☆011 黒の、王冠。
「なんだと……?」
「そんなくだらない理由で自分のゴレムを苦しめたわけ?」
ノワールがザレムの後ろに立つパラディンに目を向ける。ヒュオオオオオ……と低い駆動音が、パラディンから漏れていた。それを聞きながらノワールが小さくつぶやく。
『……悲嘆、慟哭……』
同じゴレム同士、ノワールには何か感じるものがあるらしい。そしてそれは相棒であるノルンにも伝わってきた。
「ゴレムにも心があるのよ? 同胞を手にかけてまで強くなりたいなんて、その子は望んじゃいない」
従う者と従える者。どこまでいってもゴレムという存在は、人の使役する存在でしかない。しかし、ゴレムには心があるという技師たちもいる。心を通わせたゴレムだけが、限界を超えた力を引き出せるのだと。
「なにを訳のわからんことを……。使い手である私が望んでいるのだ! ゴレムは従って当然!」
「……あのハゲでさえ自分のゴレムを相棒と考えていたのに、アンタはゴレムを道具としてしか見てないようね」
傲慢に言い放つザレムに呆れたように少女は息を吐く。
「アンタ……ものすっごくムカつくわ」
ノルンは意思疎通ができるノワールと共にいることから、ゴレムにも意思があると考えているのではない。よく観察すればわかるのだ。そのゴレムの行動、反応、仕草からいろんなことが。
確かに工場のゴレムにはあまりそういうところは感じられない。しかし、古代機体ならそういったものがあるはずなのだ。少なくとも、自分のパートナーに気を使って、注意深く観察していればわかるはずだ。ところがこの男はそれさえ気付いていない。
「ゴレムは仲間よ。私たちと共に生き、助けてくれるパートナー。そのパートナーの気持ちのわからないアンタに、ゴレムの使いの資格はない!」
怒りを込めた少女の言葉に、ザレムが苛立つように舌打ちをする。
「ゴレム使いの資格だと? そんなもの……私には必要ないッ!!」
上にかざしたパラディンの右手に、巨大な氷の槍が作られた。能力で作られた氷は、鉄よりも硬い硬度を持つ。
その槍を振りかぶり、パラディンは橋の上で氷に縫い付けられているハヤテへと放った。
「ハヤテ!!」
自らの相棒が串刺しになるのを覚悟したコレットに、少女の小さな声が届く。
「加速」
ガキャァァァァン!! と、一瞬にしてハヤテの目前まで移動したノワールが、氷の槍に剣を振り下ろし、見事に粉砕する。
「むっ!?」
その尋常ならざるスピードにザレムが目を剥く。まるで瞬間移動でもしたかのような速さだった。あれは単純な脚力が生み出すスピードではない。
「貴様のゴレムも古代機体だったか。力を隠していたな?」
「アンタみたいにひけらかすのは好きじゃないのよ」
腕を組んだまま、微動だにせずにザレムを睨みつけるノルン。その横で突然のことに絶句して佇むコレットの姿があった。
いや、確かに会話機能といい、人間臭い仕草といい、工場生産のゴレムではないと思ってはいたが、「能力持ち」であるとは思っていなかった。
八百屋での戦いでも能力を使うことはなかったし、会話機能や、小さな機体から、そこまでの性能だとは見抜けなかったのである。
「面白い! 貴様も我が糧となるか!!」
ニヤリと笑うザレムに対して、それを馬鹿にするような笑みを返しながら、ノルンははっきりと拒絶の言葉を口に出す。
「やなこった」
再びノワールが主人であるノルンを護るように前に立つ。
「ノワール! 並列存在移行! 及び、時間軸固定!」
『了解』
ブンッ、と音がして、ノワールの姿が三つに分かれていく。それぞれが違う動きでちゃきっ、ちゃきっ、ちゃきっ、と剣を構えた。
「なにっ!?」
驚くザレムを無視し、三体のノワールが一斉にパラディンへと駆け出す。今度はさっきほどの超スピードではない。この黒騎士の能力は、さっきの超スピードではないのか? 疑問を浮かべつつも、ザレムは襲いかかってくるノワールたちを見比べた。
「くっ……! 分身か!? 幻か、残像……本物はどれだ!?」
「残念」
ノルンの発した声と同時に、ガガガァン!! と、パラディンの頭部、脇腹、肩にそれぞれ攻撃が加えられる。
「全部本物」
「ど、どうなって……?」
ザレムと同じように目を見開き、驚きのあまり掠れた声しか出ないコレット。
それを横目で見ながらノルンが首を傾げる。
「んー……説明するの難しいんだけど……。時間軸の違うノワールを別個に固定して、その存在を持続させているのよ。違う時間・違う世界のノワールをこっちの時間に借りてきてる……って言った方がわかりやすいかな」
歩いている人間がいたとする。1秒前には1m後ろ、1秒後には1m前にいたり、いることになる。さらに言えばそれ以前にも時間軸の分岐点はあり、様々な平行世界が存在する。
この平行世界の存在を現在の時間軸へ移動。移動させた段階で、未来は変わり、過去もまた切り替わる。それに連なる様々な平行世界の存在を呼び出す能力。それが並列存在移行。そしてその存在をこの世界に一時的に固定するのが時間軸固定。
「時間制御……!? バカな! そんなことができるゴレムなど……!! ま、まさか……!」
「この子名前はクロノス・ノワール」
三体のノワールのうち、二体が消えていく。もはや目の前で起こっていることに現実感を見い出せなくなっているザレムへ、ノルンの声が届く。
「司るは時の歯車と異界の門。黒の「王冠」よ」