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紅月  作者: 倉岡玉由
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夜とのデス・マーチ

紅く染められた雲、傾きかけた太陽、時針は午後六時を指していた。

六月のこの時間帯にしては少し遅い日の入りかもしれない。

ちょうど仕事帰りのサラリーマンやOLがそろそろ街にあふれ出し、子供達が家路に着く頃だ。


一人の少年が、すこし足を速め夕暮れの大通りを歩いていた。

少年の名前は宮本大輔、板橋区内の公立中学校に通うごく普通の中学二年生だ。

身長は高いほう、体重は普通、顔は妻夫木聡とオダギリジョーを足して変な感じにした感じって言われたことがある。

運動は、球技以外ある程度できる。なぜか昔から球技は恐ろしいほど出来なかった。

小学校のときは、クラスで一番足が速かったのにもかかわらずサッカーで補欠をやったほどだ。

勉強はいまいちパッとしない・・・。そのせいで四月から進学塾に通わされている。

先日の中間テストの成績が悪かったので、今まで五時までだった塾に六時まで通うはめになってしまった。

今日も塾の帰り途中。


本当にどこにでもいる普通の中学生、大輔はそんな少年だ。

今日も六時の夕焼けチャイムがなったので、さっと荷物を片付け塾を後にし、帰路を急いだ。

理由は簡単だ。夜が怖いから・・・。

誰でもあるだろう。子供の頃なぜか怖かった、トイレやお風呂、鏡。

押入れの隙間から感じるなぞの視線。

そんなものは大抵夜にやってくるものだ。

だから大輔は怖かった。いや夜が怖いんじゃない、夜に巣くう者達が怖いんだ。

この大通りから一歩路地へと足を踏み入れたときに始まる夜とのデス・マーチ。

塾から家まで徒歩で二十分以上はかかる。しかし走れば、大輔の足なら十分そこそこで着く距離だ。

大輔は急いだ。いや急がなければならなかった。

人で賑わいだした大通りを人ごみを掻き分けながら走り、住宅街へ入る。

いよいよデス・マーチのスタート地点、この大通りと住宅街をわける電灯を曲がる。

この街は、大きな工業の発展などは無く、住宅や小規模の店舗がほとんどの小さな街だ。

だから大通りを一歩小道に入れば、そこに広がるのは住宅ばかりだ。

同じような形の家々を横目に走る。

途中、自販機の前に学生がたまっていた。夜の闇に光るその自販機の怪しい光に一瞬恐怖を覚えたが、走り続けた。

きっと止まったら終わりだ。こんなことを二ヶ月以上も続けている。

しばらく走るとそこに大輔の家が見えた。

大手住宅メーカーが作った形がほとんど同じ家が三軒並び、真ん中の家が大輔の家。

『ただいま』

この声が毎日繰り返される、夜とのデス・マーチへの勝利宣言。

大輔は噴きだした汗を半そでTシャツの袖で拭って、胸を撫で下ろした。

『お帰り、今日はどうだった』

『うんまぁまぁ』

『そう、今日はハンバーグだよ、手洗っておいで』

どこにでもある普通の親子の会話。現代ではめずらしいのかもしれないが・・・。

大輔の母はエプロン姿でキッチンから顔を出していた。

母の名前は歩美。三十五歳、大学在学中に今の夫と知り合い、交際一年で結婚。

二十一歳のときに大輔を産んだ。痩せ型で年齢より若く見える。


大輔は、手を洗い、リビングに入る。

テーブルにはすでに父親の姿があった。

父の名前は進也。歩美と同じで三十五歳。大学在学中に歩美に一目ぼれして猛アタックの末、交際をスタートしその後結婚した。

現在は中流企業のサラリーマンとして働き、非常にまじめな性格からか最近課長に昇進した。

まじめな性格からか、朝食と夕食はなるべく家族と一緒にとるようにしている。

席に着くと進也が言った。

『おかえり』

『うん』

会話はそこで終わったが、この年頃の親子の会話なんて、この程度なのだろう。

一家は同じテーブルで同じご飯を食べている。

皮肉なことにこれだけでも現代ではめずらしいのかもしれない。

それに大輔は両親と仲が悪いわけではない。

口数こそ少ないが、お互いにちゃんと理解しているし、冗談だって言うし、第一にお互いに信頼しあっている。

だから大輔は両親に暴力を振るうなんて事は絶対に無かった。

この親子の間には、言葉なんかなくてもちゃんとしたキズナがある。


『今日はどんな勉強したんだ』

進也が尋ねた。

『う〜ん、一次関数をやったけど難しくてよくわからなかった』

『そんなんで大丈夫か』

『うん、まぁなんとかついていけてるし』

『そうか、まぁがんばれよ』

どこの家でもそうだが、なぜか親というもの勉強について厳しい。

ここだけは大輔もキライだった。

なにかあればすぐ勉強しろ、勉強しろ。

そして『がんばれ』

なにががんばれなのだ。

親は気軽にそう言うが、子供の立場から見ればそれは理解しがたいエールなのだ。

こんなにがんばっているのにこれ以上どうがんばれっていうんだ。

いったいなんのがんばれなのだ。

大輔はちょっとムッとしたのを抑えて呟いた。

『うん』

その後は会話もなく、バラエティー番組のかん高いお笑い芸人の声と箸の音が食卓に響く。

大輔はこの空気から抜け出そうと、早々に食事を切り上げ部屋へ向かうため階段を上がった。

大輔の部屋は二階ににあるのだ。

部屋に入ると溜まっていた疲れが出てきたのか、ベッドに倒れこんだ。

このまま眠ってしまいたいとことだが、そうもいかない。

明日も学校があるので風呂に入らなければならない。

仕方なく起き上がりタンスを開け、下着とパジャマを取り出した。

そして、そのまま力無くドアを開け階段を下りる。

一階にある風呂場へと入り、服を脱ぐ。中に入りサーっとシャワーをあびると湯船に入った。

この至福の瞬間を大輔はこの上ないほど味わった。

そしてゆっくりと目を閉じる。わかっている、わかってはいるけれど大輔はそのまま意識が薄れていく・・・。

そして湯船のなかで深い眠りについてしまった。

深い、深い表層意識の最深部へと足を踏み入れてしまえば底から先はもう夢の世界・・・。

空を飛ぶことだって、芸能人と結婚することだってできる世界。

それでも現実は過ぎていく。


この家もそんないつもの普通の家族の夜を迎えていた――。

初めて書いた作品です。

本人目線ではなく、あえて第三者の目線という形に挑戦した事がとても印象に残ってます。

ただ、納得はいっていない作品でもありますね。

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