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紅月  作者: 倉岡玉由
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夜の世界

大輔が昼の世界の住人なら沙耶香は夜の世界の住人だ。

それは、彼女が望んでそうなったわけではない。

まだ大輔も知らぬ、小さいが同時にすごく大きい嘘だ。

彼女もわかっているだろう。そんな嘘はすぐにばれることが…。

それでも今は言いたくない、いや言えない。

やっと見つけた小さなつながりを壊したくない。

このままでいい。このままがいい。


彼女が夜の世界の住人になったのは約半年ほど前の出来事だった。

半年前までは彼女は両親の教育方針もあってか、私立の中学校に通っていた。

小学校も私立、幼稚園も私立だった。

それ故、今まで大輔との面識がなかったのだ。

いや正確にいえばなかったわけではない。

彼女が夜の住人になってからというもの、カーテン越しに見える大輔の姿を毎晩見ていた。

好きとかそういう感情はまだない。

でも、誰でもいいから話ができる人がほしかった。

時間がない。少しでも自分のことを知ってくれる人が必要だった。


ただでさえ人との出会いの少ないこの夜の世界。

きっと自らの望んで住人にでもならない限り、好きになることはできないだろう。

でも彼女はこの世界が嫌いではない。

それは、大輔と出会えたことが一番の理由だろう。

この世界に住んでいなかったら、もしかしたら出会えなかったかもしれない。

お互いに存在は知っていてもああして話すことはできなかったろう。


今日も、夜だけは本当の自分でいられる。

彼女は昼のうちは寝ている。

正確にいえば寝ていなければならない体なのである。


沙耶香は重い病に冒されていた。

それも、もう長くない。


本来ならば、こんなところにいてはならない。

病院のベッドの上で、点滴や治療を受け少しでも長く生きようとしなければならないのだ。

彼女はそれを望まなかった。

最後の時間を病院のベッドの上で、副作用の強い薬に苦しみながら死ぬなんていやだったのだ。

それで、半年前に退院した。

両親は娘の決断を認めてくれた。

しかし、学校に通うことは医師も両親も許してはくれなかった。

学校に通わなくなってから一度たりとも友達が来てくれたことはなかった。

初めて、友達ってこんなものなのかと思った。


退院の条件は、家の中での絶対安静だった。

それから彼女の夜の世界の生活が始まったのだ。

両親が寝始める九時頃から彼女の本当の生活が始まるのだった。

体重も五十キロあったのが、四十キロまで落ちた。

先日の医師の話では、もって後二、三ヵ月。

生きて来年を迎えることはまずできないといわれた。


大輔にもいつまでも黙っているわけにはいかないだろう。

最初の出会いから1週間ほどたったが、いまだに言い出せずにいる。

ただ怖いのだ。

本当のことを打ち明けたら、大輔は二度と会いにきてくれないのではないか。

もう、はなすことはできないのではないか。

その恐れが、彼女の口を噤んだ。

一週間の間彼女は、必死に笑顔を装った。

このほほえましい関係を壊したくない。

そんなことを考えながら、ベッドの上で昼の世界が終わるのを待った。


両親はなるべく、彼女と話さないようにしている。

会話があるのは、三度の食事のときや用件があったときぐらいだ。

長く話していると、どうしても涙がこぼれてきてしまう。

あと三、四ヶ月で死ぬ娘の顔を見ながら、ちゃんと話す自身なんて無かったのだ。

それで彼女は、話をする相手がほしかったのだ。


そろそろ、太陽が傾き始めた。

昼の世界ももう終わりだ。

もうすぐ、夜の世界がやってくる。

時針は六時を回ったところだった――。

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