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クロノクラウン  作者: 冬原パトラ
第1章 ゴレムと王冠。
1/22

☆001 王都、到着。


 ガタゴトと駅馬車が街中を進む。

 古めかしい石畳の上を進むたび、10人ほどは客を乗せられるであろうボックス型の車体が小刻みに揺れた。

 商店が並び、賑わう大通りを抜けると、やがて中央に噴水が設置された大きな広場にたどり着く。

 広場にいる人々の邪魔にならないような場所を見つけると、御者は馬を停めた。ここが終点。街から街への長い道程みちのりもここで終わりである。髭をのばした三十路過ぎの御者が、長い間縫い付けられていた御者台から降りると、中の客を降ろすために車両の扉を開いた。


「……?」


 なかなか降りてこない客を訝しんだ御者が、車内を覗き込む。薄暗い車内にその客の姿を見つけると、彼はなんともいえない表情になった。

 そこには座席にだらしなく座り、緩んだ顔で眠りこける一人の少女がいた。なんとも幸せそうに、にまにまと、取りようによっては不気味な笑顔を浮かべている。

 年の頃は6歳くらいか。銀髪で長めの髪を両肩から前に流し、透明感のある立方体の髪留めでふたつ結んでいる。黒を基調にした、控えめなフリルやリボンで飾られたシックな衣装はどこか上品そうな雰囲気を醸し出してはいたが、その上に乗る間の抜けた寝顔が見事にそれを打ち消していた。


「嬢ちゃん。おい、嬢ちゃん」

「んあ?」


 御者の呼び掛けに寝ぼけた返事が返る。ゆっくりと瞼が開き、翡翠色の瞳が車両の扉から覗き込む御者を捉える。トロンとした目つきで少女はしばし御者を見つめていたが、また静かにその瞳が閉じられていく。


「ぐう」

「寝るなッ!」


 再び眠りの世界へ旅立とうとする少女を御者の声が引き留める。


「ったくグースカ寝やがって。起きろ、着いたぞ!」

「…着いた? どこに?」

「終点だよ、王都シルエスカ。到着だ」

「おお」


 少女は御者のその声に目をしぱしぱさせていたが、やがて身を起こすと馬車の外に出て、大きく身体を伸ばした。変な態勢で寝ていたためか、身体のいたるところが軽く痛む。少女は大きく深呼吸するとあらためて周囲を見渡した。

 その広場は煉瓦作りの家並みが円形に取り囲み、放射状に通りがいくつか伸びていた。中央の大きな噴水の周りにはいくつかの屋台が並び、肉の焼ける匂いや甘い果物の香りがここまで漂ってくる。そこは様々な人々が行き交い、憩いの場としての賑わいを見せていた。

 遠く街並みの奥には白亜の城が見える。ここストレイン王国の王城であろう。真白き城壁と真紅の屋根が、その後ろに広がる青空にとても良く映えて見える。


「ほら、早く荷物下ろしてくれよ」

「おっと」


 しばしぼんやりと景色を眺めていた少女が御者の呼びかけに我に返る。


「ノワール、荷物を」

『了解』


 少女の声に馬車の奥から機械的で無機質な声が応えた。ゆっくりと現れたその声の主は、馬車を降り、その身を太陽の下に晒す。

 その姿はさながら全身鎧の騎士である。漆黒の鎧を身にまとい、腰には幅広の剣を下げ、首元には石畳に届きそうなほど長く白いマフラー。

 が、騎士にしては小さい。小さすぎる。背丈は呼びかけた少女よりも低く、子供が鎧を着込んでいるかのようだ。身長1メートルほども無いだろう。


「またちっこいゴレムだな。嬢ちゃんのかい?」

「そうよ」


 ゴレム。それがこの黒騎士の正体である。使い手の意志に従う機械仕掛けの自動人形。古代王国に誕生を発する先史文明の遺産。


 ノワールと呼ばれた黒騎士ゴレムは荷物をひょいと頭の上に乗せ、ガッシャガッシャと少女のもとへ歩いていく。ゴレム自体は珍しいものではないが、ここまで小さいものは珍しい。また、言葉を発するタイプも珍しい。

 御者の男は小さな黒騎士を興味深けにながめていたが、ふとあることを思い出す。


「おっと、そうそうこの街でゴレムを連れて歩くなら気をつけなよ」

「?」


 御者の言葉に少女は小さく首をかしげる。


「最近この辺りじゃゴレム使いを狙っての辻斬り事件がたびたび起こっているらしいからな。腕に覚えのある奴を狙っての犯行だって噂だが……」

「辻斬り……?」


 なんとも物騒な話だが、そういった類の輩はいつの時代にもいるものである。己の力を誇示するためか、金品を狙ってのことか、それともまた別の理由があるのか…。どちらにしても迷惑なことに変わりはない。

 少女──ノルン・パトラクシェはわずかに眉をひそめる。王が治める御膝元、そこで辻斬りが横行しているとは。警備兵や王宮騎士団は何をしているのか。イラッとはしたが、どうしようもない。そんな彼女を見て御者の男が軽口を叩く。


「ま、嬢ちゃんみたいにちっこい子供は相手にされないだろうから安心だな」


 そう言って髭の御者は馬鹿にしたような笑いを浮かべた。

 触れられたくないコンプレックスに、無神経に踏み込まれたノルンのこめかみがピクリと動く。カチンときた。


「ノワール……やっておしまい」

『了解』


 機械音声の返事を返しながら、小さい黒騎士は腰から幅広の剣を抜く。太陽の光に鈍色の刃がキラリと光る。


「へ?」


 御者の男が間抜けな声を出すと同時に、黒騎士は石畳を力強く蹴り、上空へと飛び上がった。頭上に振りかぶった剣を、そのまま眼下の馬車に振り下ろす。ドンッ! と轟音が広場に響き、見事に馬車が真ん中から真っ二つになった。


「うおわ────ッ!?」


 御者の男の叫びに、広場に集まっていた鳩が一斉に飛び立つ。それを横目に少女は何もなかったように黒騎士を連れて、野次馬が馬車に集まる中を逆行し、大通りへ向けてスタスタと歩いて行く。ムスッとした表情で前を歩く少女に、荷物を頭に乗せた小さな黒騎士がぼそりと呟いた。


『短気、修正』

「うるさい」









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