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6.ノーアルコールバーで


    × × × ×


「どこ行ってたんだよ、板橋」

「悪ぃな、へへ。ちょっとばっか家に連絡だよ。うちってアレだろ? なんつーか、お堅いじゃん?」

「そうだったな」


 そんなやり取りと共にちょっと遅れてきた板橋、部活への顔出しがあるとかでいったん挨拶に行った小春と合流し、ちょっとばっかりお高い海鮮丼屋で昼食、適当にふらふらと市街地を案内するついでに紹介して回ると、やっぱり時間はかかる。

 と、言うのも、


「あれ? ねぇ、あそこに見えてる刑務所みたいなの、何?」

「ほう、アレに気付くとはさすが特待生……ご教授しよう! あの壁こそ硲市ひいては近隣都市の電力、その半数以上を担う反物質発電所だ!」

「は、発電所?」

「どうしてお前が驚くんだよ、板橋」

「反物質……随分物騒なの使ってるのね」

「ああ。この俺のネットワークを駆使したところで製法がわからん代物だ。どうかね、興味があるなら近場までいってみるのも悪くないとは思うが?」

「あ、お願いできる?」

 とか、

「そういや萌木、お前って制服改造とか武器のメンテだとか、どこに頼んでる?」

「え、普通に技術部だけど……」

「おやぁ、それはいただけないなぁ時噤よ」

「そーそー。天下のNAS養成科総本山! しかもその特待生ともあろうお方が、下々と同じレベルの技術なんてもったいない! って言うか、普通に物足りなくね? 話題的にもよぉ」

「そういわれても……って、そういえば要、いるのよね?」

「ああ、普通に学内にいるぞ」

「嘘、だったらどうして出る前に言ってくれなかったのよ。早いほうがいいんだから、さっさと注文しないと……」

「ならば今から赴けばよかろう」

 とか、

「――――さすが総本山のお膝もと……。刀剣店だけでこんなに?」

「ああ、この辺はそういう武装関係の店ばっかだからな。山のほうまで言ったら刀匠もいるぞ?」

「はー……すごいとは思ってたけど、まさかそこまでいるとはね。侮ってたわ、ちょっとだけ」

「ふっふっふっ。そう言えばナギはこの近隣の常連であったな」

「ああ。ナイフ専だし」

「店の一つぐらい紹介してやったらどうかね? 聞くところ見るところに夜と、時噤の戦闘スタイルは今も昔とそれほど変わっておらぬのだろう?」

「ええ、あんまり変わってないわ。ナギ、いい砥師いるなら教えてくれる? そろそろ完全に手、入れときたいし」

「いいけど……遠いぞ?」

「はは、我らはかまわぬ。のう――板橋?」

「お、おう! むしろ、俺達もエッジ、新調したいしな」

 とか。

「え、これ弾丸専門店?」

「ああ、何考えて作ったかわからん便利店第一位だな」

「ああ、ほんとに何でこんな店儲かるのかわかんねぇよな。銃弾なんて購買部でも売ってんのに」

「それはお前らの発砲数が少ないからであろう。――ああ、念とために紹介しておくとだ、この店は古今東西、生産ロットの少ない銃の専用弾から一般的に考えて必要とされない高級弾、古すぎてどこでも取り扱っていないような骨董品、それらに加え自作用の弾頭・火薬・雷管・空薬莢、それらすべてを取り扱った便利店だ。現に俺の500S&Wスペシャル弾はこの店のもので、生徒会の連中もなにやらいろいろと世話になっているらしい。狙撃用の弾丸の精度も折り紙つき、ミスファイアもほぼ皆無の良店舗だ」

「と、言うことは一般的じゃない大口径とかもあるのね?」

「何かお探しかね…?」

「ええ――――。仕事前に今朝三発ほど発砲しちゃって、補給のあてがなかったのよ。小春、マガジンとかも手に入る?」

「もちろんだとも。して、何のマガジンをお求めかね?」

「AMのオートマグ、ⅠとⅡ両方」

「珍しい銃だな……しかし、おそらくはあるだろう。入って確認すればそれで済む」

 とか。

 本来なら行くべきはずの歓談の場に至るまでに方々へ寄り道、散策、買い物なんかの言うなれば目的以外の用事が増えて、鈍足牛歩を繰り返し、その寄り道がやけに長くなるのでとにかく前に進まなかったのだ。

 集団になったときから大体予想してはいたけど、こうもいろいろ案内する羽目になるとは少々予想外。だけど半分以上武器関連だったのでちょっと安心。これでブティックだとかアクセサリーショップだとかに連行されたら、眼も当てられない事態になる。

 そんなこんなで市街地をさまようこと、約四時間。

「……っ、かれたー…」

 ぐったりと枯れたような体を本来の歓談予定地、「ノンアルコールバー『ヒラサカ』」の常連用カウンター席に押し込んだ。

 完全脱力、気力流出、余力あるけど、動きたくない。無論体力的にはまだまだ強襲かけても大丈夫な程度には余裕があるけど、それとこれとは別の話である。

「はっはっはっ、だらしないなナギよ。あの程度の市外行脚でもうダウンかね?」

「うるさい。体力と気力は別物だろ」

「でもよ、穂村。久しぶりに会った幼馴染だろ? ヘタれてるのってまずくね?」

「いいのよ別に。もとからいるって知って入ってきたんだし、顔なじみ程度の認識で」

「そういうもんか?」

「そういうもんだ、板橋」

 とりあえずカウンター席に全員並んで妙に若々しい髭のマスターに適当に注文、そのまままったりと座席に背中を預ける。

 ノンアルコールバー、その名の示す通り『ヒラサカ』には一切のアルコール類が存在しない。しかしそれでもバーを名乗る以上、雰囲気だけは一流なわけで、ムーディなライトに照らしあげられた店内は健康的な空気ながらもひどく落ち着いた雰囲気を保有している。

 味が一級品なこと、若く見えるが人生経験豊富なマスターの人柄が妙にいいことなども人気の由縁だ。

 とりあえず再会を祝して、ということで適当に注文したジンジャーエールで乾杯。喉を焼くほどの強烈な刺激、鮮烈な香りが鼻腔を駆け抜ける。

「ぐっ……ほっ! 穂村! なんだよこのジンジャー!」

「あら、質のいいジンジャーエールね。いい辛みじゃない」

「ふっふっふっ、油断したな板橋よ。市販のドライでは味わえぬ、濃厚な香りだろう?」

「濃厚すぎる! 喉が焼けたぞ!」

 さすが『ヒラサカ』初心者。ここのジンジャー、市販品とは格が違う。言わずにのませる、これがここの洗礼だ。

 ちなみに席順は左から、板橋、小春、萌木、俺である。

「実践なら死んでるぞ、板橋。『学生NASたるもの飲食物ひとつにも警戒を怠らぬべし』ってな」

「NAS憲章第四項、ね」

 言うが早いか、手元のグラスを一気に傾ける萌木。喉を焼くほど強烈な生姜の風味と獰猛なまでによく効いた炭酸をものともせずに、一気にグラスの四分の三ほどをあおり、

「………はー、やっと落ち着けたわ」

「お前、今まであれで落ち着いてなかったってのか?」

「当然でしょ? あちこちうろつき回ってたし、うろついてると警戒も必要じゃない。ただでさえ物騒な世の中なのに、今この町ってずいぶんホットだし………油断もならないじゃない」

 憮然とした様子、さも当然といった語感だった。

 確かに学生であるうちからNASを名乗っている以上、多少なりとも警戒は必要だけど、それを含めて浮ついてない状態のことを世間では落ち着いた状態というのだが、これは俺の間違いなのだろうか。

 一口、手元のジンジャーをあおる。

「随分NASらしくなったな、お前」

「何よ、いきなり」

「いや、なんとなくな」

 なにしろ天下の交換転校生だ。小春が嬉々として話したところによると待遇はNAS特待と同等、つまるところ学費全額免除奨学金待遇である。当然その待遇に上り詰めるまでには相応の努力と、相当の苦労を積み重ねてきたわけで――――

「…………」

「わっ!」

 なんとなく左手が萌木の頭に伸びた。絹糸のような感触、そのまま梳くように手を動かすと、萌木は慌てた仕草で俺の手を払いのける。

「何すんのよ、いきなり!」

「いや、なんとなく?」

 ほんとにどうしてこんなことしようと思ったのか、俺にもよくわからない。ただ手が動いたのは本当になんとなくで、思い当たる節があるとすればそれは俺が昔のこいつを知っているという事実に他はなく、孤児院にいた際に見せた色々に起因すると予想は着くがその中に思い至る記憶なんて――――

「…………」

 いっぱいあった。

「ったく……もう小学生じゃないんだからいきなりそういうの、やめてほしいわね、ホント」

「はは、悪い悪い」

「とは思ってなさそうね」

 俺の言葉を途中で遮り、睨みを効かせながらわずかに乱れた藍色の髪を、萌木は適当に直していく。表情はわずかに赤みを帯びているあたり、触れられることに慣れていないのだろう。脇で見てる二人が雑談に夢中だったのが幸いである。

「……それで? そっちは孤児院でてからどうしてんの?」

「見ての通り。姉さんの籍にぶち込まれた後に硲入って、普通に学生NASやってるよ。特記事項も皆無、平々凡々な成績でな」

「平々凡々? あんたが? なによそれ。何かの冗談?」

 言葉通り冗談めかした表情で悠然と頬杖を突く萌木。口元には笑み、どうやら、本気で冗談か何かだと思ってるらしいな、こいつは。

「冗談のつもりはないんだけどな」

「嘘」

「嘘じゃない。だろ、小春」

「うん?」

 気を効かせていたのか、あるいは板橋との歓談に夢中だったのか、こいつにしては珍しく、きょとんとした表情で振り返る。

ちらりと目線が萌木、俺の順に移り、ああ、と一秒後に小春がうなずく。

「嘘ではない。ナギは板橋と並ぶほどの低成績保持者、一般教科の成績はさておき、実技、それも拳銃射撃においては学内最低をさまようほどのド・下手だ」

「うそ………。でも小春、ナギって私たちの仲間内じゃ――」

「しかし数値は嘘をつかぬ。嘘だと思うのなら例の権限で確認してみるといい。上から探すのが手間に思えるぞ」

「…………手抜き、じゃなく?」

「そんなことをする意味に何か心当たりでも?」

「…………っ、いえ、ないわね」

 小春からの聞き返しに歯噛みしながらも萌木は肯定を返した。

 顔を曇らせ、わずかに俯く。長いとも言い難い中途半端な髪の隙間からグラスを見つめる目、その表情は、憂い。何か気に入らない、でも覆せない事実に直面した時、萌木は決まってこんな表情を作る。

 わずかな隙間から、吐き出すように萌木が呟いた。

「……ナギ、どうしたのよ」

「どうしたって?」

 あえて選択したいつもと変わらぬ物言いに、萌木の目に小さな怒気が宿った。

「NASになる、そう決めたのはあなたでしょう?」

「ああ、そうだな」

 小学時代、恩人である女性から聞かされてNASを志した瞬間、俺は将来をその道に賭すことを決めた。

「じゃあ、どうして手、抜いてるの?」

「そんなことする理由に心当たりでもあるか?」

「ないわ」

 間髪の入らない答え。それだけ確信してる、ってことか。

「でも納得できないのよ。あなたも教室で言ってたじゃない。孤児院時代私に負けたことない、って。その私が今ここまでやってこれてて、あんたが低成績? 何の冗談よ……これ」

「冗談じゃなくて現実だ。それに……もう三年ほど前だぞ?」

「でもおかしいじゃない。今の御時世、実力一つでどこまでも登れるのよ? ここのシステムじゃ入学時点で《委員会》に目、つけられてもおかしくないほどの実力で、しかも《リバース》持ちで、なのにこの立場なんてどう考えてもおかしいじゃないの……」


 ――――じりっ


カウンター席に、焦げたような匂いが漂った。

「落ちつけよ、萌木」

 感情をつぶやくような声音に交えて吐きだし続ける萌木の目の前に、マスターが滑らせてきたアップルソーダを滑らせる。気がきくマスターに目線で小さく礼を告げると、マスターは小さく微笑み、それ以上何も言わなかった。

「………ごめんなさい。ちょっと取り乱したわ」

 呟くようにいいながら、萌木が目の前の琥珀色へと手を伸ばす。何かが焼け焦げるような音と燃焼の異臭が焼失し、目から怒りの色が薄くなった。

 完全に氷が解けた萌木のジンジャーのグラスを、カウンターの端へと寄せる。

「基本俺って面剛嫌いだからな。それに、銃はドが着く下手なのは昔っからだろ」

「ふむ……そういえばそうであったな」

 納得の表情でうなずく小春。今までの話は全部筒抜け、というわけか。相変わらず、油断ならない。

「って小春、今までそっちの話も聞こえてたってことか?」

「何を言う板橋。隣で俺にも関わりのある話をされていて耳に入らぬわけはないだろう? それに、何やら面白いワードが耳にダイビングを所望されたようなのでなぁ………」

 にやり。かの哲学者の言葉を幻視するほどの深淵(いやらしさ)を含んだ笑みを浮かべる。なんだ、何がそんなに楽しげな言葉なんだ。脳内で疑問を並べ立てる俺の様子を察した様子もなく、ひどく楽しげに。

「何よそれ。《委員会》とか《リバース》とかがそんなに楽しいの?」

「ああ、楽しいとも。あるともないともつかぬ存在ほど楽しいものはないと言っていい」

 冷笑混じりの萌木と違い、小春は随分と、楽しげだった。

 しかし、《委員会》……ね。

 硲学院に限らず、すべての国立NAS養成科には『委員会』と公式に呼ばれている機関が存在しない。無論、いくらNAS養成科が存在するとは言えどそこも『学校』である以上、学生自治機関である『委員会』に近いものは存在しているのだが、それらはすべて公式には『部署』であり『委員会』ではない、というのが学校側の弁である。

 いくら生徒間でそう名乗ろうとも、公式では消して委員会とは認めない、その頑なかつ事務的な姿勢が生じさせた一つの都市伝説的な存在が《委員会》と呼ばれる、一つの裏機関だ。

 曰く、『学生NASに与えられた強権を不当に行使した人間を抹殺する仕事人』。

 曰く、『該当地区最強の学生NAS《集団》』。

『殺人』という世を混乱させる元凶である権利を持って治安を維持するという矛盾、その矛盾を矛盾たらしめぬよう殺人公社から遣わされた、『噂のみで語られる存在するかわからない委員会』。

 彼らは総勢で二十名ほどがおり、学生の中に紛れ世間ではなく、NAS自身の治安を維持することを生業とする。それ故にメンバーは学生の中でも図抜けた実力者が選ばれ、選ばれた者には教員に匹敵するほどの権限と、将来の安定性を確約される。

 あくまで学生の噂だ。

 図抜けた実力、その論点も非常に曖昧であり、どのように選択されるかもわからない。メンバーは該当年度の《委員長》以外存在を知らず、組んで動く際も互いの素性を知らずに行動する、という。

 まあ、学生の間ではよくある、色の違う救急車だとか達磨送りの更衣室だとか、その手の眉唾ものの都市伝説である。信憑性も定かでなく、物証はほぼ皆無、モデルになるような人物も存在せず、語られている実力の噂にしても『一人で犯罪組織を一歩も動くことなく壊滅した』、『特別製の狙撃銃で四キロ先から頭部狙撃』、『人間六人を誰にも気付かれることなく一瞬で六十六の肉塊に変えた』などのどう考えても都市伝説としか思えないような逸話ばかりが舞い込んでくる。

「子供じみた趣味ね、相変わらず」

「なんとでもいいたまえ。知的探究心とは子供のような好奇心と遊び心に自己満足、それに少しの欲望が絡んで先へ進むものなのだ。………それに、時噤自身も完全に否定しきれるわけではないのだろう?」

「…………そうね」

 わずかに目を背けて、萌木は小さくうなずいた。

 悪魔の非存在の証明は不可能、また自己によって観測された内容を否定することは自己否定に繋がる。自分が超常の存在を肯定できる場合において超常の現象を否定することができないように、一部の人間、少なくとも俺たちにとって《委員会》とはあながちただの都市伝説とも言い切れないのだ。

 その原因が、さっきの萌木の言葉にもあった《リバース》という言葉。《委員会》と同じく都市伝説存在ながらも『異常事件』という形で世間に浮上することのある都市伝説、《委員会》の存在を肯定しかねない『超常』が、それ。

 発生は……詳しくは知らない。が、少なくともその存在は『血の十二月』以前に存在していなかったらしく、そうなると大体その起源は二十年ほど前になる。

 現象としては、簡単だ。

 強弱派手さ、見た目の華やか実用性などは置いといて、それは軒並み『超常』なのだ。

 例えばそれは何もないところに炎を生じさせる力だったり、

 念動力としか思えない力を発揮するものだったり、

 大通りを飛び越えての跳躍を可能とする『理屈』だったり、

 触れたものを恐ろしい温度にまで加熱する力だったり、

 千差万別有象無象、共通項は「普通ではないこと」以外に存在しないほど散逸した『超常』、それが《リバース》と呼称される存在であり、能力である。

「それに、出没に至ってはその目撃例がゼロ、というわけではないだろう?」

「え? 誰か見た人いるの?」

「あくまで可能性の話だがな」

 きょとんとした表情を浮かべる萌木に、実に楽しそうな笑みが向いていた。

 ………おい、お前まさか。

「そうだろう、ナギ? お前が今朝追われたという黒服、《委員会》と言われれば納得できんかね?」

 嫌な予感が的中した。

 確かに探りは入れてくれと頼んだ。だけど、これのどこが『探り』だ。レーダーにも頼らぬド直球、慎ましやかさもへったくれもなし、直に聞いてるに等しい詮索じゃねぇか。

「聞けば、被害者は学生、それも我が校我が科の人間らしいではないか。ついで言えば先程調べたところ、本日更新済みの学生証を獲得していない人間はわずかに数名、その中でガバメントの使用者をあたると……被害者は一名にまで絞り込めた。それによると――その男子生徒、随分と汚い仕事に手を染めていた節がある」

 汚い仕事。パッと思いつくので裏社会での脅迫じみた押し付け警備、武器の密売、情報の漏洩、強権悪用の殺人行為、といったところ。いずれにしてもやってるのがバレたら即刻NAS→殺人者の葬送路線直送り、よくても権利剥奪の上で退学になるような所業、仮に《委員会》が存在したとしたら、到底放置されるとは思えないような悪行ではある。

 が、だからといってあの黒服が《委員会》だと考えるのは、余りに早計に過ぎないか?

「だからって《委員会》って言うにしても早すぎだろ」

「かもしれんな。だが否定するにしても早計だと思わんかね?」

 いや確かに肯定するにも否定するにも情報が全然足りてない状況ではあるけど。

「第一、その人物が汚い仕事に手を染めていたという事実も、学生間の噂から我が手芸部のネットワークを駆使して発見した情報だ。早々発見できるルートではありえなかったし、仕事の内容も……まあ、民間人の目がある場所で語るには少しばかりショッキングであった、とだけ言っておこう」

 つまりはそれだけヤバいってことだな。叩けば間違いなく《フォトグラフ》クラスの厄介なところに首を突っ込まなければならなくなるレベル。裏の社会でも避ける血溜りを泳ぐに等しい行為。

「とにかく、そんなレベルの仕事にどっぷりと全身を浸している人間を生かしておくほど、我が校は寛容ではないはずだ。少なくとも、俺はそう考えている」

「………同感だな」

 国策学校第一、言い換えれば、国の駒にもっとも近い場所。近くに存在すればその駒は強力、かつ確実に動かすことができるが、それ故にそこには毒を孕ませてはならない。

 ここは、そういう学院だ。

 犯罪行為に手を染めている駒、学生間の噂という不確かなものに乗らなければ尻尾すら出さない隠匿性。粛正されるに理由は十分で、倫理的にも許されはしない。

 だけど……

「どうしてそこで《委員会》なんだよ」

「ぶっちゃけてしまえば、特に理由はない」

 おいおい。

「目の前に事件の話がある、謎の存在が現れた、そこに絡めることのできる信憑性もある程度確保された都市伝説。……ここまでくれば、話の娯楽性を高めるためにも多少のフィクションを交えてでも語った方が楽しいだろう?」

 にやり、と小春が含み笑い。眼の色が変わる。『探りとしては十分だろう』? 瞬き信号で返す。『ああ』。

「お前の娯楽は趣味悪いんだよ。萌木にもさっき言われただろうが。だろ、萌木」

「え? 何?」

「て聞いてなかったのかよ……」

 数秒前まで話に乗ってたくせに、何で学生証見てやがるんだ……。まったく、興味がない話題に映った瞬間これかよ。

「別に無理に話に乗れとは言わないけどな」

「わかってるわよ。ただ、さっきの話でちょっと気になったから」

「何が」

 ちらり、とその眼が学生証に移った。

浮かんでいる情報は、見えない。が――表情からしてあんまり面白い情報じゃないというのはわかる。

「事件よ、事件。あんたが見たって言う殺人事件。公式見解がどうなってるのか知りたくて、ね」

「なんだそりゃ……。で、どうだったんだ?」

 ぶらぶらと手を振りながら、気のないそぶりで萌木はが答える。

「いつものごとく。敵対組織の人間の可能性高し、だって」

 つまり殺害者不明ってわけですか。殺人公社に敵対組織は多い。こういっとけば公式見解としても問題が消えてなくなる。

「他にも情報ないか見てみたんだけど……『FC(フェイスクラッシャー)』事件で学生の犠牲者が出たって話に埋もれてるわ。早速一人、新入生が瀕死の重症だそうよ」

 困ったものよね、と何気ない素振りで萌木は言った。

 死者……いや、まだ死んでないから重症者一名か。確かに宴席で確認してうれしくなるようなニュースじゃない。その新入生には悪いが、今ここで持ち出されて楽しい話じゃないだろ。

 ちょっと早いけど心中で冥福をお祈りする。まだ死んではいないが、瀕死の重傷となればNAS復帰はまず絶望的。人間的に生きてたとしても、NASとしては死んだも同然だ。

「ま、でもこれで大した事件でもないってこともわかったわけだし」

「わかったのか」

「辛気臭い話は終わりにして、飲みなおすわよ」

 はい? ナンデスカいきなりその切り替えし。

「マスター、お代わりもらえるかしら? さっきの以上に強烈なの!」

「ちょ、転校生さん? あなた僕たちに一体どんなのご一緒させるつもりですか!」

「諦めろ、板橋。こうなった時噤を止めるのはかつての俺でも不可能だった所業だ」

「そんな末恐ろしや! あ、でも何も俺らも一緒の飲まなくても――」

「マスター! この男にテリブルを! 無論アドショットはボルケーノ三つだ!」

「ちょ、マテヤ隆生寺!」

「あ~あ~……マスター、俺にもトニック貰える? アドショットはマイルドで」

「て隣で何のんびり和やかそうなもん注文してんだ! 俺に飲料の自由はないのか!」

「なに、まだ受理されたわけではないのだから自分で好みのものを頼めばよかろう。マスター、こちらにはジンジャーをドライでお願いする」

「合点言ったぜ……。マスター、よくわかんないけど穂村と一緒の頼む!」

「………愚かな」

「うわ……やるわね、この人」

「板橋……見極めができんうちは頼まないほうがいいぞ?」

「へ? そんなキツイのか? どれ試しに……ってニガッ! 猛烈にニガッ!」

「ほんと――よくこんなの飲むわよね、ナギって。私でもごめんだわ」

「渋さが語る男の味だよ。お前も味わえ」

「遠慮しとくわ、絶対に」

 そりゃ残念だ。

 にぎやかなカウンター席、でもさっきよりはずっといい。ここしばらくは、何もない状況が続いてくれるとありがたいか。

 ………ま、望むべくもないってのが、今の世の中だな。

 冗談めかして内心で呟き、再び苦みばしった生姜飲料を喉へと流しこんだ。



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