すべてを知った夜
あれから、何日たっただろうか?
大輔はそんなことすら忘れるほど充実した日々を送っていた。
もしあんなことになるのなら、出会った日から毎日、日々を数えていただろう。
彼女の病のことなど知らない大輔は七月に入ったことに気づいた。
あれから一ヶ月ほどたったことになる。
後二十日も経てば夏休みが始まる。
今日もいつもと変わらない夜がはじまった。
そう、いつもと変わらない夜が・・・。
『こんばんは』
9時を少し回ったころに沙耶香が顔を出した。
つられるように大輔も声を出した。
『ちーす』
今日も始まるのだ。
夜中に近すぎるベランダを隔てて始まるおかしな関係が。
ベランダに寄りかかり大輔が話をふった。
『今日ね』
『何。』
『七月に入ったことに気づいたんだ』
『そういえばもう七月だね』
それは、沙耶香の命があと一ヶ月ほどと言われるようなものだった。
そして、ついに気づいた。
『そういえばすこし痩せた』
『えっ、そうかな』
少しじゃない、この一ヶ月でさらに体重が3キロ落ちた。
『うん、絶対やせたって』
『う〜ん、ちょっとダイエットしてるかも』
女性にとってうれしいはずの言葉が、彼女には重くのしかかる。
最近は、食事もろくに喉を通らなくなってきた。
そろそろ潮時かもしれない。手遅れになるまれに、彼女は決意を固めた。
『大事な話があるの』
『えっ』
大輔はドキドキしていた。
大事な話というのは彼にとって告白を意味していたからだ。
『ちゃんと聞いてくれる』
『う、うん』
もう、止まらない。彼女の言葉の先に何がまっているかなんて誰も知らない。
『あのね』
『ちょっとまって。そこから先は俺に言わせて』
『えっ』
『俺・・・沙耶香、沙耶香が好きだ』
『えっ』
言葉が見つからない。自らの言いたかったことと彼が発した言葉が違いすぎたからだ。
そして、その言葉があまりにも取り返しの付かないことだったから。
言葉が出ない。でもお互いにわかったことがある。
沙耶香の瞳から涙がこぼれている。
それだけでお互いの気持ちを理解するには十分だった。
しばらくの沈黙の後、沙耶香が口を開いた。
『ありがとう。嬉しい。まさか大輔君の口からそんな言葉が聞けるなんて思ってなかった。
私も大輔君のこと大好きだよ。
でも・・・その前に私の話を聞いてほしいの。』
気持ちの整理をつけて、できるだけの言葉を発した。
『うん、聞くよ。』
これが、運命の歯車の最終点検だったのかもしれない。
ここで止められなければ、この歯車は最後まで回ってしまうのだろう。
『私はもうすぐ死ぬの。』
『えっ』
『詳しくは教えてくれなかったけど、私の体は重い病に冒されていてもう長くはないの』
『えっ』
大輔の口からそれ以上の言葉は出なかった。
『それでも、私を好きでいてくれる』
しばらく大輔は言葉を発することができなかった。
『ごめん。いまいち状況が理解できないや。
本当のことを言っているの』
『うん、私が冗談でこんなことを言うと思う』
彼女がそんなことを冗談で言うわけないとわかってる。でも信じられない。
彼女がもうすぐ死ぬ。そんな馬鹿なことあってたまるか。
『ごめん。今日はもう寝るよ。』
そう言って逃げるように、部屋へ入った。
その夜が、すべてを知った夜だった――。
『明日も待ってるから』
沙耶香のその言葉だけが、この夜に響いた。




