやらに行ってみましょう。誰か目撃者がいるかもしれないし。行くわよ、ノワール」
『了解』
歩き出した主に付き従い、ガチャガチャと音を立てながら、小さな黒騎士がついていく。
それを見ながら、この黒騎士が世界を揺るがすほどの力を持つ「王冠」だとは、とても思えないとコレットは改めて感じた。
クラウン・シリーズはその使い手に大いなる代償を求める。ノルンの場合、身体の時間であり、使えば使うほど若返っていく。
ある意味では羨ましい限りの代償だが、能力を使い過ぎて、幼児にまで逆行してしまうなんてことも充分にありうる。
事実、ノルンの見た目は6歳くらいの少女のそれだ。しかし、実年齢は14歳だという。ということは、8年もの時間を喰われていることになる。
人生の半分以上を奪われていると考えると恐ろしいことだ。
「なにしてるの? 行くわよ!」
「はいはい。行こう、ハヤテ」
コレットが歩き始めると、紫の忍者ゴレムが小さく頷いて彼女の後をついてくる。二人と二体は坂を登り、キンキラキンの門の前まで来たが、そこに居た門番に引きとめられ、通行料を請求された。
「お金とんの!?」
「当たり前だろう。知らんのか?」
驚くノルンに、なに言ってるんだこいつ、という表情で返す門番。
それに対し、ノルンにコレットがこそっと耳打ちする。
「ここから先はカジノ街ですから、カジノへの参加料みたいなものなんですよ」
「別にカジノをする気は無いんだけど」
ぶすっとした表情でノルンが答えるが、そうは言っても払わないわけにはいかない。
コレットが財布から全員分(ゴレムも含む)の通行料、銀貨三枚を払った。ちゃっかりと大人一人、子供一人の金額ではあったが。
門をくぐるとネオンと照明が彩るドーム状の建物がいくつもあった。こちらもキラキラと光り輝き、闇夜の中に浮かび上がっている。白亜の壁に色とりどりの光が映しだされて、眩いばかりに煌めいていた。
「派手ね……。目が痛くなりそう」
『直視、視力危険』
ノワールが注意を喚起してくる。
見回すと辺りにはゴレムを連れた金持ちや、その用心棒のようなゴツい男たち、また、金持ち目当てに色気を振りまく女たちなどがやたら目に付く。
「金と運、情報と欲望の渦巻く地上のパラダイス」ってのは、あながちハズレでもないようだ。
「とにかく入ってみましょう。なにか知っている人がいるかもしれません」
「そうね」
コレットに促されて、手近なドームの中へと主従二組が入っていく。
入口から伸びる赤絨毯を踏んで、ドームの中をまっすぐ進むと、やがて開けた場所に出た。吹き抜けの空間に、眼下では様々なテーブルで様々なギャンブルが繰り広げられている。天井には絢爛豪華なシャンデリアと、会場の隅には酒を飲むためのカウンターなどが見える。雑多な人たちが入り乱れ、賭け事に興じていた。
「とりあえず聞き込みをしてみましょう」
コレットの言葉に従い、手分けしてそこら中の客に聞いてみるが、めぼしい情報は入ってこない。正直、大半が賭け事に夢中になっているか、酔っ払っているかで、まともな情報が手に入らなかった。
「あーもう! 目を血走らせて、こっちを見やしない! ったく、金の亡者どもめ!」
ドン! と、バーカウンターでノルンが炭酸水を飲み干したコップを叩きつけた。
「まあ、そういう場所ですからねぇ……」
苦笑しながらコレットが果実水を傾ける。
実際まともな情報はなかった。この中央区には幾つかのカジノドームがあり、それぞれのオーナーが違うということぐらいだ。
このドームの中には金持ちも多く、そういった輩は、大概ゴレムをボディガードとして引き連れている。当然、そのゴレムが暴れたりした時のために、ドームの警備にもゴレムが使われていた。
ならゴレムを入場させなければいい、となりそうなものだが、オーナーの意向で許可されているらしい。
ゴレムを持っている、ということはそれだけでひとつの財産を持っているとも言える。たとえ素寒貧になっても、ゴレムを担保にすればすぐに金を貸してくれるだろう。むろん、それで負ければゴレムも失うことになるが。
「ここには二種類の人間しかいないわね。金をばら撒く金持ちと、金を得るために金を使う馬鹿」
「一概に馬鹿とは言えないんじゃ?」
「あれが?」
ノルンが視線を向けた先には、勝負に負けた痩せぎすの男が対戦相手の太った男にしがみつき、縋るように言葉を並べ立てていた。
「待ってくれ! もうひと勝負だけ頼む!」
「頼むも何もお前はもう賭けるものが無いだろうが。おいディーラー! こいつをつまみ出せ!」
黒服を着たディーラーの男が目で合図すると、警備のゴレムが負けた男の襟首を掴み、外へと引きずっていく。
金が無くなりゃ客じゃないってことなのだろう。遠慮も躊躇もなかった。
「所詮、ギャンブルなんかで儲けようなんて考えが甘いのよ。こんなところで無駄な時間を費やすくらいなら働けって話」
「でも、ある意味ここのオーナーはギャンブルで大成功したと言えますね。そうそう、ここのオーナーは一風変わったゴレムを持ってるそうですよ」
「変わったゴレム?」
ぴく、とノルンの眉が上がる。探している人物は超一流のゴレム技師であり、比類なきゴレム馬鹿である。そんな珍しいゴレムを放っておくはずがない。
「どんなゴレムなの?」
「なんでもキンキラリンの黄金のゴレムらしいです。たぶん「オーダーメイド」でしょうね」
「悪趣味ね」
「ファクトリー」は工場産、「レガシィ」は発掘品のゴレムを指すが、さらに、「オーダーメイド」という種類もある。その名の通り、注文された内容にそって、ゴレム技師が組み立てたゴレムのことだ。
「レガシィ」をベースに外観や装備を造り直すこともあるし、工場を通さず、ゴレム技師が一から組み立てることもある。もっともその場合は「能力持ち」になることはないが。
使い手の好み通りに造り変えることができるが、一流のゴレム技師に頼むことになるので、かかる費用がとんでもない金額になる。オーダーメイドのゴレムを持つことは金持ちのステータスとも言えた。
「まさかと思うけど、その金ゴレム、うちの馬鹿姉が造ったやつじゃないでしょうね……」
「さあ、それはなんとも。ただ再生しただけかもしれませんよ?」
どっちにしろ他に手がかりは無いのだし、当たってみるしかない。とは言え、どうしたら会えるのだろうか。
カウンターの奥にいたバーテンダーをつかまえて尋ねてみる。
「ちょっと聞きたいんだけど。ここのオーナーってのには、どうやったら会える?」
「オーナーでございますか? 一般のお客様にお会いすることはまずないと思いますが……」
「と、いうことは上等の客なら会うってこと?」
「このフロアはいわゆる普通のギャンブルが行われるカジノですが、ここよりもレートが高く、特別なギャンブルが行われるフロアが地下にございます。そこならばオーナーとも会えるとは思いますが……」
バーテンダーが笑顔を崩さず説明する。別に秘密というわけでもないらしい。誰でも入場料を払えば入れるのだろうか。
「地下のフロアは会員制となっておりまして、会員になっていただければ誰でもお入りになられます」
なるほど。一回払えば次からは払わなくてもいいわけだ。横で話を聞いていたコレットが口を挟む。
「で、その会員になるにはいくら出せばいいんですか?」
「はい。王金貨一枚になります」
「「王金貨!?」」
ノルンもコレットも絶句する。
先ほどここに入場するために払ったのは銀貨三枚。あれだってかなりの金額だ。高級料理店にいけばそれなりの食事を食べられるくらいの金額である。
青銅貨から始まって、青銅貨十枚で銅貨一枚、銅貨十枚で銀貨一枚、銀貨十枚で金貨一枚、金貨十枚で白金貨一枚、白金貨十枚で王金貨一枚、となる。
つまり、王金貨一枚は青銅貨十万枚。ちなみに青銅貨一枚あれば、普通にパンひとつくらいは食べることができる。今ノルンが飲んだ炭酸水だって銅貨五枚する。まあ、こういったところでの金額は割高になるものだが。
「ぼったくりもいいところね……。ギャンブルするのに王金貨一枚なんて信じられないわ」
「それをポンと払える人だけが地下のカジノへ行けるということなんでしょうね。どうします?」
うーん……と、考え込んでいたノルンだったが、やがて自らの膝を叩くとカウンターの回転椅子から飛び降りた。
「あんまり気が進まないけど、正攻法でいくわ」
「正攻法……って」
「王金貨一枚分、ここで稼ぐのよ」
「赤、14。おめでとうございます」
賭けたノルンの元に36倍のチップが返ってくる。
このチップはこのフロアで一番高いチップで、一枚が金貨一枚に換金される。王金貨一枚は金貨百枚。そのうちこれで36枚が手に入ったわけだ。
「当たった……」
ルーレット台の横で見ていたコレットが呆然として呟いた。元金の金貨一枚はコレットが出したものだ。全財産の半分以上だが、倍にして返す、と金を借りる定番のような言葉を吐かれて、ノルンに無理矢理脅し取られた。
それをためらいもなくルーレットの一点賭けをするもんだから、ものすごく焦ったのだが、結果はこの通りだ。
「はい。チップ二枚。倍にして返したわよ」
「え? ああ、はい」
返されたチップを受け取る。これでノルンの手元には34枚。
ディーラーが手元のベルを鳴らす。次のゲーム開始だ。周りの客が次々とベットしていく。
するとノルンがまたしても10枚を、黒の20へとベットした。全部賭けなかったのはここでの上限が白金貨一枚分だったからである。
それを見てコレットも黒の20へ一枚だけチップを賭けてみることにした。外れたところで元金の金貨一枚分は残る。
同じところに賭けたコレットをチラッとノルンが見たが、特に何も言わなかった。
ディーラーがホイールを回転させ、玉を投げ入れる。追加でベットする者やベットの変更をする者はいない。そのうちにベット終了を告げるベルが二回鳴り響いた。
回転するホイールの中を白い玉が逆回転で転がっていく。
やがて勢いが落ち、カララン、と乾いた音を立てて、ひとつの番号の下に玉が落ちた。
黒の20。
またしてもノルンの大当たりである。ディーラーを含めた彼女以外の全員が息を飲む。36倍、360枚のチップがノルンの手元に、36枚のチップがコレットの手元に押し出されてくる。
これでノルンの全チップは384枚。王金貨一枚どころか四枚近くをたった二回で稼いでしまった。
「さ、地下のカジノへ行くわよ。ノワール、それ持ってきて」
『了解』
ジャラジャラと袋にチップを入れて、ノルンたちは換金所へと向かう。慌ててコレットとハヤテもチップを持って後に続く。
ポカンとそれを見送るギャラリーたち。コレットはノルンに追いつくと、他の者には聞こえないように小さな声で尋ねた。
「ノルンさん、さっきのアレって何したんです!? どこに玉が落ちるかわかってたんですか?」
「わかるわけないでしょうが、そんなの。アレは私の賭けたところに玉が落ちるようにノワールが操作したのよ」
「ど、どうやって!?」
歩きながらノルンがコレットに説明する。
「いい? あのルーレットはあそこで何回も何回も回ってたわけでしょ? ってことは、黒の20が出たこともあるはず。だったらその時間の盤とちょっとだけ入れ替えればいいじゃない」
無数にある時間軸や平行世界から望んだものを移動させる並列存在移行。黒の王冠であるノワールの能力だ。
「やっぱりイカサマですか……」
「おっと、あんたも同罪だからね。文句は言えないはずよ」
「言いませんよ。それより能力使っていいんですか? 反動があるんじゃ?」
「そうね。たぶんだけど二ヶ月くらい巻き戻ったんじゃないかしら。はぁー……「時は金なり」ってこういうことかしら」
違うと思う、とコレットは思ったが突っ込むのはやめた。
ノワールの能力は使うたびに、使い手であるノルンの身体の時間を巻き戻す。それが王冠の使い手としての代償であった。
旅の途中、さらに能力を使うためにはある条件が必要だと聞いたが、教えてもらっていない。なんでもかんでも万能というわけではなさそうだ。
さっきのはその条件に当てはまったのだろうが、いったい何が条件だったのかコレットにはさっぱりわからなかった。
換金所で現金に変えてもらい、王金貨一枚を払って、VIPフロアの会員証を発行してもらう。会員一人につき、三名の随伴者が許可されているので、コレットの分は払う必要はなかった。
重厚そうな黒い革張りの扉の前に立つ、これまた黒い服の男たちに会員証を見せると、重いその扉を開けてくれた。赤絨毯が地下へと緩やかなカーブを描き、スロープになって続いている。
黒服に先導されて進んで行くと、やがて明るい光が差し込み、そこには上のフロアよりも小さいが、一層キラキラした空間が広がっていた。
客はほとんどが高そうな服を着て、派手な女と屈強なボディガードを侍らした金持ちだ。中には女もいるが、やはりギラギラとしたネックレスや指輪を身につけた、香水のどぎつい金持ち夫人といった感じである。
そんな客よりも目を引いたのは、すり鉢状になった中心に設置された、大きな闘技場だった。
戦っているのは二人。いや、一人と一体か。片方は六本足のライオン型ゴレム。勇敢にもそれに立ち向かうのは可憐な少女だった。
切り揃えられたショートカットの菫色の髪に翡翠の双眸。両手に長剣を構え、ボロボロに擦り切れたチュニックを纏っている。首には黒い首輪がつけられていた。
襲いかかるライオンゴレムの攻撃を、少女は右に左に躱していく。
それを見ながら観客がエキサイトして口々に叫ぶ。
「三分だ! 三分もったら死んでいいぞ!」
「五分は粘れよ! 白金貨五枚賭けてんだからな!」
どうやら少女が殺される時間で賭けをしているらしい。しかも笑いながら、だ。ここにいる全員、賭け自体はどうでもいいのだ。無残に少女が死ぬ瞬間を見たいだけ。賭け金はヤジに参加するためだけの料金でしかない。観客席サイドに設置されたボードには賭けた時間とオッズが出されているが、どれもこれも十分ももたないと予想していた。
「どいつもこいつも虫酸が走るわね。ちょっとダブルメロン。あんたの国じゃこれって合法なの?」
「ダ、ダブルメロンってなんですか!? コレットですよ!」
たわわに実った二つの果実をかき抱きながら、コレットが訂正する。
「……闘技場での戦いに賭けること自体は違法ではないです。ですが、あの子……たぶん奴隷でしょうが、ああいった奴隷でも人を殺すことは禁じられています。あくまで闘技場での戦いは試合であって、殺し合いではないのですから」
「ならこいつらは、違法と知ってながら、賭けてるってわけね……。ますますもって人間のクズってわけか」
ノルンの目が細められる。コレットはあの顔に見覚えがあった。王都で辻斬りをしていた犯人、ザレムへと向けた表情。
たぶん、いや確実に怒っている。闘技場を見下ろしながら腕を組み、苛ただしげに爪先が床を叩いている。
この都は王国騎士団が直接ではなく、騎士団から派遣された兵士たちが治安を守っていると聞いた。しかし、それも怪しいものだとコレットは思う。職務怠慢どころか、カジノ側から袖の下でも貰っている可能性が高い。このことを別の街から騎士団に知らせる必要があるとコレットは考える。
客席からおおっ、と興奮した声が飛ぶ。闘技場で逃げ回っていた菫髪の少女が片方の剣を弾き飛ばされ、隅の方へ追い詰められていた。
少女はライオンゴレムから目を逸らすことなく、残った剣を構えるが、その剣は中ほどからポッキリと折れていた。
「よし! やれえっ! もらったあっ!」
「馬鹿野郎、抵抗せんか! あと一分だけ死ぬんじゃないぞ!」
腐った奴らの声に従うように、ライオンゴレムが一気に少女に襲いかかる。誰しも少女の命がここで尽きると思っていた。
「加速」
ガキィン! と金属音が響き渡る。ライオンゴレムの牙を受け止めたのは幅広の剣。それを握るはどこからか飛び込んできた小さき黒騎士。菫色の髪の少女が驚きに目を見張る。
「やっちゃえ、ノワール」
『了解』
ノワールは剣を手放すと、素早くライオンゴレムの懐に潜り込み、土手っ腹に拳をめり込ませた。ライオンは口を開き、ノワールの剣を取り落としながら、横倒しに倒れる。剣を再び手にして、ノワールはライオンの喉笛に剣を突き立てた。
正確にエーテルラインと呼ばれる、ゴレムにとって神経に当たる情報伝達路を断ち切る。ここをやられてはゴレムの頭脳「Qクリスタル」からの命令が、動力源である「Gキューブ」へ届くことはない。
突然の乱入者に観客から罵声が浴びせかけられる。
「誰だ! いいところを邪魔しおって!」
「いったい誰のゴレムだ! 無粋極まる!」
馬鹿のように騒ぎ立てる観客を無視して、闘技場にノルンが飛び降りる。
「えっ?」
三メートルはあるというのに、なんなく着地してしまったノルンを驚きの目で見るコレット。「王冠」の契約者は常人ならざる力を手に入れると噂では聞くが、身体強化の能力でも身につけているのだろうか。
そう言えばここまでの旅で、ノルンがあまり疲れた様子を見せたことがないということを、今更ながらに思い当たった。やはりなにかあるのだろうか。
「守衛のゴレムを出せ!」
「あのガキを痛めつけろ! そこの黒いゴレムと奴隷のガキも合わせて殺……」
「ノワール。「武器召喚」。No.07「コペルニクス」」
『了解』
ノワールの手の中に砲身が長く大きな大砲が一瞬にして現れる。それを脇に抱え、ガシャンッ! とレバーを引くと、魔力が装填されて発射準備の完了を示す緑のランプが点灯した。
「ぶっ放しなさい」
『了解』
ためらい無くノワールは地下闘技場の奥の壁へ向けて魔弾砲の引鉄を引いた。
ドゴォォォンッ! と轟音が鳴り響き、壁が大きく抉られ、瓦礫と化した石がガラガラと崩れ落ちる。ちなみに本来の威力の1%も出していない。
だが、効果は覿面だったようで、さっきまでぎゃあぎゃあ騒いでいた観客が、水を打ったようにシーンと静まり返っていた。
「文句ある奴はここに降りて来なさい。相手になるわよ」
腕を組み、仁王立ちになりながらノルンは観客へ向けて言い放った。