3.髪狩り
「金持ちそうな女を逃がしたぁ?馬鹿野郎がっ!!」
坊主頭に三本の刈込線を入れた男が殴り飛ばされる。
怯えた目で相手を見上げながら、必死に謝るその頭を踏みつけて制裁を加える。
「しかも、白銀のストレートな髪質に膝まである長髪ときた、ぜってぇブレイズフォードの娘じゃねぇか……捉えりゃボスとアニキが手を付けてるシノギに一枚咬めるかもしれねぇ……おい!」
「へ、へい!」
「攫うぞ、その女……それから、髪もだ。アニキに繋げぇ!でっかく稼ぐぞ!」
男どもの野太い声が、たばこ臭いオフィスに響く。
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薬品のにおいが染みついた院内を歩く。北エリア最大の病院、聖ミリアラル病院。
最新設備やリラクゼーション設備まで完備されてる代わりに、入るだけで莫大な入院費がかかるらしい。
つまり俺なんかが一生入ることすらない病院だったのに、なんだってこんなことに……
全部こちらのお嬢様のせいだが。
「なぁ、えと……ブレイズフォードさん?いや様。俺、次の配達行かなきゃなんだわ」
「エラでいいですわ。わたくしのお父様と面識ができるかもしれないのに、チャンスをふいにするおつもり?変わり者なのね」
ブレイズカンパニーの総帥ねぇ……雲の上の人過ぎてなんも思わねぇな。
それに今は病人だろう。そんな人に会ってもお小遣いはもらえなそう。いやクラブ先生に結構もらったから、金はいいか。
うまく断らないと、お嬢さんが面倒になりそうだな。
「へへ、よく言われるんですよ。ほら、俺の髪も変でしょ?こんな格好でお会いするのも失礼ですんで、俺はこれで……」
「お嬢様っっっ!!!!」
俺を押しのけて、一人の女がエラに駆け寄る。
濃い紫の髪を肩まで伸ばした、パンツスーツの女。こいつも上流の人間だ。
察するに『お嬢様のお付き』だろ。ようやくおさらばできるぜ。
「お嬢様ご無事ですか!?乱暴などされておりませんか!!?」
「大丈夫よゾフィー。ハコス、わたくしの世話係兼護衛のゾフィーよ。仲良くね」
くそ、紹介されても困る。本当にこれ以上関わりたくない。
エラが俺に助けられた一件を話して、ゾフィーが訝し気に俺を睨む。
「この……下賤な風貌の男が……?いや、ご苦労だった。お嬢様の危機を救ったのだ、相応の報酬は約束しよう。担当のものが後に連絡するだろう」
「ああそうですか、そんじゃ失礼しますわ」
「えぇ、ハコス。またお会いしましょう」
勘弁してくれ。背を向けて病的なほど清掃された廊下を歩く。
ここじゃ俺だけ浮いて見えるな。とっとと出よう、ゲートを出てから気づいた。
あのお付き、後で担当が連絡するって言ってたが、俺の連絡先聞かなかったな……
まぁ、面倒がなくなったと思えばいいか。
「あ、チャリ路地裏に置いてきたままだわ」
気づいて走る。あれは俺の商売道具だ、店の貸し出し品だけど失くしたなんていったらクビにされかねない!
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まぁ、わかってたけどさ。
ここは北エリア、マフィアの根城があるくらいメラニンシティの中で最底辺の治安だ。
自転車を停めたはずの場所に残ってたのは、なぜかサドルだけ。
北エリアは俺が理解不能なほど落ちぶれたらしい。
背中を丸めて帰路に就く。自転車がなければ仕事仕舞いするしかない。
首にされることがわかってるのに、店への連絡とか馬鹿らしい。
「次の仕事見つけないとな……」
ぼーっと街行く人を視界に写す。
紙袋を抱えて歩くおばさん。杖を突いたじいさんとばあさん。作業服のオヤジたちに、コーヒー片手に足早に歩く女。北エリアは、どいつもこいつも不景気な面してるなぁ。
そんな雰囲気に似つかわしくない、黒塗りの高級車が停まる。
下りたのは男。漆黒のスーツにティアドロップのグラサン、整髪料でバチっと決まった黒いオールバック。
明らかにそのスジじゃねぇか。視界の端に留めるように顔をそらして気配を溶かす。
俺は北エリアの浮浪人ですよ~……まぁ、職がなくなったので純然たる真実でしかないが。
マフィアは黒い手袋を嵌めると、雑居ビルの中へ入った。
5階建てのボロいビル。そのフロントに雑多に張られた張り紙の一つ、カットモデルの求人が目に入った。とりあえずの資金を調達すべく、その張り紙を取って北エリアを後にした。




