夜弭津 (やゆはつ)
学校に行く。
それ自体がストレス。
だからといって。
行かないわけにもいかない。
施設にいさせてもらってる身分な自分。
登校中。
間違って出会ってしまった昔の近所の人。
びくっと大袈裟に避けられる。
そして小声。
「人殺しが街中うろつくなよ」
学校に着いても上靴はない。
裸足で教室に向かうけど。
教室に行ったところで。
教科書もあるわけない。
ガラッ。
自分がドアを開いた瞬間。
教室は凍りつく。
静けさの中。
痛い視線が自分に言う。
「殺人犯は学校来るな」
席に向かう途中にゴミがとんでくる。
机に着いても落書き天国だ。
「殺人鬼」
授業が始まったって。
先生は嫌らしいものを見る目つき。
「なんだ。まだ来てるのか」
大きな独り言。
そんなことは日常茶飯事。
傷つく場所などもうないよ。
痛いって感情はなくした。
ってくらいに感情は麻痺したこの頃。
代わりに特技ができたんだ。
嘘嘔吐もできるんだよ。
オエッ。
いつだって吐き気がする。
こんな世の中。
そっと撫でるように。
自分の左肩を触る。
夏に水着にならない限りばれない。
だけどたしかにそこにある。
くっきりと絶対に治らない傷口が。
それが自分の暗闇の過去を物語る。
昔はあった。
暖かい家。
父の死がそれを壊した。
通勤の電車の事故。
不慮の事故と片付けられた。
だけどその一言で済まされるものが。
運の尽きというのか。
偉大なる父をなくした家族は。
幼い自分は死を理解出来ず立ちすくみ。
兄はふさぎ込む。
母は泣き狂い。
そして、壊れた。
優秀な兄を今まで以上に可愛がり。
幼い自分は不満のはけ口に。
幾度となく殴られた。
蹴られるのも慣れた。
日常茶飯事。
幼い自分は壊されていった。
外面の良い母。
優しいお母さんだった。
だから期待する馬鹿なおちびさん。
また。
また昔みたいに…。
そんな淡い、はかない期待を。
必死に握りしめて堪え続け。
権力のある母。
痣だらけの我が子。
「わたし、忙しくて公園に連れて行けなかったらお家で暴れるの」
困ったように嘘微笑み。
誰もが疑う気配なし。
一度言ってみた。
「ままがね、殴るの」
あの勇気は鞭打ち3回分になった。
母は壊れた。
こんなの母じゃない。
お父さんが壊したんだ。
大好きだった父を恨みかけた過去。
一度だけ。
壊れた母が優しくなった時があった。
あの夜だけ。
暖かいベットで寝れた。
いつものガレージと違って。
あれは。
左肩の痛々しい刺し傷。
怒り狂った母の刃。
病院など連れていってくれない。
ただただ自分一人。
涙と一緒に血を流しただけ。
刺された傷は深く。
さすがの母も焦った。
落ち着いた頃に手当をしてくれた。
その一瞬。
母は。
自分に優しかった。
今でも傷口は疼く。
病院で手当をしなかったからかも。
深く刺さった刃がまだ残ってるのかも。
逃げる我が子の後ろ姿に。
躊躇いもなく刺した母の刃。
人を信じれるはずがない。
優しかった父が殺され。
素敵なママは狂女と化す。
憧れの兄までが狂女の手下となる。
誰が信じれるものか。
傷口を見つけた先生も。
「お転婆なこの子が木から落ちたのよ」
そんな嘘を信じて。
「木登りはしちゃ駄目じゃない」
どうして怒られなきゃいけないの。
虐待と気づいてよ。
誰か気づいて。
そして助けてよ。
どんなに願っても。
誰も助けてくれなかった。
もうこのまま殺される。
そう思った。
「殺人鬼」
違います。
鬼になるほど殺してません。
「人殺し」
たしかに自分は殺しました。
でも、違うんです。
「殺人犯」
止めて。
そう自分を呼ばないで。
何度吐きながら目覚めたことか。
夢の中まで追い詰められる。
何処にも安泰な場所がない。
どうして責められなきゃいけないんですか?
先に殺されかけたのは自分なんです。
聞いて下さい。
お願いです。
自分の話を聞いて下さい。
自分は何も悪くないんです。
お母さんが。
お兄ちゃんが。
殺されるって思ったんです。
両手に包丁を持って。
狂ったようにこっちに向かってきて。
殺されるって思ったんです。
死にたくなかったんです。
殺されたくなかったんです。
必死に逃げました。
無我夢中でがむしゃらに動きました。
横腹に包丁が刺さっていたのことも。
全く気づかないくらい夢中でした。
気がついたら自分一人。
血だらけになって立っていました。
その時に横腹の包丁に気づいたんです。
その傷もまだ残ってます。
だけどこれは病院に手当されたから。
今も疼くことはあまりないけど。
だけど気づいたら包丁が体の中に。
あれは忘れられないほどの衝撃です。
一人で慌てて抜いて。
血が大量に吹き出して。
ふらついて下を見たんです。
そしたら。
お母さんもお兄ちゃんも。
足元に転がっていて。
動かないくせにまだ自分を睨んでいて。
また殺そうと動きそうで。
怖くて。
恐くて。
いつの間にか手に持っていた包丁で。
ばらばらにしたんです。
だけどそれでも恐かったんです。
誰か助けてほしかったんです。
助けてもらおうと警察に電話したのに。
どうして自分が捕まるんですか?
違うんです。
自分は悪くない。
「優しいお母さん」
「優秀なお兄ちゃん」
「我が子を優しく見守っていたってかんじの方だったのに…。」
「せっかくの素敵な未来があっただろうに…。」
「普段から暗くて睨みつけてきて。恐ろしい子で。」
どうしてみんなそういうの?
違うのに。
みんな嘘に騙されてる。
違うよ。
違うってば。
ちゃんと話を聞いてよ。
どんなに声を張り上げても。
誰も耳を傾けてくれなかった。
たとえ聞いてくれても。
「嘘つき野郎目。罪を認め償え」
違うって何度言っても。
「黙れこの人殺しが」
助けを求めたはずなのに。
どうして助けてくれないの?
違うのに。
自分は悪くないはずなのに。
「あんたは悪い子!!」
あの母が正しかったというの?
やっぱりちゃんと殺せなかったんだ。
いつまでも苦しいんだもん。
まだやつは生きていて。
今だなお、自分を壊しにかかってる。
今度は何処から現れる?
次はちゃんとやっつけなきゃ。
もう、いいでしょ?
幸せに生きる権利は。
自分にもあるはずなのに。
助けて。
もう一度でいいから、笑いたい。