8.配達完了
西エリアの1等地。レンガ調の建物に愛車を止めて呼び鈴を鳴らした。
クラシックなメイドが出て、案内された先はある男の書斎だった。
「いやぁ!ご苦労ご苦労。大変だっただろう?」
「はぁ、えっとエラの叔父様ですか?」
「いかにも、私がウォーデン・ブレイズフォードだ。君のことは姪から聞いているよ。『優秀な運び屋』とね」
「どもッス。これご依頼の品です」
ウォーデンは封筒を受け取るとペーパーカッターでさっと開き、中から葉巻を1本取り出した。
くるくると回しながらシガーカッターで端を切り、煙を燻らせる。
というか……
「葉巻1本だけの配達って……」
「ははっ、まぁそうだろうね。しかし、こんなのはオマケに過ぎない。本当の目的は……」
「叔父様、そこからはわたくしが」
扉を開けてエラが入室してきた。
「思ったよりお早いお着きね、優秀な証拠で嬉しいのだけれど……ハコス、あのバイクでなかなかスピードを出していたようね?」
「あ、あぁ。どっか壊れてたか!?……あれ、なんで知ってるんだ……?」
「いえ壊れてなどいませんわ、……ふふふっ。あぁ!本当にすごいわ!」
エラが嬉しそうに笑みをこぼした。
「あのバイクの動力はね、私が会社で進めている新システムを使用してるの!ガソリンでも電気でも水素でも髪でもない!まったく新しいエネルギーなの!」
いつにも増して饒舌なエラに、圧倒されてしまう。
無邪気なように見える笑顔が、この場では異質で狂気的に見えた。
『NO HAIR SYSTEM』
エラの口からでたその名は、話を聞く限り無から有を生み出し続ける夢のような動力源だった。
詳しい内容は俺の頭では理解できなかったが、とにかく科学の常識をぶち壊した前代未聞のシステムだと。
そしてそれを積み込んだBOXERを動かすことで、実践データを収集していたとのことだった。
こっちがあんなカーチェイスを繰り広げた意味はあったのか?
「なら、普通に走らせてもよかったじゃないか?」
「そんなデータならシミュレーションで十分だわ。貴方が予想以上の走りをしてくれたことで、このシステムの価値はさらに跳ね上がったの!いかがですか、叔父様?」
ウォーデンが顔を覆い、一息吐いた。
「はぁ~……なんとまぁ、信じられないモノを作ったね。これが量産できれば、人類はエネルギーを奪い合うようなことがなくなるかもしれない。髪狩りなんて真っ先になくなるだろうね」
葉巻を置き、据わった目でエラを見つめる。
「よかろう、すべて許可しよう。プロジェクトを進めたまえ」
「そう言っていただけると思ってましたわ!必ず、プロジェクトを成功させます……必ずね」
エラに呼びかけられ、ウォーデンに頭を下げて部屋を後にした。扉が閉まる瞬間までにこやかな表情のままだった彼女は、息を吸うと声のトーンを下げて、口を開く。
「ハコス、本当に礼を言うわ。このプロジェクトが成功すれば、わたくしは会社の実権を握れる。あいつから奪ってみせる……!」
華やかなお嬢様に似つかわしくないその背中に、怨嗟と憤怒の炎を感じる。
しかしなぁ……ただの勘だけど、このままうまく進むとは思えない。
大きな闇が蠢くこの街で、敵が一人なんてことはあり得ないからな。
まぁ、このお嬢様なら自分で気づくだろう。
「俺はBOXERに乗れれば、依頼だけはこなしてやるよ」
「えぇ十分よ。またお願いね」
振り返ったエラは、いつものお嬢様の顔だった。
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「くそっ!親が親なら子も子だなっ!なぜ、そこに近づくんだ!!」
ウォルナットのデスクに男の拳が何度も叩きつけられる。
葉巻の臭いが染みついた部屋に、怒声がこだまする。
「またアイツに依頼するか……いや、まだだ。あの男とは違い、まだバイクに搭載できる程度だ」
エラが主導で開発したシステム。あれは新しい動力装置なんかじゃない。
無から髪を生み出す『育毛剤』と同じ原理だ。今はまだ実体を持たないエネルギーを生み出す程度だが、行き過ぎれば契約に抵触するかもしれない。しかし、完成すれば間違いなくやつは食いつく。そうだ。これは世間へ公表するより、知る人だけが知るから価値が生まれるのだ。
そうすれば私だけが、奴に対抗できる。
仕方ないな。わが娘のように可愛がってきたが、あの娘には過ぎた玩具だ。
頃合いを見て取り上げる他ない。
少し冷静になったところで、電話をかける。
「私だ。エラが始めたプロジェクトの詳細を送ってくれ。追って指示をだす」
再び葉巻を楽しむ。これから忙しくなる。つかの間の休息だ。
椅子の革を撫でる。煙を吐き、輝かしい未来を握るように手を伸ばした。




