第一話 台所のモノクローム
台所という場所は、時の流れの吹き溜まりによく似ている。
ステンレスのシンクを磨き上げ、まな板を漂白し、ガスコンロの油汚れをセスキ炭酸ソーダで拭き取る。奥野美里が六十二年の人生で何度繰り返したかわからないその作業を終えると、四畳半の台所には静寂だけが残された。
シュー、と小さな音を立ててお湯が沸く。美里は手慣れた手つきで急須に茶葉を入れ、お湯を注いだ。湯気とともに立ち上る緑茶の香りは香ばしく、どこか切ない。
夫が他界して三年、娘が嫁いで二年。この家には今、美里一人しかいない。かつては毎晩のように「お腹すいた」「今日の晩ごはん何?」という声が飛び交っていたリビングも、今はただ整然と家具が並んでいるだけだった。
パート先のスーパーマーケットでは、レジ打ちの「奥野さん」として一日を過ごす。家に帰れば、ただの「美里」に戻る。けれど、その「美里」という名前を呼んでくれる人は、もうこの世界のどこにもいないのだった。自分の名前が、まるで古い布のように少しずつ色あせ、やがて透明になって消えてしまうのではないか。そんな思いが、夜になると胸の奥で小さな冷たい石のように居座るのだった。
美里は湯呑みを片手に、食卓の上のスマートフォンに手を伸ばした。娘から「ボケ防止になるから」と半ば強引に持たされたそれは、美里にとってまだ半分以上が未知の道具だった。画面を指でなぞると、色鮮やかな写真や動画が次々と流れていく。世界中の人々が、自分の人生の輝かしい瞬間を切り取って見せ合っている。その眩しさに眩暈を覚えながら、美里はなんとなく動画アプリの虫眼鏡マークをタップした。
画面に映し出されたのは、どこかの郊外にあるショッピングモールの屋上広場だった。
薄曇りの空の下、簡易的なステージの上で、三人の若い男の子たちが踊り、歌っていた。観客はパラパラと十人ほど。買い物袋を持った人々が、足を止めることもなく通り過ぎていく。
その画面のいちばん右端に、一人の少年が立っていた。
名を山口玲司というらしい。画面の下に小さな文字でプロフィールが表示されていた。十九歳。
玲司は、お世辞にもダンスが上手とは言えなかった。となりの男の子が華やかに指先まで神経を行き渡らせて踊っているのに対し、彼の動きはどこかぎこちなく、必死さが前面に出てしまっている。歌声も少し掠れていて、高音になると苦しそうに喉を絞り出していた。
しかし、美里の目はその右端の少年から離れなくなった。
彼の一生懸命さの中に、ある種の哀愁のようなものが漂っていたからだ。客席の誰も自分を見ていないかもしれないという不安。それでも、今この瞬間に自分のすべてを投げ出さなければ、次がないかもしれないという切迫感。彼は汗だくになりながら、引きつったような、けれどまっまっすぐな笑顔で客席の空虚を見つめていた。
(ああ、この子は……)
美里は胸の奥がキュッと締め付けられるのを感じた。
かつて、誰もいない台所で一人、泥のついた野菜を洗い、誰にも褒められない掃除を完璧にこなし、家族の健康だけを祈っていた若い頃の自分の姿が、画面の中の不器用な少年と重なったのだ。
「私、知ってるよ」
美里は誰もいない部屋で、ポツリと呟いた。
誰からも拍手を送られない場所で、それでも目の前の仕事に全力を尽くすことの凄まじさを。その健気さを、美里だけは痛いほどよく知っていた。
スマートフォンの小さな画面から漏れ出す青い光が、美里のシワの刻まれた手を、そして暗い台所を静かに照らしていた。




