大華火
すべてを知ったあの夜から、大輔はベランダに行くことをやめた。
やめたというより、恐れているのかもしれない。
でも気づいている、沙耶香があの言葉のとおり毎日待っていることを。
このままではいけない。
自分の気持ちがわからなくなってしまっている。
今の大輔にはしばらく一人で考える時間が必要のようだ。
でもこのままではいけないことはわかっている。
あの夜から三日たったその日、大輔は手紙を書いた。
今の気持ちを正直につづった手紙だ。
『正直、僕はわからない。
君の言ったことが本当だとしたら、僕はどうすればいいのか。
今の自分の気持ちすらわからなくなってきた。
だから、少しだけ時間がほしい。僕がおびえず君を好きといえるようになる時間がほしい。』
書いているうちに涙で便せんが濡れた。
その涙だけで大輔の気持ちは十分に伝わるだろう。
そして、短くも大切なその手紙を大輔はそっと、沙耶香の家のベランダに置いた。
その夜も大輔はベランダに行かなかった。と、いうより行けなかった。
でも、彼の心のなかで決意は固まり始めている。
七月十七日。この日は近くの神社の夏祭がある日だ。
そして、同時に大華火大会の開かれる日なのだ。
大輔も毎年、友人たちとその日を楽しみに待っていた。
でも今年は違う。大輔は、友人の誘いを全て断った。今年は祭りを楽しむような気分じゃなかった。
そして、決めた。この日が決断の日だ。
やってきた。七月十七日という運命の日がついにやってきてしまった。
彼は、学校から帰ると準備をした。もちろん心の。
夜八時、彼は神社に行った。決して遊びにいくのではない。
生きて来年を迎えられるかわからない彼女のためにたこ焼やカキ氷、焼きそばなどを買いに行くためだ。
一通り欲しいものを買ったころには、八時四十分を回っていた。
今から帰れば、九時に始まる華火大会に間に合うことができる。
彼は急ぎ足で、家へと帰ると二階へかけあがった。
時刻は九時四分前。間に合った。
沙耶香はまだ、ベランダに姿を見せていなかった。
大輔は、ベランダに出る前に深呼吸をして覚悟を決めた。
大きく叫んだ。
『沙耶香』
近所の人がビックリするくらいの声だったろうが、幸い近所の人は華火を見に行って留守だろう。
それでなくとも町内会の集まりで留守になっている。
彼女が出てきた。今からはじまるそれを人は奇跡と呼ぶのだろう。
しかし、これは奇跡じゃない。すこし前から、回り始めていた歯車で、運命なのだ。
彼女は言葉を放った。
『大輔君』
その言葉は大輔の名前を呼んだだけだった。でもそれだけではない、もっと大事な何かが詰まっていた。
大輔も言葉を返した。
『沙耶香』
もう、大輔に迷いはなかった。
沙耶香に近寄る。近寄るといってもそれはベランダの隔てての奇妙な関係に変わりはない。
『伝えたいことがあるんだ。』
小さな声だったが、同時に大きな勇気のある声だった。
『うん』
彼女も小さな返事を返した。
『僕は、臆病だ。そして無力だ。
でも、誰にも負けないものがあることに少し前に気づいたんだ。』
『うん』
『それは君を想う心。最初は下心がなかったといったら嘘になる。でも今は違う。
もしよかったら聴いて欲しい。』
『うん』
彼女の瞳はすでに潤み始めていた。
大輔の口からどちらの方向性の言葉が出ようともう彼女に決心はできていた。
そして、大輔が口を開いた。
『沙耶香・・・沙耶香が好きだ。』
それがすべてなのだ。
それ以上でも以下でもなく、その言葉がすべてなのだ。
大輔が沙耶香を好きな気持ちは何も変わらない。それが例え、後1ヶ月で死ぬ人であろうとも、後1週間で死ぬ人であろうとも、たった今死ぬ人であろうとも。
自然と二人の瞳から涙が零れていた。
二人の運命の歯車はついに止まることなく回り続け、そしてやがて崩れていく。
もしも、この先奇跡が起こるのならそれが最善の方向性かもしれない。
でも、その奇跡が起こることはまずないだろう。
なぜならそれが、運命なのだから―――。
夜空には、大きな華火が輝いていた―――。




