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11.猶予

○ ○ ○ ○


 眼前で生徒会長の手を握り締めるあの人を、あたしはただ見つめることしかできなかった。

 思うところは多い。だけど、そのどれもがあたしには理解できない。都市伝説のはずの《委員会》、R号、あの人がいた、《委員会》への推薦、どこか諦めたような、辛そうな表情。

 ぎゅっ、と心臓を鷲掴みにされたような気がした。

 どくん、と脈打つように金色に染まった目が鈍痛を発する。違う色になってしまった目、あたしが異常へと足を踏み入れてしまった証。これもリバースのおかげなのか、昨夜の気絶から今朝になって目覚めてみると粉砕されたはずの頭の左半分は跡形なくつぶれきってしまったらしい左目を除いて完全に治癒し、傷跡の一つも残っていなかったけど、『治ってしまった事実そのもの』にどこか気恥ずかしいものを感じて、思わずあの人から目を背けてしまった。

 都市伝説に語られるリバースの存在は、一切肯定的ではない。

 それは弔能を得た超常。故にそれは弔状を暗示する兆候にして弔辞の担い手。遭遇はすなわち死の暗示、対峙はすなわち死の体現、戦闘は――――すなわち死の具現。

 それは言うなれば、出会った瞬間死ぬことを覚悟しなければならない天災の類、もっと直接的な表現を使うなら……化け物だ。

 NASになった、その時点であたしが人殺しになる覚悟を決めたことは変わらない。ううん、それよりも前、織瑚と出会うきっかけになったあの事件から、あたしは人殺しだ。

 それが、今や化け物。

 都市伝説のうちに語られる、異能の所有者。

 物理法則すら捻じ曲げる異能を有してしまった人間はもはや人間とは呼べない。その点において、あたしはもうどうしようもないほどに怪物だ。

 気恥ずかしさと居た堪れなさの海の溺れるあたしを余所に、生徒会長の話は続く。

「……ふむ、受諾に感謝しよう、同士穂村君。これで君も《委員会》だ。あとは《委員会》就任によって生じる各種権限強化、待遇変化に対応するために電子生徒手帳の最適化(フィッティング)があるが、これはデータだけで済む話。データ書き換えが済み次第、再び話そう。その時には……現行《委員会》が抱えている懸案事項、これについて話をしたい」

「…………ああ」

 呻くように、呟くように、あの人がうなずく。

 ………穂村、渚、さん。

 心中であの人の名前を呼ぶ。

《委員会》に聞き及ぶところが正しいと考えるなら、そこは学生NASの中でも最優秀、プロのNASですら及ばぬ時もあるほどのエリート機関であるという。

 どうやらあたしは、そんなとてつもないところにスカウトされるほどの実力者に憧れていたらしい。

 今はもう、それすら許されるかもわからないけど……憧れの人がさらなる高みへ上った、その事実がどこか、誇らしく感じられた。

「――――さて、続いては夜陵女史の話に移ろう。R号絡み、と先程君は言ったね?」

 突然移った話の矛先に一瞬の困惑も見せることなく、優雅に孤実先輩は頷いた。

「ええ。私は私の方でいろいろと活動しているんだけれど、その一環で思わぬ拾い物があってね……。まだ詳しくは確認してないけど、R号であることは確かよ」

「ふむ……」

 生徒会長の帽子から覗く鋭利な視線が、あたしを射抜いた。

 自分という者の深奥を暴きだされるような鋭い眼、思わずぎくりと身を引いたあたしをよそに、生徒会長は考え込むように顎に手をやる。

虹彩異色症(ヘテロクロミア)……ではないな。爪も頭髪も見る限りでは正常で、光彩変異を起こしているわけでもない。だとすると常顕型のリバースか? ――いや、それにしては気配が妙だ。発動中なら特有の感覚があってもおかしくない。……ふむ――女子生徒、君の名は、なんという?」

「え、あ、はい……。柵内、暦です……」

 ふむ、と生徒会長は前置きする。名前の響を咀嚼するように、あたしの名を口先で転がし、目線だけで天井を仰ぎ見た。

「サクウチ……コヨミ…と。字面は柵の内側の歴史、で間違いはないかね?」

「はい……」

「ほう……出るべきところが出た、といったところか…」

 面白がるように笑みを浮かべ、生徒会長は自らのデスクへ回り込みながら、歌い上げるように言った。

「柵内暦、年齢十五、女子。生誕日は八月十二日、登録銃器ベレッタM90―two ・40S&W弾仕様ノンカスタム、使用近接武器は金属杖。杖術を習得済みと見られるが、流派は未特定。現在入学直後につき実力不明、なれどその実力、今後に期待可能なもの有りと判断可能。成長株として期待していた一人ではないか。なかなか優秀な人材を手駒に加えたものだな、夜陵女子」

「ふふふ……お褒めに預かり、光栄ね……」

 楽しげな声で孤実先輩が骸骨の笑みでこたえる。含みを持たせたその笑みの行く先が生徒会長でなくあたしに向いているようで、思わず背筋に冷たい感触を覚えた。

 いったい、この二人はどうしてあたしに焦点を当てているのだろう。

 少なくとも今回の来訪目的は、あたしに誤認定されてしまったNAS死亡認定を取り消してもらうため、それだけのはずだ。

 だけど……おそらくこの話の流れではどうもそれだけでは済みそうにない。

 どういう流れで、今後あたしがどうなるのかがわからない。

 不安が胸中に去来する。不意に湧きあがった暗雲のような感情を吐き出すために、崖際の暗闇に一歩を踏み出すような気負いを持って尋ねるための一歩を踏み出した。

「あの………聞いても、いいですか?」

「おっと、これは失礼……。当事者を置き去りにしては太立ち行くものも立ち行かなくなるではないか。よろしい、質問を許可する」

 遥かな高みから見下ろすような口上に一瞬むっ、とした感情が湧きあがる。若干ぶっきらぼうな口調になりながらも、あたしは生徒会長に尋ねた。

「《R号》って、何なんですか。さっきからあたしに関係ある話って言うのはわかるんですけど、それがどう関係あるのか全然わからないんですが……」

 ――――その後。あたしはどうなるんですか。

 後半を飲み込んだ挑みかかるような問い。腹のうちを見透かし、そこにある怯えを心底楽しむように、生徒会長は再びデスクの上で弄ぶように手を組む。手の中で一瞬潰れたような燐光が光った。

「ほう……、そういえば前提が不確かなままであったな。混乱もあるだろうに、あえて踏み込んでくるとは――予想外に肝も据わっているらしい。よろしい、答えよう。その問いの答えは単純だ」

「………」

「R号――その単語はそのまま、学生諸氏が死亡懸案に上がった後に再生したもの、すなわちリバースとして覚醒した者をさす。知っての通り、NASというシステムは内側に内包する実力がその全てでね……、故にリバース覚醒者はR号という呼称を以って一般生徒と区分され、その立場を特異的な位置に昇華、特権的な権力を付加すると同時に、一般生徒とは一線を画する任務に就いてもらうこととなる」

「つまり早い話が、高待遇になる代わりに仕事の難易度も上がるってことよ、ふふふ………」

「その通りだ、夜陵女史。R号はその能力の特異性、およびリバースであるという異常性からその能力を行使しての任務は多くの場合秘匿性となり――そしてその任務内容にNAS全体の自治を含ませるため、ほとんどのケースにおいて《委員会》への入会が望まれることとなる」

「えっ……」

 思わず、呆けた声が口から洩れた。

 あたしが、《委員会》に?

 あの都市伝説の一部に……あたしが?

 中学時代にさんざん聞いた都市伝説。一人でテロ集団を叩き潰せるほどの実力と、物理現象を超越した異能、殺人公社という国家最大の力によって庇護されたその秘匿性。暗がりの中で声を潜めて語られるその存在の一部に、つい昨日入学したばかりのあたしが、なる……?

「つまり……あたしも、そうなる……?」

「あくまで可能性として、の話だがね。だが少なくとも現状、《委員会》二十二席中三席の空きが存在し、そしてそのうちの一つが今日埋まって残りは二席――――。貴重な戦力ともなりうるR号を、そう簡単に見逃せるほど《委員会》は人材に、恵まれているわけではない」

「……でも、あたしは――――」

「無論、実力が明確に把握できていない現状では判断材料が余にも不足している事実は否めない。だが少なくとも、君は現状、《委員会》への入会が期待される人材としては最有力の人物ということだ」

 否定を連ねようとした言葉の先。牽制のように突き出された言葉は見事にあたしの言葉を封じ、否定は連ねられぬまま心中で蟠った。

 ふっ、と嘲笑にも似た笑みが生徒会長に浮かぶ。

「状況を把握したかね? 柵内君。なに、心配はいらない。来たるべき《委員会》への入会、その際には君に審査を受けてもらうことになるだろう。その結果が否と出た場合、君は元通り――一般生徒の仲間入りだ。だが、そんな結果は君も望まないだろう?」

「っ、それは……」

 感情が、揺れる。

「どうだろう、柵内君。君のその身に宿った異能、《委員会》のために使うつもりはないかね……? 無論、待遇と情報の秘匿は保障しよう。ナンバーとコードを与えられ、我々の同紙にならないか?」

 学生NAS最強の組織、《委員会》。そこに名前を連ねることはすなわち絶対的な実力者の証。絶対とはすなわち人外の別称、そこにある名はすなわち人外の名前である。

 つまり――――あたしは、そこにいれば人間になる。

 そればかりか、《委員会》には穂村さんまでいる。あたしが憧れに憧れを積み重ねたその人。NASになろう、そう決意したあの日にあたしの前に広がった返り血の背中。誰よりも苛烈に、何よりも猛烈にNASたる形を見せつけてくれた、あたしの今の原点。

《委員会》に入れば、あの人の隣に立つことも――できる。

 胸の中に、小さな灯がついたような気がした。

 満足げに、生徒会長が笑む。

 隣で拷問人のように、孤実先輩が笑む。

「――――どうやら、腹は決まったようだな、柵内君」

「ふふふ……楽しそうなことになりそうね、ホント……」

 笑む二人を前に、あたしは一歩、決意を秘めて踏み出す。

「あたしは………」

 決意を口にするための一歩、後戻りを絶つための、迷いを殺すための一歩。

 そのための一歩を踏み出して、あたしは――――


「……待てよ異操」「異操、待ちなさい」


 決意を口にする、その前に。

 二人分の声が、あたしの言葉を遮った。

「ふむ? どうかしたのかな、同士穂村君、同士時噤君」

「どうもこうもないわ、異操」

 今まで壁にもたれていた茶髪の先輩が、苛烈な光を目に灯してデスクへと歩み寄る。腰から覗くWIDAと西洋剣の柄、重心のぶれない歩み、それだけで、この人物が只者ではないことを実感する。

「あなた、何考えてるの。あたしやナギはまだいいわ。あたしは黒岬でいろいろやってきたし、ナギの実力も実戦経験量もあたしはよく知ってる。人柄だってわかるわ。だからあたしはナギを推薦したの。でもね、」

 間を開けるための沈黙の言葉尻を、

「入学初日、授業もまだ一回も受けてない、過去の経歴一切不明の一年をいきなり《委員会》入りさせるなんて、何考えてんだ」

 受け取ったのは、穂村さんだった。

 二人分の反論を受け、ほう、と生徒会長は頬杖の中に目線を隠す。

「……つまり、二人は柵内君を《委員会》へと入会させるのが不服だ、と?」

「不服とは言わないわ。ただ、結論を急ぎすぎてるだけよ。考えてもみなさい、異操。現行戦力として数えられる《委員会》は合計二十名。その大半がリバース……R号で占められてるのよ? まだ私も入って二日目だけど、少なくともこれだけのR号がいれば、大抵の状況には対応できるってことぐらいはわかる。戦力が足りない状況ならまだしも、十分な戦力を保有している現状で、R号の入会を急ぐ必要性はないわ」

「付け加えるなら実力があまりに不安すぎる。入会させるなら実力はともかく、NAS適性は最低でも確認するべきだろ」

 苛烈な、見様によっては怒りすら感じられる言葉で二人は言い募る。息のぴったりと合った反論に、芝居がかった仕草で生徒会長は息をついた。

「ふむ……一理あるな。確かに現状、戦力の確保は急ぐべき状況でもなく、NAS適正も不明瞭という点も確かに盲点だ。現状明瞭ではない要素であるが故に思考が及ばなかったが――――そうだな」

 つい、と生徒会長の眼が再びあたしへと戻ってくる。

「二週間……いや、一週間だな。一週間経ったのち、またここで話そう、柵内君。その間に自らがNASとしてふさわしいか、何を持って秩序を体現するか、その点を考えるといい」

「じゃあ異操。その間、この子のこと引き受けていいかしら? 初心者講習、面倒なんじゃなくて?」

「そこまでは僕も関知するつもりはないとも。好きにしたまえ」

 そう、と孤実先輩は優雅にうなずいた。つい、と自然な動作で手を引かれ、最初に感じた骨を思わせる柔らかな不気味さに、思わず振り払った。

 あら? と小首をかしげる孤実先輩。

「ふふふ……振られちゃったわね、残念。じゃあ異操、一週間後にまた会いましょう。今日は、これで失礼させてもらうわね」

「応とも。柵内君の教練も含め、よろしく頼む。その間の行動については関知しないが――――せいぜい僕に嗅ぎ当てられないよう、うまくやることだ」

「あら? 何のことかしらね」

 民草を蹂躪する王、生命を嘲笑する死神。

 邂逅するには不吉すぎる笑みをかわす二人に手を引かれるように、あたしは生徒会室を後にした。



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