6.配達依頼
メラニンシティ西エリア地下。人知れずにこっそり開いているバーのカウンターで、一組の男女が酒を楽しんでいた。
「遅いじゃない。もう4杯も飲んじゃったわよ」
「すまない、仕事がね」
わかってるわ、そう言ってグラスの氷を指でつつく。
男はそんな女の横に座り、彼女と同じものを注文した。
バーテンダーは慣れた手つきでシェイカーを振る。小気味よい音を耳で感じながら、男は口を開いた。
「どうやら街が騒がしくなりそうだよ」
「いつものことでしょ、マフィアに能力治安官それと大企業。欲望ドロドロで嫌になるわ」
「まぁ、そう言わずに。昨日起こった同時多発理髪店襲撃事件なんだけど、理髪店だけじゃなく、とある大企業の金庫も破られてたんだ」
バーテンダーがカクテルの注がれたグラスを滑らせる。
男は目の前に置かれたカクテルを軽く揺らして口を湿らせた。
「被害にあったのは中薬大店。この会社、ある薬を製造しているって噂があってね」
「まさか……本当だったの?失った髪を生やせる『育毛剤』があるって……」
「さぁね。ただジャンヤオは治安官に被害届は出さずに、金庫への捜査も拒否している。なのに、血眼になって襲撃犯の情報を集めてる」
「人々が求める伝説の秘薬ってことね、面白いじゃない」
女はにやりと笑みを浮かべる。薄暗い店内ではっきりとわかるほど目に光が入る。
こうなると彼女は止まらないことを男は知っていた。颯爽と出ていく背を見送って、視線を戻す。
一人残った男に、バーテンダーが話しかける。
「あの人の分のお会計は、お客さんでよろしいので?」
「……また、か。あぁ私が払うよ」
飲みかけのグラスから結露が一滴こぼれた。
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
昨日は散々な日だった。
髪狩りに遭遇したり、変なお嬢様を助けちまったり、ドッドファミリーの一人とバトルしたり……挙句に職を失ったり。
そんな無職の朝は遅い。というか、もう日が上りきって午後に入る。
眩しすぎる日の光に目を細めると、うるさいブザーが鳴った。
滅多に鳴ることがないので忘れていたが、俺の部屋の玄関チャイムだった。
「あ~い、今開けるよ……どちらさm」
「ごきげんようハコス。昨日振りね」
玄関ドアを開けた先に、もう会うことはないと思っていたお付きとその後ろにお嬢様がいた。
エラは清純の象徴のような白いシャツに、水色のハイウエストスカートにローファーとどれも見ただけで高価なことがわかる。ゾフィーは変わらず真っ黒のパンツスーツだ。
「で、何の用ですか?」
「昨日のお礼と……少し長くなりそうなお話です。お邪魔しても?」
ふと振り返る。ベッドしかないワンルーム。
所狭しと酒の空き瓶と衣服が散乱しており、足の踏み場もない。
「うちは無理ですね。近くのカフェでどうでしょうか?」
「内密なお話ですのでカフェは……貸し切りにできるかしら」
ゾフィーはうなずくと徐に電話を掛ける。
漏れ聞こえる声から察するに、一方的に用件を告げ、抗議するような声を無視して電話を切ったようだ。
はぁ、仕方ない。
着替える時間だけもらい、三人で無人のカフェへと向かった。
_______________
「改めて、先日はありがとうございました。今日お会いできてよかったですわ」
「はぁ、どうも……」
にこりと微笑むエラ。恐縮しっぱなしの俺。無表情で佇むゾフィー。無人のカフェはカオス極まる空間になっていた。
早々に退避すべく、アピールしていこう。
「えっと、お礼を言ってもらったんでもういいですかね?それじゃ……」
「わたくし、何がいいか考えましたの。ハコスはそうやって頑なにお礼を受け取らないでしょう?」
「え?いや、くれるなら貰……」
「ですから!お仕事の報酬としてなら受け取っていただけるかと思いまして。こちらを」
ゾフィーが胸ポケットから封筒を取り出した。
膨らみから細長い棒のような何か、しっかりとした硬さを感じる。
「こちらを西エリアの叔父様のもとへ届けてくださいまし。期限は3日くらいでいかがかしら?」
「あ~受けたい気持ちはあるんですけどねぇ~……自転車がないもんで、残念だなぁ!」
「丁度よかったですわ!ゾフィー、あれを持ってきて!」
了承したゾフィーが一度店を出て、車のトランクからキャリーケースのようなものを運び出してきた。
店内に入ると、持ち手のボタンを押した。
カシャカシャとキャリーケースの部品が変形し、あっという間に50ccほどのスクーターのようになった。
「わが社の新開発したシステムを使用した二輪車。その名も『BOXER』。これで配達はできますわよね?」
変形するバイクとかかっこよすぎだろ。
エラからの依頼を受ける気なんかなかったのに、気が付くと俺は首を縦に振っていた。




