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2.式の前

    × × × ×


 国立 (はざま)学院はNAS養成のための国策学校である。

 広大な敷地の中に複数個所の戦闘訓練場、多種多様な設備を有する学舎、周囲に完備された商業的な施設など、そこには若人が学ぶためにおおよそ必要なすべてがそろっている、といってもいい。

 と、いうかそもそも硲市自体、硲学院の創立確定によって設立された学園都市だ。

ついでに硲学院も、目的は確かにNAS養成のためで、保有する学科の中で最も大規模なのは『NAS養成科』ではあるが、ほかの学科もちゃんとある。

 年間に排出するNAS数はトップクラス、年間に発生する死傷者数はアンダークラスで、保有する設備としても国内最高。NAS教育において最高峰とも呼べる場所。

 それがここ、国立硲学院という場所なのだ。

 が、やっぱりそこは学校。そこで行われていることは他の一般校と比較してどれだけ野蛮で、物騒で、過激だったとしても、基本的にはやっぱり学校という事実は変わらない。

 学校、ということはやっぱりそこに通ってる人間も色々いるわけで、

 人間も色々いるってことは、色々と口やかましい奴もいるわけで、

 つまるところ妙に校則とかの細則にうるさいやつもいるわけで、

 つまりどういうことかというと――――


「三分の遅刻ね、(ナギサ)

 息を切らせて校門前まで到着した俺の前で、仁王立ちになる眼鏡の女子生徒が憮然とした様子で胸を張る。

「わたし言わなかった? 今日は始業式で、新入生の銃器登録もあるから在校生は通常の始業時間より十分早く登校、その際銃器の登録とWIDAの配布やるから、ちゃんと持ってきてそれまで発砲は控えるように、って。わたし連絡網まで回したわよね?」

「――っ、――っ、ああ……ちゃんと、名織(ナオリ)から、聞いてるっ……」

 心臓が痛いほど鼓動を打ってる。耳元で血流の音がうるさい。あれからずっと走り続けてた足は急停止に加熱して気持ち悪い。

「だったら! どうして! 三分遅刻してきた上! 何発か発砲してて! 副装備軒並み忘れてきてんのよ!」

 突然の大声に周囲の人間が軒並み振り返る。中にはこちらを見て隠すことなく笑ってる奴もいる始末……って、ありゃ板橋か。後で殴ってやる。

 息を整えながら、背筋を伸ばす。

「――――ふぅ……。だから言っただろ、委員長。ついさっき得体の知れない奴に追っかけまわされてて、撃つしかなかったんだって。それに、撃ったって言っても別に弾倉(マガジン)なくしたわけじゃないんだから、そこまでぐちゃぐちゃ言わなくてもいいだろ」

「それはそれ、これはこれよ。仮にも学生NASなら追われてでも時間に間に合わせるぐらいの気概は見せなさい!」

 んな無茶な。

 ……いや、案外学院側からしてみれば無茶でもなんでもないことかもだけど。実際、この学院は学生に発生したトラブルに対しては遠慮容赦が欠片も存在しない。

「だから悪かったって。まあ……副装忘れたのは言い訳できねぇけど」

 まあ散弾銃背負って来てたとしたら生きてここまでこれたか謎ですが。

 はぁ、と委員長がため息。柳眉を下げる。

「……ったく――。そこはわたしがどうにかしてあげるわよ。まだ登録受付始まってないし、わたしが口頭で話し通しとけば向こうもうるさく言ってこないだろうし」

「さんきゅ、委員長」

「わかったら早く行きなさい。入って正面、外来玄関口横よ」

「おう」

 片手をあげて軽く返礼した後、学生でごった返す校門をくぐり奥へと向かう。ちらりと背後を振り返ってみれば、そこにはまた別の人間に向かって声を張り上げる委員長の姿。さすが前年度委員長。さっそく狩り出されて辣腕振るわされてるわけか。

 御苦労なことで。

 内心で呟き、在校生の長蛇の列を横目に見ながら正面玄関横の列へと歩を進める。と、

「……おや、どこかで見たような久しい顔がいるかと思えば、ナギではないか」

 妙な尊大な口調で声をかけられた。

 声の掛った方を確認してみると、列のかなり前方の方、大仰な仕草でこちらを振り返る男の姿。口調はいっそ清々しいまでの帝王口調で受ける印象は戯劇的。まったく、新学期早々あんまり顔を合わせたくない奴と会ってしまった。

「………小春(コハル)

 つぶやくように名前を呟き、周りへと眼をそらす。

 相も変らぬダークネス爽やかフェイス、妙に裾のスタイリッシュな学校指定制服。浮かぶ笑みは春風のような顔立ちとは真逆の含みを持ち、広げる動作は、やけに大仰。

 名前は隆生寺(リュウショウジ)小春。中学時代からの友人でそれなりに優秀な学生NASである。部活動もその他組織も同行したことはないはずなのに、なぜかこいつはことあるごとに俺を『仲間』と呼んでやまない。

「ふむ……先程はずいぶんと委員長に絞られていたようであるが、遅刻かね? 遅刻はいかんぞ、わが友よ。本日以外ならまだしも、新入生の前で無様をさらすなど、天下の学生NASとして示しがつかんではないか」

「うっせ。朝から追いかけまわされて余裕なかったんだよ」

「追いかけまわされた……? ふむ、なるほど。いつものごとく事件に巻き込まれた、というわけか……」

 やれやれ、と小春が首を振る。二重三重に膨れ上がった列の、小春の横へと並び横から先頭の方へと割り込むようにして並ぶ。

「ふん。つくづく運のない男だな、お前という男は。新学期早々、それも登校間際にトラブルと出くわすとは――――前世の罪状がよほど重いと見える」

「そんなもんがあるとしたら、この学校に入学した時点で不運は最高潮だよ」

 くくくっ、と小春は喉で笑った。

「違いない。我らの人生波乱万丈、その最高潮が今この学院、というわけか。……ああ、そういえばナギよ、聞いたか? 今年は《公社》の中でなにやら動きがあったらしく、黒岬学院との学生交流がより強化されるらしい」

「へぇ……」

 黒岬といえば確か東北のあたりにある、硲に告ぐ第二のNAS養成国策学校だ。そことの交流強化。うむ、なにやら胸躍る響き。

「我らのリークした情報によると、どうも学生交換や転校措置なども取れるようになるそうだ。まだ確定ではないが、どうも向こうはこちら以上に乗り気で、すでに転校措置をとった人間を一名用意したらしいな。どのような人間かはネットワークの及ぶ範囲でないためにいまいちよくわからんが……女子生徒らしいというのは確かだな」

「相変わらず情報の早い奴だな、お前……」

「いやいや、それほどでもはっはっはっ」

 わざとらしく快活な声を上げて、小春は笑った。

「で?」

 ずずい、と小春の作りだけは一級品な顔が間近まで寄せられる。

「……で?」

 一歩、列からはみ出ない範囲で距離をとって――――

「今朝のナギに何があったのか、聞かせてもらえないというわけはないのだろうな?」

 つもりだったのに、肩を掴んで引き寄せられた。

「……まさか、何も言うつもりがないと? そんなわけはあるまい。ナギよ、お前は友人が危機的状況にあったことを知り刹那に肝を絶対零度まで冷やした友人に対して何も告げぬほど薄情な人間ではないはずだ――――。今なら俺の肝に近づけるだけでバラはバラバラになるだろう」

 むしろ成長促進されそうな健康優良臓器の持ち主が何をほざく。

「そんな様子は欠片も見えないが」

「表情を隠すことに長けているだけだ」

「手先の色も冷や汗もないだろ」

 まあ、実際そのあたりをごまかす術を持っていたとしてもぜんぜん不思議じゃないのがこいつという人間だったりもするのだが。まったくもってつかみ所がない。

「それに仮に心配してたのがマジだったとしたって、お前に話す義理はねぇよ」

「義理はなくとも縁はあるだろう? 少なくとも、ナギが現在進行形で活動中の『肝吸い』やら『フェイスクラッシャー』などに――まあまずあり得んだろうがやられたとして、俺が寂寥を覚えぬと思うのか?」

 ええ、思いませんとも。てか何その恐ろしげな連中。そんな連中活動中なの?

 ま、どうでもいいか。

「……正体不明の黒服がぶっ殺してるとこに出くわして、そのままそいつに追われて逃げた。そんだけだよ」

 さすがに面倒なので話の端っこだけ話してやることにした。

 ほう? と興味深そうに小春が口元に手をやる。

「正体不明の黒服……とな?」

「ああ、全身真っ黒。追われて逃げてジャンプして遅刻した」

 結局正体はわからず仕舞いで殺された学生が誰なのかもわからないままだった。何となくよった廃ビルの踊り場、そこにぶちまけられた紅と黄色と白と黒。壁に張り付いたそれは粘りをもって床に滴り、穿った穴へと溜まって落ちた。

 見えた眼窩は滲んだ白で、

 穿たれた穴は肉と骨と血と得体の知れない粘液とで、濡れていた。

 死体には慣れてるし、この手で人を撃ったこともある。ただそれでも他人の死体と言うものはこうもグロテスクに映るもんだ。と、言うか明らかに『銃殺死体』って死体見慣れてる方がなんかおかしいだろ。

「ふむ――――。興味深いな。殺害されていたのは当校の生徒か?」

「あの制服が偽装じゃなきゃな」

「殺害方法は? 主に銃器の使用状況について詳しく聞きたい」

「どうして」

「犯人に興味があるからに決まっているだろう。で、どうなのだ?」

 言われてちらっと記憶を探る。前衛芸術は忘れようがない、として殺されてた方、銃持ってたっけ――?

「被害者の方はM1911(ガバメント)持ってた。口腔内に一発。黒服の方はよくわかんねぇけど……たぶんオートマグだな」

「オートマグ? それはまさかかの有名なるAM社のアレかね……?」

「別にTDEでもハイスタンダードでもAMTでもAMCでもいいけど、とにかく自動式でマグナム撃てるステンレスだ。それ以上は知らん」

 そもそも俺は銃を使わない。一応校則で規定されている以上変に目をつけられたら面倒で、それにあって困るもんじゃないから持ってるが、それ以上の目的はない。

 小春の眼が、考え込むように宙へと泳いだ。

「ふむ……オートマグ、か……。はてはて、ガバを持っている人間には無数に心あたりがあるが、さすがにオート『ジャム』となると――心当たりはないな」

 当たり前だ。天下のNASが自分の命預ける銃にあだ名になるほどジャムる銃使うかよ。と、言うかそもそも流通しているのかその銃。社名多いのも買収されたからだろ。

「そっか」

 軽く言い置いて、列の周囲へと再び目をやった。

 制服の雰囲気も真新しい新入生、一人ひとり形状や汚れ、痛みなどが一切異なる在校生。纏う気配からすべて異なる人いきれの中、去年は自分もこの中にいたのかと考えると、浮かぶ感慨もある。

 生きるか死ぬかの日常、その最前線へ身を投じること。

 その事実をちゃんと理解している人間が、どれだけいるのか、ふと疑問に思う。

 ………いないだろうな、たぶん。

 断言できる。おそらく中には例外もいるんだろうが、その例外はおそらく新入生百名ちょっとの中で一つまみ、十人もいればいい方だろう。

そしてその例外も例外じゃない一般も、卒業までに十人は命を落とす。

 一般的な高校より一回りも二回りも野蛮で、危険で、それ故に社会的貢献度はほかの職業の比ではなく、卒業後の就職率も安定している、それが硲学院だ。

 そして、俺と同じ奇々怪々な《能力》。

 それを持っている人間も、おそらく――――


「――――はい、次の方」

「……っと」

 いつの間にか列の最前列、レンガ造りの校舎壁面直前まで来ていた。眼前にはすでに生徒会の長机、その後ろにずらりと並んだウェストポーチのような物体と、書類の山。真正面にはこちらに向けてやわらかな笑みを見せる少女の姿。

「あ、隆生寺さん、穂村(ホムラ)さん。おはようございます」

 やわらかな眉尻、穏やかな表情。座った身長は見下げると称することのできるレベルのもので、女性としても相当小柄な方だろう。

「よう、七鳴(ナナリ)。こんな日も生徒会働きなんて、やっぱ役員って大変なんだな」

「こんな日だから、ですよ。穂村さん」

 銀縁眼鏡の向こうで、七鳴の目が穏やかに笑んだ。

「この後も入学式の運営、始業式での挨拶、登録銃器の情報整頓に新入生へのオリエンテーションなど、いろいろな仕事がつかえていますから。今日はほとんど、休みなしになりそうなんですよね」

 困ったものです、と七鳴は僅かに苦笑した。

「と、言うわけですので早めに登録しちゃいましょう。まずは――隆生寺さんから、ですか?」

「ああ。俺とて緋鹿(アカシカ)七鳴生徒会会計殿の手を煩わせるつもりはない。早々に終わらせて退散するとしようぞ」

 言いながらごとり、と懐から取り出した拳銃を正面の長机へと置く。さらにその横へナイフを数本、弾倉が六本。ついでにどこから出したのか、大型拳銃までが並べられた。

「硲学院NAS養成科二年、隆生寺小春。使用銃器Cz100、.40SW弾仕様。副装備投擲用(スローイング)ナイフ六本、S&W M500。保有弾倉は呼び含め計六本。所属部活は手芸部だ」

「はい、メインがCz100、ナイフが六本、S&W M500ですね。承知しました。では、使用WIDAは通常サイズで大丈夫ですね?」

 復唱しながら手元の小型端末のパネルを操作していく七鳴。

「ああ、そうしてくれたまえ。むしろそうなるように調整しているのだ、それ以上のものを渡されても困ってしまう」

「ふふふ、確かに、そうですね。では、隣で更新済み電子生徒手帳と一緒に、支給WIDAの受け取りをお願いします」

「うむ、承った」

 ではな、とその場を離れる隆生寺。

「では、次は穂村さん、お願いします」

「はいよ」

 言われて全身をごそごそ探り、ありったけの装備を机の上に並べた。

 自動拳銃一丁、バタフライナイフ一本。それと予備弾倉が五本きり。小春と比べると少々火力が心もとない装備が、今の俺の所持品である。

「硲学院NAS養成科二年、穂村渚。所有装備ベレッタPx4、.40S&W弾使用、予備弾倉五本。副装備バタフライナイフ一本と家にレミントンM870とM24だ」

「家に……ですか?」

「ああ――。ちょっと持ってくるの忘れちまってな」

 まあ忘れてなかったら今ここに生きて登校できてるか疑問だが。

「……えっと、困りましたね。私も穂村さんが装備持ってるのは知ってるんですけど、この場にないとなると――――」

「ああ、後で委員長が話通しといてくれるって話になってる。書類上はそれで問題ないだろ」

「あ、そうですね。それでしたら生徒会としては別に」

 さらさらと手元のデバイスを操作し、何事かをちょこちょこと書き込み、

「……はい、登録完了です。隣で更新済み電子生徒手帳とWIDAの受け取りをお願いします」

「はいよ。仕事、がんばれな」

「はいっ」

 にこやかな笑みとともにうなずきを返した七鳴を背後に、生徒会の受付を離れた。


    × × × ×


「だったら! どうして! 三分遅刻してきた上! 何発か発砲してて! 副装備軒並み忘れてきてんのよ!」

「――――ふぅ……。だから言っただろ、委員長。ついさっき得体の知れない奴に追っかけまわされてて、撃つしかなかったんだって」

「………あ」

 校門横、通りすがりざまに、眼鏡の先輩に怒られているその先輩の顔が目に入った。

 どきん、と心臓が跳ねた。

 何度か忘れようとも考えたことのあるその顔、だけどやっぱり忘れられずに何度も思い返し、そして結局忘れられないままにここへきてしまったその顔は紛れもない、あの日あの時あの時間にあたしの前へと現れたあの人。人生の中でも転機と呼べるような出来事、そのきっかけになったあの人の顔だった。

「…………」

 思わず、校門をくぐろうとしていた足が止まる。

 声をかけるべきか、迷う。

 話しかけろ。そう自分の半分が告げた。明日をも知れない学校、せっかく入学して接点ができて、その入学式の日に会えたんだ。ここで話しかけなきゃ、次のチャンスは消えてしまう。

 話しかけちゃ駄目。そう自分のもう半分が囁いた。明日をも知れない学校だから、こんなところに自分を追ってまで入ってきた人がいたって知ったら、重荷になるかもしれないから。

 欲に素直になれ。そう自分の感情が呟いた。貞淑は今時柄じゃないぞ。

 貞淑を保て。そう自分の理性が語りかけた。貞淑を持ってこそ乙女、きっと彼も気づいてくれる。

 半分が、もう半分が、感情が、理性が頭の中でぐるぐると論争する。どうやら半分は感情と、もう半分は理性と同盟関係らしい。今時の少女らしく会話を望めと感情サイドが告げ、貞淑な前時代的乙女で在れと理性が言う。

 感情だ、理性だ、少女だ、乙女だ、ぐるぐる回る。どうしよう。本気でどうしよう。声をかけるべきだろうか。でもなんて?『あなたに憧れて入学してきました』?でもそれで重荷に思われたり、変わった子だとか思われたら――ここはやっぱり、声はかけずに見てるだけで……でもそんなのはなんだかさみしい。やっぱり話したい。先輩後輩、できればそれ以上……って何考えてんだろあたし! そんなんじゃない、別にそんなんじゃない! これは憧れ、そう、ただの尊敬する先輩への憧れなんだから――――


「……ったく――。そこはわたしがどうにかしてあげるわよ。まだ登録受付始まってないし、わたしが口頭で話し通しとけば向こうもうるさく言ってこないだろうし」

「さんきゅ、委員長」

「わかったら早く行きなさい。入って正面、外来玄関口横よ」

「おう」

「………あ」

 考え込んでる間に息を整えたあの人が、軽く眼鏡の人に手を挙げて校門の中へ入って行った。

 後を追おう、そう思って足を踏み出し……感情のぐるぐるに足を取られてそのまま止まった。

 そうこうしている間に、あの人の姿が玄関口前の列の中へ消えた。

 もう間に合わない。そもそも、まだ正式に入学式を済ませていないあたしには追いかけること自体がそもそも無理難題になった。

「………なにやってんだろ、あたし」

 呟いて、なんだか重くなった足を引きずり校門をくぐった。

 ちらり、とさっきあの人と話していた眼鏡の人の方へと目線が泳ぐ。

 ………あの人と、どういう関係なんだろ……。

『委員長』って、あの人は呼んでた。

 でもそれだけの関係にしては、ずいぶんと親しそうに話してたけど…やっぱり仲もいいんだろうか。委員だけに。いろいろと世話焼きっぽかったし、もしかするといろいろとお世話したりとかもしてるんだろうか。授業とか、宿題とか、お弁当とか、ひょっとすると朝起こしたりとか?

「いやいや、ないない……」

 でもさっき『渚』って名前っぽいの呼び捨てにしてたし――そんなに深い仲でもないのに名前呼び捨てって普通しないよね。ということはそれなりに深い仲って事で――――やっぱり背中並べて戦ったこととかもあるのかな……。

 ちょっと、いやかなり羨ましいかも……。

(コヨミ)ちゃん!」

「うひゃあっ!」

 後ろから肩を叩かれて、思い切り飛び上がった。

「おはよう、暦ちゃん! 入学おめでとう!」

「……あ、」

 後ろから姿を覗かせる色素の薄いツインテール、幼げな顔立ち。身長は女子の中では割と長身に入る私と比較するとやや低めで、見上げる視線はどこか小動物を思わせるそれ。

 跳ね上がった心臓が、鼓動を治めた。

「――――なんだ…織瑚(オリコ)か。脅かさないでよ」

「ん……? わたしそんなにびっくりするようなことしたっけ?」

 唇に人差し指を当て考え込むように、織瑚は目線を宙へと泳がせた。

「いや、いきなり背後から声掛けられたらさすがにあたしでもびっくりするって……」

「あれ? でも前に暦ちゃん、贄之湖(にえのみずみ)で鍛えられてるから大抵のことにはびっくりしないーって言ってた気がするけど」

「うっ……」

「そういえば早めに行こうってわたし言ったのに、ちょっと遅らせたのも暦ちゃんだったよね……。それに冬休みぐらいのときにも会いたい人がいるからって言ってたから――――」

 ふっ、と織瑚の表情から悩みの色が消えた。

 ……なんだか、いやな予感がする。

「あ、そっか。そういうことなんだ」

 にんまり、と織瑚は笑った。

「な、なんなのよその不敵なこと考えてますーみたいな目は……」

「ううん。べっつにー。……そっかそっか。あの永久凍土の暦ちゃんにもとうとう春がきたんだ」

「あ、あのね織瑚! 別にあの人のことはそういうことじゃ」

「あの人?」

「っ」

 しまった、と思った時にはもう遅い。

 織瑚の薄い桜色の目に、生き生きとした光が宿る。

「ねえねえ、あの人って誰のこと? やっぱり暦ちゃんが前から言ってた憧れの人? 会えたの? お話した? どういう人だった? 仲良くなれそう? 彼女さんいるとかもう聞いた?」

「っ……だから、そういうんじゃないって……」

「ねえねえねえねえ、どうだったの? 教えてよ。わたし暦ちゃんの恋だったら応援するから!」

「こ、恋って――そんなこと……あたしがするわけっ……」

 頬が一気に紅潮するのがわかる。耳まで一気に赤くなってきた。

「とっ、とにかくっ。あの人とかそういうの関係ないのっ。それにだいたい、ただの憧れで……その、恋愛感情…とか、そういうのじゃないんだからね! 勘違いしないでよ!」

 そ、そう。これがあたしの本心! 確かに一人で勝手に憧れたりして一緒の学校にまで着いてきたけど、それはこのご時世護身技といろんな資格と確実に就職できる利便性があるからで別に一緒に勉強できたらとかもしかしたら色々教えてもらったりとか距離が縮めやすいからとかイベントとかで会えるからとかもしかすると告白とかして恋人同士とかになれたりするかも知れないなんて考えてない――そう、考えてなんか…………

「…………暦ちゃん? どうしたの、いきなりハバネロみたいに真っ赤になったりなんかして」

「うわぁっ!」

 のぞきこまれてた状態から、よろよろと三歩後ろに下がる。

 にまにまと、楽しそうに織瑚は笑っていた。

「大丈夫。もし暦ちゃんが本気であの人のこと好きだったとしても、バカにしたりなんかしないから」

「っっっっっっ! もうっ!」

 織瑚のバカ! も~っ、そんなんじゃないって言ってるのに!

 肩を怒らせて正面入り口の方へ歩を進める。

 もう織瑚なんてほっといてちょっと早いけど体育館いっちゃおう。確か養成科の新入生は入学式前に銃器登録と学生証の受け取りがあるから、早めに並んで――――

「うふふ、待ってよ暦ちゃん!」

「待たない! だいたい織瑚は普通科でしょ! どうしてあたしにくっ付いてくるの!」

「わたしもお父さんから鉄砲持たされちゃったから。普通科の人も、鉄砲持ってたら登録しないといけないんだ」

「え? そうなの?」

 うん、と隣に並んだ織瑚がうなずく。

「そっか。あのおじさん心配性だもんね」

「うん。ほんとに困っちゃうよ」

 やれやれ、とあきれたように織瑚が言った。

 とはいっても、おじさんの言うこともわからないでもない。このご時世、いくら天下の硲学院に通ってるとはいっても、制服の違いで普通科だってこともばれるし、学生だからって危険な目に合わないわけでもない。銃の一挺ぐらいは御愛嬌だ。

 ………それに、あたしの面倒も色々と見てくれてるし。

 登下校ぐらいは合わせて、おじさんのこと安心させてあげるのもいいのかもしれない。

 織瑚とも小学生自体からずっと友達だったんだ。それだけで役に立つならそれに越したこともない。

「でも、織瑚に拳銃なんて使えるの? ほら、前にあたしの銃試し撃ちしたときに、派手に転んでたじゃん」

「大丈夫だよ。ちゃんとわたしにも撃てるやつって渡してきたから」

「ん、そっか」

 なら安心、と内心で納得して、そういえばあたしの銃もあの人のに合わせたんだっけ、と再び思う。

 ………って、バカ。あたしまた何考えてんの。

 再び赤面しそうになり、あわてて顔をそむけた。

「あ、鉄砲の登録って、どこだっけ」

「体育館。そこの入り口で、受付と一緒にやってるって話だったはずだよ」

「ん」

 短く言い交し、ちらりと腕時計を見た。

 入学式まであと少し。

 学園生活の開始までも、あと少し。

 ………よしっ。

 これで、あの人と同じ場所に立てる。あの人みたいな、誰かの命を助けられるNASになれる。

 ………がんばろう!

 内心で決意を新たにし、意気揚々と体育館を目指した。


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