昼の世界
世界が昼と夜に分けられるのだとしたら大輔は昼の世界の住人だ。
いや大輔だけではなく、大抵の人はそうなのだろう。
ほとんどの人は、朝目覚めると顔を洗い、食事をする。
食事が済めば歯を磨き、服を着替えそれぞれ違った職場や学校へ向かう。
すべてが太陽の光によって照らし出される光の世界。
人は生きるために働き、未来のために学ぶ。
しかしそんな平凡な生活を送れるのも本当はすごく幸せなことなのだろう。
現代人の多くはそんなことも忘れ、毎日を送っている。
大輔もきっとそんな人間の一人だろう。
そして今日も朝がやってきた。
大輔は目こそ覚めたものの、まだ布団に包まっていた。
どうやら早く起きてしまったようだ。
大輔は布団の中でなぜか不思議な気分だった。
まるでふわふわと宙に浮かぶかのように体が軽く、軽やかな感じ。
きっと風船に意思があったらこんな気分なんだろう。
おそらく昨日のことが頭にのこっているからだろう。
昨日眠るときもそうだったが、妙に体が軽い。
きっと新たな出会いに自然と体が喜びを感じているのだろう。
それはきっとこれから起こることを大輔の脳も心も体も予想なんてしていなかったからだ。
でもこんないい気分の日は、平日でも布団の中でゆっくりしていたいものだ。
だけど、そうもいかない。
だって大輔は昼の世界の住人だから・・・。
学校に行かなければならない。
そういえば大輔は生まれてから今まで学校をさぼったことなんてない。
『学校なんてだるい、めんどくさい、つまんない』
と、多くの若者は語るが、本当に学校を嫌いに思っているやつなんてほんの一握りだろう。
ここでひとつ問おう。
だったらなぜ学校を休まない。
それは結局口先だけってことなんだろう。
それがカッコいいわけでもない、すごいわけでもない。
ただそういう錯覚を起こしているだけなんだ。
大輔もそんななかの一人なんだろう
だから今の今まで学校をさぼったことがないのだ。
大輔は今日もいつも通りそんなことを思いながら、体をベッドから起こす。
ふと気になった。
沙耶香はどうしているのだろう。
昨日沙耶香は学校には行っていないと話していた。
だとしたらまだ寝ているだろう。
そう思いながらも大輔はサッと窓の向こう側を見たがカーテンは閉まっていた。
はぁ・・・
大輔は小さくため息を吐いた。
一階から朝とは思えないほど元気な歩美の声がする。
『大輔、起きてるの』
『うん、今行く』
大輔はそう言うと、学校指定の学生服に着替え下に降りていった。
リビングに入るとまたもや歩美の元気な声がこだました。
『おはよう、大輔』
『うん、おはよう』
大輔も朝としては精一杯の声を出したが、聞こえているかは定かではない。
もう気付いている人もいるだろうが大輔はよく『うん』をよく使う。
それはきっと『うん』が一番楽だから。
どんな問いかけに対しても、それなりで尚且つあいまに出来る。
その日の朝食は、トーストにスクランブルエッグ、ハムとサラダ。
それに大輔の大好きな牛乳だ。
さっと朝食を済ませると、大輔はテレビを見ながら歯を磨いていた。
いつもはなにかしら芸能、政治、社会でなにかしら話題があるものだが、その日は特に何も無かったようで、一週間前の殺人事件の話を昨日とほとんど同じ内容でやっていた。
テレビなんて所詮そんなものだろう。
話題が無ければただの光るおもちゃの箱。
今日もどうでもいい、犯人の過去、友人関係、性格を友人、知人、親戚とかがモザイク付きで出てきて、べらべらとあること無いことを話し始める。
歯を磨き終えた大輔はこれ以上テレビを見てもたいしておもしろくなさそうなので、部屋に戻った。
またベランダの方を見るが、相変わらずカーテンは閉まっていた。
時間は8時すこし前を指していたので、そろそろ学校へ行くことにした。
以前も述べたが、大輔は板橋区内の公立中学校へ通っている。
幸い、学校までは片道15分程度なので、この程度の時間に家を出れば、十分に登校時刻に間に合う。
大輔は登校時、誰かと一緒ということはなかった。
それは入学当初から、ずっと変わることなくそうだった。
きっと、それが、一番気楽で、尚且つ数少ない一人の時間をつくるチャンスだからだ。
決して、友達がいないわけではない。
むしろ、友達は多いくらいだ。
大輔は学校でも、まったく授業が頭に入ってこなかった。
なぜなら沙耶香のことを考えていたからである。
ほとんどの授業中彼女のことを考えていた。
休み時間中、友達と話すことはあったが、彼女とのことは一切話さなかった。
いや、話すべきではないと大輔も思ったのだろう。
そして、今日も大輔は昼の世界の生活を送っていた。
朝起きたら、適当に準備をして、学校に行く。
学校が終われば、帰宅し、塾があれば塾に。
約束があれば、約束の場所へと向かう。
そして、夕陽が傾き始めるころ、昼の世界が終わる。
月が輝き始めたら、そこはもう夜の世界だ。
たくさんの星の輝きはなくとも、月だけはしっかりと輝いてくれる。
しかし、月は所詮、太陽の光を受けて輝いているだけだ。
でも余分なものまで照らす太陽とは違い、月は、必要なものだけ照らしてくれる。
だからこそ、夜の世界には月が必要なのだ。
こうして、今日も昼の世界は廻り続ける。
そして、この先どんなことがあろうとも、大輔と沙耶香が昼の世界を一緒に生きていくことはないだろう。
大輔が、夕刻、家に帰るころ、昼の世界は終わりを告げていた。
そして今日も、紅き月が輝くのだろう。




