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食事中の方が不快になる表現や、下品なネタが多少ございます。広い心でお読みください。
チェコ・スロバキア
国の名前じゃないよ、わたしの名前。ちなみにわたくし、生粋の日本人です。ハーフとかクオーターとかじゃないです。
意味分かんないと思うけど、とりあえずソレがわたしのココでの正式名称なのだ。
いやー、異文化コミュニケーションって大変だよね。
それも異世界なら、なおさらってやつよ。
体調悪いと会社をサボったのがいけなかったのかもしれない。
グータラ寝て、起きたら別世界。
周りをぐるりと女性達が囲み、わたしの左手はナイスミドルに握られていたのだ。
もちろん部屋は見慣れたボロアパートではなく、豪華スイートルームに変わっていた。
ナイスミドルは凄く嬉しそうに大声を出したが何言ってるのか、わたしには理解できなかった。
日本語も怪しいわたしに英語が分かろう筈もない。
ためしにヘローとかディスイズアペンとか言ってみたが、首を傾げられてしまった。
ヤバイ、英語ヤバイ。
そう思って、アワアワしていたわたしが見た窓の外。
太陽が二つあった。
流石に海外に行ったら太陽が二つ見えるなんて思えるほど、わたしは御馬鹿さんじゃない。
しかし、異世界とは・・・ヤバイ、異世界ヤバイ。
結局アワアワする事に変わりはなかった。
ナイスミドルは自分を指して「オーリ」と言った。
名前らしい。
それならばとわたしも自分を指して言った。
「チェコ?」
惜しい。それじゃチェコスロバキアになってしまう。
どうやらコレがまずかったらしいんだよな。
口から出てたらしい、この一言で、わたしはチェコ・スロバキアとなったのである。
※ ※ ※
ワンピースを着せられて、出かけるのが日課になっている。
というか、オーリに連れられて出かけるのが日課になっているんだが。
「チャーコ」
うんたらかんたら、オーリは楽しそうに話しているがさっぱり分からん。
チェコはいつの間にかチャーコへと進化していた。いや、退化か。どんどん本名から外れていく。
オーリはわたしの左手を繋ぎ、歩いている。
基本オーリはわたしと一緒に居る時は手を繋ぐ。
元の世界でこんなイケ中年と接触する機会もないわたしとしては恥ずかしいより先にラッキーと思ってしまった。
わたしも若くないんでな。オーリ位の年代に涎が出る年頃なのだよ。ちなみにオーリは40代だと勝手に推測している。
この世界は一日に一食しか食べないらしい。
オーリが連れて行ってくれる店でしか、わたしは食事をした事がないのだ。
あんな豪華なスイートルームに閉じ込められて、つーか言葉わかんないし保護してもらっててウロツクとか出来ないし。
たまに女性陣がお茶とかお菓子とか出してくれるけど、コレが不味いんだよね。
お茶もお菓子も変な味がするなんてマジ異世界ヤバイ。
たぶんいらっしゃいとか言ったんだろう、店員の誘導でいつもの席に座る。
オーリは窓際。4人席に二人だけ。なんかデートみたい、ウフフ。なんてウットリしたのは初日だけだ。
出てきたのは、何かよくわからん味の無いおかゆみたいの。正直言って見た目は○ロだ。
しかしこれしか出ないのだ。メニュー読めないし、一日一食だし、変な味するよりは味が無い方がマシだ。
オーリが手を叩いて喜んでたが、正直こっちの言う事分からんし餓死するよりマシだと無言で口に押し込んだ。
腹は鳴る。だが、食欲はわかない。どうせゲ○だし、味が無いのが幸いである。
だが、今日は違う物が出た。
コトリと置かれた皿を見て、ビックリより嬉しかった。
オムライス!
どこかの寂れた食堂で出てきそうな、クレープみたいに薄っぺらい卵にデミソースっぽい色の何か、ちょっとはみ出てる赤い米。
これは、まさにオ・ム・ラ・イ・ス!
わーわー声出して喜んだわたしはスプーンが無い事に気付いた。
オイ、店員!スプーン忘れてるぞ!
そう日本語で怒鳴ろうと顔を上げたわたしに更なる衝撃。
くたびれたスーツに身を包んだ、サラリーマンがいたのだ!
異世界とは言え、洋服のある世界に日本で見慣れたスーツはない。それとも金持ちっぽいオーリが着ないだけなのか。
でも街中でも見たことないしな。
そんなコトを思っていると、サラリーマン、マジ見た目日本人がスーツのポケットからスプーンを取り出した。
紙ナプキンに包まれたスプーンなので、不潔とは思わない。早くそれをクレ!
手を出すわたしを無視して、そいつはオムライスを掬うと、ポカンと開いたわたしの口に突っ込んだ!
乱暴に抜き出されたスプーンをそいつは舐めた。
ペロリ、これは毒だな!
どうでもいいネタが頭をよぎったが、わたしは味もオムライスだった事に満足しながらモグモグしていた。
間接キッスにドキドキ、なんて歳でもないのでまた差し出されるスプーンに食らい付いた。
わたしは寂れた食堂で出そうなやっすい味のオムライスに感動していた。
「どうだ?」
「アレに比べりゃ、どんなモンでも美味く感じるって。オイ、いい加減スプーン寄越せ。」
「おお!」
おお?
ちなみにサラリーマンが喋って、わたしが答えて、オーリが手を叩いた。
言葉が通じて、る?
「疑問系にするなよ。チャンと通じてるだろ。でもアンタ。」
サラリーマンはわたしのギブミー・スプーンをまたしても無視して、わたしの顎を掴んだ。
そのとき、べ、別に掴めるほどわたしの顎がしゃくれてるわけじゃないんだからね!とどうでもいいツンデレがよぎったせいで何をされたのか分からなかった。
べべべべ、ベロチュー、だぁあああああああ。
ドキがムネムネ、乙女な年齢じゃないわたしだが、ちょっと諸事情により実践経験が乏しかったりする。
モテないんだよ!言わせんな、恥ずかしい!マジ恥ずかしい!
だだだ唾液飲んじゃたー。
しかしサラリーマン、オムライスが残ってんのによくベロチューかませるよな。こ、これがリア充ってヤツか。
衝撃に固まるわたしに走る更なる衝撃。
は、腹が痛い。うぅ、逆流してきやがった。
「出たな。」
ベシャリとリバースされたのは黒いゼリー状の物体。うねうね動いてた。なんかショックすぎてSFホラーみたいだなと思った。
サラリーマンが薄汚れた革っぽい靴でソレを踏み潰した。
紫の煙を上げて、ソレは消失した。ブラボーと言わんばかりにオーリが又手を叩く。ちょっとそのリアクションはウザイ。
「これでアンタのデータ修復は完璧だ。よかったな。」
胸を張るサラリーマンをリバースしたダメージの残るわたしは呆然と見ていた。
「君は魔術師だね。チャーコの言葉が分かるようになるなんて、素晴らしい。」
オーリの言葉にサラリーマンはわたしから視線を外して、オーリを見た。サラリーマンは初めて他の人がいることに気づいた顔をしていた。
「チャーコ?」
首をかしげるサラリーマンにオーリはいつの間にかわたしの傍に来て、リバース跡の残るわたしの口元を拭きながら言った。
すいません、自分でやりますとナプキンを受け取ろうとしたわたしもその言葉に固まった。
「彼女はチャーコ、わたしの妻だ。」
「え?」
「アンタNPCと結婚してたのか。」
「え?」
オーリ、サラリーマンと言ってる言葉にキョロキョロ二人を見ることしかできないわたし。
思わず、脳が沸騰しそうだよぉと口から出そうになった。思考回路がショート寸前なのだから間違ってはいない。
「とにかく君はチャーコの恩人だ。城に来てくれないか。」
ほお、あの豪華スイートルームは城と言う建物内にあったのか。
「悪ぃ、アンタがそこまで壊れてるとは思わなかったわ。」
なぜかサラリーマンに謝られた。訳が分からない。異世界マジワケワカラン。
※ ※ ※
城に着いて、豪華スイートルームに戻った。
ちなみに徒歩である。街の食堂には城から徒歩数分で行けるのだ。
よく見ると、確かに城だ。カレンダーとかで見る海外の城に似ている。出入りする時はゲ○の事しか考えないから、外観なんか見てなかったのだ。
「ホントすまない。こんな事態とは予想もしてなかったんだ。」
またサラリーマンに謝られた。ためしに頼りになりそうもないオーリを見たが、やはりニコニコわたし達を見守っていた。
「アンタのレベル1のままだし、状態異常になってるし。」
いやいやいや。わたしは話しているサラリーマンを遮った。
「意味分かんないんですけど。」
「え?」
そして、なんとかお互いの話しをすり合わせた所、衝撃の事実が判明した。
ここは異世界じゃなくて、ゲームの世界でしたー。ドンドンドンドンパフパフ・・・はぁ。
あ、もちろん、わたしはゲームのキャラじゃ、ありませんよ。
サラリーマンも、然り。
彼も日本人、普通のサラリーマンだそうです。
偶然というか事故で?わたしはゲームの世界に飛ばされたらしい。
彼は黒幕とやりあってて、激闘の末それを知り、わたしを助けようとこの世界まで来たのでした、とさ。
いや、全然普通のサラリーマンじゃねーよ。
なんかゲームの世界的にわたしはデータが損傷していたらしく、通常通じる筈の言葉が通じなくなってたらしい。
ちなみにあの黒いのは呪いだとか。
ゲームは若かりし頃やったから、知ってるぞ。RPGでいう所のバッドステータスだな!
でもまさか、なぁ。あの変な味の茶と菓子が原因とは思わなかった。毒が入ってそうな位不味かったけど、体調はハラペコ以外問題なかったし。
オーリが笑顔で女性陣を武装集団に引き渡してるが、一日一食も女性陣のせいだって判明したから、カワイソウとは思えないなぁ。食べ物の恨みは恐ろしいのだ。
ちなみにオーリは女性陣にわたしが全然食べないと報告されて、心配して食堂に連れて行ってくれてたようだ。
忙しいのに、毎日時間作って。つ、妻の為にって何ソレ萌える。
しっかし、あのゲ○もどき、胃にやさしい高級薬膳料理だとは驚愕だわー。
※ ※ ※
なんかゲーム的に元の世界の話とか根源に関わる話題になると、オーリ達NPCはわたし達をニコニコと見守るだけになるのだが、とりあえずサラリーマンはわたしの恩人の魔導師として城に滞在が許されている。
「しっかし、名前が発音し辛くて違う名前になるなんて、よく出来たテンプレだよなぁ。」
サラリーマンがチェコ・スロバキアについての説明を爆笑しながら聞いた後に言った言葉がそれだ。
テンプレ?何だ、それは。サラリーマンの言う事は一般人のわたしには分からない事が多い。
「ちえこって言い辛いかねー?」
「いんや、たぶん仕様だろう。俺の名前も可笑しな事にならなきゃいいけど。」
助けに来た筈の彼の暫く世話になるんだし、にわたしは耳を疑った。
「アンタのデータ消去済みなんだよ、帰れるわけ無いじゃん。俺が来るのもかなり無理したんだぜー。」
な、なんだってー!?
「だから、キャラデリート済みなんだって。ま、俺は向こうに厭き厭きしてたから立候補したわけなんだけど。」
そのあとサラリーマンは色々横文字を交えながら、黒幕や所属組織とのあれやこれやを愚痴ったが、わたしは脳はそれを理解する事を放棄した。
「アンタ、幸運だよ。オーリ・シュトラウス3世って言や、このゲームで数少ない温厚なNPCだもんな。唯一国も豊かだし、妻だなんて安泰じゃないか。ラッキーだよ。」
そう言って、サラリーマンは鬼畜仕様な世界感と血に塗れた暗黒魔人やら残虐皇帝やら戦闘狂な女王様やら凶悪なNPCの話しを聞かせてくれた。
わたしは、そうかラッキーなのかと洗脳されかかったのは言うまでもない。
何時の間に夜になったのか。この世界の月は歪な円で、いつもゆらゆらと安定せずに空に浮かんでいる。
ニコニコと、いつものように笑うオーリ。なんだか陳腐なホラーを見ている気分になった。
「アンタならこの世界でもやってけるさ。多少壊れても、俺が修復してやるし。」
ニンマリと笑うサラリーマンはわたしと同じようで違うのだ。
その夜見た夢の中で、真っ暗なPC画面に溶け込みそうな赤い文字が見えた。
『ゲームのキャラクターを消去しますか?』
選択肢はYESのみで、絶望的になっていたわたしの後ろから伸びる腕。
ENTERを軽やかに押すサラリーマンの指がターン!と音を立てた。
補足:このゲームは発売されていません。サラリーマンの唾液には主人公を回復する成分が含まれています。
主人公がトリップしたのはたまたま偶然、巻き込まれただけの一般人。
サラリーマンは特殊能力で非現実的な毎日を送ってましたが、嫌気が差して、主人公を助ける名目で無理やりトリップしてきました。戻れませんが、戻る気ゼロ。
トリップして異文化にてんわやんわ、同郷の魔導師がそれを助ける・・・というコメディの筈だったのに、おかしいな。