紅月
華火大会の夜。最初で最後のキスをした夜から彼らは毎日会った。
会って話した。それだけで十分なくらい、充実した日々だった。
だって、これすらもいつかは出来なくなるのだから。
最初で最後のキスをした夜から五十九日後。
9月15日。
すでに季節は秋に成り代わったが、相変わらずベランダでの奇妙な関係は続いていた。
その間も、彼女の状態は決して良いものではなかった。
大輔の前でも堪えきれず咳き込んだりした。
それでも、彼女は毎日大輔に会いにきた。
彼女の言うとおり、彼女にはそれしかないからだ。
その日の前日も、彼女は大輔と話をした。
・・・『ねぇ、知ってる。』
彼女が、話を始めた。
『何の話。』
『月がなんで紅いのか知ってる。』
本で呼んだことがあった。
月が紅いのは、実は目の錯覚で本当は黄色く見えるはずだが、この国で見ると太陽の光が反射して紅くみえるそうだ。
『うん、知ってるよ』
『そう、でもね私最近本当の理由を見つけたんだ。』
『本当の・・・理由。』
『うん、それはね思い出を忘れないため。
黄色の光は、余計なものまで照らしすぎちゃうでしょ。
でも紅い月なら、思い出したいことだけ思い出させてくれる気がするの。
だから・・・。』
大輔がそれ以上は喋らせなかった。
彼女が、自分が死んだ後の世界について話すのが許せなかった。
今、生きている沙耶香を見ているのは自分なのに、もう沙耶香のいない世界の話をするなんてずるすぎるのだ。
確かに彼女はその日生きていた。
そして、その話を大輔が遮ったところでその日の話は終わった。
彼女からしてみれば最期のお別れがしたかったのかもしれないと後々思う。
でも、大輔はお別れなんて許さなかった。
その次の日、大輔はいつもどおり学校へ行った。
そう、何も変わらないのだ。
今日の夜も、いつもの場所で彼女が待っている。
家に戻ったのは、午後5時をすこし回ったころだった。
母親が、喪服に着替えて色々と準備をしていた。
嫌な予感が頭をよぎり、母親に問いただした。
『何してるの。』
『お隣の朝日奈さんの娘さんが亡くなられたそうよ。
私はお通夜に参列するから、晩御飯は一人で食べてね。』
大輔はその言葉を受け止められなかった。
沙耶香が死んだ。
大輔の頭の中ではその言葉だけが、グルグルと回っていた。
『僕も・・・行くよ』
『えっ、別に構わないけど』
それ以上問いたださないのが、大輔の親だった。
夜7時、沙耶香のお通夜に参列した。
でも、お焼香の列には並べなかった。
彼女の顔すら見えなかった。
その日が金曜日でよかった。
次の日、葬儀にも参列した。
でもやはり、お焼香の列には並べなかった。
席の一番後ろの方で、俯いていることしか出来なかった。
最期のお別れとでも人は呼ぶのだろう。
でも、大輔はそれをすることが出来なかった。
結局そのまま夜を迎えてしまう。
思い出すように、自分の部屋へと入りベランダに向かう。
そういえば、最期に話した夜も紅い・・・紅い満月が輝いていた―――。




